第150話 古代遺跡へ
かなりの盛り上がりを見せた宴も終わり、このために魔王城へと集まってくれた各地の有力魔族たちは帰っていく。
彼らは兵を貸してくれた、という恩があるために呼ばれているが、では実際に戦った魔族たちは宴に参加できないのか? と思い聞いてみたところ、
「ガルヘイアにていくつかの酒場を貸し切っています。そこで内乱に参加してくれた魔族たちへの労いを行うのです」
とのことだった。
もちろん、費用は国から賄われる。働いたことに対価があるのは良いことだ。
魔王城に呼びたい気持ちはあれど、魔王が易々と軽率な行動をするわけにもいかない。
故に魔王城の宴会に呼ばれるのは有力魔族だけである、そういう話だった。
閑話休題。
俺と雫は今、会議室にて古代遺跡に関する話のすり合わせを行うところだ。
同席しているのは、ルリ、総帥、参謀、宰相、赤龍、ラルヴィア、陽里、そしてフローラである。要するにフルメンバー。これが事の重大さを示していた。
会議室の入り口付近には護衛の魔族が2人。
2.5メートルはある甲冑型の魔族で、首無し族のように鎧の中身は何もないらしい。首のある首無し族だ。
種族名は動く鎧。特徴の通りである。
「そういえば、葵」
「なんだ、赤龍?」
話し合いが始まる前、ちょうど全員が集まった頃。
赤龍が俺に話題を振る。
「エリスが労いの言葉を掛けたがっていたぞ。後で会いに行くと良い」
「ああ、分かった。ありがとう」
そういえばこの場にエリスは居ないな、と思い出す。
尤も、彼女に危険な仕事を請け負って欲しいわけではない。安全な場所に居てくれるならばそれに勝ることはなかった。
「皆、揃ったか?」
随分前からメンバーは揃っていたのだが、どこか落ち着きがないもの、お菓子を食べ続けているもの──そういった者たちへの配慮か、しばらく無言な空間が続いていた。
俺と赤龍のちょっとした会話が終わると、それをチャンスとしたかのように雫が切り出す。
場に揃っている魔族、神、人々は一斉に雫に向き直り、了承の意を示した。
「メイ本人は連れてきていないのか?」
「はっ。医療隊長より、できる限り移動は控えるべきとのことです。現在、専用の魔力保管室にて身体の崩壊を止める──延命措置を行っております」
「ふむ、やはり魔力器官が消えれば体は崩れていくか」
───初耳だぞ。
雫もメイの様子に気を配っていたわけではないだろうし、総帥も先程聞いてきた情報なのだろう。
医療隊長と呼ばれる魔族がメイの状態を見て、適切な処置を行ってくれていることには感謝だ。
「食べ物の摂取は必要なのか?」
「はい。専属のメイドにより、一日三食、決まった時間に与えられて居ます」
「中々人間らしい作りだな。して、どれくらい持つ?」
率直な雫の質問に、総帥は一瞬口を噤む。
雫と比べ、総帥の方がメイに対する心配は大きいように見えた。雫も助けようくらいは考えているのかもしれないが、総帥は俺に対する配慮が大きい。
「──あと、1週間ほどかと」
「そこまで短いのか?」
魔力器官の消滅──それがどれほど大きな意味かを知らない俺は、驚きを隠せない。
周りの面々はそこまで驚いていないことから、これくらいが相場なのだと理解できる。
「いやはや、葵様。魔力器官というのは我らにとって非常に大切な器官です。いわば、第2の心臓。肺や胃がなくなることより、何倍もマズいことなのですよ」
「これは参謀の言うことが正しいです。前例があまり無いために確証は持てませんが、1週間持つというだけでも奇跡に近いでしょう」
参謀と宰相が付け足す。
薄々気付いてはいたが、やはり魔力器官は身体に必須のようだ。「延命措置」という言葉からもそれは理解できていた。
「話を戻すぞ。
