第151話 滅亡古代遺跡インテリタス(1)
滅亡古代遺跡インテリタス。
かつてこの大陸で栄えた文明の跡地であり、そこでは魔族も人族も分け隔てなく過ごしていたらしい。
そのことに均衡の乱れを感じた神々により、文明は破壊された。人々は殺され、街は破壊され、長い年月を掛けて土の下に埋もれていった。
しかし、死んだ彼らの怨念により、街はダンジョンとして形を残している。
神々に抗うように、自らが生きた証を残すように、高難易度ダンジョンとしてそこにあり続けるのだ(真偽不明)。
なぜ真偽不明なのか。
文明が完膚なきまでに破壊されれば、それ以前の記録もほとんど残らないからだ。
今分かることの全ては、残っていた断片的な情報から推測されることに過ぎない。後は、ただそこに文明があったという事実だけか。
言えることは、過去に栄えた文明の名残というだけあり技術の発展があったということと、攻略は並みの者では不可能な難易度であるということだ。
過去何千年にも渡り蓄積されてきた魔力、そして彼らの怨念が、ダンジョンの難易度を跳ね上げていた。
出発は、明日。
それまで特にすることはない、新米冒険者でもあるまいし準備も必要ない、とのことで、自由時間が与えられていたのだが───。
「……どうした? なんかしたいことある?」
なぜか。
なぜだか、ルリが隣に居るのだ。
本来はメイドを付ける予定だったらしいが、それをルリが無理やり拒否。
あの時を振り返ってみよう。
・ ・ ・
時は会議終了直後。
「では、各自普段の仕事に戻れ。兄さんは今日は自由に時間をお使いください。色々聞けるようにメイドを一人───」
「……大丈夫。その役割、私に任せて」
瞬間、悪くなる場の雰囲気。
目の笑っていない笑顔を向ける雫に、「……なんともありませーん」と余裕げな表情を見せつけるルリ。火に油を注いでいるだけだ。
「それでは魔王様、私は仕事に戻らせて頂きますので、これにて」
「我もそうしよう! 久方ぶりに山岳に戻らねばならぬ!」
「カハハ!! 皆、逃げていくではないか!!」
「私は食べ物を希望します」
「そういえば料理長が試食を求めていたな。一度了承すると気が済むまで食べさせられるせいで希望者は居ないが、その食べっぷりならいけるだろう。どうする?」
「行きましょう。案内してください」
「じゃあ、行くか」
次々と退出するメンバー。
ラルヴィアまでもがこの部屋からの脱出を望んでいるほどだ。
「葵くん、私は図書館にでも居るつもりよ。色々調べておきたいことがあるの。もしあなたの知りたい情報があるならば、ついでに収集しておくわ」
「あぁ……、いや、特に思いつかないな。ありがとう」
「分かったわ。それじゃ、頑張ってね」
陽里の気遣いも俺に向けたものではない。
あくまで図書館に行く口実だ。この部屋から自然と出るために、俺に行き先を開示までして──逃げた。
「ルリ、あなたにはやることが──ない。ないな、なぜだ?」
「……私は始まりの獣。魔王に従う獣ではない」
「だがしかし、安心せよ。私が兄さんの案内を担当しよう」
───なんでこの2人、すぐ喧嘩するんだろう?
なんて疑問を抱く。
(ちなみに元からこういう関係です。)
これはこれで仲の良いというか……”喧嘩するほど仲が良い”という言葉、言い得て妙である。
「お言葉ですが、魔王様。本日はこの後、土龍リネア様との面会の予定です。そのような時間はありません」
雫の後ろからヌっと出てきたフローラの一言で雫は撃沈した。
完全勝利の意を含む「フッ」という笑いを漏らすルリ。
しかし、それに反応できないほどに落ち込んでしまった雫だ。
さすがのルリも可哀想だと思ったのか、
「……今度、一緒に遊んでくると良い。その時くらい、邪魔はしない」
と、情けの一言を掛けた。
それが雫の狙いだったのだ。
今日に予定があるならば、ルリに譲らざるを得ない。
そうと決まれば、今できる最善のことは次邪魔をされないこと。
「感謝するぞ、ルリ」
スッと表情を戻し、得意げに言う雫。
ここで彼女の作戦に嵌ったことを知るルリだが、裏を返せば今日は譲るということでもある。折衷案だな、と納得した2人であった。
───ところで俺の選択権は?
