第158話 滅亡古代遺跡インテリタス(7)
「ありがちだが、仮面を狙ってみようか」
「分かりました」
俺と雫はそれぞれ離れた位置から魔法を放つ準備を開始する。
金色仮面の視線は雫に向いていた。同じ魔法攻撃ならば、より魔力量が多い方に反応する──とか、そういう性質があるのかもしれない。
「<暴食・火愚鎚炎>」
「<海神乱槍>」
「■」
3匹の炎の龍と、水で構成された巨大な槍が金色仮面の頭部目掛けて発射される。
しかし、そんなものでは意味を為さないことを理解しているのか、金色仮面は結界を張る様子もなく反撃に出た。
金色の光線は雫に迫る。
<海神乱槍>を撃った直後ではあったが、雫に隙はない。大きく後退するようにして光線を避けた。
そして、俺たちの攻撃もまた、金色仮面に迫る。
別方向から迫りくる赤と青の魔法を、巨人は防御する素振りも見せずに仮面で受け止め──いや、魔法はそこに到達する前に消滅した。
「変わらないか」
「普通、弱点は分かりやすくするものではないですしね」
プ○キュアはなぜ目の前で着替えるんだろう……とか、なんでゲームのボスは弱点丸分かりにするんだろう……とか、人生で疑問に思うことだ。
あくまであれは創作物を盛り上げるためであって、現実では普通に弱点はカバーされている。
金色仮面のあからさまな仮面が弱点など、馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。ダンジョンだからワンチャン……と確認することは怠らないわけだが。
「魔法自体が効かないか? 剣を弾かれた時はどうだった?」
「■」
意思疎通を行っている間も金色仮面の攻撃は止まらない。
今度は俺を狙った光線攻撃だ。大きく横に跳ぶことで回避した。
「憶測ではあったのですが、魔力自体が異常……歪んでいるようです。剣での攻撃も、魔法での攻撃も、そもそもアレに届くことがないようです」
「……つまり?」
「魔力が少しでも宿っている以上、あの巨人の元に到達することは不可能です」
なんとも厄介な状態だ。
実質的な無敵状態とも言える。
魔力を喰らう……とは少し違うが、常に<暴食>を纏っている、みたいな感じだろうか。
───負荷は強そうだが、その使い方も良いな……。
奇妙な仮面の巨人からインスピレーションを得たことには思うところがあるが、<暴食>を使った防御としては良い活用法なのかもしれない。
「■」
今度は雫に放たれる光線を、彼女は軽やかに避ける。
金色仮面の攻撃は単調で回避しやすい。考える余裕があるとも言えた。
───そういえば……
「<暴食>」
魔力を喰らうスキルで、金色仮面に直接攻撃を仕掛けてみる。
魔力が歪んでいる──それさえ喰らおうとすればどうなるのか、という話だ。
巨人はスキルを使った俺を一瞥するも、それは驚異にならないと感じたようだ。
実際、<暴食>を使ったにも関わらず、何かが起こることはなかった。防がれてしまった。
「どうする?」
「触れられないとなると攻撃手段がありません。固有スキルの効果と捉えるか、ギミックと捉えるか、ですが……ダンジョンである以上、抜け道はあるはずです」
そう考えなければやっていけない、に近い。
最初から負け筋を考える意味などないのだ。勝ち筋を見つけ、それに持ち込むのが勝負というものなのだから。
───ギミック、か。
周りをよく観察する。
<誕焔神之怒>によって炎上していた集落だが、今は火も消えている。小人たちの焼死体のいくつかは、金色仮面の光線によって消滅していた。
家屋は無事だ。
<誕焔神之怒>の影響は受けていたはずなのに、魔法を完全に無効化したかのように、傷一つ残っていない。
「小人には攻撃が効いて、集落とアイツには効かない。そして、アイツはあの椅子から動かない……。後は───」
「■■」
「───ッ!?」
