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第152話 滅亡古代遺跡インテリタス(2)

 それから様々な出店を周り、色々なものを食べた。


 見たことのない、ピリ辛に味付けされた野菜。

 妙に甘ったるい果物。

 吃驚するほどモチモチでほのかに甘いパン。

 など、など……。


 全体的に食べた経験のない味が多かったが、調理技術や調味料が独特ということもなく、(実際独特ではあるのだが、)口に合う味付けだった。

 総評は、異世界料理として好印象、といったところだ。


「こう言っちゃなんだが、想像以上だな」

「……元々は不味かった。今の魔王様が来てから……強引に食の改革が始まった」


 少し自慢げに話しているのは、ルリと雫の仲の良さ故だろう。いがみ合っているイメージはあるが、ト○とジ○リーのような関係に見えてしまう。


 兄としては、妹に信頼できる相手がいるのは良いことだ。

 300年生きてきて伴侶が居ないことは気になるが──死別とかしてるのか?


「なぁ、ルリ」

「……ん、どした?」

「雫って結婚とかしてるのか?」

「……してない。安心して」


 「安心して」はどういう意味なのか。大事な妹に手を出す不埒な輩は居ないから安心してね、ということだと受け取っておく。


 大通りを歩きながらそんな話をしている俺とルリが今目指しているのは旧魔王城跡だ。


 どうやら、3世代ほど前の魔王は今の魔王城とは別の場所に城を持っていたらしい。1000年以上前なこともあり城は半壊してしまっているが、その名残を感じることは出来る場所なのだとか。


 ガルヘイア中央よりやや北側に寄った場所に、旧魔王城跡は存在する。


 歩いていけばそれほど時間は掛からなかった。そう感じているだけで、実際には20分程度は普通に経過しているのだが。


「なんというか──」


 目的地に着く。

 ガルヘイアに住む魔族たちはもうこの城に興味はないのか、人だかりが出来ていることはない。

 城跡、と聞くと観光地のイメージが強かった俺はそれに驚いた。


 見た感想は、どこか哀愁が漂っている場所だということだ。

 想定していた壮大な城などではなく、規模は小さい。

 もちろん、半壊しているのもその一因だ。時が経ったことで苔むしたレンガや錆びた鉄が、その哀しさにアクセントを加えている。


「……私にとっては、懐かしい場所」


 遠い場所を見るような視線で語るルリが、俺の手を掴んで城の中へと入っていく。

 腕を掴んで進んでいながらも、引っ張るような強引さはない優しい力加減だった。


 その意図を察して、俺もルリに付いていくように歩き始める。


 半壊しているためか、風の通りが良かった。中は涼しく──少し肌寒いくらいだ。

 若干薄暗いのは、照明が用意されていないためである。観光地として利用する気もない魔族たちの思想が顕著に現れていた。


「……私はあまり関わりがなかったけれど、この時代の魔族は果敢に人族と戦っていた。勇者と魔王の戦いは苛烈で──人々にとっても、魔族にとっても、勇者は、魔王は、脅威であり憧れだった」