そんなものは最初からない。
「ご愁傷さまです」と心の中で呟くフローラだけが、この場では唯一の理解者だった。
・ ・ ・
そういうわけで、今俺の隣にはルリが居る(魔王様公認)。
自称この街のことは何でも知っているルリなので、聞けばどんなところにでも案内できるらしい。
実際、長い年月をここで過ごしているのだろうし、嘘偽りはないだろう。
「……何処か行きたい場所はないの?」
「とりあえず、エリスの元を訪ねようか。その後はガルヘイアに遊びにでも行きたいな」
「……ん、了解した」
魔王城、俺に与えられた無駄に広い部屋のソファに座っていたルリが、勢いよく立ち上がる。
「ついてきて」
と続ける彼女に従って立ち上がった俺も、彼女と同じ方向に歩き出す。
部屋を出て、そのまま真っ直ぐ進むだけだ。
俺に与えられていた部屋は客室であり、エリスも同じく客室だったために、部屋自体は近かった。
問題があったとすれば、男一人では訪ねにくいということか。
いくら呼ばれているとはいえ、女性の部屋にアポ無しで行くのは気が引けた。
「……エリス、いる?」
エリスの部屋の前に着いたルリは、コンコンと扉をノックする。
ほぼ初対面でも物怖じせずに呼び捨てができるのはルリの良いところ──なのだろうか。
「はい、居ます。どうかしましたか?」
「……葵を連れてきた」
ガチャ
扉を開けて俺たちを出迎えるエリスは、いつもと違う服装をしていた。
部屋着──パジャマのような無防備な格好だ。魔王城で支給されたものだろうが、俺の前にその格好で出るのは良くない気がする。
「? どうかしましたか?」
「あ、いえ。なんでも……」
ここで素直に指摘できないのが俺の悪いところだ。
エリスの脳内に多くの疑問符を作ってしまったことに謝罪しつつ、招かれるままに部屋へと入っていく。
「何もないですが……、私も与えられてる部屋なんですけどね」
苦笑いをしながらお茶を出してくれるエリスは人が良い。
案内された椅子に座ると、対面するようにエリスも席に座った。ルリは俺の隣だ。
「グダグダと長話をするつもりはありません。明日からはまた忙しいと聞きました。とにかく、命を救っていただいたことの礼をしたかったのです」
そう言いながら、エリスは頭を大きく下げる。
そこまで感謝されることではないと驚きながらも、たしかに彼女にとっては俺が命を懸けてエリスを救ったように見えているのだと納得した。
事実として、「大したことではない」で済ませられる問題ではないのだ。
「その件については俺たちにもメリットはありましたから、エリスさんがそこまで気にすることではありません。
ですが、礼は受け取っておきます。どういたしまして」
「返せる物がなくてごめんなさい。いつか、なにかさせてね」
一瞬、エリスの雰囲気が過去に俺に向けていたものに戻った気がする。
本当に一瞬のこと。それでも、なんとなくそれが懐かしくて、嬉しかった。
「なんて話の為に呼んでしまいました。大事な休日でしょうし、飲み終えたらお暇してもらって大丈夫です」
それからお茶が飲み終わるまでの間、くだらない世間話を楽しんだ。
その間、エリスの俺への接し方が昔のように戻っていたことに嬉しさを感じたのは秘密だ。
・ ・ ・
街に来た。
エリスの部屋を出て、「私に任せて」というルリに付いて、街にやってきた。
視界に映るのは、石レンガで出来た規則的な住宅街。所々に店があり、出店も数多く見られる。
王都と比べても遜色ない有様に、ついつい息を飲んでしまう。
ただ、食にあそこまで力を入れていた雫が魔王なのだ。街並み、インフラの整備まで気を配っていたことは想像に難くない。
とはいえ、正直感動だ。
文化、進んでるなぁ……と、何度魔族の街に来ても思ってしまう。
「……行きたい場所は?」
「特にないな。この街……ガルヘイアを堪能したいくらいか」
「分かった。とりあえず、何か食べよう」
宴が終わり、会議を行ったのは翌日だ。
朝起きて軽食を取り、会議が終わって自由時間となった今はちょうど昼食時だった。
「オススメの店でもあるのか?」
「……ん、ちょっと違う。ここでは食べ歩きが良い。満足度が違う」
ガルヘイア南に位置する魔王城から出て、北に向かってゆっくり歩く俺とルリ。
流石に城に近いだけあって高級そうな店が並んでいたが、少し歩けば出店も増えてくる。辺りには肉の焼ける良い匂いが漂い始めた。
「……買っていこう。安心して、私が払う」
「あ、あぁ……ありがとう」
───そういえば俺、通貨持ってなくね……?
なんてことに気が付いてしまう。あれ、前まで持っていた通貨──どこいった?
懐に忍ばせていた空間魔法の付与された収納袋に手を入れる。
ガサゴソ…………あ、ちゃんとあった。
とはいえ、奢る気満々のルリには素直に奢られておこう。一応年上だし、ご馳走になっても問題ないはずだ。
串に刺された肉を網で焼いている出店の前まで歩いていく。
所謂串焼きだ。甘辛いタレの匂いが食欲を唆る。
「おう、いらっしゃいませ! 竜串焼き、何本にしますか──と、始まりの獣様じゃねぇか」
「……ん。2本、いただける?」
「あいよ! お代、キッチリ受け取ったぜ」
通貨と引き換えに2本の串焼きを受け取るルリ。
屋台のおっちゃんは一瞬俺のことを見るが、大して興味はなかったのか──それともジロジロと見てルリからの印象が悪くなるのを恐れたのか──すぐに視線をルリに戻した。
「じゃあな! 落とすなよ!」
「……ん」
元気の良いおっちゃんの挨拶を傍目に、ルリが俺に串を1本差し出す。
「ありがとう」と礼をして1本受け取り、そのまま口の中に入れる。
広がるのは甘辛い独特なタレの味。
やみつきになりそうな味のタレが、柔らかい肉によくマッチしている。
「……美味いな」
「……そうでしょ。お気に入り」
「竜串焼きとか言ってたが、なんの肉なんだ?」
火竜を思い出し、まさか彼らが肉になるとは思えなかった。
竜は珍味だというが──流石に屋台で気軽に置いてはいないだろう。
「ワイバーン。竜に似てるけど……小型」
ワイバーンは知っている。
竜と比べて一回りも二回りも小さい空飛ぶトカゲだ。羽も生えていて火を吐く個体もいるので、竜種といえば竜種なのかもしれない。
「気に入った?」
「あぁ……なんというか、やみつきだな」
「でしょ」
はにかんだように微笑むルリだが、串焼きは既に食べ終えていた。
早かった。
書き終えたあとに気付いたのですが、タイトル詐欺……。