金色仮面の周囲360度全てに、合計16の魔法陣が生成される。
正確にはそれらは1つの魔法なのだ。本体は奴の右手に描かれた金色の魔法陣だろう。
金色の光線を放つそれと同じ見た目をした魔法陣は、周りにあるものすべてを攻撃対象と捉えているようだ。
先程まで攻撃を避けられていたことから、今度は回避できないようにと考えているに違いない。
「<妖護界決>」
「<暴食・妖護界決>!」
魔法の撃ち合いにも慣れている雫は、冷静に結界魔法を使う。
それに従うように、俺も<妖護界決>を展開、放たれる光線に抵抗した。
予想通り、展開された魔法陣は、金色仮面を中心に全方位を光線で薙ぎ払う。
しかし、元より<誕焔神之怒>で破壊できるところは破壊し尽くされていた上に、俺と雫は最高位の結界を展開している状態──金色仮面の使った魔法は不発に終わった。
───これでも集落の破壊は起きず、か。
攻撃を無効化する金色仮面の巨人。
そして集落、周りの森までもが実質的な無敵状態だ。
自身に到達する魔力を歪めることで、魔力の方向をずらす。完璧なフルオートいなしとも表現できた。
金色仮面の攻撃で集落、森が傷つくこともない。金色仮面の攻撃も魔力を使用した、普通の魔法であるということである。
他に不可解な点は、巨人は椅子から動かないこと。ずっと座ったままの姿勢であること。
仮面は見せかけであれが顔であるということ。
森の色は奇妙で幾何学的に木が配置されているということ、くらいか。
「■■」
「兄さん!」
今度は紅の魔法陣だ。
見たことのない魔法陣の形状だからか、分かるのはおよそ火属性の魔法だということくらい。
とりあえず前方に<妖護界決>を展開──と考えた瞬間、高速で俺の元へ移動してきた雫が俺を抱きかかえて空高く跳躍した。
「雫?」
──疑問を口にしようとして、何かが焦げるような音が耳に聞こえる。
火属性の魔法だし……と思いつつ下を見れば───雫の使った<誕焔神之怒>並の光景が広がっていた。
雫が俺を逃した理由は、結界で防ぐには全方位に貼る必要があったためだろう。
結界を広げる範囲が広いと、それだけ結界は薄くなってしまうのだ。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ。それにしても、見たことのない魔法陣を描くのですね、あの巨人は」
半端にベルゼブブの知恵がインストールされている俺でも知らない魔法だった。
効果だけ見れば<誕焔神之怒>と酷似している。同じことをやってみろと言われれば再現はできるのかもしれない。
だが、金色仮面が使っているのは、おそらく独自の魔法体系によった魔法だ。
どれほどの技術があるのかは不明だが、雫でも知らないような魔法の種類であることは事実だ。
「それにしてはよく分かったな」
「何度も見ていれば理解できるようになります。眼は良いので」
若干のドヤ顔で語る雫に軽く拍手。
こんなところが無ければただのエリートなのに……そこも魅力だ。
独自の魔法となれば、魔力を捻じ曲げているのも魔法だと解釈することもできる。
バフのような──事前に強化魔法を掛けていた可能性も否定できない。
しかし、雫の攻撃は急襲だった。事前に強化を施していたというよりは、魔道具なのかもしれない。
───それだと森の辻褄が合わないか。
金色仮面が無敵なだけではないのだ。集落も、森も、そこまで魔道具で守っているのであれば小人たちを守らない意味がない。
森や集落自体に特別な魔法が掛けられている方が納得が───
「──雫!」
「は、はい!?」
「下を見てくれ! 何か気付くことはないか!?」
「し、下……ですか?」
近くで急に叫ばれ、驚いた声を上げる雫。
ただ、俺の提案になにか意味があると察したのか、冷静な表情で言われた通りに眼下を眺める。
数秒して、何かに気が付いたのか、ハッとした表情で雫は俺に向き直った。
