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第144話 宴会(2)

 それから色々あり……。


 俺が泣き止むまで慌てふためいていた3人だったが、俺の涙がすぐに枯れると、彼女らも次第に平静を取り戻していった。


 尤も、泣いていた理由は伝えていない。

 「大丈夫ですか?」という問いにも「すまない、気にしないでくれ」とだけ伝えておいた。今更恥ずかしくて理由など言えるはずもないのだ。



 そんなこんなで事態(?)は収拾し、俺たちは雫から宴の準備が整ったという連絡を受けた。

 早くない? という疑問もあったが、どうやら事前に臣下たちによる準備が行われていたようだ。


 雫の指示に従い、俺、陽里、ラルヴィアは会場へと足を運ぶ。メイは別室にてメイドに付きっきりで様子を見させるらしい。


 途中で俺と陽里、ラルヴィアの2人は分かれることになった。”魔王の兄”として、魔王席の隣に用意されているのだとか。

 正直重荷である。


 ただ、魔王としての雫の恩恵を受けている身で、拒否など出来るはずがない。

 快く用意された席を使わせていただくことにした。




 経緯は以上の通り。

 そして今に至る。


 現在俺と雫は、控室のような場所で待機している。この意味を説明するために、会場の内装を紹介しておこう。


 宴会というだけあり、部屋は魔王城に用意された広い一室だ。ひたすらに広く、普段は使い道がない部屋らしい。


 天井には豪華なシャンデリア。

 そして当然、天井は高い。その意味も後述しよう。


 まず、広い空間には規則的に円形のテーブルが並べられている。白いテーブルクロスが掛けられているそれらは、料理を置くテーブルたちだ。

 宴の開始は迫っているだけあり、既に料理は置かれているようだ。というより、会場にいる魔族たちは嗜み始めている。


 そんな会場でも、中心には机が置かれていない。代わりに何もない空間があるのだが、この一室が広くなる原因がこれである。


 一室の中央には、20×20メートル程度の空間があり、その空間には結界が貼られている。

 人族の宴が舞踏を披露するならば、魔族の宴は戦いを披露するのだ。当然戯れであり、食事の肴にする程度の緩やかなものである(らしい)。


 そのための会場に出来た空白。親しみのない文化だが、理解はできた。


 最後に紹介しておくのが、魔王席である。

 宴は魔族間の上下関係を気にせず楽しむもの──とはいえ、参加できるのは一定以上の資格を持つものだけだ──であり、そのために彼らの位によって席が変わることはない。


 しかし、魔王まで同じ扱いにするわけにはいかないのだ。

 我らが魔王様だけは宴にて特別席をご用意させていただくということである。そのために、緩やかな階段と、少し上がった先にスペース──豪華な椅子と4つの丸机が配置されている──があった。


 階段を登ることは、いかなる魔族であっても許されない。

 というのがルールであるが、あくまで無礼講。酔った勢いで階段を踏んでしまうくらいで怒る魔族は存在しない。


(とはいえ、階段を登りきって魔王様に接近でもしようものなら、総帥から恐ろしい一撃が飛んでくるだろう。ただし、魔族は力を尊ぶもの。総帥からの一撃に文句を言う資格はなく、ただ「彼、弱かったね」で済んでしまうのである。)


 理由は不明だが、階段には皆シビアだ。怖い人でもいるのかもしれない。



 魔王のルールとして、宴での登場は最後になる。全ての魔族が揃った上で、最後に重役出勤を果たす役目だ。

 これには意味があり、魔王が最後であることで遅刻を防げるのだ。魔王を待たせている……と魔族各位に思わせる、あまりにも効果的である。


 故に、控室だ。

 魔王席──面倒なので玉座と呼称する──の裏に用意されている控室だ。側にいるフローラから合図を貰ったら、俺と雫は控室を出て玉座に向かう。


 ちなみに総帥は玉座付近で待機しているらしい。宴は嗜まず、仕事として護衛である。

 魔族の中に魔王に抗う愚者は居ない──が、内乱もあったし、それは絶対とは言い切れない。多くの有力魔族が集まる宴会こそ、彼の本業であると言えた。


「というか、料理までご丁寧にあるんだな」

「はい。普段は私とルリ、時には赤龍あたりしか使わない専用テーブルです。4も必要ないとは言うのですが、魔王としての箔、と言われてしまいまして」

「なんか、大変そうだな……」


 魔王、強い。魔王、いっぱい食べる。的なイメージなのだろうか?

 王なのだから豪勢に、とかだろうか?


