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第15話 女神の陰謀(1)

 本日もう1話投稿予定です。

 黒い木材で作られた机と椅子。机の上には大量の書類と羽ペン、そして魔道具であろう石盤が置かれている。


 椅子には一人の女性が座っていた。彼女こそ女神ベール本人である。


 部屋にはもう一人、彼女のメイドと思われる人物が居る。赤髪ショートで、白と黒で織られたメイド服を着ている女性だ。


 部屋は広すぎず、狭すぎず。本来は広かっただろう部屋は、壁際に大量の本棚があるせいで多少狭くなっている。ただ、それも含めて部屋の広さは丁度よい。


 ここは女神ベールの仕事部屋、女神としての面倒な仕事をこなすためだけに作られた部屋だ。


 積み上げられた大量の書類のほとんどが、勇者との会合を希望する各国の貴族や王族のもの。一部に勇者パーティーに志願する人物による資料もある。


 女神が求めているのは後者の方だ。だが、それらの資料は送られた順に積み上げられており、分別などされていない。


「はぁ……」


 女神の溜息の理由は語る必要も無いだろう。

 忙しい時期だというのにくだらない内容の資料を送りつけてくる貴族に嫌気が差しているだけだ。


 そんな女神の気苦労を察してか、部屋にいる赤髪のメイドは颯爽と机の上に紅茶を置く。女神が熱い紅茶を望まないことは長年の勤務により知っているので、魔法で冷やした上でコップに注ぐことを忘れない。


 トポトポと規則的な音を立て、コップが紅茶で満たされていく。紅茶の香りなのか、部屋にハーブの香りが微かに漂う。


「ありがとうございます、メイ。あなたの淹れた紅茶は美味しいですから」

「いえいえ。私にはそれくらいしか取り柄がありませんゆえ」


 謙遜して言うメイと呼ばれたメイドに、女神はくすくすと笑いながら続ける。


「そんなことはないでしょうに。───それで、勇者たちの動きはどうですか?」


 突然トーンの変わった女神からの質問に、メイが戸惑うことはない。これも長年彼女に遣えてきたメイとしては慣れたことなのである。


「はい。特に怪しい動きはなく、それぞれ自室で過ごしているようです」

「それなら良かったけど……今回の勇者はいくら優秀とはいえ、一人抜けてしまいましたからね」


 大して感情も籠もっていない声で、俯き加減に言う女神。

 メイは賛同するでも反対するでもなく、


「───枷月葵カサラギアオイでしたか?支配系統の勇者は確か……300年前に一度居ましたっけ?」


 と答える。


「あー、そういえば居ましたねぇ。名前が出てこないですけど……彼女も無能でしたよね?」

「そうですね。私も名前は覚えていませんが──確か魔王城ですぐに殺された無能だとか?」


 メイの言葉に、女神は思い出したと言わんばかりの顔になる。


「そんなんでしたね」

「やはり支配系統は決まって使えないのでしょう」

「そうですねぇ……。もしかしたら葵くんと彼女、なにか縁があるのかも?とか思っちゃったりしますね」

「”無能”という縁ですか?」

「あらあら、メイも酷いことを言いますねぇ」

「そうですか…?実際、異世界人にはそれくらいしか利用価値がないでしょう」


 クスクスと女神も笑いながら話している。


 こういう時の女神は妙に機嫌が良いことを、メイは長年の経験から知っていた。


「ところでベール様」

「ん?どうしたの?」

「勇者たちが魔王を倒したら、帰還の儀式は行うのですか?」

「それなんですがねぇ……帰還の儀式に必要な魔晶石が足りないんですよ」


 この世界には魔素が漂っている。ただ、その魔素には偏りがあり、濃いところや薄いところがある。


 魔素の使用例は様々だが、その最たるものと言えば魔法だろう。魔法を使うためには魔力───すなわち魔素が必要となる。


 また、魔素は生物・無生物に関係なく、内在する力を増大させることができるが、基本的に無生物に魔素を貯めておくことはできない。魔素が濃い地帯のほうが生物は強くなり、無生物の質も良くなる。ただ、魔素を多く含んでいるかと言われれば、それはまた別の問題だ。


 しかし、唯一無生物で魔素を蓄積できるものがある。それは”石”だ。


 ”石”が長い時間魔素に触れ、その中に多くの魔力を持つようになると、それは”魔石”と呼ばれるようになる。魔石には他にも、生物の体内にある魔素がダマになることでも出来る。