「森自体が魔法陣になっている……? いえ、集落も魔法陣になっています。これが無敵のカラクリ、というわけですか」
「やはりそうか」
色のついた森の木々が幾何学的に並べられている意味に、かなりの硬度から全体を見下ろすことでようやく気付いた。
集落まで魔法陣になっていることには驚きだが、森レベルの大規模な魔法陣であれば、強力無比な効果を発揮することにも頷ける。
「……木々の破壊はできなかったよな?」
「ええ、そうですね」
「どうやってギミックを解除する───」
「<妖護界決>」
金色仮面は俺らを見逃す気はないらしい。
下から、光線攻撃が迫った。それに気付いた雫が結界にて光線を防ぐ。
「森の魔法陣が集落を無敵にし、集落の魔法陣が森を無敵にする。完璧な布陣ですね」
「えぇ……。それ、ダンジョンとしてどうなんだ……」
いや、先人が作ったダンジョンはそうではなかったのかもしれない。
長い月日を掛け、あの金色仮面が自力で集落を魔法陣化した……とか。魔法の技術は高いようだし、その可能性も十分有り得る。
「<暴食・妖護界決>」
「どうしますか?」
シューティングゲームのような感覚で下から俺たちを狙撃してくる光線の精度は素晴らしい。
易々と受けてあげるわけにもいかないので、こちらは結界で防いでしまう。
「アレに攻撃しても意味がないことは分かった。要するに解除不可能な無敵ギミックだろ? 他の方法を考えるしかないさ」
「いっそ、アレの周囲を喰らってみるというのはどうですか? 暴食の力なら不可能ではないはずです」
金色仮面自体に攻撃が効かずとも、周りごと切り取ってしまえば<暴食>も防げない。動かないのであればそれを利用して、大きく喰ってしまおう──と。
それ自体は良い案なのだ。
だが、どうしてもそれはしたくない理由があった。
「消化不良、起こしそうじゃね?」
「──いや、まぁ……分かりますけど……」
「魔力に変換できないまま残り続けるんだろ? 胃に異物を溜め続けるようなものじゃないか。雫の空間魔法で隔離……とかは出来ないのか?」
「<時亜空断絶>ですか? 出来るには出来るのですが……」
「うん?」
<暴食>でいけるならば、<時亜空断絶>でも良いだろう。
完全に別空間に飛ばせてしまうのだから、<暴食>よりリスクも少なく見える。
妙に歯切れの悪い雫を見れば、目を一瞬で逸らされる。
やましいことがあった時の子供のようだ。
「どうした?」
「……いえ、魔力が足りないんです、結構」
「ああ、そりゃそうか」
空間魔法はただでさえ魔力の消耗が多い。
巨人の周囲まるごとを別空間に送るほどの大規模な空間魔法ともなれば、消費する魔力は想像を絶するほどに違いない。
「俺の魔力を分ける、それでいけるか?」
「そうですね、<時亜空断絶>仕様の魔力量の問題というよりは、アレを倒したあとに魔力が枯渇することに不安が残ります。暴食で少し魔力を回収してから、魔力を分けて貰っても良いですか?」
「了解、とりあえず着地するまでは魔力回収といこう」
雫の魔法によって、俺たちはゆっくりと地面を目指している。
未だ抱きかかえられたままなのは不満だが、ここで離されるのはもっと不満だ。プライドは捨て、我慢した。
「<暴食>」
ゆっくりだから狙いやすいのか、金色仮面は俺たち目掛けて光線を連発する。
魔力が尽きる気配がないのもなにかのギミックなのか──とにかく、今は<暴食>で光線を魔力に変換、<魔力超過>で保存だ。
「■」
気付けば金色仮面の言葉が耳に届く程度の高度まで降りて来ていた。
「<暴食>」
そもそも、重力を喰らった際に魔力の回収は大幅に出来ていた。
重力を操る魔法も──そもそも重力というのが魔力を多く含む成分なのかもしれない。概念レベルのものを魔力に変換しているのだし、理屈はともあれ納得だ。
「雫、いけるか?」