「…………」


 颯爽と城の中を歩くルリは、城を堪能しているようには見えない。

 幾度となく見てきたものなのかもしれない。今更、詳しく見る必要など彼女にはないのだろう。


「色々あった魔族領域だけど、今はきっと一番幸せ。多くの魔族が幸せに過ごしている──それだけで私は嬉しい」

「なぁ、ルリ」

「……ん、どうした?」


 前々から、疑問に思っていたことがある。

 長年を歴史と共に過ごし、魔族を見守ってきた彼女。

 いや、魔族だけではないだろう。時には敵として、人々も見守ってきたに違いない。


 そんな彼女が、なぜ俺を慕っているのか。

 俺にはそれが分からなかった。


 顔をこちらに向け、俺の呼びかけに首を傾げているルリに、俺は問いかける。


「なんで俺のことを大切に思ってくれるんだ? ルリが俺を慕う理由はないはずだ。魔族を救ったわけでもないし、偉業を成し遂げたわけでもない。大して強くもないだろ?」

「……んー、難しい質問……」


 考え込むように俯くルリは、何を言えば俺が納得するか考えているように見えた。


 数秒の沈黙が続き、その後にルリは勢いよく顔を上げる。


「……理由という理由はない。獣は本能を大切にする。私が本能で感じただけ。葵の魅力を、本能で理解したということ」


 「それが獣という生物」と付け足し、彼女は胸を張ってそう答える。


 つまり、”そういうもの”だと言いたいのだ。もはや一目惚れと言っていいものかもしれない。


 ルリが納得しているならそれで良いのだが──俺には本能で運命の相手を察知する能力はないので、正直分かりにくくはあった。


「……でも、好きになった理由は大事じゃない。大切なのは、これからどうしていくか。どういう時間を過ごしていくか。理由なんてのは、後付けでも良い」

「──それは確かに、そうかもな」

「……ん。だから今は、私の──私たちの時間を楽しむべき」


 「色々、案内するから」。そう言うルリについて、俺たちは夜までガルヘイアを楽しんだ。

 図書館、服屋、ポーション店から鍛冶屋まで。日本ではあまり見ない様々な文化に触れ、1日を楽しんだのだった。





・     ・     ・





「それじゃあ、おやすみ、ルリ」

「……ん、おやすみ、葵」


 わざわざ部屋まで送るという圧倒的イケメンムーブをかますルリに感謝しつつ、俺は床についた。





・     ・     ・





「白……?」


 夢の中。


 こうして精神世界に拉致される経験を何度も積んでいると、だんだんと慣れてくるものだ。

 いつも通りベルゼブブに呼ばれたかと思ったのだが、今回はそうではないらしい。

 なんだか妙に周りが明るい空間である。


「久しぶり、葵くん」

「──タクト?」


 懐かしい声だった。

 最後に会ったのは──魔将グルシーラを相手にした時だ。それ以降何をしていたのかも分からないし、話すことも全く無かった。


 そんなタクトが急に夢に現れる。

 幻覚の類ではないことは理解できた。ベルゼブブがそうするのと同じように、目の前にタクトは存在している。


「なんで? って顔してるね。まぁ、理由なんて特にないよ。僕は君に助けが必要だと思った時に現れる。働きへの褒美だって、前も言っただろう?」

「なにかしたか、俺?」

「女神の手駒をかなり減らしてくれただろ? 地味に助かるんだ」


 そういうことか、と納得する。


 内乱の終盤で戦った天使や女神の配下たち。

 彼らを殺したことで、女神の戦力の低下に繋がった。勇者の時と同じだ。


「ただ、ここは現実の世界ではないから、物を与えることは出来ないんだ。代わりと言ってはなんだけど、知恵を君に授けておこうと思ってね」

「知恵? なんのだ?」

「これから葵くんが挑むダンジョン──滅亡古代遺跡インテリタスに関することさ。制限時間内に攻略するのは少し骨が折れる」


 ダンジョンの構造も知らない状況ではタクトの言うことは理解できない。

 頭の片隅に入れておこう、とその程度だ。久方ぶりのタクトで感じていた驚きも、徐々になくなってきていた。


「まず、このダンジョンには3体のボスが居るんだ。君の妹ならそのことにはすぐに気づくだろうけど、実はそれが罠なんだよ。ダンジョンのボスは1体だ。その3体を倒した後、ダンジョンの入り口にある石盤に魔力を通して。隠し通路が開いて、更に下層──いや、本当のインテリタスに挑めるようになる」

「ダンジョン自体が隠されているのか?」

「そういうこと。時間制限がある中、気付けないとまずいだろう? だから教えておいた。覚えておいてね」


 1週間はダンジョン攻略には十分な時間だが、巧妙に隠されていると気付かずに終わってしまう可能性もあった。

 それこそ、”人工魔力器官はなかった”として結末を迎えてしまう可能性まであったのだ。


 タクトから事前に情報を得れたのは幸運だったかもしれない。

 今はほとんど残っていない古代遺跡の情報だ。つくづく、タクトの情報網は謎である。


「なあ、そういえば……」

「うん? どうしたの?」

「タクトと初めて会った時、始まりの獣(ラストビースト)が王都を襲撃してきただろ? アレの目的ってなんだったんだ?」


 タクトを魔王だと思っていた頃だったので、タクトの俺への勧誘のパフォーマンスの一環だと思っていたが、彼が魔王軍に関わっている様子はない。

 となると、タクトが俺に始まりの獣(ラストビースト)を見せたのは魔王軍の動きを利用しただけ──襲撃自体には別の目的があったはずだ。


「女神への脅しみたいなものだよ。魔王軍にスパイを送り込んでいた女神に対して、情報無しに始まりの獣(ラストビースト)を急に襲撃させる。スパイが機能していないことを女神に把握させると共に、”こちらは気付いているぞ”とアピールできたんだ。おかげで女神は魔族領域にアプローチしにくくなった。彼女の魔族領域内での勢力は──既に君が潰した狼人族くらいだったよ」

