第148話 祝宴(6)
時は少し遡る。
ほんの僅かな違いではあるが、普段よりも落ち着きのない総帥。
護衛という名目の元、上段にて魔王とその兄と同じ場にいるものの、食事の乗る卓まで共にするわけにはいかないということで、彼には専用のテーブルが用意されていた。
───ある意味最も特別な扱いではあるのだが、それは良いとして。
そんな総帥は卓上の料理をそそくさと食べていた。
本人にその自覚がないことも、彼に落ち着きがないことを示していると言えるだろう。
それ故に、葵の視線に気付くこともない。今日はフローラが居るし、大抵のことは彼女がなんとかしてくれるだろうという信頼も当然あるのだが、それにしても彼らしくないことであった。
それには理由がある。
総帥がチラチラと視線を向けているのは、部屋の中央。結界の張られたスペースだ。
魔王城で行われる宴会では、ある遊戯がいつも行われている。
それが、集った魔族たちによる決闘だ。
明確なトーナメント表やルールがあるわけではないが、そこで予想以上の盛り上がりを見せたり、力を示したりすることで、魔王に願いを叶えてもらうことができるというものである。
その人数は制限されておらず、ただ、毎度魔王に願えるのは3人か4人ほど。
魔王様曰く、「お前たちが楽しいならば好きにせよ」とのこと。つまり、魔王公認である。
総帥の気が落ち着かない理由はこれにあった。彼も毎度参加し、その圧倒的な力で願いの権利を奪い取っているのだ。
彼自身の願いは「この身を魔王に仕えさせて欲しい」というなんとも献身的なもので、それを体現するかの如く魔族たちの願いを切り捨てていく。
尤も、総帥は魔族たちに嫌がらせをしたいわけではない。彼自身も楽しんで決闘しているのだ。
周りの魔族もそれが分かっているために、険悪な雰囲気になることはない。
そもそも彼らにとって”願い”とは己の力で叶えるべきものであり、魔王に願いを聞いてもらうこと自体、「してもらえたら良いかもな」程度の感覚だ。
宴会の開始から15分ほどが経つ。
すると、誰かが声を上げ始める。
「誰か、戦わないか!」
賑やかな宴会場であるにも関わらず、その声は妙に響く。
誰しもがその合図に反応し、視線を中央に向け始めた。
その雰囲気を察知して、メイドが一人中央へと移動。これは魔族たちの整備のためだ。
「──それでは、決闘を始めます。戦いたい方は、挙手を」
中央に来たメイドが腕を上に真っ直ぐと伸ばし、声高々に開始を宣言する。
初戦に挑む魔族の募集には、この場にいる半分以上の魔族がこぞって手を上げた。
決闘者の決め方は、不明だ。中央に立つメイドが挙手した者の中から勝手に決めることになる。
ただ、そのメイドはあるメガネをかけていた。魔道具だ。
効能は、ステータスの看破である。とはいえ、大それたものではなく、なんとなく強そうだなぁ……と分かる程度だ。それによって決闘する二者も実力差は開きすぎないように調整していた。
ついでに、連続で決闘すること、その魔族の勝ち数、人気、盛り上がり方なども管理している。
それを基に進行し、この遊戯を盛り上げるのがメイドの役目だ。
上がった手の一つも見逃さないように、メイドはぐるりと見回す。種族差で隠れてしまっている挙手でさえ、彼女は見落とすことはしないのだ。
やがて数秒考えると、メイドはある魔族を指名した。
ルクス、と呼ばれたその魔族は、中央にある会場に向かって歩き出す。
人混みを掻き分けて現れた魔族──ルクスは、全身を赤い鱗で包んだ魔族だ。身長は2.5メートルほどと高く、頭には巨大な角が生えている。なお、角は身長に数えていない。
筋肉も凄まじく、体全体が隆起している。ノースリーブの鎧を着ているのだが、それは動きやすさ重視のためか薄型だ。
背には2メートルはあるだろう大剣を装備していた。総帥でも(サイズの問題で)上手く使えないであろう剣を、彼は自身の武器としているのだ。
「ルクスが出たぞ!!」
「初戦からルクスの戦いが見れるのか!!!」
会場は大盛り上がり。
このルクスと呼ばれる魔族、ガルヘイア北部の門を守ることを専門としている魔王軍の一人なのだが、現場では隊長をしている人物だ。
相応の実力があり、巨大な魔獣をその大剣で一刀両断する様は、まさに英雄そのもの。
──魔王軍にはそんなことができる存在がウジャウジャいるせいで忘れそうになるが、彼も十分な強者なのである。
「それでは、ルクス様との対戦相手を募集します。挙手を」
