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第149話 宴会(7)

 そうして魔族たちの遊戯に勇者が参加すると、それをキッカケとしてとある人物が決闘に名乗りを上げることになる。


「───そろそろ、私も戦うとしましょうか」


 背筋の凍る殺意を出しながら魔王への願いを望むその魔族こそ、総帥その人である。

 特別に用意された段上の卓を離れ、ゆっくりと階段を下ってくる。

 ルクスとは違いございます総帥相手となると戦いを望む魔族は一気に減る。目線はやや下に、決して目を合わせないように総帥の到着を待つ魔族たち。


「魔王軍総帥が続いての決闘相手となります。立候補するものは挙手を」


 そんな魔族たちの様子など気にせず、司会は淡々と進行する。

 合図が掛けられたにも関わらず、総帥の相手を名乗り出るものはちらほらと手が上がるのみ。いつもより格段に少ない。


 これにも理由があった。総帥の放つ殺気がいつも以上に凄まじいものだからだ。

 彼からすれば、「兄上様も見ている戦い。張り切らねば」という程度のもの。しかし周囲の魔族がそんなことを知るわけもなく、皆恐怖を抱いていた。


「それでは、始まりの獣(ラストビースト)様にお願いしましょう」


 総帥の対戦相手として選ばれたのは始まりの獣(ラストビースト)──ルリである。

 予想外の展開に、総帥の眉がピクリと動く。

 視線をルリに向ければ、不敵な笑みが帰ってきた。


 「……葵にアピール? それは私の役目」と言いたげな表情だ。これにはさすがの総帥も譲れないものがある。


「両者、結界の中へお願いします」


 睨み合いながらも、お互いがお互いを出汁にしてやろうと心の中で宣言する。

 どちらも相手のその目論見に気付いているからこそ、二人の間に流れる雰囲気はピリピリとしていた。


「な、なんだ……? 何が起きている!?」

「お、おい! 殺し合いにならないか!?」

「まずいぞ……! 総帥も始まりの獣(ラストビースト)様もお怒りだ!?」


 観客の魔族たちも大盛り上がり(?)。

 食事など忘れ、ブルブルと肩を震わせる者までいる始末である。


 結界の内部に入った総帥とルリは、ある程度距離をとって睨み合う。

 凄まじい緊張感だ。魔族たちは背中に嫌な汗が垂れていくのを感じながらも、それに気を取られるほどの余裕はない。



 そんな中、会場の端に近いテーブルでは、比較的余裕そうな表情──楽しげな表情を浮かべる2人組が居た。

 いや、正確には3人組だろうか。元は2人組であったが、今ちょうどもう1人が合流したという感じだ。


「やあやあ、相席してもよいかね?」

「──参謀か。好きにしろ」


 やってきたのは参謀。返事をするのは宰相だ。

 ちなみに宰相と同席していたのは赤龍である。


 総帥とルリの勝負という面白い出来事に反応して、これはチャンスだと参謀は乗り込んできたわけだ。


「それで、参謀? まさか、ただ食事を共にするためだけに来たわけではあるまい?」


 赤龍が言及する。

 良い意味でも悪い意味でも、この男には無駄がないのだ。

 一見気分屋で意味のないように見える行動にも、全て意味がある。


「何、面白い戦いが始まりそうだったのでね。賭けでもしようじゃないか」

「賭け? 珍しいこともあるものだ。確実に勝てる勝負しかしない──そういう奴だとばかり思っていたぞ」

「カハハ! なに、勝負はフェアだからこそ面白いのではないか!」


 などという”一見”普通のことを言う参謀に信頼はない。

 「戦いは面白くない。勝つことが面白いのだッ」が参謀の考えである。

 故に、彼はギャンブルを嗜まない。運に左右されるギャンブルは、参謀の勝負に対する考え方に沿わないからだ。


 そんな参謀が賭けを仕掛けてきた。

 赤龍と宰相からすれば、裏があるのではないかと勘繰ってしまうのも普通のことだ。


 しかし、今回ばかりはその可能性も低いと考えていた。

 まず考えるのは八百長。というよりも、それ以外に不正の方法がない。

 結界内部に何かを仕掛けるなどという愚かな行為を参謀はしない、それくらいは理解している。


 八百長となれば、総帥かルリが買収されていることになる。

 はたしてこの勝負で彼、彼女を買収できる力を持っている存在がいるのだろうか。

 総帥からすれば魔王の兄へのアピールチャンス。彼がこれを逃すことはありえないだろう。

 ルリからしても、魔王の兄へのアピールチャンスなのだ。総帥に比べれば熱意は低そうに見えるが、なぜか魔王の兄への好意に満ち溢れている始まりの獣(ラストビースト)だ。ここで参謀に買われるとは考えにくい。


