第155話 滅亡古代遺跡インテリタス(4)
喉を襲っていた焼けるような痛みが引いていくと同時、あまりの眩しさに眩んでいた視界が正常な色を取り戻していく。
徐々に焦点があっていく俺の瞳が捉えていたのは、一面に広がる緑だった。
「どこ……だ……?」
ダンジョンに入った瞬間、転移トラップは発動していた。
外から内部がよく見えなかったこともあり、対応もできなかった。本来であれば警戒しておくべきだったのだろう。
雫の口ぶりから、ダンジョン自体は初めて行った様子ではなかった。つまり、以前と構造が変化していることも考えられる。
───まずは他の3人を探すのが先、か。
ぱっと見、ダンジョン内部には見えない。
辺りには陽の光りが差しているし、とても地下とは思えなかった。
「兄さん!」
そんなことを考えていると、少し離れた場所から雫の声が聞こえた。
声の方に振り返れば、20メートルほど離れた場所から手を振りながらこちらに走ってくる雫が視界に映る。
「無事で良かったよ、雫」
「兄さんこそ。確認ですが、転移させられて辿り着いた先がここ、ということですよね?」
「ああ、そうなるな。雫もか?」
俺の問に雫はコクコクと頷く。
俺たちが同じ場所に飛ばされたと考えると、ルリとラルヴィアも近くに居る可能性が高くなるが──。
見渡してみるも、見つからない。
平原のように見晴らしの良く明るい場所であるにも関わらず、だ。
「ルリとラルヴィアは?」
「残念ながら付近には居ないようです。……それより、兄さん」
雫の視線がある一点に定まっている。
それは少し先にある地面を見つめていた。
釣られて、俺も同じ場所を見る。
地面がモゾモゾと隆起しているのだ。まるで何者かが地面の下から地表をこじ開け用としている──そんな様子である。
「魔獣でしょう」
「──まあ、そりゃそうだよな……」
ダンジョンのトラップで飛ばされた場所だ。
何もない平和な平原──そんなわけがない。
地面の盛り上がりは時間の経過と共に激しくなっていき、やがて2匹の魔獣が穴から現れる。
モグラだ。見た目はそのまま、モグラである。
俺の知っているモグラとかけ離れているのは、体長が1メートル近くあることだろうか。
「あれは?」
「……さぁ、私にも分かりません。初めて見る魔獣です。しかし、この世界にモグラがいるならばかの竜を土竜と名付けるべきではなかったでしょう」
───この子、強いな……。
いきなり転移させられた割には全く動揺していない。
確かに土竜──ふりがなを振ればモグラだが、この世界では土竜なのだ。
どんな翻訳効果が働いているものかと思っていたが、モグラが居るならばその名前はナンセンスだろうと言いたい気持ちも理解できる。
モグラ2匹組は静かに俺たちの方を見つめている。
その様子から敵意は感じられなかった。
「どうす──るッ!?」
と思ったのも束の間、モグラは俺に向かって巨大な爪で引き裂くように迫ってきていた。
モグラの土の中での移動速度は遅いと言うが、その動きは俊敏である。
───眩しかっただけか……!
