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第143話 祝宴(1)

 なんやかんやありつつも、ガルヘイアに位置する魔王城へと戻ってきた一行。

 全ての騒動を終え、最後ばかりは順調な足並みで戻ってきた魔王城。



 しかし、彼らをそこで待ち受けていたものとは───!?




「「「お待ちしておりました、魔王様」」」



 そう、屈強な魔族たちである。


 全身が虫人間のような見た目のものから始まり、もはや人の原型を為してないものまでいる。そのため、屈強という言葉が正しいかどうかは疑問に思うところであるが。


 それでも、雰囲気がガチガチである。恐ろしい。雫がヤ○ザの娘的な立ち位置に見えてきた。


 兄として、間違った道に進む妹を止めるべきなのだろうか。

 異形種を従える組長の娘的立ち位置の彼女に言ってやるべきなのだろうか。


 と、そんな思考が顔に出ていたようだ。

 俺の隣に立つ陽里がコッソリと、「何も言わぬが吉よ」と耳打ちしてきた。

 仕方あるまい。そう言うならば聞き入れよう。



 そんな複雑な心境を乗り越え、俺たちは魔王城へと入っていく。雫が連絡してから数時間も経っていないというのに、よく準備が出来ているものだ。

 皆、敬愛する魔王の凱旋ともなれば張り切るものなのかもしれない。



 閑話休題。



 俺たちは魔王城のある一室に通される。俺たちというのは、俺、陽里、ラルヴィア、メイの4人だ。

 入り口付近にはメイドが一人配置されていた。前回俺についてくれたフローラとは違う魔族だった。


 他の面々──雫、総帥、ロザリア、ルリには各々の居場所がある。接待室のような場所に留まる必要もなく、俺たちをここに残して部屋を出ていった。

 曰く「仕事はあるから」だそうだ。宴の準備というのも忙しいのかもしれない。


 メイを背負ってくれたのはラルヴィアだ。宴と聞いてテンションでも上がっているのか、自らメイを運ぶ役目を申し出てくれた。

 その華奢な体でいけるか……? と思っていたが、ステータスは神寄りの様子。軽々とメイを持ち上げ、楽々と運んでくれた。


「……種族はどうなっている?」


 その様に少しの疑問を抱いたルリからの質問が道中では投げかけられた。

 答えは、「神です」とのこと。人の身でありながら、その内面によって種族は変わる──肉体に種族は引っ張られないのか、と思った部分でもある。



 さて、接待室に残された4人だが、そこそこ気まずい雰囲気となっていた。正確にはその空気が流れているのは3人なのだが。


 俺と陽里が2人きりであれば、まだ話すこともあっただろう。ただ、ラルヴィアがいるとなれば話は違う。ラルヴィアと話すべきことが見当たらないのだ。

 今更ラテラのことを尋ねるのも──なにか引きずっているようで印象が悪そうだ。それを分かっている陽里だからこそ、彼女も容易に話題は振れていない。


「──二人はどのような関係なのですか」


 と、そんな時。

 この空気に耐えかねたか──いや、彼女に関しては本当に気まぐれだろう──ラルヴィアが口を開く。

 気まぐれとはいえ話題に気遣いはあるようで、俺と陽里の両者に関係のあるものだった。


「私たちの関係、ね」

「同僚みたいなものか? 同時期に召喚された勇者だ」

「二人は勇者だったのですか。なんとも、奇妙なものです」

「奇妙?」


 勇者という言葉はさすがのラルヴィアでも知っているらしい。こう見えて女神なのだ。当然と言えば当然か。


「彼女も勇者でした」

「彼女、というと──例の魔術師か」

「はい。彼女は不思議な人でした。先の問題についても、自身は娼婦を理解できないにも関わらず、彼女らのために様々なものを作ってみせました。理解は出来ずとも、他者を尊重する──あまりにも不思議なあり方でしたが、あなた達を見ていると少し納得します。勇者、いえ、異世界人なりの価値観、とでも言うのでしょう」