先程より上がる手は減るものの、多くの魔族が挙手をする。
「さすがにルクスの相手は……」派閥もいれば、「ルクスの相手をさせてくれ!」といった勇ましい魔族もいるわけだ。
「では、ダニエル様にお願いします。中央へ」
対戦相手はダニエルという魔族。
ルクスとは対象的に小柄で、身長は150センチほどだ。
人と似ているが、種族的に成人男性でも身長はこの程度。代わりにAGIのステータスが高く、腰に刺した2本の短剣で相手を翻弄するように戦う。
「それでは、決闘を始めましょう。両者、結界の中へ」
その合図で、ルクスとダニエルはお互いに結界内部へと進み、向き直る。
二人は意味深気な視線を交わすと、準備ができたことを司会に伝えた。
「ダニエルも頑張れぇええええっっ!!」
「いけっ! ルクスっ!!!」
周りの声援もヒートアップ。
上品な宴会場が熱気に溢れた闘技場のように見えるほどである。
「カウントダウンを! 三、ニ、一、はじめッ!」
タイミングを見計らって、司会者がカウントダウンを開始する。
周りの魔族たちも合わせてカウントダウンをすることで、その声は大きくなっていく。
開始の合図が響くと、ルクスとダニエルは同時に動き出した。
この決闘を始めとして、司会の進行と共に決闘は続いていく。
魔族たちの宴会は、盛り上がりを増していく一方だ。
◆ ◆ ◆
「……あなたも参加すると良い」
「嫌ね。人族で、更に勇者の私が魔族の宴会の遊戯に参加──彼らの楽しみを潰すような真似はしたくないわ」
参加者を募るメイドを、少し離れた場所から見ているのは、陽里、ラルヴィア、ルリの3人だ。
まだまだ序盤ということもあり、ルリは参加を控えている。代わりに陽里に戦わせてみようというもので、提案していた。
しかし、陽里の返事は拒否。
当然といえば当然だ。この雰囲気に部外者の彼女が入ることは確かにハードルが高い。
「なぜそんなことを気にするのですか? きっと楽しいものになると思います」
「貴女は気楽ね……」
ラルヴィアも陽里の背中を押すが、それにもあまり意味はないだろう。彼女の意識は今、目の前のテーブルに置かれた大量のお菓子たちにあるのだ。
陽里がこの決闘に参加したくない理由は、単純に白けさせたくないからだ。
自分が参加することで向けられる周りの魔族たちからの目が怖い──とも言えた。
なにせ、初めての場なのだ。
転校生として遠く離れた学校に編入してきたような──自分だけ異質で輪に入れそうにない感覚。
苦手意識ではないのだが、特別輪に入ろうとして目立つのは御免だった。
「……仕方ない」
ルリが手を上げる。
ピンっと綺麗に上げられたその腕に、司会者の視線が向けられる。ルリはそれに対して意味深にウィンクをすると、司会者はその意図に気付いたのか、ルリを指名した。
「お隣のお嬢様、ですか?」
「……その通り」
さすがは魔王城にて雇われている有能メイドである。即座にルリの考えを察知し、見事に言い当ててみせた。
ファインプレー、とルリが内心でサムズアップしているのに反して、陽里は呆けた顔だ。「は?」とでも言いたげな表情だが、状況を理解すると睨みつけるようにルリを見つめる。
「何してるの!?」
「……ふっ。楽しんでこい」
「ふっ、じゃないのよ……。まったく……」
カッコつけて言うルリに、陽里は話が通じないと判断できたようだ。
それに、周りの魔族たちの視線もある。彼らは皆、陽里を不思議がるように見ていた。
───だから嫌なのよ……。
内心愚痴を溢す。
異質なものを見るような、興味本位の目線。なんだ、あれは? と言いたげな魔族たちの視線は不愉快だ。
「それでは、対戦相手になられる方、挙手をお願いします」
これで手が上がらなかったらどうしよう……と陽里は不安に思う。
だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。戦ってみたい、という気持ちの魔族が多いのか、かなりの魔族が挙手をする。
「それでは、リグルド様。中央へ」
対戦相手は決定したらしい。
リグルドと呼ばれた魔族──一見普通の人族と変わらない外見だが、身長は2メートルほどあるムキムキの男が前に出てくる。
こうなっては仕方ないと、陽里も中央へと向かっていく。
道中は魔族たちが道を開けてくれたおかげで、すぐにリグルドと対面することになった。
───迫力よ……。
バスケ選手のような巨体に、ボディビルダーのような筋肉。
武器は持っていないが、殴り掛かってくるのだろうか?
