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第153話 女神の■■

 女神の屋敷、応接室。


 彼女が滅多にすることではないが、王族や貴族との面会に使う部屋だ。

 王を出向かせることは中々問題なのだが、相手は女神。人として文句を言うのも難しく、「私は簡単に人の前に姿を見せてはいけませんので」と言われてしまえば何も言い返せないのだ。


 いやいや、お宅で雇っているメイドはじゃあなんなんですか? 人じゃないんですか? なんて思ってしまう聡い者も存在してしまうのだが、賢い人はそれを口に出さない。次の日には歴史上に存在しなかった人物に成り下がるであろうことを理解しているためだ。



 そんなやけに豪華な作りの応接室には、現在、人が集まっている。

 勇者である北条海春(ホクジョウミハル)角倉翔(スミノクラショウ)夢咲叶多(ユメサキカナタ)魔夜中紫怨(マヨナカシオン)。加えて少年が1人だ。


 目的は言わずもがな、計画の進みの確認である。

 女神の計画は長期的で大規模なものであり、一人で回すには手が足りない。ベール本人(神)が直接主導するプランから、配下である者たちに主導権を渡しているプランなど、様々だ。


 計画の確実な成功には、異常(イレギュラー)が起きてはならない。規模によって修正は可能だが、積み重なれば修正は困難になり、破綻する。

 最も恐れているものは裏切り──謀反だ。それが起きる可能性を無くすため、アオイ……枷月葵(カサラギアオイ)から離れた位置に彼らを配属している。──一部は除くのだが。


 ここに集まっているメンバーのほとんどは、計画の一端を任されている人物だ。

 女神からの手厚い支配の効果も受けており、”勇者なのに魔王討伐に関係のないことを任されている”ことに対して違和感など覚えていない。ベールの指示に従順であることを誇りに思っているほどである。


「皆さん、よく集まってくれました」


 女神の上から目線な一言にも、跪いた彼らは更に頭を深く下げるだけだ。

 「お呼びとあらば、どこへでも」とでも言いたげな彼らの態度に女神は納得したのか、うんうんと首を縦に振っている。


「それでは、報告に入りましょう」


 ベールの持つ支配能力を簡潔に説明するならば、”強力な洗脳”だ。

 それ故に彼女の器を圧迫することはなく、理論上は無制限に<支配(ドミネイト)>する事ができる、のだが。


 もちろん、管理する必要──<支配(ドミネイト)>の面倒臭さを考えれば、実際は天井がある。それでも、女神は上手くこの能力を活かしていた。


 ただ、欠点もある。

 それが、繋がっていない故の情報伝達手段の少なさ、だ。

 魔法の類で連絡を取るのは多少容易ではあるのだが、それは通常の手段の延長線上でしかなく、盗み聞きされる可能性を否定できない。

 安全に脳内で情報伝達を完結させられる<支配(ドミネイト)>と違い、招集して情報の共有を行う必要がある煩わしさはあった。


 尤も、そんなことも慣れてしまえば大した障害にはならない。

 今となってはこうして配下を集めて行う情報収集も、ベールのルーティンの1つとなっていた。


「まずは、北条海春さん。土龍の一件、お疲れ様でした」

「いえ、容易なことでした」


 土龍は強力な力を持つ。

 その力が強力──というよりは、従える土竜の個体数が多いことが問題だ。あの数で迫られると、土竜の対策に1つ手を割く必要が出てくる。

 事前に土竜の数を減らすため、土龍を操って魔族にぶつけさせたのだ。


 土龍の性格を一言で表すならば、引きこもりだ。外の事情も知らないからこそ、勇者である北条海春を怪しむこともせず招き入れた。

 彼女としては、「話くらいは聞こう。敵意はなさそうだし……」とか、そのあたりの認識だったのだろう。

 実際には勇者のポーカーフェイスに騙され、難なく支配の効果を受けてしまったのだが。


 土龍と魔王軍の誰かしらをぶつけ、どちらかは処理しておきたいという目論見もあったのだが、それは失敗に終わったようだ。

 貸与された支配能力が弱いせいか、なんらかの衝動で支配能力が解除されてしまったらしい。


───多少厄介ではありますが……


 まぁ、妥協の範囲ではある。


 土龍一匹程度、なんとでもなるのだ。

 良い。北条海春の働きは称賛に値するものだった。


「では、角倉翔さん。帝国の支配は順調ですか?」

「はい。大した問題もなく、円滑に進んでいますよ」

「それは結構なことです。しかし、小さな問題も積み重なれば大きな問題へと発展します。どんな些細なことでも、問題があるのならば報告してください」


 角倉翔は大抵、誰にでもへりくだった姿勢を見せる。

 はじめはそれが彼の本質なのだと思っていたが、実際はそうではない。彼の本性は卑屈だ。

 そんなことはどうでも良いのだ。ベールにとって重要だったのは、彼は非常に優秀だということである。


 それ故か、大抵のことは自分で解決しようとする。

 ベールを介さずに解決できるのは良いことなのだが、それはベールに報告をしなくて良いということにならない。

 これは角倉翔の悪い部分とも言えた。


 女神の言葉を受けて、「そうですねー」と漏らす彼は、続けて話す。


「一部保守派の貴族たちによる反乱意志の存在でしょうか。保守派というだけあり、やってることは陰口程度ですが、少し面倒ではあります。皇帝を全面に出して改革を進めているのでゴリ押していますけど」