つまり我々は、1週間以内に魔力器官を手に入れる必要がある。薄々気付いているだろうが、ダンジョンの攻略となる」
今更、「助ける必要があるの?」などという質問を投げ掛けてくる者はいない。
魔王様がやるといえば、それが魔王軍の次のすべきこととなるのだ。
「……やけに力の入ったメンバーだと思った。私も葵のためならば力を貸す」
「ふむ。今回は休みだがな」
「……は?」
任せて! とやる気を出し始めたルリに、雫から非情な一言が掛けられる。
始まりの獣、絶句。ぽかんと口を開けていた。
「そのままだ。始まりの獣には別の役割がある。故に、留守番だ」
「……詳しく聞こうか」
ピリピリ。
凄く良くない空気が流れ始める。
周りに居る賢い彼らは各々目を逸らす。
1名、女神様は菓子の入ったバスケットを机上から避難させるべく、抱きかかえる姿勢に持ってきていた。
そんな彼女らは置いておいて、ダンジョンの説明をしよう。
ダンジョンは、魔力が一定の場所に溜まり続けることで出来るものである。
ダンジョンには形成する”核”が存在し、それを破壊すればたちまちダンジョンは効能を失う。
ダンジョンの形成には2通りの種類があり、1つ目は既存の地形に魔力が溜まることでダンジョン化すること。2つ目は魔力によって新たに地形・構造物が生成されることだ。
魔力量が多いほどダンジョンは大規模になり、後者の生成方法になりやすくなる。つまり、後者のダンジョンは難易度が高い。
ダンジョンの入り口に明確な境界線があるわけではなく、ダンジョンから魔獣が溢れ出て周辺に被害を与えることも少なくない。
故に、生活に影響を与えるような場所に生成されたダンジョンは核を破壊し、機能を停止させることが望ましい。
そうでない場合は壊す必要はない。
ダンジョン内部では何度でも魔獣が現れ、その魔獣は稀に魔石なんかを落とすからだ。つまり、あらゆるものが無限資源化するわけだ。
核について言及しよう。
核がどんな形であるか、それは様々だ。
王都近郊地下ダンジョングレイスでは核は最奥に飾られた意味深な石だし、赤竜山岳ドキマシアでは赤龍自身が核である。
大抵、壊されにくい形になっている。ダンジョンも一種の生物だと提唱する学者がいるのも納得だ。
そして、ダンジョンにはボスが必ず1体存在する。それ以上は居ない。居ないこともあり得ない。
ボスは最奥に配置されていることが多く、核を守ったり、お宝を守ったり……。ただし、ボスはダンジョンからは出てこない。
倒されてもダンジョンの権能でしばらくすると復活する。ダンジョン内部にあるお宝も復活する。
トレジャースポットにも、取り返しのつかない破滅への道にもなるのがダンジョン。まさに諸刃の剣だ。
魔力の蓄積された年数によっても、難易度は大きく変わる。それこそ、天と地ほどの差がある。
今回彼らが挑むダンジョンは、圧倒的に高難易度だ。攻略の手順を整えるのが面倒くさいと魔王に思わせる程には厄介である。
魔族たちに「自由に入っていいよ」とするには難易度が高すぎるのだ。とはいえ、魔王軍の重鎮たちを動かすのも面倒。
そういう理由で放置され続け、難易度も上がり続けている。
魔獣が倒されないということは新たに生成もされず、魔力はダンジョン内部に溜まり続ける一方なのだから当たり前だ。
現在、そのダンジョンの入り口に魔王軍の兵士を数名配置することで、魔獣が漏れ出てくることを防いでいる。
「そろそろ話を戻さないかしら?」
そんな説明をしながらも、終わらぬ2人の諍いに陽里が水を差す。
ナイス、夏影陽里。勇者の活躍により、魔王と始まりの獣の言い合いは止まる。
「どうせ、主題はメンバー決めでしょう? 女神勢力のこともあるから、ルリは残したい魔王様と、付いていきたいルリ。平行線よ」