目の前にして迫力を感じつつ、彼は私をどう思っているんだろう? などという疑問も浮かんでしまう。
「人族のお嬢ちゃん───」
「は、はい」
声が掛けられる。
身長差のせいで上から放たれる言葉だ。予想通りな厳つい男性の声に、少し強張ってしまう。
「俺はリグルド。お互いに悔いが残らない戦いにしよう。よろしく頼むぜ!」
しかし、かけられた言葉は想像とは違ったものだった。
人族という理由で差別的なものを受けると思っていた陽里にとっては不思議だ。人族は魔族に敵対的というのも根にはあったのだろう。
「私は夏影陽里。お互い、頑張りましょう」
リグルドに差し出された手を握り、握手をする。
そんな対戦前の交流だけで、周りからは歓声だ。
「うおおおおお!!!」
「お嬢さん、頑張れええぇぇぇええっ!!!」
「リグルドさん! やっちゃえ!!」
と、声は様々だ。
ただ、声援は自分にも向いていた。良い意味で期待を裏切られた陽里は、ついくすりと笑ってしまう。
「それでは、決闘を始めましょう。両者、結界の中へ」
「おう!」
「ええ」
メイドの合図で、リグルドと陽里は結界内部へと入場する。
特に変化を感じることはなく、本当に結界があるのかも怪しくなってしまうほどだ。
───まぁ、さっきから何度も見ているけれど。
決闘が行われていた中で、結界の効果は何度も見ている。今更疑うことはなかった。
陽里もリグルドも準備はできていた。
お互いに視線を交わし、陽里は軽く一礼する。
「カウントダウンを! 三、ニ、一、はじめッ!」
その様子を見て、メイドからは開始の合図が投げかけられた。
それを待ち望んでいたかのように、リグルドはすぐさま地面を蹴って肉薄してくる。
───やっぱり拳……って!
「<創造>」
リグルドは接近する最中、創造魔法にてハンマーを作り出していた。
巨大だ。殴られればたちまち陽里は平面になってしまうだろう。
───器用ね……!
気付けば目の前でハンマーを振り下ろそうとするリグルドが居た。振り下ろされるタイミングに合わせ、陽里はその横をすり抜けるように攻撃を回避する。
「ほう!」
大振りのハンマーを振り下ろしたせいでできる隙に、陽里は剣を取り出す。
今が好機とリグルドに標準を向けた時、なぜか彼と目が合う。
───なッ!
ハンマーが避けられた途端、目線は陽里を追っていた。
もはやホラーともいえるその首の動き。それに対して見せてしまった一瞬の驚愕は、リグルドがハンマーを再度振るうのには十分な時間だ。
「ふんっ!」
振り下ろしたハンマーを、そのまま陽里目掛けて横に振る。
さすがに彼女の剣技でこれを防ぐには無理がある。追撃は諦め、おとなしく後ろへと退避することにした。
「<鎖縛>ォッ!!」
逃げるならば、ペースを崩さずに追う。
そんなリグルドは、追撃の一手として魔法を選ぶ。
第3階級の創造魔法だ。リグルド付近の地面から3本の鎖が現れ、それらが陽里目掛けて一直線に発射される。
「<接続・聖角獣>」
それに対し、陽里もスキルを使う。
<召喚>ではなく、<接続>だ。分かりやすく言えば憑依召喚のようなものである。
召喚獣の能力を一部陽里に宿す。同時に宿せるのは1つまでで、<接続>中に<召喚>は行えないというデメリットもある。
こんな場所で魔獣を召喚するほど陽里は常識知らずではない。堕天龍など召喚すれば大惨事だ。
尤も、陽里自身の戦闘力が求められる場面では<接続>の方が強力だ。
聖角獣を<接続>することで得られるのは、魔法攻撃への高い耐性と拘束・弱体化の無効化だ。
聖角獣は”絶対に捕まらない魔獣”だからである。どんな手段を使っても、聖角獣を拘束して留めておくことはできないのだ。
そもそも第3階級程度であれば魔法攻撃への耐性でほぼ無効化できるが、拘束の無効化により、<鎖縛>は陽里に効果を為さない。