「あぁ──」


 確かに、この世界の人々のあり方は、俺たち異世界の人間とはだいぶ違う。

 価値観や考え方──そういった根本的な部分が違っているのだ。


 だから、この世界の女神であるラルヴィアには、かの魔術師のあり方は不思議に見えたのかもしれない。

 俺たちから見れば不思議、とはならないが、しかしそれでも───


「彼女の生き方は偉大だと思う。尊敬するよ」

「えぇ、そうね。他人を尊重する生き方は、誰にでもできるものではないわ」


 彼女が何年前の勇者なのか、どの大陸の勇者なのかは分からない。

 それでも、その生き方は尊敬に値するものだ。


「───私も、友として誇りに思っています」


 それはラルヴィアも同じようで、ふわっと微笑み、どこか誇らしげにそう呟く。

 それだけで、ラルヴィアにとってその魔術師がどれだけ大切な存在なのかが伝わってきた。


 ふと、雫あたりに聞けば彼女のことも分かるかも……なんて思うが、実妹に避妊具の話をする──なんて恥ずかしいことは出来ない。恥ずかしいというより、気まずい。


 いつか機会があれば、過去を生きた偉大な勇者の墓に花でも添えたい。異大陸に行く時間も見つけたいものだ。


「なにか勘違いしているようですが、彼女は不老不死な存在です。今も健在なはずです」

「ん? 人じゃないのか?」

「いえ、人ではあるのですが、正確には半神です」


 「異世界人」と言っていたし神と人のハーフ、なんてことはないだろう。

 なると、人の身ながら神になったようなもの。ラルヴィアとは少し状況が違い、精神も肉体も変わらぬまま神の要素を手に入れていることになる。


 そんなことは可能なのか? と疑問を持つよりも先に、何らかの手段があるのだ、と結論付ける。神になるための条件──それは神のみぞ知ることなのだろうが、存在するはずだ。


 別に神になりたいわけではないのでどうでも良い話ではある。


「それに、人々は彼女を”避妊の魔術師”と揶揄します。偉大な発明というのは、少し時が経ってから評価され、更に年月を積めば格を下げられるものです」


 これは少し分かる気がする。


 当時は評価されず、時代が変わって先人は評価される。更に時代が進むと、その発明の偉大さは身に染みることがなくなり、偉人の格が下げられる。


 その末に彼女は揶揄されるようになった。

 不老不死であるからこそ、その辛さは余計感じることだろう。


「彼女は?」

「旅をすると言っていました。私が封印されている間も、その意思が変わらなければそうでしょう」

「そうか……。いつか会えるといいな」

「そうですね。お礼がしたい、と私は思っています」


 話を聞いているだけでも伝わってくる、ラルヴィアと魔術師の友情。

 だからこそ、彼女と同じ勇者である俺たちとの縁は、ラルヴィアにとって奇妙なものに見えたのだろう。


「……話は変わるのですが、二人はなぜ女神に叛逆を?」

「私は葵くんに付いていってるだけよ。彼に負けたから従ってる、と思ってくれて構わないわ」

「その割には、確とした信頼関係が見えます」


 ラルヴィアの言葉は図星だったのか、陽里が珍しくたじろぐ。

 確かに同郷ということもあり、俺は陽里をある程度信頼している。それは陽里も同じものだと思っていた。


「ま、まぁ……同郷の好ってやつ、ね。なんやかんや、この世界では孤独だもの」

「そういうものですか」

「ええ、そういうものよ」

「それで、葵は?」


───あ、君俺の事呼び捨てなんだ……。


 なんて俺の心情はともかく。

 話せば長くなるが、俺は女神への恨みをラルヴィアに話していく。


 ある日召喚されたこと。「無能」と言われ捨てられたこと。殺されかけたこと。

 その復讐をすべく、気付けばここまで来ていたということ。


 話を聞くラルヴィアは、いつものように無表情だ。

 それでも彼女は俺の目を見て、真摯に話に付き合ってくれた。


「納得しました。たしかにそれは悪と言えるでしょう」

「まあ、邪悪の化身とも言える奴だしな、アイツは」


 言われてみれば、こうして復讐心に同意してくれたのはラルヴィアが初めてな気がする。

 皆、復讐心には触れなかった。気遣いのようなものであることは理解している。


 復讐の経緯を聞かれることも少なかったように思える。勇者たちは知っていたことだろうし、エリスには話すことをしなかった。

 雫は俺自身を認めてくれる存在なので、少し違う。


「選定神ラルヴィアの名を以て、その復讐を認めます。悪を倒すべく苦を乗り越えたあなたに、敬意と称賛を」

「え? あぁ、ありがとう……」


 真正面からこうやって受け止められると不思議な感覚だ。


 今までやってきた異世界での旅路が、無駄でなかったと言われた気がして。

 女神に抗う姿勢を認められ、褒められている気がして。


 そんな初めての感覚に、目の奥が熱くなる。


「ちょ、葵くん!? なんで泣いてるの!」

「……私が何かしてしまいましたか」


 慌てる二人だが、そりゃそうだろう。彼女らからすれば俺がが泣き出す理由など不明なのだから。


「あぁ……いや、ありがとう、ラルヴィア」

「? よく分かりませんが、どういたしまして」


 感謝される理由も、ラルヴィアからすれば不明なはずだ。

 それでも、俺の中では彼女の言葉は嬉しいものだった。


「え!? これ、どうする……!? ラルヴィア、なにかないの!?」

「申し訳ありませんが───」


「お待たせしました、兄様方。宴の準備ができまし───た?」


 慌てふためく珍しい陽里と、なんとかしようとしてくれるラルヴィア。

 そのタイミングで、勢いよくバタンと部屋の扉が開き、一人の少女が入室してくる。


 そのまま言葉を綴るも、異変に気付いた様子。

 おかしな雰囲気の部屋の中を見れば、兄が泣いているではないか。


「え!? 兄さん、どうしたんですか!?」


 こうして、慌てふためく少女が1人増えたのだった。

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