第161話 滅亡古代遺跡インテリタス(10)
神殿のような作りの部屋を出る。虹鋼大蛇の死体はそのまま放置していた。必要なものでもないので、今はそれで良いだろう。
部屋と通路の境目に、扉のようなものはない。通路の先が急に開けているようであり──天井の高さも2倍程度になるのだ。
逆に言えば、この部屋から通路に出た俺たちにとって、通路は閉鎖的である。
天井も3メートルほどで、上下左右の四方は石レンガの壁で覆われている。神殿に比べれば狭いが、2人が肩を並べて歩くには十分な道幅があった。
そんな遺跡の通路を、俺と雫は慎重に歩いていく。
転移トラップを始め、どんな危険で突拍子もない罠が潜んでいるか分からないのだ。そういったものをなるべく避けるためにも、早足で移動するなんてことはしない。
「雫、ルリたちの場所は?」
「遺跡の構造にもよりますが、このまま直進しておよそ10分ほどです。ルリもこちらに向かっているようですので」
ルリやラルヴィアならば、同じ空間にいる俺と雫を察知することは可能だろう。
ルリの性格ならば気にせずボスに突撃して行きそうでもあったが、流石に躊躇があるのか合流を優先しているようだ。
「……遺跡の構造にもよる?」
「はい、それがどうかしましたか?」
雫の索敵スキルは先の森林では規制されていたと聞いたが、ここに来てからは正常なはずだ。
それによって遺跡の構造を理解できているならば、この言い方は引っかかる。
「遺跡の構造が周期的に変化しているのか?」
「? いえ、そんなことはないと思いますが……?」
「つまりどういうこと?」と聞こうとして、口を噤む。雫も何かを考え込むような表情になっていたためだ。
「<雷撃>」
ガラガラッ……
雫が腕を前に突き出し、魔法を使う。
通路は薄暗く先を見通すことは難しかったが、それでも多少の明かりで歩くことに支障はなかった。
雫が捉えた敵の姿がどれだけ先のものかは分からないものの、反響して聞こえる何かが崩れるような音は遠く聞こえる。目視ではなく、スキルによる索敵だろう。
放たれた雷が通れば、その明かりで一瞬周りが照らされる。
一直線に放たれる<雷撃>が着弾する前に見えたのは、人型の土人形──所謂ゴーレムだった。
「話の途中にごめんなさい。進みながら話します」
「助かるよ。さっきもそうだったが、魔力は温存しなくて平気か?」
「それについてはご心配なく。あの程度のボスでしたら何体でも相手取れるくらいには温存できています。それに、ルリたちとの合流も目前ですから」
雫が報告して俺が魔法を使うのでも良いのだが、俺にはあまりなにもさせたくないというのが雫のスタイルだった。
そもそも、ルリとの合流と言われれば、「それもそうか」と納得せざるを得ない。俺が実行するよりも雫が実行した方が失敗する確率が低い──これもまた事実だ。
<雷撃>数発くらいの魔力消費など気にする必要はない、というのも本当だろう。俺でも<雷撃>程度に大した魔力は消費しないのだから。
───<火炎>数発で駄目になってた頃が懐かしく感じるな……。
ローウルフ相手に回数制限のある魔法で戦っていた記憶が蘇る。<支配>の副作用だが、やはり自己のステータス上昇は侮れない。
「それで、ダンジョンの構造の話ですが…………。あ、兄さん、勘違いをなされているのではないですか?」
「勘違い、か?」
すれ違いが起きていたようで、雫は何かに気づいたような、ハッとした表情を見せる。
それを俺に説明するように、話を続けた。
「はい。私のスキルによる”魂の知覚”というのは、正確には探知スキルではありません」
「というと?」
「そもそも、”魂を知覚する”という言葉が何を指しているのか、分かりますか?」
その字面以上にどんな意味があるというのか。
つまり考えるべきは、”魂”とは何か、になる。
───魂……。
実体ではなく、概念だ。
生物を構成する三大要素──”物質”、”魔力”、”魂”。
これらは、物理的、魔法的、精神的な要素と言い換えることもできる。どれか1つでも欠ければ完全な生物として存在できないわけだ。
更にこの3つの関係を言及するならば───
物質は魂の入れ物であり、
魂は魔力の根源であり、
魔力は物質の構成である。
魂の形が違えば、それを入れる物質の形も変わり、物質の形が変わればそれを構成する魔力の形も変わり…………。要するに、1つの変化が他全てに作用するのだ。
”魂の知覚”とは、この要素の1つ、魂を探知することができるということ。
その程度がどれほどなのかは分からない。魂の数が把握できるのか、形まで把握できるのか、それともボヤッと”そこに魂がある”ことが分かるだけなのか。
