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第154話 滅亡古代遺跡インテリタス(3)

 ベルゼブブが居なくなった部屋に、俺が起きたことを察知したのか、一人のメイドが入室してくる。


「どうぞ」


 と彼女を部屋に上げれば、メイドはその勢いのまま俺に向かって歩いてきて──俺の服を脱がせた。


 しかし、脳内に疑問符が浮かび上がることはない。

 メイドがこの部屋に入るに当たって所持していたものが着替えだったからだ。


 動きやすいズボンとシャツが一着であった。

 これは俺が希望したものである。


「失礼します」


 着替えやすい服装なため、メイドに着替えを頼むほどではない。

 本来であればもっと豪華な服を着てほしいらしいのだが、ダンジョン攻略という言い訳でそれは遠慮しておいた。


 寝間着を脱ぎ、外出用の服に着替えると、メイドは寝間着を畳み回収していく。

 所作がスムーズだ。板についたメイド業が伺える。


「ありがとうございます」

「いえ、これも仕事ですのでお気にせず。どこかおかしなところはありませんか?」

「はい、大丈夫です」


 「それは良かったです」と、ニコリと微笑んで言うメイドに感謝を告げる。


「ところで、敬語はお控えください」

「……そう言われても──」

「お控えください」

「あ、はい」


 メイドの圧に屈する。


 喉のすぐそこまで出ていた文句も飲み込まざるを得ない。

 魔王の兄として恩恵を受けているのだ。慣れずともこれくらいは受け入れよう。


 そんな言い訳で自分を納得させれば、メイドも気が済んだようだ。

 寝間着の回収だけでなく、ベッドシーツも流れるように回収していく。続いては備品のチェックだ。


「お仕事お疲れ様。じゃあ、俺は行くから」

「かしこまりました。お送り致します」

「いや、大丈夫。ルリが迎えに来てくれてる」


 仕事に入るメイドを傍目に部屋を出ていこうとすると、集合場所まで送ると提案されるが、それはやんわりとお断りしておく。

 仕事に水を差すのが嫌だと言う気持ちもあるが、メイドを連れているのがむず痒く感じるからだ。


 ルリが隣にいるのは慣れてきている。

 頼まなくても気付けば傍にいることが多いというのもあるのだが──それは彼女なりの気遣いだと受け取っておこう。



 ともあれ、ルリが迎えに来てくれているのは事実だ。

 扉を開けて入ってこないのはメイドに叱られるのを恐れているからに違いない。「異性の部屋に躊躇なく入るのははしたないですよ」と怒られ涙目になるルリは容易に想像できた。