敵意を感じなかったのは、地下から地上に出たせいで目が明るさに慣れていなかったからだろう。
焦点が合うまで俺たちは丁寧に待ってしまったというわけだ。
「<水刃>」
ただ、襲って来たモグラが俺に達することはなかった。
その俊敏な動きよりも早く、雫から魔法が放たれたのだ。
凄まじい速度で展開され発射された水の刃に、モグラの体は上下に二分される。
果敢に向かっていった先行のモグラの死を見てか、追撃のために後ろから迫っていたモグラの動きが鈍った。
「<暴食・火炎>」
その隙をついて、後ろのモグラを火葬する。
強い魔獣ではなかったのか、<火炎>で容易く燃え尽きた。
「なんだったんだ?」
「大した魔獣ではありませんでしたが、知能はあったように思えます。女である私より男である兄さんを先に狙ったのは、知能ある行動に見えませんか?」
それはどうだろう……と思案。
本能で雫の恐ろしさを理解したから、消去法的に俺を狙ったとか。
先行したモグラが俺を狙ったからもう一方も続いただけとか。
情報が少ないので、断定するのは難しい。
「なんとも言えないな。知能があるにしては弱すぎる」
「それもそうですね。たしかに、知能があるならば向かってこないでしょう」
古代遺跡と言われているダンジョンのトラップに引っかかって飛ばされた先にしては弱すぎる魔獣だった──というのが引っかかる点か。
転移された先で強力な魔獣に囲まれて殺される、というような劣悪なコンボでないことに驚きだ。
「追撃が来ないのも不審だな。逆に罠なんじゃないかと思わせる」
「その気持ちは分かります。とはいえ、進んでみるしかないでしょう」
「どっちに?」と質問。
俺の視界で捉えられる限りでは、残念ながらどちらに歩いても平原である。
なんかすごい探索能力を持っている(であろう)雫に付いていくのが正解なのだ。
「どうやら、ここはダンジョン内部のようです。私たちが今向いている方向──北なのですが、南、東、西に進み続けても平原しか存在せず、進んでも端まで辿り着けないようになっています」
「空間が歪んでいると?」
「その表現が適切ですね。人工的に作られた仕掛けです」
となると、地下なのに空が広がっているのは不可解だ。
それさえも技術力だというのであれば、このダンジョンの元となった文明はかなり進んでいることになる。
「ちなみに、北に進めば森があります。とりあえず進みましょうか」
「ああ、そうだな」
俺と雫は駆け足で進み出す。
駆け足と言っても常人の速度ではない。ステータスの高い俺たちにとっての駆け足なのだから。
少し進めば、俺の視界でも捉えられる範囲に森が見えてくる。
明るい平原と隣接しているとは思えないほど、木々の色は奇抜で毒々しかった。
──というのも、紫や黄色、赤色の木が規則的に、幾何学的に配置されているのだ。
自然界で危険を示すような色合いが、人工的な綺麗さで置かれている。それが不気味さを際立てていた。
「……確かに、景色が変わると正解な気がするもんな」
「なにか言いましたか、兄さん?」
ゲームなんかでもよくある感覚だ。あたりの景色が変わってくると、”ちゃんと進めてる”、”このやり方であってたんだ”と安心できる。
景色こそ不気味だが、わけのわからない転移ギミックから脱出に近づいている感覚が力になる。
ついつい呟いてしまったそんなことに、「なんでもないさ」と言い返す。
不思議がる雫だったが、それを問いただすよりも先に森の入り口に到達した。
「ここからはペースを落とそう」
「そうですね」
何があるか分からない領域だ。
平原を進んでいた時のような速度にはせず、慎重に進むことを心掛ける。
俺たちは徐々に速度を落としていき、土埃一つ立たないよう、丁寧に停止した。
「内部はどうなってる?」
「探知系の魔法に対する結界が貼られているので、残念ながら。あまり探知は得意ではないんです」
「了解だ。慎重にいこう」
ここまで手の込んだギミックを作っているわけだ。探知で全貌を掴むことを許してくれるはずがない。
ただ、一応確認してみただけ。
分からないなら分からないでゆっくりいけば良い。タイムリミットはあるが、数秒を競うようなものでもないのだから。
俺と雫は森に一歩足を入れる。
俺たちを迎えるのは奇抜な色の落ち葉によるカーペット。ふかっとした感覚が足に伝わった。
「不気味な色だな。これも魔獣だったりするのか?」
「いえ、そういうことはないようです。普通の生物としてここに植えられているだけ……もちろん、初めて見る種類です」
