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第159話 滅亡古代遺跡インテリタス(8)

 一方、ルリのお話。



 遺跡に足を踏み入れた瞬間、違和感に気が付いた。

 長年の経験から培われた直感と知識は、それが転移のトラップであることを認識する。


 元より慎重に足を動かしていたルリだ。転移と認識してからでも後退することは間に合っただろう。

 しかし、目の前には魔王と葵。堂々と入ったせいで逃れることのできない魔王と、それに従順な葵の姿があったのだ。


 ルリがここで引き返し、2人と逸れてしまうこと、それが最も起きてはいけない事態だと判断する。

 それ故に、決心を固めて転移の罠に正面から立ち向かったのだが───


「……ここ、どこ」

「転移だと思います」


 なぜか2人とは別れ、ラルヴィアと2人になるという事態に陥る。


 遺跡に入る前、4人を二分するならば、魔王と葵、ルリとラルヴィア……という位置付けであった。

 そう考えれば、転移の際にルリとラルヴィアが同じ場所に飛ばされるのも納得がいく。


「ラルヴィア……」

「はい、どうされましたか」

「転移トラップに気が付いていた?」


 ルリの質問に、ラルヴィアは素直に首を横に振る。

 表情一つ変えることなく、その反応はいつも通りのラルヴィアのものだ。


「いいえ、気付きませんでした。ですが、踏み込んだ際に罠が発動したので、少し抵抗しました」

「……それ」

「? どうかしましたか」


 転移トラップの効果で彼女らは二分されたのではない──とルリは考えていた。

 本来であれば4人仲良く転移されるはずだったということだ。それを起こした要因も、今判明した。


「……あなたが半端に抵抗したせいで、私たちは変なところに飛ばされた」

「たしかに、本来想定されていた転移先ではないかもしれません」


 転移した先は薄暗い空間だった。


 通路のように細長く道は続いている。暗くて先はよく見えないが、獣の目にはハッキリと映っている。

 片方は行き止まりで、片方は開けた場所に繋がっていた。繋ぎ廊下のような場所だ。


「……ダンジョン内部だと思う」

「どうしますか。進みますか?」

「……ん、それしかない」


 ラルヴィアが反省している様子はなかった。

 結果的にダンジョン内部に転移されてるんだから良いでしょ、とでも言いたげだ。抵抗の度合い次第ではダンジョンの外に飛ばされる可能性もあっただろう。


 ルリとラルヴィアの相性は悪い。

 今まさに、その部分が顕著に現れている。根本的なものの考え方やら、価値観やら……ルリも常人からは中々ズレているが、ラルヴィアも違った方向にズレていた。



 とはいえ、ここで諍いを起こすことの無意味さをルリは理解している。

 これがラルヴィアでなければ行動を叱責──とまではいかなくとも説教くらいはしたのかもしれない。ただ、相手はマイペースな食いしん坊女神。時間の無駄だった。


 2人は揃わぬ足並みで出口を目指して歩いていく。

 光が差し込む通路の一端は、転移させられた場所からそれほど遠くはなかった。


「……闘技場?」

「に酷似しているようです」


 少し歩いて通路から出れば、景色は一気に開けた。

 ルリとラルヴィアの視界に入るのは、だだっ広い円形の地面と、それを取り囲むように配置された一段上の椅子。まるで中央が見世物の場であるかのように、椅子は中央がよく見えるように階段状に設置されていた。


