第160話 滅亡古代遺跡インテリタス(9)
視界が暗転したかと思えば、次の瞬間には開けている。
同じような転移ギミックだ。
なんの前触れもなかった為に驚いたが、その程度。強制的に転移させられることにも慣れてきてしまったかもしれない。
「雫」
「大丈夫です。離れていないようです」
一先ず、雫と離れ離れになっていないかの確認だ。
1回目の転移で俺たちは二分されている。2回目で更に二分され、個人戦になる可能性も否定できなかった。
そうはならず、隣には雫が居る。安心だ。
「で、今度はどこに飛ばされた? 洞窟?
海? それとも森林? ……はもう懲り懲りだな」
そんなことを言いながらも、冷静に周りを見渡す。
転移した直後から感じていたことだが、薄暗い場所だ。
天井は7メートルほどの高さだろうか。閉鎖的な空間で外からの光が入ってこないのが原因らしい。
周囲には直径2メートルはあるだろう太い柱が何本か、天井を支えるように立っている。それらが微かな光を放っていた。
「これこそ遺跡といった雰囲気ですね」
「神殿みたいな作りだな」
柱は奥まで続いて置かれている。俺たちの立つ場所からはこの部屋に壁は確認できない。
「部屋の形状は長方形のようです。どうやら、後ろに行けば出口もあります」
「出口……? それはどこに繋がっているんだ?」
「ダンジョンの通路部です。通路部には魔獣の気配もありますが──」
今度は別の方向を指差し、雫は続ける。
「──この部屋にはボスがいます」
「ボス? じゃあここに人工魔力器官が?」
そもそも、森林で出会った金色仮面もボスのような存在だった。
倒す前に倒されていてもおかしくない。俺一人ではどうしようもなかったし、並の者では攻略不可能なレベルとも言えた。
「いえ、どうやらこのダンジョン、ボスの気配が3つ。うち2つはダミーでしょう。となれば、転移先のこのボスもダミーの可能性は高いです」
そうと分かっていても、ここにいるボスを倒さずに進もう……とはならない。
裏をかいてこのボスが本命なんて可能性もあるし……とにかく順々に倒していく必要がありそうだ。
そういえば──
「雫、探知が直ったか?」
「はい。ここに転移してきてからは調子が良いです。ダンジョンの構造から魔獣の配置まで、手に取るように分かります」
そんな能力持ってたんだ……と、今更ながら便利さに驚愕する。
探知の完全上位互換だ。こんな世界では使える場面も多く、最高レベルに役に立つと言っても良い。
そもそも接敵せずに進むこともできるのだし、下手な戦闘能力よりも強力と言えるだろう。
そんなことより、時折出てくる”魂”ってなんやねん、という気持ちの方が強いのだが。
「ボスラッシュだな。いけるか、雫?」
「先程の巨人と比べれば大した力は持っていないようです。すぐにでも処理してしまいましょう」
「分かった。じゃあ早速───雫?」
進もうとして、表情を驚きに染める雫に気が付く。
何かイレギュラーでも起きたのかもしれないと声を掛ける。ダンジョンという危険な場所だ。情報の共有が大切であることは言うまでもない。
「──いえ、ルリとラルヴィアもこちらへ来ているようです。だいぶ離れた場所ですが、ここのボスを倒し次第合流を試みましょう」
「なるほど、了解」
イレギュラーはイレギュラーだが、どうやら悪い知らせではなかったようだ。
転移の際に逸れてしまった2人の無事を確認できて良かった。尤も、あの2人をどうこうできる存在がゴロゴロいるとは思っていない。
「それでは、いきましょう。兄さん」
攻略にもタイムリミットはある。
出来る限り早急に……という考えもあってか、雫は急ぎ足で薄暗い部屋の奥へと向かっていく。俺もまた、それに付いていくように歩き始めた。
・ ・ ・
部屋の奥に行くと、薄暗い闇の中を”何か”が蠢いているのを感じた。
巨大な蛇だ。スムーズに移動しているものの、時折肌が柱や床に擦れてガッ! という音が響く。