「毒とかは──なさそうだな」
ここまで奇抜な色となると、はじめに疑うのは毒の類だ。
蜂も奇抜な色で毒をアピールしているという。同じようなものを感じてしまった。
しかし、幸いにも毒があるわけではないらしい。妙に規則的に並んでいるし、人工物ならば毒がある方が不自然か。
「とりあえず、進みましょう」
「そうだな。…………ん?」
ガサガサ……。
葉を踏みながら歩く足音──それが複数聞こえる。
足音はこちらに向かってきているようだ。
「魔獣か?」
「いえ、魔獣ではないようですが……魂は人に似ていますね」
数秒経てば、木陰から複数の小人が現れた。
身長は全員が1メートルほど。原住民のような──というと少し偏見が混ざる言い方になってしまうが──儀式的な仮面を全員がつけている。
───たしかに魔獣ではないのか。
ゴブリンのように見えるも、決めつけるのは良くないだろう。
8人の小人グループは、皆右手に杖やら槍やらを持っている。これは戦闘を意識しているということであり、狩りだと考えればこの森に魔獣が生息していることも推測できる。
襲いかかってくる気配はない。
友好的かと聞かれれば頷き難いが、モグラ同様、俺たちが敵かどうかを判断しているように思えた。
「■■■」
「■■! ■■!」
「■■■ッ!!!」
「■!! ■!! |■■
《ヴイレス・クーワ》!! ■■ッ!!!」
「何語だ?」
「さぁ……?」
わけのわからぬ言葉を早口に紡ぐ彼らに違和感を覚えながらも、こちらとコミュニケーションを取ろうとする姿勢だけは伺えたので攻撃はできない。
あくまで友好的に接しようとしてくれているのだ。こちらも出来る限りの誠意を見せなくてはならない。
「■■」
「■■■■ッ!」
「すまない。俺たちはその言語を理解できないんだ。ただ、敵意はない」
俺は両手を上げて敵意がないことを示しつつ、そんなことを言う。
伝わるとは思っていないが、こちらもコミュニケーションを取ろうとしているアピールだ。
「■■■?」
「■■■■■■!」
「■! ■!!」
仲間内で話し合っているようだ。
どんな内容かは分からない。雫と顔を見合わせ、お互い肩を竦める。
「■!!」
「うおっ!?」
突如、8人のうちの1人が杖を掲げたかと思うと、俺の足元で爆発が起こる。
咄嗟に跳び退こうと地面を蹴れば、後ろに回り込むように槍を持った4人が動き始めた。
「いッ──!」
「兄さんッ!!」
唐突なことで反応が遅れ、地面の爆発を右脚は直接受けてしまう。
幸い、欠損とまではいかなかったが、右脚は大量出血だ。おかげで後ろに跳ぶ力も弱まり、即座に回り込んでいた4人の小人はその隙を狙って飛び掛かってきた。
───とりあえず……
飛び掛かってきた奴らの対処が先だ。
正面から向かってくる2人の槍組と魔法を詠唱し始めている杖2人組にはまだ余裕がある。
「<散魂>!!」
──それすら必要なかったようだ。
俺の怪我を見た途端、血相を変えてスキルを放った雫により、8人の小人は体内から血を吹き出して爆散する。
グシャっと弾ける音が耳に残るが、それより脚の痛みが気になった。
「<完全治療>! 兄さん、大丈夫ですか!」
俺が治癒するよりも早く、雫が回復魔法を使ってくれる。
ここでの対応速度の差こそ積み重ねてきたものの違いだろう。
いや、そんなことはどうでも良いのだ。
「ありがとう、雫。なんともないよ。少し驚いただけだ」
「良かったです。耳を傾けず、すぐに殺しておくべきでした」
既に死体となり、──いや、死体すら残らず、血痕になってしまった彼らを忌々しく睨みつけながら、雫は呟く。
「いや、俺がコミュニケーションを取ろうとしたんだ。判断ミスだった」
「そんなことはありません」
「とにかく、無事なら問題ないさ。次からアイツらは見かけ次第殺せば良いだけだ」
彼らが話し合っていたことは、俺たちをどう殺すかなのでは、と今更ながらに思う。
意思疎通を試みてくれている──ダンジョン内部でそんなことを考えるのはどうかしていた。
あまりにも自然に近しいダンジョン構造だった為に、緊張感が抜けていたのだ。
これも良い勉強だと、今度は気を引き締める。
「ここで足踏みをしていてもどうしようもない。進むぞ」
「脚は大丈夫なのですか?」
「雫が治してくれたからな。ピンピンさ」
痛みにも慣れてきたものだ、と我ながら思いつつ。
俺と雫は森の奥に向かって歩き始めた。
どんなゲームにも居ますよね、仮面被った謎の小人。