 魔石には多くの活用方法がある。


 まず、単純に魔力の供給アイテムとして使うことだ。

 魔石の中には魔素が含まれているため、砕くことで中の魔素が放出され、瞬時に魔力を回復することが出来る。


 次に、魔法を込めるというものだ。

 魔石はそれ自体が魔力を持っているため、魔法を宿しておくことができる。そして、魔法が宿された魔石は魔力を流すことで反応し、魔法を放つことができる。ただ、威力はオリジナルの魔法に比べれば落ちてしまう。


 最後に、物や人につけることで能力を強化するというもの。

 これは単純で、武器の埋め込んだり人に埋め込んだりするだけで能力を上昇させることができるのだ。人に埋め込むのは危険が伴うので禁止されているが、武具に魔石が使われているかどうかでかなり強度が変わってくる。


 魔石は活用方法も多く、また、入手も困難。ゆえに、貴重な資材の一つなのである。


 魔晶石は魔石の中でも特に多くの魔力を秘めているものだ。一つ手に入れるだけでも、家一つと同じ値段が付く。


 そんな魔晶石の魔力を使うことで初めて成功する儀式が<召喚の儀式>と<帰還の儀式>だ。


 <召喚の儀式>はその名の通り、異世界から人や物を召喚する儀式。<帰還の儀式>はその逆で、異世界に人や物を送り込む儀式だ。


 儀式とは言うが、行うのは1人のみ。高度な魔術の知識及び技術を要するだけでなく、一度異世界の情報を脳内にインプットする必要があるため、生半可なINTでは脳が焼き切れてしまうのが理由だ。女神レベルのINTとステータス補正を以てしても、やはり負荷の大きい大儀式となる。


 更には高額な魔晶石が30個も必要なのだ。しかも必要数は重量によって加速度的に増加し、勇者たち全員を送り返す為には400を優に越える量の魔晶石が必要となる。


 現在女神が所持しているのは26個。これだけでも個人が所持するにはかなりの量だが、儀式を行うには少なすぎる。もちろん、女神であれば手に入れることは出来るが、それはあくまで”不可能ではない”というレベルの話であり、わざわざ手に入れるかと言われれば、首を縦には振り難い。


「集めますか?」


 集める気は無いだろうが、形式上、一応メイは問う。


「いえ、その必要はありません。あぁ、ですが、魔晶石は勇者の強化にも使えますからね。聖女の桃原愛美モモハラアミさんはいいですが、他の方は蘇生系の魔法は覚えられないでしょうし、魔晶石で代理するのは良いかもしれません」

「──魔晶石に<女神の祝福ディスデッドギフト>を付与するのはリスクが高いのでは?」


 魔晶石は最高品質の魔石であり、大抵の魔法ならば付与することができる。だが、そもそも高度な付与には技術が必要であり、要求される技術は付与する魔法の階級に比例する。<女神の祝福ディスデッドギフト>は女神専用の魔法であり、階級は第0。効果もペナルティ無しでの蘇生というチートっぷりなのだ。


 故に、如何に魔晶石と言えど、絶対に付与が成功するとは言い難い。


付与師エンチャンターギルドのギルマスと連絡はつきますか?」


 そんな時に力を発揮するのが付与師エンチャンターと呼ばれる職業に着く者たちだ。付与師エンチャンターは魔石に魔法を込める補助をしたり、道具に魔力を込め、魔道具へと強化したりする。


 言ってしまえば仕事はそれだけなのだが、その重要性は群を抜いていて、それだけでも立派な仕事として成り立つほど。


 そんな付与師エンチャンターの頂点に立つ存在についてメイは思考を巡らせる。かつて一度だけ会ったことのある男を、メイは己の記憶を頼りに思い出していた。


 容姿と名前、それだけの情報があれば、メイの能力で居場所を突き詰めることは用意だ。


 ただ、


「……彼が依頼を受けるでしょうか?」


 という心配があった。


 メイの記憶にある付与師エンチャンターギルドマスターは、非常に現金で打算的な男だ。金の匂いには妙に敏感で、最大の利益を上げるための努力は惜しまない。数手先まで見越した言動は底知れぬ恐ろしさを感じるほどで、メイは彼をあまり好んではいなかった。


 そもそも彼は女神に媚びない。女神自身、対外的には存在を強調するが、対内的なことには一々関わらないため、媚を売る必要が無いからだ。それを理解しての行動か、彼は目先に報酬がある時を除いて、女神に協力的になることはない。