 とすると、結果的に勝負はフェアということになる。にわかには信じ難いことだが、参謀が公平な戦いを挑む珍しい機会となった。


「何を賭けて戦う? 勝負に乗ることは吝かではないのだがな!」

「ついこの間東門付近に良い店を見つけてなぁ。ただ少し値が張ることもあり、一人ではどうも入りにくいのだよ。負けた者の奢り、というのはどうだね?」


 彼が戦いを挑む動機も理解できた。

 なんとも総帥らしいというか──これに関してはそこまで深い考えはないのだろう。

 ただ、ある意味ではお誘いでもある。食事に誘う口実に賭けを利用しただけ、と考えればフェアな理由も納得できた。


「受けよう」

「我も同じく、だ。さて、どちらに賭ける?」


 総帥とルリの戦いを見たことがない3人としては、予想はかなり難しい。

 個々の戦いぶりからするとルリに若干分がある。というのも、対人スキルはルリの方が上だからだ。

 対して、総帥は対魔獣・大型向きだ。


「俺は始まりの獣(ラストビースト)に賭けよう」

「我は──そうだな、始まりの獣(ラストビースト)だろう。堅実に、な」

「ふむ、ふむ。では総帥に賭けよう。なに、これでこそ賭けになるというものよ」


 こうして、多くの魔族たちが見守る中、総帥とルリの戦いは幕を開けた。




 周囲の魔族たちの覇気のないカウントダウンと共に、2人の戦いは開始する。


「はっ!」


 はじめに動いたのはルリだった。

 地面を蹴り、拳を握って総帥に殴り込みに行く。


「いいでしょう」


 対する総帥も、刀を抜いた。

 正面から拳に立ち向かうべく、刀を上段に構えている。


 緊張感が場を支配する中、ルリが総帥に到達するのに大した時間は要さない。

 瞬きをすれば、その間にルリは到達しているだろう。


 大きく振りかぶった拳が、高速で総帥の腹部めがけて放たれる。

 総帥はそれを受け流すように、拳相手ではありながらも刀を使って勢いを別の方向へと流す。


 が───


「……甘い」


 総帥の右側へと体も流されるルリだが、異常な身体能力を使いその勢いすら利用する。

 普通であれば隙にしかならないことだが、流されるままに全身をくるりと一回転。遠心力を利用し、今度は右拳を総帥の顔面目掛けて叩き込む。


「──ッ!」


 総帥が刀を構え直すよりも早く、ルリの拳は迫りくる。

 刀にていなしたことが仇となり、ルリに刀をロックされている状態といっても過言ではないのだ。


 仕方なく、総帥は刀を手放し後ろへ大きく跳ぶ。

 その最中にも失ってしまった刀の代わりを空間魔法から取り出すことは忘れない。


「……<魔炎(ディアラル)>」


 振りかぶった拳は不発だったが、総帥は大きく離れた。

 ともなれば隙が大きいのは総帥の方である。

 特にろくな遠距離攻撃手段を持たない総帥が距離を取るということは、遠距離攻撃手段を持つ相手に一方的な攻撃のチャンスを与えるということに他ならない。


 着地する総帥目掛けて放たれるのは、漆黒の炎。

 ルリの魔力をふんだんに使っているのもあり、威力は業火と呼ぶにふさわしい。



 しかし、そんなことは総帥も予測できていた。

 ルリであれば、ここで魔法追撃を選ぶだろうと。ルリでなくとも、ここは遠距離攻撃での追撃が常套手段だ。


 ともなれば、取り出す刀は斬魔刀以外にありえない。


 着地した総帥は、迫る<魔炎(ディアラル)>に突っ込むように地面を蹴って動き出す。

 自身の進路上にある炎だけを斬って進路を開き、今度は総帥からルリに仕掛けていくのだ。


「……<水生成クリエイト・ウォーター>」


 漆黒の炎から現れる総帥に注意を向けつつ、ルリは足元に<水生成クリエイト・ウォーター>で水を作る。

 「何を?」と戸惑う総帥は、それに注意を向けながらもルリに斬りかかった。


 ガギンッ!


 当然、ルリはその腕を持って受け止める。


「<蛇斬(サーペント)>」


 総帥は剣先を蛇のように畝らせ、防御に徹したルリの腕を崩していく。

 体の一部を武器として使っているからこそ、<蛇斬(サーペント)>によって崩されたことで体の重心まで傾いてしまう。


「──貰いました」


 倒れそうになるルリに、総帥は刀を構え直して一撃与えようとする。

 前のめりになっている今、首でさえも無防備だ。


 ただ、総帥は首を狙わない。あからさまに狙って欲しそうな部位ではなく、ここは敢えて肩を負傷させることで継続力を低下させる。


「……<相反>」


 ルリの腕にあった刀を引き抜き構え直そうとしたところで、唐突に浮遊感に襲われた。


 目の前にルリはいない。

 彼は宙に浮いているのだ。


───なに?