「ならばどうすれば良いと?」
「3人で行けばいいじゃない。他全員仲良くお留守番。私は葵くんの帰りを待ってるわよ」
言外に、「大人しく帰りを待つことも出来ないの?」と含む言葉を受け、ルリの肩がピクリと動く。
しかし、言い返せない。全くの正論──今回ばかりはルリが子供だったことは自覚しているのだ。
「他に付いていきたい人はいるのかしら? 正直、そこの3人で解決できない問題なんて無いと思うけど」
「ですが、もし御三方ともお隠れになった場合、魔族領に影響が出るのではないでしょうか」
魔王の身を案ずる総帥からのツッコミだ。
これくらいは陽里の想定範囲である。
「そもそも、魔王様は魔族最強なのでしょ? 忠誠を誓うあなた達が信じて待てなくてどうするの? という話が一つ。
そして、時間が無いのだから、最高戦力で挑むべき、というのも事実ね。この時点で魔王様は抜けないと思うわ。葵くんを留守番させても良いけどくださいそもそもあなた達が敬愛するのは彼女であって、その兄である葵くんではない。魔王様だからこそ、魔族たちは付いてきてくれていることを忘れないで」
「…………」
陽里の言葉に総帥も黙る。
言い方こそ厳しいが、そのとおりだ。魔族たちが葵を上に見ているのは、雫のおかげ。雫の献身的な魔族への働きかけと圧倒的な力のお溢れに過ぎない。
そのことを短期間で見抜いている陽里は、優秀としか言いようがなかった。
「他に何かある人は?」
「カハハッ! いやいや、聞くところによれば君は勇者というではないか。そうして魔王様を親族諸共殺そうとしているのではないかね?」
「あら? そう思うならば代案を提示してくれるかしら? ───というのはともかく、今の私は葵くんの完全な奴隷よ。残念ながら歯向かうことは出来ないわ」
「ほう……」
支配下におかれている、を言い換えて奴隷と言っているが、あながち間違いではない。
その認識がなかったのか、参謀も納得したようだ。
「俺は賛成する。彼女の提案に乗ろう」
「我もだな。正しいことを言っていると思うがね」
宰相と赤龍は賛成だ。
「私は付いていきましょう。遺跡に関する知識はあります。多少は役に立つでしょう」
「──まあ、それは良いんじゃないかしら? 魔王軍もあなたを防衛戦力に数えていないだろうし……」
ラルヴィアの提案に陽里はなんとも言い難い表情になる。
だが、その発言は的を射ていたようで、参謀は大きく頷いていた。
「ならば女神も行くべきだろう。幸いにも、魔王軍のことは魔王軍でどうにかできるからなぁ」
「ええ、そのとおりですね。こちらはお任せください」
決心が付いたのか、総帥も賛成だ。
かくして、陽里の提案は通ることになった。
「だそうよ、魔王様?」
「う、うむ……。そうか……、ならば、それで決まりだ。私、兄さん、始まりの獣、ラルヴィアの4人で向かうことにする。かねてよりかの遺跡に関する資料のほとんどは目を通している。今回はメンバー決めと、攻略の間の魔王城の守備の話をするつもりだった。
とはいえ、総帥、参謀、宰相が居れば問題はなかろう。何かあった場合はすぐに呼びに来てくれて構わない」
「かしこまりました」
あれー、なんかスムーズに決まっちゃったなー、と困惑する雫を傍目に、他のメンバーは状況への順応が早い。
「そんな重大なことじゃなかった……?」と小声で漏らす雫だが、周りの視線がこちらに向いていることに気付き、咳払いをして一言。
「以上で会議は終了だ。防衛は普段と違いはないだろうが、女神の動きに注意せよ。
我らはダンジョンの攻略に向かう。攻略対象は、古代遺跡ダンジョン”インテリタス”。かつて栄えた文明の名残──その片鱗に足を踏み入れるのだ」