俺たちが近付くまではおとなしく止まっていたというのだから、可愛いものだ。
そこそこの距離まで近付くまで──つまり、この生き物の知覚範囲に俺たちが入るまでは動き出す気配もなかった。
挑戦者の登場に応えるべくボスが行動を開始しただけだろうが、これも捉え方次第。
俺たちの登場でノリノリに動き始めたと考えれば、不思議なことにペットのような可愛さを覚えることができるのだ。
蛇のような爬虫類を苦手とする人は多いと聞くが、俺にも雫にもその気はない。
特別好きでもないが、嫌いでもない、所謂”なんでもいい”という立ち位置だ。
薄暗いせいで色もよく分からない巨大な蛇の身体が、時折チラチラと見える。
微かな光がその鱗に反射しているおかげで位置を捉えられる──というのもダンジョンの優しさなのだろう。
兎にも角にも。
「殺すか」
「分かりました」
憶測だが、今、この蛇は登場シーンを演出しているのだろう。
ボスの登場専用ムービーが流れているような……手出し厳禁の変身シーンのようなものだ。
多分、少し待てば律儀に顔を見せてくれるに違いない。ただ蠢くだけで攻撃をしてこないのが何よりの証明だ。
「密室での火葬は危ないからな。シンプルに殺傷力が高いもので───」
と思った矢先、キラリと光る蛇の鱗が視界の端に映った。
魔法を弾くような高防御力の鱗である可能性も捨てきれない。一撃で終わらせるならば他の手法の方が良いだろう。
「───蛇は目が悪い代わりに嗅覚が非常に優れているらしい。毒ガスでいこう」
「毒ガスですか? 分かりました。──<毒煙>」
闇属性第3階級の魔法だ。容易に対策──風属性魔法で散らすなど──出来てしまうため使われる機会は少なく、下手な魔法精度だと味方も巻き込んでしまうために危険だ。
<毒煙>を上手く操作できる魔法能力があるならば、より高位の魔法の習得も叶うレベル。第3階級でありながら、使用頻度の少ないものだった。
雫の魔法精度は凄まじい。
俺たちの頭部より少し上の空間に、煙が漂い始める。巨大な蛇はその範囲に入るが、俺たちには無害、そんな完璧な範囲調整だった。
ひたすら静かに蠢いていた大蛇の動きが、急に止まる。
ドンッ! という音と共に、何かが地面に倒れる音が聞こえてきた。
「──本当に何もありませんでした。ダミーだったようです」
「まあ、そりゃそうか。別の場所に行こうか」
コレでいいの、ダンジョン……? なんてことはともかく。
俺と雫は神殿のような部屋を後にした。
余談だが、蛇の名前は虹鋼大蛇と言う。
薄暗くてよく見えなかったものの、虹色の美しい鱗を持っていて、その鱗は物理攻撃を弾き魔法攻撃にもかなりの耐性を持っている。故に、高級品ではあるものの、鎧としての人気が高い。
素材としての欠点を上げるならば、重くてかなりの筋力が要求されることだが──それはどうでも良い。
本来、この神殿に配置された虹鋼大蛇は、登場シーンで冒険者たちの驚きを誘い、安全に登場を遂げるものだった。
通常の虹鋼大蛇よりも巨大なサイズであるため、虹色の鱗が蠢いていることで驚愕を誘うのだ。しかし、神殿の柱──光源が長い月日を経て弱化してしまい、虹色の鱗が見えなかった。
戦闘に入れば、虹鋼大蛇の高い防御力は遺憾なく発揮される。
ダンジョンに挑む時点で挑戦者はパーティー単位だろうが、パーティーで行動をしている魔法使いは煙系統の魔法は使わない。そもそも効果範囲を限定しにくく味方にも悪影響を与えかねない闇属性魔法を習得することが少ない。
つまり、決定打がないのだ。
前衛職の攻撃は外鱗に弾かれ、魔法にも耐性を持っているために長期戦は不可避。
虹鋼大蛇の攻撃自体は怖くないが、巨体を活かした攻撃は人の身には重い。
闇属性魔法を習得している物好きであれば時短攻略が出来るが、虹鋼大蛇は中々に厄介な敵だ。
ダンジョンに配置するには良い魔獣で、強力。相手が悪かっただけなのだ。