「おはよう。待たせたか?」

「……ん、おはよう」


 メイドにああは言ったものの、教育されている一流のメイドが部屋主をただ退出させるはずもない。


 颯爽と扉の前まで移動していたメイドにより、部屋の扉は開かれる。

 当然、その先にはルリが居た。


「いってらっしゃいませ」

「ああ、いってくる」

「……ん」


 部屋の扉が両開きというだけで驚きな上、それをメイドに開けさせているというなんとも言えない背徳感。

 それを表に出さないように、俺はゆっくりと部屋を出た。


「……ちょっと変」

「──やっぱりか?」


 意識してそれっぽい態度を取ろうとしていたからか、どうやら俺の動きは奇怪なものであったらしい。

 やはり慣れないことはするべきではないな、と脳内で反省会であった。



 閑話休題。



 ルリと共に集合場所まで向かっていく。

 予定では現地集合になっていた。古代遺跡の場所が描かれた地図を受け取っていたのだが、ルリが迎えに来たのは心配だったからであろう。


───正しい判断だけどな……。


 実際、俺も一人で辿り着けたかと聞かれれば少し不安である。

 地図自体は詳らかに描かれていて見やすいのだが、いかんせんこうして歩いてみると想像より入り組んでいるように感じてしまうのだ。


 「ただ真っ直ぐ進むだけじゃん!」と言われても迷ってしまうのと同じである。その”真っ直ぐ進むだけ”というのが意外と難しかったりするものだ。


「ザ・遺跡って感じではないんだな」


 そんなくだらないことを考えながら歩いていれば、気が付けばインテリタスに到着していた。

 スムーズに辿り着けたのはルリのおかげだ。長年縄張りとしているだけあって、足取りは熟知している者のそれだった。


「……地下がダンジョンの主な部分だから」


 俺が漏らした感想に、律儀にもルリは返答をくれる。

 滅亡古代遺跡インテリタスが地下ダンジョンなのは聞き及んでいたが、地上に露出している入り口部分がここまで貧相なものだとは思いもしなかったのだ。


 そんなに? と思うかもしれないが、柱2本のみである。

 謎の文字が書かれている柱が2本だけ地上に露出していて、柱で挟むように地下への入り口があった。


 魔王軍もこれはやり過ぎだと感じたに違いない。

 ダンジョンを見張る受付のような場所には、まさにダンジョン! と分かるような装飾がされていた。禍々しく、少し豪華なのだ。


 ダンジョンにも気を使うんだ、この魔王様……と、既に着いていた雫に視線を向けた。


「おまたせ」


 ラルヴィアも既に着いていたらしい。


 俺の視線に気が付かないほど──実際には気付いていたのかもしれないが──話に熱中している雫とラルヴィアに、俺とルリは近付いていく。


 彼我の距離が5メートルほどまで縮まると、雫とラルヴィアは会話をやめて視線をこちらに向けてきた。


「いえ、今来たところです」


───それはないだろ……。


 出会ってすぐ仲良く会話できるほど雫とラルヴィアの仲は良かった覚えはない。話し始めてそこそこの時間は経っているに違いない。


 とはいえ、雫の善意を無駄にする俺ではない。


「それは良かった」


 朗らかな笑みでそうとだけ答えておいた。


「私たちの準備は出来ています。兄さんとルリはどうですか?」

「俺はもう行けるぞ」

「……私も」


 準備という準備はなかった。


 普通、ダンジョン攻略に必要な食糧や道具は多く、熟練であればあるほどその道具は減っていく。

 逆に、始めてのダンジョン攻略では大事を取ったアイテム準備が望ましい。


 ダンジョン攻略自体初めてではないが、初心者であることは事実だ。

 色々と支度を整える必要があると思っていたのだが、食糧は空間魔法で雫が所持しているし、メンバーがメンバーなだけあって大抵のことは魔法で解決できてしまう。


 そういった魔法が上手く機能しなかったときのための宿泊道具なんかは雫が持ってきているらしいが、そもそも寝泊まりを必要としない者が多数だ。ずっと動き続けていても良いとなれば、物資問題は大きく解決できた。


 つまり、準備も何もなかったわけだ。

 体をゆっくり休め、やる気を出しておくだけ。できないはずがなかった。


「それでは、行きましょうか」


「魔王様方、こちらに」


 事前にアポを取っていたこともあり、ダンジョン入り口では魔王軍の兵士と思われる3人の魔族が待っていた。

 そのうちの1人──背中から鳥の翼のようなものが生えている女──が案内してくれるようだ。


 案内とは言っても、彼女にダンジョンを探索する権利は与えられていないし、その経験もない。

 つまり、ダンジョン入口までのお見送りだ。それも、ほんの数メートル程度である。


───これ、必要か……?


 なんて考えも心の内に留めておかねばならない。

 雫は魔王。魔族領域で最も偉い存在なのだから。


「いってらっしゃいませ、魔王様」

「入口の警備、ご苦労。では我らは行ってくる」


 2本の柱まで案内された俺たち4人は、翼魔族に見送られながら階段を下っていく。

 先程と比べて少し寒い。ダンジョン内部から冷気が漏れ出してきているようだ。


 地下だから寒い、は理解できるのだが、風が入り口から吹き抜けてくる理由は不明だった。

 説明だと、このダンジョンの入口は1つしか見つかっていない。つまり、風が吹き抜ける原因はないはずなのだ。


 少し不気味に感じながらも、先導する雫について階段を下る。

 雫、俺、ルリ、ラルヴィアの順だった。


───そういえば……


「ラルヴィア、やけに静かだな?」

「そうでしょうか」

「あぁ。何かあったのか?」


 俺の質問にラルヴィアは考え込む素振りを見せる。


 こういった一つ一つの挙動も、食べ物に卑しい彼女からは想像できないほど元気がない。覇気がないといった方が近いだろうか。


「そうですね。少し、不気味と言いますか、気になるところが───」

「歓談中すまないが、扉を開けるぞ」


 長い階段ではなかった故に、ダンジョン入口の扉へはすぐに到達した。

 2メートルほどの巨大な両開きの扉だ。

 雫はその片方に右手を当て、いつでも開けられることをアピールしている。


「分かりました。とりあえず、内部に侵入してから考えましょう」

「うむ」


 ラルヴィアの覚えている違和感も聞きたかったが、どうやらその話はお預けのようだ。

 雫が右手に少し力を込めると、扉はどちらもスムーズに開く。

 ボロく見えていたのだが、ギギ……と音を立てることもなく開いた。これもまた不思議だ。


「暗いな」

「……外から中が覗けないようになってるだけ。入れば見えるようになる」


 「だから、行こう」と誘うルリに雫も頷き、警戒する素振りも見せずに踏み出した。


 雫の姿が暗闇に溶けていく。覗き防止とはこれまたすごい魔法だと感心しながら、俺も続いて足を踏み入れた。



 ──瞬間、襲い来るのは謎の浮遊感。

 かと思えば、元から何を見ているか分からなかった視界が暗転し、瞬きをした次には眩い光が俺の視界を奪う。


「ァ────」


 声を出そうとしても、上手く発声できない。金縛りにあっているかのように四肢は動かないし、無理やり叫ぼうとすれば喉は焼けるような痛みに襲われる。


 ただ、酔うような妙な気持ち悪さだけはハッキリと感じ取れていた。視覚、聴覚、触覚の全てが頼りない現状でも、この感覚だけは絶対に忘れることはない。



 滅亡古代遺跡インテリタス。

 太古の高難易度ダンジョンが俺に最初に課した試練。

 

 それは、転移だった。

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