「どのように対処を?」

「ああ、斬首しています」


 何事も無いかのように「斬首」という言葉を使う角倉翔に、ベールは少し恐ろしさを感じる。

 異世界人にしては──いや、この世界であれ、彼の倫理観は少し壊れている。


「それでは圧政になりませんか?」

「問題がありますか? 力を尊ぶお国柄か、従順に従う民が多数派ですよ」


 帝国の性質をよく理解しているやり方だ。


 民に実害が及ばない程度に力ずくで進める。やり方は正解だ。


「分かりました。何かあったら随時報告してください」

「了解です」


 帝国の件も問題ない。

 神域へ到達した後の問題解決の話だ。気長で良いのである。


「夢咲叶多さんも、魔獣の殲滅お疲れ様でした。続いての任務も覚えていますか?」

「はい。問題ありません。冒険者ギルドの改革、でしたよね」

「えぇ、その通りです。魔獣の数が減った今、新たな稼ぎ方を確立する必要があります。人族領域の平和に直結することですので、抜かりなきよう」

「分かってます」


 これも神域到達後の問題解決に向けている。


 夢咲叶多には人族領域に住まう魔族を殲滅させていた。もちろん、冒険者の仕事をなくさないために一部地域では魔獣を残している。


 ただ、今までのような仕事はなくなってしまうだろう。荷物運びや薬草集め、ダンジョン攻略といった、なんでも屋に近い形になってしまう。

 その改革を押し進めるための勇者だ。勇者という肩書は人々のウケがよく、とりあえず勇者がやっていれば反対も起きにくい。


 便利である。

 戦力としては大したことがなくとも、ベールが勇者を捨てられない理由だ。

 他にも理由はあるのだが、半分くらいはこれが占めていると言っても過言ではない。


「最後に、魔夜中紫怨さん。アオイ──枷月葵の尾行、お疲れ様でした。おかげで彼の居場所が特定できています。私たちの活動の安全に繋がっています」

「はっ」


 枷月葵の生存は他の勇者に伝えていなかった。

 そのこともあってか、他の3人が驚いたように肩を動かす。彼らにとって枷月葵は過去に死んだ人物なのだ。


 しかし、そのことを質問する勇気はない。

 女神は絶対者であり、軽々しく質問をして話に水を差したくないからだ。


「それで、枷月葵の精神状況はどうでしたか?」

「大きな問題があるようには思えませんでした。普通ですね」

「そうですか」


 魔族領域に足を踏み入れたことでなにか変化が起きたかと思ったが、そんなことはないのか。

 元々、召喚時の<支配(ドミネイト)>の効き目も悪かったのかもしれない、と推測する。


「まぁ、紫怨さんは引き続き自由行動で構いません。何かあれば報告するように」

「はっ」


 枷月葵との繋がりも否定できないため、泳がせておく。

 どれだけ洗脳の効果を強めようと、彼の元よりの思想や交友関係がなくなるわけではない。ベールが指摘しても良いのだが、指摘することで起こる矛盾のせいで<支配(ドミネイト)>の効果が薄くなることを恐れた。


───幸い、男色ということもなさそうですし……。


 洗脳を上回る恋の感情は<支配(ドミネイト)>を解除する恐れがある。

 二人の関係がそういったものではないのであれば、自由にさせて構わない。


 むしろ、魔夜中紫怨は無自覚にスパイをしている状況になっていた。



 支配における矛盾というのは、自然と<支配(ドミネイト)>を解除させる恐れがある。

 そのため、ベールは勇者の敬称を”様”から”さん”に変えたのだ。



 そんなことはどうでも良い。


「そういえば、ルーク。枷月葵と接触したのですか?」

「いやいや、会ってない会ってない」


 ルークと呼ばれた少年は答える。


「女の勇者は一人だったよ」

「それは想定通りで良かったです。ところで、あなたは死んだようですが?」

「追加で一人、凶暴な女が来てね。もう稼ぐ必要もないから逃げようと思ったんだけど、逃げ切れなかったんだ。ごめんね」


 ロザリア&夏影陽里と戦った少年だ。

 大した反撃もせずにロザリアに殺されてしまったのだが、その際に<女神の祝福(ディスデッドギフト)>によって死を免れていた。


 ベールからすると温存して欲しかったのだが、それはルークには難しいだろう。

 見た目通り、思想が幼く気分屋で感情的。

 実力が無ければ絶対に味方にしたくない、と女神に思わせるほどだ。


「ともあれ、生きて帰ってきてくれたのは喜ばしいことです。お疲れ様でした」

「女神様の頼みなら何でも聞くよ」


 精神攻撃への耐性を考えて作った個体であるせいか、ルークに対する<支配(ドミネイト)>の効能は薄い。

 それでも創造主であるベールに従ってくれること──それだけが彼を握る手綱だ。

 あまり外には出したくないが、戦力として大きすぎるゆえに、手放せない。



 一通りの報告を聞き、計画は全体として滞りなく進んでいることに安堵する。

 この計画の第一歩となる最も重要な装置──神域を繋ぐゲートが故障していることだけが問題だ。とはいえ、これもあとは時間の問題である。


───修復自体は難しくありませんからね。


 事実、そこまで日は経っていないにも関わらず、修復は順調に進んできていた。

 必要な材料が少々足りないが、それも夢咲叶多が魔獣を排除してくれたことで探しやすい。


───枷月葵は私を殺したいようですが……


 神域にさえ行ってしまえば女神の勝ちだ。

 真正面から戦ってやっても良いが、わざわざリスクある手段を取る意味はない。


「ええ、皆さん。本当にお疲れ様でした。引き続き、役割をしっかりとこなすようにお願いします」


 あと少し。


 あと一歩で、女神の計画は始まる。


 そう。


 全ては───


「より良い、支配のために」

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