 逆に言えば、それ相応の報酬さえ用意すればどんな依頼でも受け、確実にこなす。腕は確かなのがまた、質が悪いところだ。


 そんなメイの心情を察してか、女神は苦笑気味に続ける。


「あなたは彼が苦手でしたね」

「はい、あまり好きにはなれません。仕事の腕は確かなのですが…」

「彼が仕事を受けるかどうか、確かに微妙なところではありますね───報酬を用意しておきましょう」

「報酬ですか?」

「ええ。彼は女神の名を出してもそれだけでは動かないでしょうし」

「何を用意しますか?」


 淡々と行われた言葉のやり取りで、初めて女神が間を置く。

 報酬として付与師エンチャンターギルドマスターに何を渡すか、考えているのだろう。


「そうですねぇ……魔晶石の1つくらいなら渡してもいいですけどねぇ…」

「え?」


 女神の言葉が理解できなかった。

 メイは頭をフル稼働させる。

 女神の言った言葉を脳内で反芻し、ようやく理解が追いついた。

 だが、理解したことで余計、面食らったような表情になってしまう。


「魔晶石、ですか?」

「幸いにも26個ほど所持していますし、対魔王戦のことを考えても余裕はあります。1つ渡すだけでこれからも全面的なサポートを受けられると思えば安いものでしょう」

「確かに…?」

「彼がこの大陸では一番優秀な付与師エンチャンターであることは間違いありません。対魔王のことも考えれば……魔晶石1つで済むのであればかなりお得だと思うのです。メイもそう思いませんか?」

「言われてみればその通りです」


 魔晶石は生産量が限られているわけでもなく、時間の経過によって無数に手に入るし、理論上は人為的な製作も可能な代物だ。1つあたりの値段は高いが、枯渇資源でないのなら大した痛手にはならない。


「では、そのように進めていただけますか?一応、現在彼がどこにいるかの把握もしていただけると助かります」

「分かりました」


 メイは女神ベールのメイド兼護衛役である。尤も、ベールに護衛は要らないのだが、万が一神に対して特効を持った相手が押し寄せてきた時に備え、メイは隣に居る。


 そんな彼女は当然、固有スキルを持っている。


 スキル名は<百花繚乱>。そのスキルに、対象の名前と容姿を想像することで位置を特定するという能力を持つ。


 戦闘には役立たないが、女神の補助役として、何よりも役立つ能力であった。


 メイは左目を瞑り、付与師エンチャンターギルドマスターの名前と容姿を脳裏に浮かべる。


 そして、


「<占花せんか>」


 スキルでその位置を捉えた。


 このスキルの強力な点は、位置を特定したことが本人にバレずに使えること。そして、距離に関係なく把握できること。


 逆に弱点は、名前や容姿を変更している場合、場所を特定はできないことだ。


 付与師エンチャンターギルドマスターは幸い、見た目を変えているようなことはなかった。だから、スムーズにその位置を特定できたのだ。


「ここは──」

「どうしました、メイ?」


 メイは視界に映る情報に違和感を覚えながらも、女神の質問にすぐさま答える。


「別の大陸?──アマツハラの大陸でしょうか?」

「……アマツハラですか?何をしに?」

「そこまでは分かりません。私の能力では座標までしか分からないので…」


 「それは困りましたねぇ…」と肩を窄める女神。こういう時の彼女は、すぐに何かを閃く。


 その間、メイは空になったコップに再び紅茶を注いでいく。


「あぁ…でも急ぎではないですしねぇ……連絡手段も無いですし……。流石に私も他の大陸には容易に干渉できませんからねぇ」

「<連絡メッセージ>でしたら、サブギルドマスターを探せば良いのではないでしょうか?」


 ふと閃いただけの提案だったが、女神にはそれが良いと思ったらしい。

 メイの提案に大きく相槌を打ちながら、彼女は勢い良く立ち上がった。


 その勢いで椅子は倒れるかと思われたが、奇跡的なバランスで転倒は起こらない。


「さすがです、メイ。それでいきましょう」

「かしこまりました。1名、付与師エンチャンターギルドに派遣致しますか?」

「お願いできますか?」

「はい、お任せを」


 メイの役目のほとんどは、こういった女神の面倒くさがる仕事を代理してこなすことだ。とはいえ、女神自身がしなくてはならない仕事は代わらない。


「適当に1名、従者を派遣しておきます。よろしいですか?」

「ありがとう。それで大丈夫ですよ」


 女神の了承を得ると、メイはテキパキと行動に移す。とはいえ、従者を統括する立場のメイがすることといえば、副長のメイドに指示を伝えるだけだ。


 それだけならば、<連絡メッセージ>を使うだけで事足りる。


 メイは女神に背を向けると、<連絡メッセージ>を副長に対して使い、指示の内容だけを簡潔に伝える。魔法を介して「了解しました」という声が聞きこえると、メイは魔法の効果を終了した。

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