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第147話 祝宴(5)

「人類の……支配?」

「正確には大陸全土の支配かな。そのためには魔族が邪魔だから、殺し尽くそうとしている」

「そんなことに何の意味が?」


 女神の目的がそうだったとしても、今までの行動が説明されるわけではない。

 それに、そんなことをする理由も不明だ。現時点で女神は人族領域のトップといっても過言ではないのだから。


「意味、と聞かれると少し難しいね。分かりやすく言うと、上位神の束縛からの脱出ではないかな?」

「どういうことだ?」

「ベールみたいに大陸の管理を任せられる神は、いわゆる下位の神。神域でも位の低い神であり、下位神は上位神に支配されている。そこから脱したいんだと思ってる。それの意味、と聞かれても困るけどね」


 自由を望む戦い──といえば聞こえは良いだろう。

 そして、その理由も不思議ではない。神にしては人間らしい考えだが、上位存在からの支配から解き放たれたいと思う気持ちは異常ではない。


 そして、女神ベールの目的がその支配からの脱却だとする。

 だとしても、それが魔族の根絶とどう関係があるのか不明だった。


「大陸の管理、というのは魔王を倒すことを指してるわけじゃない。人族と魔族のバランスを保つことを大陸の管理と称するんだ。どちらにせよ、女神ベールは魔王を倒さなくちゃいけないんだ」

「──バランスを保つなら、魔族を根絶するのはどうなんだ?」

「そこが肝だね。大陸の管理者として、魔族を根絶するのは”ダメ”なことなんだよ。もしも魔族を根絶しようものなら、女神ベールを咎めるために神域から神が遣わされる。それが彼女の目的なんだ」

「……ん? つまり?」

「その神を返り討ちにするための戦力を女神ベールは集めている。神に力を誇示することで、私たちに関わるな、と言いたいんだ。そういう大陸が他にあるだろう?」


 ベルゼブブの話を真剣な表情で聞く雫が、不意に口を開く。


「アマツハラ、ですか」

「そのとおり。あそこでは英雄が神を殺し、神でさえ手出しのできない大陸となった。少し形は違うが、上位神の支配から脱却したと言える」


 そういえばそんな大陸の名前も以前聞いた気がする。

 アマツハラ、なんて名前だし、日本に関係があったりするのだろうか。相変わらずアマツハラが何かは思い出せないのだが。


「どちらにせよ女神の行動は止めないといけないってことだよな?」

「魔族サイドにいる時点でそうなるね。それより、私もそれ、食べたいな」


 ベルゼブブの視線の先にあるのは異世界チャーハンだ。いや、それだけではない。全ての料理を物欲しそうな目で見つめている。

 さすが、暴食。食のことであれば、彼女に抜け目はない。


「どうぞ、こちらを」

「ありがとう」


 近くに待機していたフローラが、即座に取り分けるための皿を渡す。手際が良いのは、事前に準備していたからだろう。


「グラスはいかがですか?」

「そっちは大丈夫。……あ、でもワインのボトルを一本貰えないかな?」

「かしこまりました。すぐに準備致します」


 ベルゼブブは自分の皿に料理を取り分けていく。俺と雫の手が止まっていたためになかなか減らなかった卓上の料理だが、ベルゼブブが大盛りで皿に持っていくおかげで減りを感じ始めることができた。


「邪神ですか?」

「そうそう。久しぶりに彼女と酒でも飲もうかとね」

「それでしたら料理もいくつか用意させましょうか?」

「良いの? ならお言葉に甘えようかな」


 雫の気遣いに、ベルゼブブが素直に礼を言う。

 「いえいえ、お気になさらず」と優雅な所作で雫は述べると、止まっていた手を動かして料理を口へと運んでいく。


「邪神と知り合いなのか?」

「昔、仲が良かったんだ」

「そうなのか。……悪いことしてないよな?」

「別にしてないよ」


 「あはは」と笑いながら答えるベルゼブブは怪しいが、言及はしない。彼女が過去に何を行っていようと、誰と絡んでいようとも彼女の自由だ。

 今彼女に助けられている身として、そんなことでベルゼブブを判断する気はないし、踏み込む気もなかった。


「君たちはこれからあの古代遺跡に行くんでしょ?」

「そうだな。そのつもりだ」


 そもそもメイの蘇生措置を行うのは女神の目的を明かすためだったが、ベルゼブブからそれを聞けた今、助ける意味がなくなったのではないか?


 俺個人としては助けたいが、明確な利益がなくなってしまったような気がする。


「メイを蘇生し、女神の動向を探ります」

「それで良いと思うよ。女神ベールのことは焦らなくていいさ」

「放っておいて良いのか?」


 ベルゼブブが女神ベールのことを知っていても、それは直近のことではない。

 最近まで彼女の近くにいたであろうメイを復活させることで、直近の女神の動きを知る。利益はちゃんとあったようだ。


 それよりも、今の話を聞いて女神を放っておける方が不思議だ。早く止めないと魔族が滅ぼされる、とも聞こえていたのだから。


「さっきも言ったとおり、ベールに近づくのは賢いとは言えない。魔族領域では女神は弱体化するし、逆に人族領域で不利なのは魔族だ。だから、相手が仕掛けてくるまで待っても良い。既に300年も停滞しているんだ。女神に準備があるならもう手遅れさ」