 どちらにせよ、日本人には辛いところだ。それに耐えられる雫には魔王の才があると言っても過言ではない。


「───ん? というか、関係者は上の席に呼んでも良いのか?」

「そうですが、今回は私と兄さんの2人です。そうお願いしてるので」

「あ、そう……」


 ルリとか陽里とかラルヴィアとか呼んでも楽しそうだなーと思ったが、それはNGらしい。

 久しぶりの兄と緩やかな一時を過ごしたいと見た。中々可愛いところがある妹である。


「ご歓談中失礼致します。準備が整いましたので、入場をお願い致します」

「うむ」


 と、魔族たちは揃ったようだ。

 フローラの呼びかけに雫は鷹揚に頷くと、席を立ち移動し始める。

 俺もそれに続くように席を立ち、雫の後を追い始めた。


「兄さん」

「うん?」

「宴、楽しんでくださいね」


 俺の異世界生活が過酷だったことを気にしているのか、朗らかな笑顔で彼女は言う。

 「ありがとう」と軽く礼を言うと、雫は会場に入っていった。



 舞台袖のような場所から、宴会の会場へと入っていく。

 シャンデリアが燦々と輝いていることもあり、部屋は眩しい。一瞬目を細めてしまうような眩さがあった。


 周りを見れば、下には魔族たちが平伏しているのが見える。魔王への敬意を表すよう、地に膝を付いていた。


 ふと、ラルヴィアと陽里を見つける。彼女らも跪いていた。陽里はともかく、ラルヴィアの適応能力には驚きだ。


 さて、俺は玉座を目指さなければならない。

 視線の先には、気後れするような豪華な椅子が2つ。この会場で最も高価なものだというのが一目で分かるくらい、煌々と光を放っている。


 謙虚な日本人的には、今すぐ回れ右をして戻りたいところである。平伏する魔族たちの重圧に、傷つけたら数百万はしそうな椅子。胃がキリキリと傷んでいるのを感じた。


 しかし、そんな中でも堂々と進む雫を前にしては立ち止まれなかった。意志の力で脚を動かし、雫についていく。


 やがて、長いようで短い時間を歩き続け、俺と雫は椅子に到着した。「座っていいのかな?」と焦る俺に、雫は手本を見せるようにドカンと座る──実際にはお淑やかな座り方だが。

 それに従い、俺も玉座に腰掛けた。


 下を見れば、跪く魔族たち。玉座の側には総帥も跪いている。


 むず痒かった。こんな機会、日本で普通に生きていれば経験することのないものだ。言葉にし難い重圧も感じる。


「皆、此度はよく集まってくれた」


 そんな中、雫が口を開く。

 よくこんな魔王らしい言葉がスラスラ出てくるな〜と思うも、さすが長く生きているだけあるということか。誇らしくはないが、素直に尊敬だ。


「そして、内乱の終結に手を貸してくれたこと、感謝する。その功もあり、我らは見事勝利を収めた。今はその凱旋を祝い、盛大に騒ごうではないか」


 雫の声は落ち着いていながらも芯があり、よく通る。魔族たちは静かに頭を垂れその話を聞いていた。

 統率された動きに、魔王軍の凄さを思い知らされる。


 と思ったところで、思わぬ爆弾が投下された。


「皆も気になっているだろうが、隣に居るのは我が兄、枷月葵である。兄さん、一言お願いします」

「……は?」


 魔王様のお話が終わったと思ったか、それともその意思を汲み取ってか、魔族たちは頭を上げる。

 視線を向ける先は──俺。魔王の兄とはどんな人物なのか、そんなことを見定めるようにこちらを見つめていた。


───えぇ……。


 何してくれてるの、妹。


 という思いから右を見てみるも、ニコニコ笑顔な雫。これは兄の活躍に期待しているのか、はたまた意地悪なのか……?


 しかし、こんなグダグダしているわけにもいかない。魔王の兄として、スムーズに挨拶は済ませる必要がある。


 息を大きく吸って、ふぅと吐く。

 覚悟は決めた。


「紹介に預かった通り、雫の兄をしている、枷月葵だ。微力ながら、魔王軍の力になりたいと思っている。これから迷惑もかけるだろうが、よろしく頼む」


 席を立ち、最後には一礼。

 一応彼らは先輩方なのだ。


 反応は───ない。吃驚するほど静まり返っていて逆に怖いくらいだ。

 ただ、それに俺が困惑していることに気付いた男が一人いた。


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 玉座の近くで跪くその男は、先行してそんなことを言う。

 その発言の意図に他の魔族たちも気付いたか、


「「「よろしくお願い致します」」」


 と、口々に続いた。


 なんだかヤ○ザの組長みたいな気分だなぁ……と思いながら、俺は席に座る。もちろん、そんな経験はないから推測だ。


 高いところに居るせいで魔族各々の表情は見えないが、好意的に受け取られていると良いなぁ……と、そんなことを思いつつ。


「それでは皆、堅苦しいことは終いだ。これからは無礼講。我らが勝利に───」


 フローラが俺と雫にグラスを渡してくれる。

 それを合図としたかのように、総帥はじめ魔族たちも立ち上がり、グラスを掲げた。


「──乾杯」

「「「乾杯!」」」


 楽しい宴会の始まりだ。

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