「あの後の魔獣の襲撃もそういうことか?」

「んー、アレは魔王の指示じゃないと思うよ。他の誰かがやったことさ」


 濁して言うのはこれ以上教える気がないからだろう。

 しつこく聞いてタクトからの印象が悪くなるのは避けたい。素直に情報を得れたことに喜んでおこう。

 それくらいの分別は付けられている自信はある。


「ちゃんと考えてるんだな、雫も」

「そうだね。ホントに、中々隙がない魔王だよ」


 少し恨めしそうに言うタクトの真意は分からない。

 なんにせよ、女神と敵対する彼にとって、魔王が慎重なのは良いことだろう。


「そのおかげで色々と準備することは増えたけど、それも君のおかげで色々と近道が出来るんだ。最近は女神対策で色々と駆け回っていてね。ほら、女神を殺すだけじゃあ問題は解決しないから」

「それはなんとなく気付いてる。大陸の管理……とか色々あるって話だろ?」

「そうそう。それの対策の準備をしてるのさ」

「それはどうも」


 俺が考え無しに女神を殺しても問題ない、と言われているようなものだ。

 ありがとうタクト──となる。


「ま、そういうこと。とりあえずは目先のことだけ考えなよ。インテリタスは──ダンジョンとしての難易度はかなり高いんだから」

「あぁ、分かってる。忠告ありがとう」

「分かっているならば良いんだ。───さて、そろそろ時間かな。無制限に夢に干渉は出来ないからね」


 目の前にいるわけでも転移させられたわけでもない。遠く離れた場所から夢を経由してコミュニケーションを取るのは難しいことだろう。

 それも、ここは魔王城。結界の類は当然あるはずだ。


「色々とありがとう。助かった」

「褒美だから、そこまで気にすることじゃないよ。君には期待もしているからね」


 タクトはいつもそう言うが、それでも助かっているのは事実だ。

 そもそも、俺のしたいことをしているだけ。それで褒美が貰えること自体、贅沢なのである。


「じゃあ、ゆっくり休むんだよ。おやすみ、葵くん」

「ああ。おやすみ、タクト」


 そうして、意識は遠のいていく。



 俺は深い眠りに戻っていった。





・     ・     ・





 朝が訪れる。


 滅亡古代遺跡インテリタスの攻略を開始する日だ。睡眠の質は良く、体の疲れは吹き飛んでいる。


「おはよう」

「ん? おはよう……ベルゼブブか?」


 目を開けて上体を起こすと、ベッドの端にベルゼブブが座っていた。

 彼女は俺の方を一直線に見つめている。だが、纏う雰囲気はどこかツンとしているものだ。


「どうした……?」

「君、アレは良くないよ」

「アレ……?」


 なんのことだろう、と心の中で考える。

 思いつくのは、ガルヘイアをルリと回っていたこと。──いや、別に咎められることではない。


「夢の中で会っていた男の話だよ。良くない」

「なぜ……?」


 ベルゼブブと契約して以来、タクトとは会っていなかった。

 精神世界での会話はベルゼブブの特権だったのだ。


 それを取られたことによる嫉妬? と一瞬思うも、そういう雰囲気でもない。どこかもっと深刻で、本気で怒っているように見えた。


「アレは信用できないよ。見れば分かる、嘘つきだ。──いや、違うね。嘘つきよりタチが悪い」

「そうか? 実際何度も救われてるし、タクトのおかげでここまで辿り着けたんだ」

「それだよ。実際に君を助けながら、彼は君を利用している。駄目だ。アレはペテン師だよ」


 タクトが俺を利用して女神を殺そうとしている──それは理解していた。

 ただ、利用というよりも取引だ。俺が女神を殺すための手助けを彼がしてくれているに過ぎない。それを利用と言うのは酷い気がする。


「分かるよ、君の考えてることは」

「ごめん。でも、頭の片隅には置いておくよ。忠告ありがとう」

「うん、まあそれで良いよ」


 ツンとした態度は崩さず、ベルゼブブはベッドから勢いよく立ち上がる。


 そこから数歩前に歩くと、顕現している状態を解くように彼女の体が魔力の粒子に分解されていく。


「大丈夫さ。君のことは私が守るから」


 そんな言葉を残して、ベルゼブブは居なくなった。

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