 奇妙なのは、椅子が設置されているにも関わらず、無人で静かなこと。

 それでも錆や塵芥がないのは、この場にかけられた魔法の効能だろう。


「……私たちが挑戦者(チャレンジャー)?」


 当然、通路から出た先は観客席などではない。

 ルリとラルヴィアは見られる側──つまり、闘技場の戦場に立たされていた。


 観客席と戦場とは、およそ5メートルの高さの違いがある。

 ルリであれば簡単に飛び越えることは出来るが、あいにく観客席との境界には結界が張られている。無理に侵入することは難しそうだ。


「そのようです。ほら」


 ラルヴィアが指を差す先──彼女らのちょうど反対側に位置する場所には、同じような通路に繋がっているであろう入り口が存在していた。


 ただ、違う点はいくつかある。

 あちら側の入り口には鉄格子の柵が降りていること、そして妙に大きい入り口であるということだ。

 出てくるのは魔獣の類だと予測できた。


「……ん」


 滅亡した過去の文明が使っていた娯楽施設なのだろう。

 闘技場──コロッセオといえば、やることは一つ。奴隷を強力な魔獣と戦わせ、その様子を競い、勝敗で賭けをする。

 尊厳を踏みにじる行為ではあるが、奴隷の人権を考慮するかどうかは当時の人のみぞ知ることだ。



 ガシャンッ!


 突如として、そんな音が響き渡る。

 それは、鉄格子の柵が少しずつ上がっていく──その開始音だった。管理している人が居なくとも、完全に自動で試合を開始することができる、技術力は凄まじいものだ。


「戦いますか」

「……そうするしかない」


 ガラガラ……と音を立てながら、やがて柵が完全に開き切ると、通路から1匹の魔獣が歩いて闘技場内部に登場する。


 4足歩行の魔獣だ。にも関わらず、3メートル以上の高さを誇っていた。


 あらゆる動物のハイブリッドのような見た目だ。合成獣(キメラ)と言われるものだろうか。

 サーベルタイガーのように、異常に成長した牙。ペガサスのような純白の翼。胴体はライオンのような形状だが、龍の鱗で全身を覆っている。尾は蛇の形状をしていた。


 白と黒の入り混じった──少しパンダやシマウマのようなデザインだ──合成獣(キメラ)は、その赤い瞳を真っ直ぐとルリたちに向けている。

 殺意は十分そうだ。


「……強い」

「はい。作戦は?」


 ルリの見立てでは、そこらの竜種よりも断然強い。竜の要素も盛り込んで人が作った人造魔獣だろうし、当然といえば当然か。


 かつての人々は奴隷とコレを戦わせていた、ということに驚きだ。

 合成獣(キメラ)が暴走してもなんとかできる自信──いや、確信があったのだろう。


「……5秒だけ、私の盾になって。それで終わらせる」

「分かりました。ではそのように」


 ラルヴィアはルリの能力を疑わない。

 彼女がルリの力を理解しているということもあるし、ラルヴィアの性格上、深く考えないということもある。

 そもそも、こう見えてラルヴィアは弁えているのだ。魔王軍における自身の立ち位置もしっかりと認識している、ということも関係しているのかもしれない。


 そういう意味で、ルリが感じたのは”やりやすさ”だ。

 「どうするの?」「具体的には?」と聞かず、一発で自身に託してくれる快適さ。誰かと戦を共にすることがないルリだからこそ持つ共闘の煩わしさを、ラルヴィアは感じさせなかった。