 疑問を持つと同時、理解する。

 先程まで気持ち悪く裾を濡らしていた水がない。濡れまで完全に乾いている。


 <水生成クリエイト・ウォーター>で作られた水と総帥を固有スキルで引き離したのだ。

 その反動で総帥は上方に放り飛ばされた。


 今度はルリからの追撃だ。

 斬魔刀を持っているのを理解しているルリは、地面を蹴って接近を試みる。

 空中で姿勢を崩している総帥は不利だ。なんとか一撃防げるか──と思考を巡らせる。


「……貰った」


───……あ。


「戻りなさい、大地剣(だいちのつるぎ)

「……ん?」


 初撃で置いてきた刀はルリの近くに刺さっていた。

 そこまで総帥が攻撃を仕掛けに行き、打ち上げられ。

 追撃せんと自身も上がってくるルリと大地剣(だいちのつるぎ)が一直線に重なったのだ。


 故に、刀を呼び戻してみた。

 地面に刺さっている刀は抜け、勢いよく総帥の手元を目指す。

 残念ながら辿り着くことはなく、その過程にあるルリの胸に突き刺さるわけだが。


「試合終了です。勝者、魔王軍総帥!」


「「「うぉぉおおぉぉぉぉおおおッ!!!」」」


 本気の殺し合いではないため、致命傷でなくとも試合終了と判断される。それこそ、胸部や頭部への大ダメージになり得る可能性がある場合だ。

 実際、ルリには大したダメージではなかったが、試合終了の合図が聞こえるならばと総帥への攻撃は諦める。


 総帥とルリ、どちらも優雅に地面へと降り立った。


 「え? そんなのってあり?」と思っているのは本人たちだけではない。

 ルリはもはや悔しさを超えて驚いている。総帥もだ。

 実戦ならばルリが勝っていたのだから、勝負に勝って戦いには負けていることにはなってしまう。


 そんな考えにも及ばないほどの吃驚だ。

 両者言葉が出てこないと言いたげで、無言で見つめ合っている。



 なにより、宰相と赤龍がポカンと口を開けていた。

 どう考えてもルリが勝利の流れだった。ありえない光景を見た、と言わんばかりの呆けた顔である。


「カハハッ!!!」


 それを傍目に、参謀だけは大笑いしている。

 勝負の結末も、こうして驚く二人も、そのどちらもに対する笑いだ。



 だがしかし、そんな彼もまた、「こんなことってあるんだ」と内心では思っているのだった。





◆     ◆     ◆





「これが続くのか……。胃もたれしそうだな……」

「これほどの勝負は多くありません。気楽に──肴程度に楽しみましょう」


 「それなら良いケド」と言いつつ、食事を口に運ぶ。

 普通に美味しい。日本食はレベルが高いというが、それに負けず魔王城の料理も口に合う味だ。


「あ、そういえばさ、雫。聞きたいことがあったんだ」

「はい、どうかしましたか?」

「この椅子とか、装飾とか……。雫の趣味なのか?」

「違いますが……!?」


───あ、違うんだ……。


 ずっとこの禍々しく厨二くさいデザインは雫の趣味なのだと勘違いしていた。

 300年もあれば人の価値観など変わってしまうものだ。質素な日本の生活から離れ──現実的な地球の生活から離れ、フィクション並みの厨二デザインに手を染めてしまったのかと思っていた。


「皆が魔王らしさを追求した結果です。分かるでしょう……? ここの魔族たち、先走るんですよ……!」


 たしかにその節はあった。

 魔王様の凱旋に先駆けて宴の準備がほとんど終わってしまっていたこと──それだけでも彼らの……やる気が伝わってくる。


 そうして雫の意思よりも、彼らの奉仕が先行してしまった。その結果である。


 再度玉座をよく見るも、やはり豪華すぎるデザインだ。


「魔王様も大変なんだなぁ……」

「兄さんもこれから味わうことになるでしょうけどね。ぜひ、私の苦労を知ってください」


 そう言って「ふっ」と笑う雫はほろ酔い状態だ。

 そんな楽しそうな魔王様を横目に、俺もグラスに注がれた液体を喉に通す。


───平和だな。


 騒ぐ魔族たちも、せっせと働くメイドたちも、隣で笑う雫も。

 全てが、この異世界に来て体感する、大きな平和だと実感するのであった。






 宴は暫し、夜通し行われる。


 大した戦いでなくとも、歴史的には意味のある一戦であり、魔王軍の大勝利には間違いない。

 それに、騒げる時には騒いでおきたい──それは人族であれ魔族であれ変わらぬところなのだ。



 彼らは、彼女らは、楽しく飲み明かすのだ。


 魔王軍の勝利を祝って──。

 長かった4章もおしまいです。


 3章以前ではあまり書かれなかった(書いていなかった)魔族たちがメインのお話となりました。

 それと、登場人物が一気に増えた章でもあります。いつかまとめでも作れれば、と。



 そして、次の投稿では第5章となります。

 最後までよろしくお願い致します。



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 いつもお読み頂き、本当にありがとうございます。

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