「<聖巧>」
故に、<鎖縛>を無視して剣に光を纏わせる。
<聖巧>は光属性の強化魔法で、武器に光属性を付与、魔力を追加で使うことで光属性の斬撃を飛ばすことが出来るようになるというものだ。これも聖角獣の専用魔法である。
「む?」
「はっ!」
<鎖縛>が効果を為さなかったことに疑問の声を上げるリグルド。その隙を見逃さず、陽里は斬撃を飛ばす。
「ほぉっ!」
光というだけあって速度は音速を超えているが、リグルドはそれを見切り避ける。
避けるだろうな──程度に思っていた陽里としては、これも予想通りだ。
「<身体強化>!」
明らかに動きが変わった陽里に、リグルドは身体強化のスキルを使っておく。
突拍子のない攻撃にも対応するため──最悪受けても再起不能にはならないためだ。
「いくぞッ!!!」
再び地面を蹴って肉薄するリグルド。
先程より速くなっているのは<身体強化>の効果だろう。
聖角獣を<接続>しているが、これは<鎖縛>に対して咄嗟に取った行動に過ぎない。
正直、リグルドのような物理特化型相手だと聖角獣の<接続>はあまり意味がない。
「<接続・疾黒狼>」
<接続>する召喚獣を切り替える。
聖角獣を解除したことで<聖巧>も解除された。
「<影潜隠>」
続けて使うのは、疾黒狼の専用魔法。
自分にできた影に本体を置くことができる──という少し複雑な魔法だ。影と自分を入れ替えることで、自分自身への物理攻撃を完全に無効化することができる。
ただし、影を殴られれば攻撃は受ける。魔法も食らうので注意が必要だ。
疾黒狼が相手であれば警戒するものの、陽里が<接続>することで<影潜隠>の魔法はバレにくくなる。
迫るリグルドは、そんなことをしているうちにもう目の前だ。
ハンマーを大きく振りかぶり、陽里を押し潰さんと振り下ろす。
陽里はそんなことを気にも留めず、剣を優雅に構える。
「何を?」という疑問を持ったリグルドだが、彼女がなにかする前に倒せると判断したのか、行動を中断することはなくハンマーを振り下ろした。
「ならば、おしまいね」
ハンマーのような大振りな武器というのは、強力な攻撃をし続けることで相手に防御に回らせるというのが戦い方だ。
リグルドほどになれば回避された時の立ち回りも考えているし、防御されても力で押せるかどうかの判断はできている。
ただし、それでも外したときの隙と無防備な時間は多い。
まさか陽里が攻撃を無効化してくるなどと考えもしなかったリグルドは、勝利を確信してハンマーを振り下ろした。
故に、出来てしまった大きな隙は、陽里に攻撃をさせる機会を与えてしまう。
「なに!?」
振り下ろしたハンマーに全く手応えがないリグルドは、驚きの声をあげた。
そしてそれと同時、陽里の剣はリグルドの胸を貫いていた。
「終了です。お疲れ様でした」
司会のメイドから終了が告げられ、リグルドに一斉に回復魔法が掛けられる。
数人規模でやっているからか凄まじい回復力で、胸の穴はすぐに埋まっていった。
「うぉおおおおおぉおおおおッ!!!」
「すげぇなっ! 嬢ちゃんッ!!!」
会場からは歓声。結界外部からの音が遮断されていたことに今更ながら気付いた。
「強いな、夏影殿。いやはや、このリグルド、見抜けなかった」
「こちらこそ、ありがとうございました」
人族でも全く差別はないのね……、と自分が勝って今更思う。陽里が勝っても観客がこれほど盛り上がるということは、本当に「種族」で判断していないのだろう。
異形の多い魔族だから、力を優先する種族だから、なんてのもあるかもしれない。
ただそんなことは陽里にとってはどうでも良く、心の内で少し嬉しさを感じていた。
そんな彼女を、ルリとラルヴィアは微笑ましく見守っていた。