「私はいつでもいけます、兄さん。手を貸していただけますか?」
「魔力供給のために」とは言われずとも理解できた。
雫が<時亜空断絶>の準備をする間、防御に徹するのは俺の仕事だ。
座標を参照する魔法になるので、できる限り回避は使わない方針である。座標がズレでもすれば取り返しが付かないためだ。
差し出した手を、雫は優しく握った。
かと思えば、俺の手パッと開き、指の間に彼女の指を絡めていく。いわゆる恋人繋ぎだ。
これは接触部を多くすることで魔力供給の効率を良くする意味がある。多分。
「それでは、兄さん。魔力を貰います」
「───っ!」
「──■、■、■」
雫が多大な魔力を消費し始めたことを察知した金色仮面が、一気に3つの魔法陣を展開した。
黄色、赤、青である。
それと同時、俺の魔力が雫に奪われていく。一気に魔力が失われたことに目眩を覚えるが、今は雫を守らねば……という動機でなんとか耐える。
魔力が左手から吸われているためか、魔力操作が難しい。
<妖護界決>を使おうとしても、あまりにも繊細な魔力操作が要求されるために上手く魔法陣が描けない。
───あー、もう……
「<暴食>!!!」
困った時の雑に<暴食>だ。
右手から魔力を吸収、左手から放出。これならば繊細な操作も不要である。
金色仮面から放たれるのは、光線と、<火愚鎚炎>、<海神乱槍>に似た2つの魔法だ。<誕焔神之怒>の時も思ったが、金色仮面は俺たちの魔法を見て学んでいるようにも思える。
逆に言えば、その程度の魔法は<暴食>で余裕で喰らえてしまう。
金色仮面自体に<暴食>が無効化されようと、それが使う魔法はただの魔法なのだ。
危機を察知して一気に魔法を放った金色仮面──先程までは無敵である自覚からあぐらをかいていたのかもしれない。
その攻撃も<暴食>によって無効化され続け、ならばとさらなる追撃を試みる。
「──<時亜空断絶>」
が、それは間に合わない。
金色仮面の数メートル上に、巨大な時空の裂け目が現れた。
切れ長の切れ目は瞳のようにも見えるし──底の見えない暗さは宇宙のようにも見える。
それは段々と広がっていき、やがて金色仮面周辺の空間をも飲み込むまでに広がった。
「■! ■!」
何語かも分からぬ言語で叫ぶ金色仮面は、既に裂け目の中だ。
奴に空間魔法は効いていないのだろうが、取り巻く環境ごと飛ばしてしまえば話は別だ。
「■!! ■!!」
───なんの呪文だ……?
魔法陣もないし、効果を発揮することもない。
負け惜しみみたいなものか──と思って聞き流しているうちに、裂け目は閉じていく。
その様子は瞳を閉じる様によく似ていた。意識しているのかな……? と思ったり、思わなかったり。
裂け目が完全に閉じ切った。
金色仮面もちゃんと飲み込まれているようだ。なんとか倒せたと言えるだろう。
「兄さん、魔力、ありがとうございました」
「気にしないでくれ。こちらこそありがとう」
魔力供給は終わったにも関わらず、手を繋いだままだったことに気付いた俺は咄嗟に手を離す。
寂しそうな表情を一瞬覗かせる雫。久しぶりの家族とのスキンシップくらい、恥ずかしがって惜しむものではなかったか……と申し訳なさが募った。
「……もうちょっと、繋いでおくか?」
「────いいんですか?」
そんな、俺らしくもないセリフを吐くと、雫の表情は分かりやすく高揚する。
「ああ、繋いでおこう。何が起こるか分からないしな」
「ありがとうございます」
何が起こるか分からない、なんてのは言い訳だ。手を繋ぐ理由付けに過ぎない。
そんなことは雫も理解しているのだろう、躊躇なく俺の手を掴み、ぎゅっと握る。その行動に彼女の寂しさが現れているようで、同時に嬉しくもあった。
そんな幕間は長くは続かない。
目の前が暗転し、次の瞬間には景色が切り替わる。
またもや、転移させられたようだ。