ただ、ルリの居場所が分かったり、敵の数や方向が分かったり……そういうことまで考えると雫の言う”魂の知覚”はかなり具体的に見れるのではないか。
それこそ、魂から物質的要素を、魔力的要素を推測できるくらいには。
魂を見るだけで、相手の形状も自ずと浮き出てしまうくらいの探知能力だと予測できた。
「兄さんが考えている通り、私の能力では他者の魂を詳らかに知ることが出来ます。ですが、…………すみません、話の途中ですが、これを」
歩いている途中、<雷撃>でルリが壊したゴーレムの死骸まで辿り着いていたようだ。
雫が立ち止まり、指をゴーレムに向ける。魔法で光源も出してくれるおかげで、その全貌はよく見えた。
「……エプロン?」
「不可思議な格好だと思いませんか?」
遠目から人型だと思っていたゴーレムは、近くで見てもやはり人と近しい見た目をしている。
身長、脚、腕の太さ・長さから頭の大きさ、腰の位置まで。人に似せて作|ら《・
》れたもののようだ。
服装はエプロンだった。
顔はのっぺりとしていて口や目が描かれていないので性別は不明だが、エプロンのデザイン──色合い的に女性をモデルとしているのかもしれない。
水色を基調とした白フリルのシンプルなエプロンは、男が着ていれば罰ゲームと捉えられてもおかしくないものだ。
しかし、ゴーレムに胸はない。
ゴーレムに胸があっても困るのだが。
「……ゴーレムに裸エプロンは不思議だな」
「──。いえ、そういうことではなく……明らかに人工物ではありませんか、と」
「ん? あ、あぁ……そういうことか……」
胸も顔もないゴーレムに裸エプロンを着させて楽しむ変態的な趣味を持った文明なのかと思ったが──仮にそうだとしてもおかしい。
ダンジョン化しているのであれば、出てくる魔獣は自然発生するものだ。ゴーレムが自然発生することは不思議ではないものの、明らかに人工物であるエプロンを着用しているのは有り得ない。
「ダンジョンから発生したものではない?」
「はい、その通りです。魔獣だと判断して攻撃を仕掛けましたが、そういった意図はないのかもしれません。搭載されている戦闘機能はあまり多くないようですし、掃除用だった可能性も否定できませんね」
───ダンジョンなのにダンジョンとしての魔獣が少ない、か。
確かに長年放置されてきたにしては魔獣と出会う頻度は少ない──というより、これが初めてだ。
もっと探索してみないことには決めつけられないが、それでもこの違和感は頭の片隅に置いておくべきだろう。
「後先を考えずに攻撃をしたことは失敗でした」
「魂の知覚、とやらで分からなかったのか? エプロンを着ているな……とか」
「それです。それが兄さんの勘違いしている箇所です」
「えーっ、と……、つまり?」
「私が知覚できるのは魂だけ──つまり、非生物に対してはこの力はなんの効力も持ちません。ダンジョンの構造を概ね理解できるのは、ダンジョン内に存在する生物の位置情報から地形を推測しているに過ぎないのです」
エプロンは人工物で非生物だから遠目からでは分からなかった、と。
その生物がゴーレムという魔獣なこと、それが人型であることが理解できても、人工物かどうかまでは判断できないわけだ。
同様に、俺の覚えていた違和感はそれが答えでもある。
”ダンジョンの構造”は始めから雫の知り得ない情報だったのだ。
「それですれ違っていたわけだな」
「はい、そういうことです。さて、関係ないですが、どうやらこの先に分かれ道があるようですね。ここでルリたちを待ちましょう」
「ルリたちはもうすぐ着きそうなのか?」
「はい、ものの数分でしょうね」
「それならば」と、俺たちはここでルリとラルヴィアの合流を待つことにした。
探知の出来ない俺からすれば、本当に合流できるか不安ではあるものの、雫曰く問題ないようだし……。素直にこの場にステイである。
通常の探知スキルというのは、魔力を探知するものだ。
魔力を薄い波状に放出し、その魔力の進み方で地形を把握する。魔力が急に止まればその先は壁なわけだし、波同士がぶつかるような感覚があれば魔力を持った生物が先にいることが分かるのだ。
魂の知覚とは違い、生物の詳しい情報までは分からない。また、魔力を完全に隠蔽した生物は探知できない……など、当然ポピュラーな探知方法に対策は付きものだ。
探知スキルは俺も会得するべく努力はしたのだが、”魔力を操る”ことに関して、俺の才能は絶望的だ。
魔法も<支配>なしではろくに使えないのだから当然である。
いつか<支配>によって<探知>が手に入ると良いなぁ……と、願い続ける葵であった。