 皮肉なことに、魔法能力に優れるルリは、基本的には後衛で固定砲台にしている方が強力だ。

 始まりの獣(ラストビースト)としての性質故の孤独が彼女の近接戦闘の能力を育ててしまったが、可能であれば魔法役を務めさせるのが正しい能力の使い方となる。


 ラルヴィアがそれを理解しているとは思えないが、基礎能力が高い神という種族、そしてオールラウンダーな能力を持つ駄女神は、指示さえ受ければなんでもこなす。

 後に要求される食糧に不安が残るのが玉に瑕か。


「ギャラルルゥゥッ!!!」

「ん、任せた」


 戦闘の開始は、合成獣(キメラ)の動き出しが合図となった。

 それを見てラルヴィアがルリを守る姿勢になったことを確認し、ルリは魔法の準備に取り掛かる。

 その間、ルリは動かない。緻密な魔法の構成には膨大な集中力が要求されるためだ。



 五。


 合成獣(キメラ)は地面を蹴り、一気に加速する。

 巨体からは想像できないような速度でラルヴィアに接近する合成獣(キメラ)は、気付けば目の前で鋭利な爪を構えていた。


「ギャアァアアアァッ!!!」


 合成獣(キメラ)はそのまま、ラルヴィアを引き裂くべく爪を振り下ろす。


「選定の神の名を以て定めます。裁定に暴力は許されず、<公正審判(リ・リーヴァ)>」


 この合成獣(キメラ)の爪、先人たちが魔道具として作ったもので、結界を貫通する効果がある。

 単純に高い防御力で防ぐ──等の対策が必要なのだが、ラルヴィアが行ったのはまた違った手段だった。



 四。


 合成獣(キメラ)の爪はラルヴィアに直撃する。結界を張ったわけではないので、勢いのままにラルヴィアの体は引き裂かれ──てはいない。


 爪は確かにラルヴィアに直撃している。しかし、それが傷を与えることはなかった。


 <公正審判(リ・リーヴァ)>は、選定の際に起こり得る不測の事態から身を守るスキルだ。

 ついついカッとなってラルヴィアに攻撃を仕掛けてくる者がいた場合、2度までその攻撃を完全に無効化する事ができる。


 結果、合成獣(キメラ)の爪による攻撃は、1度目の攻撃として無効化された。

 回数制限こそあるものの、5秒を稼ぐだけであれば惜しむ意味はない。



 三。


 弱点として、連続攻撃には弱い。

 合成獣(キメラ)がその手の手段に出ることも考えられた。実際、違和感を覚えた合成獣(キメラ)は今度は左手の前足を大きく上げ、切り裂かんと振り下ろそうとしている。


「<選定雷轟(ラルヴ)>」


 更に、同時に口の中にエネルギーが溜まっていくことも感じていた。

 竜でいうところのブレス攻撃を、連続して合成獣(キメラ)は行ってくるつもりなのだ。


 それでは防ぐ手段が潰えてしまう。

 結界魔法との相性が悪いラルヴィアは、見を守る術を持っていない。選定の力を使えば良いのだが、この遺跡が神の存在を否定しているのか、概念レベルのスキルが上手く機能する自信がなかった。


 考えた末、使ったのは<選定雷轟(ラルヴ)>、選定の(いかずち)である。

 魔獣に対しての効き目が弱いスキルではあるが、今の目的は合成獣(キメラ)に警戒させること。


「ギャルルラァ!?」


 そこらの魔法よりも無駄に演出が派手な<選定雷轟(ラルヴ)>を至近距離で見て、合成獣(キメラ)が驚きの声を上げる。

 バチバチと弾ける紫雷は確かに恐ろしく、ズジジジ……と日常では聞くことのない音まで上げていた。



 ニ。


 合成獣(キメラ)は振りかぶっていた爪など忘れたかのように、咄嗟に後ろに翔ぶ。

 背中に生えた純白の翼をはためかせ、ふわっと、文字通り翔んで逃げた。


 回避の意味もあるだろうが、合成獣(キメラ)はただ逃げるだけでは終わらない。

 口の中に用意していたブレスを、後退しながらラルヴィアにお見舞いする。威力はどれほどのものなのか、放たれる紫の雷をも掻き消して、純白の光線はラルヴィアに到達した。


 <選定雷轟(ラルヴ)>もそこそこの威力があるはずなのに、だ。

 いくら魔獣相手であれ、第4階級の魔法程度の威力はある。それを容易に飲み込むブレスの威力は想像したくないほどだ。


 しかし、<公正審判(リ・リーヴァ)>の防御回数が1残っていたラルヴィアに、ブレスは意味をなさない。

 純白の光線はラルヴィアに到達するも、<公正審判(リ・リーヴァ)>によって打ち止められてしまった。


「<悪業火葬(グ・ディオラ)>」



 一。


 ラルヴィアは面倒が嫌いな性格である。その癖、極度の面倒くさがり屋でもある。

 少しの準備も面倒と感じ、投げ出す。たった5秒の戦闘のために神器を取り出すなど、ラルヴィアの脳内ではありえない選択肢だ。


 神器も巧みに使い、敵の攻撃は避け、防ぎながら<公正審判(リ・リーヴァ)>は温存するのが本来のラルヴィアの戦い方だ。

 ルリにしたように、選定結界を使っても良いのだが、あれは意思疎通のできる相手でなくては効果が薄いので却下した。

(もちろん、面倒という理由もあったわけだが。)