「なるほどな」


 ベールの準備は既に完了している可能性が高い。そこにこっちから赴くのは愚かな──自殺行為でもあるというわけだ。


「今は君たちもできる限りの事をするべきだよ。ま、女神ベールが何もしてこないならそれで問題ないんだけどね」

「それはそれで怖くないか?」

「女神ベールが君たちに何も仕掛けてこないなら、それはつまり直接神にカチコミに行ってるわけだ。全く関係ない話だから、好きにさせておけば良い。どうせ、彼女は神に勝てないよ」


 女神ベール程度では上位神がうじゃうじゃいる神域ではどうしようもできない。

 どれだけ小細工を施そうと、根本的な力の差が大きすぎてどうしようもないのだ。


 女神が勝手に滅びてくれるのならばそれで良し。受け身な姿勢で良いのは気楽ではあるが……。


「だが、女神は俺が殺す。神には渡さない」

「葵ならそう言うと思ったよ。それにしても今は焦らなくて良い。どうせ、女神から仕掛けてくるさ」


 「彼女はそういう性格だからね」と付け足すベルゼブブ。よく分からないが、その自信に溢れた態度から信じてみようと思った。


───そういえば……


「神の支配から解放されたら、自然とかはどうなるんだ……? 上手い言葉が見当たらないな……。神が世界を管理しているのなら、たちまち破綻するんじゃないか?」

「そこは安心して良い。上位の神々が管理するのは世界の状況だ。特定の大陸だけは天気が変わらない──とか、そんな器用なことは出来ないんだよ」

「アマツハラでも食物は育ちますし、天気も変わりますから」


 雫の言う通り、アマツハラという大陸が存在している以上、大した影響はないと予想していた。その予想は当たりと言える。


 つまり、これで女神を殺しても問題はなくなったというわけだ。


「私が伝えたかったのはそれだけだよ。どちらかというと、ワインを貰いに来たって方が正しいかな……」


 それ、素直に言っちゃうんだ……とは思いつつも、情報の提供には感謝だ。


「ありがとう、ベルゼブブ」

「いいよいいよ、貰うものは貰ったしね」


 ベルゼブブが少し後ろを気にする様子を見せる。

 ちょうど、フローラがワインを持ってきたタイミングだった。

 ベルゼブブは振り返ると、礼を言いながらワインを受け取る。


「フローラ、<保存(リフレ)>の魔法が付与された容器をいくつか彼女に与えよ」

「はっ」


 それも空間魔法に用意されていたのか、大きめのドギーバッグを3個ほど取り出すフローラ。そのままベルゼブブへ手渡せば、ベルゼブブは卓上の料理をそれに詰めていく。


「ありがとう、魔王様」

「気にすることはない。むしろ、彼女との交流は感謝させて欲しい」


 ベルゼブブが退室する雰囲気を見せ始めたからか、彼女らの関係は”悪魔と魔王”に戻っていた。

 雫の口調は普段の威厳あふれるものに戻っているし、ベルゼブブの接し方は”契約者の妹”から”魔王”になっている。

 こうして即座に切り替えられるところは、仕事人という感じでカッコいいと思ってしまった。


 やがてある程度の料理が詰め終わると、ベルゼブブは己の空間魔法にそれらを仕舞う。

 結構取られたと思われた卓上の料理だったが、それでも俺たち二人が食べるには多すぎる量が残っていた。


「それじゃ、私は一足早い2次会に行ってるよ。じゃあね」

「……どちらかというとそっちが1次会では?」


 なんてツッコミをした頃には、ベルゼブブは虚空に消えていた。転移の類だろうか。


 ベルゼブブの消えた俺たちのテーブルには、再び静寂が舞い降りる。どちらかというと喧騒が消えた、に近かった。


「──兄さん」

「──雫」


 お互いに機を伺っていた俺たちは、話しかけるタイミングが見事に被ってしまう。

 「先どうぞ」と譲る前に、あまりにも高速で放たれる雫からの「どうしました?」により、俺は話を先にせざるを得ない状況になった。


「いや、この後は古代遺跡攻略、になるんだろ? よろしく頼むと言いたかったんだ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。頑張りましょう」

「それで、どうしたんだ?」

「あぁ、ええと──」


 雫の視線が眼下に動く。

 俺もそれに釣られて同じように下を見てしまった。


 視界には、会場の中央の空間。そこは酒を嗜む魔族たちが集まっており、とある2人の戦いを観戦していた。



 ………………総帥とルリだ。


 いつの間に下へ移動したのか、総帥は結界の中で戦っている。

 周りにいる魔族は大盛り上がり。「いけっ!」「そこだっ!!」と、絶え間なく歓声が響いていた。


「あれはですね……まぁ、魔王軍の宴会では日常茶飯事です。何組かで戦い、勝利すると謁見の機会を得られる、的なローカルルール付きです。彼らが楽しければ良いのですが」

「うーん……なんか、大変だな……」


 凄まじい盛り上がりを見せながらも、俺たちの視界を防ぐことはないように戦場を囲う姿勢は……偉い。

 しかしながら、男子中学生のような無邪気な盛り上がり方をする異形の姿は───なんともシュールだった。

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