 そんなラルヴィアが選んだ戦い方は、<公正審判(リ・リーヴァ)>の防御回数が0になったときにのみ使えるスキル──つまり、ピンチの時に使うスキルだ。

 正面から攻撃は受けちゃえ、<公正審判(リ・リーヴァ)>がなくなったらこのスキル使っちゃえ……という投げやりな戦い方ではあるが、なにせ5秒。5秒稼ぐだけならば良い戦法とも言えた。


 <悪業火葬(グ・ディオラ)>は、その字が意味する通り、審判の場において過度な暴力を試みる不届き者に火を焚べるスキルだ。

 しかし、この炎に威力はない。デバフを付与するのだ。


 内容は、魔力の消費量が格段に増える、足が重くなる、呼吸が苦しくなる、数秒に一度目眩に襲われる……といったもの。

 悪業に対する断罪の火であるため、効果は相手の行動次第ではあるのだが──どんな場合であれ行動に制限がかけられることに違いはない。


「ギャラルゥ……?」


 その影響を受けた合成獣(キメラ)は、何かに気が付いたのだろう。

 自身の身体が上手く動かないという事実。これは状態異常の類だと、戦闘に特化した獣はすぐに気が付く。


「ギャルルルラァァァアアアアァァァッッ!!!」



 零。


 雄叫びを上げることで、状態異常を吹き飛ばす。

 回復能力にも長けているのがこの獣の高性能たる所以なのだが───。



「……ん、ラルヴィア。お疲れ様」

「はい、おまかせします」



 残念ながら、タイムリミットだ。


 5秒もルリをフリーにすれば、この天才魔術師はどんな魔法陣でも作ってみせる。



「……<相反・月詠華宵(ツクヨミ)>」



 そうして使われる魔法は、闇属性第5階級魔法。

 不可視の腕が──それも、魔力をかなり使ったことで現れる5本の腕が、静かに合成獣(キメラ)へと接近していく。



 ただの<月詠華宵(ツクヨミ)>ではない。

 <相反>と組み合わされているものだ。固有スキルを魔法に織り交ぜる──非常に高度な技術が要求される技である。



「ギャラアァァアアァ!!!」


 魔力を探知することで、<月詠華宵(ツクヨミ)>は擬似的に視認することができる。

 合成獣(キメラ)にとってそれは難しいことではなく、5本の腕を通り抜けるように、スレスレの位置をかいくぐって再度ラルヴィアへと接近───


「ギャ?」


 ───する、はずがなかった。


 何が起きたのか分からない──そんな表情の合成獣(キメラ)が地面に横たわっている。


 恐る恐る、何が起きたのかを理解するために、合成獣(キメラ)は己の肉体を見回す。


 そして気が付いた。()()()()ということに。



 <月詠華宵(ツクヨミ)>を避けた合成獣(キメラ)だが、少し動けば<月詠華宵(ツクヨミ)>に触れることになる。

 しかし、<月詠華宵(ツクヨミ)>の効果は不可視の手でしか発生しない。つまり、腕に触れても問題はない──それが本来の<月詠華宵(ツクヨミ)>だ。


 ルリが使った<月詠華宵(ツクヨミ)>には、<相反>が付与されている。不可視の腕に触れればたちまちその効果が発言し、触れた部位は体から切り離される。


 まるで最初からそれを持っていなかったかのように、断面図は綺麗に見えるのに、流血は一切していないのだ。


 合成獣(キメラ)の翼と四肢が、地面に転がっている。

 不思議なことに、”何もなかった”ことが普通かのようにそこに転がっているし、気を抜くと合成獣(キメラ)自身でさえそれを受け入れてしまいそうになる。


「ギャ、ギャ……?」


 その情報を、合成獣(キメラ)の脳は理解できない。いや、理解を拒む。


 全くもって何が起きているか理解できない。したくない。



「……それじゃ、おしまい」



 自動再生すら発動しないのは不可解だ。とにかく回復魔法を使って回復を───と、そんな考えが合成獣(キメラ)の最後の思考であった。

 前回に引き続き長めです。

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