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第142話 これから

「それで、彼女はどうするのかしら?」


 ラルヴィアの話も終わり、致し方なく雫から貰った追加の焼き菓子を彼女に与えていた最中、話を切り替えるように陽里が口を開いた。


 暫し続くだろうと思われていた沈黙に突如として終わりが訪れ、場にいる誰もが彼女に向き直る。


 陽里が話題の中心とした「彼女」とは、メイのことだ。メイの介抱をしていた彼女が皆に見せるように指し示す。全員の視線がそこに誘導された。


「ほう? 魔力器官の消滅か」

「はい、そのようです」


 すぐに原因を解明する雫と、頷く総帥。周りの状況を理解していない面々も、メイに何が起きているのか理解し始めたようだ。


「珍しいことだ。魔力器官だけが綺麗に消失しているな。持ち去られたか?」

「おそらく、女神ベールの仕業かと」

「だろうな。魔力を溜め込んで何かの動力源にでもするつもりか?」


 メイの魔力器官が消滅した理由を軽く探る雫も、流石にこれ以上は憶測が過ぎるというもの。

 女神ベールの目的がハッキリと分かっているわけでもない今、雫の思考にも限界はあった。


「どうされますか?」

「捨て置け。助ける意味はない。埋葬程度はしてやると良い」

「なっ───!」


 雫の非情な判断に驚きのあまり声を漏らす。

 総帥曰く、「古代遺跡に人工魔力器官は存在する」とのこと。それの在り処を教えてくれるものとばかり思っていた。


 雫の対応には総帥も驚いたようで、一瞬驚愕の表情を見せる。とはいえ、彼が敬愛する魔王の判断に異を唱えるわけもなく、


「かしこまりました」


 とだけ、短く告げた。


「どうかしましたか、兄さん?」

「あぁ……いや、人工で魔力器官を作れないのか、と思ってな」

「───総帥が話しましたか? まぁ……良いのですが」


 助けると予想していた総帥がその前提で俺に話をしていた結果だ。罪悪感を覚えているのか、総帥はピクリと肩を動かしたが、動じない姿勢を見せようとしている。


 雫はそれを見抜いていた。軽く溜息を溢すも言及することはしない。


「人工魔力器官は作れませんが、古代遺跡には存在しています。ですが、それを彼女に宛行うつもりはありません」

「……それはなぜだ?」

「たしかに私は兄さんを……えーと…………大切、に思っていますが、それは兄さんの周りの人間まで大切なわけではありません。夏影陽里さんやラルヴィアのように得てして傷つけようとは思いませんが、助けようとも思いませんよ」

「それは……」

「兄さんのことは一番と言って良いほど大切ですが、私は魔王軍の皆も大切に思っています。古代遺跡にあることは知っていますよね?」


 総帥から聞いていた話だ。俺はコクリと頷く。


「古代遺跡があることまで分かっていて、攻略情報されていない。それほど危険な可能性がある場所なんです。いえ、ただ後回しにしていただけというのもあるのですが……」


 「というよりもそれが本当の理由なんですケド」と小声で付け足す雫。

 ただ何にせよ、遺跡の攻略も一大イベントではあるレベルなのだ。大切に思う魔王軍を危険に晒してまでメイを救う義理はないと、そう言いたいらしい。


 彼女の言うことは全面的に正しかった。

 雫にとって、メイは見知らぬ人でしかない。貴重な人工魔力器官を使って救う価値があるかどうか、不明なのだ。


 俺が助けたい、そんな身勝手な理由を押し付けて魔王軍を危険に晒すのもおかしな話というものである。


「そもそも、メイと兄さんはどういう関係なんですか?」

「以前、俺が彼女をナンパから救っただけだ。お礼に宝石を買ってもらった───今は訳あってなくなってしまったけどな」

「なるほど、なるほど───っと?」


 雫が陽里に腕を引っ張られ、そのまま何かを耳打ちされる。残念ながらここまでは聞こえないが、内容は短いようだった。

 しかし、その一言で雫は何か重大な情報を得たらしい。カッと目を開き、情報提供者である陽里に丁寧に礼をする。


「よく分かりました。なんにせよ、助けるメリットがありません。助けたければ一人で行け、とも言いません。そもそも、古代遺跡に立ち入ること自体を許可する気はありませんので」


 危険、という側面もあるだろうし、どちらにせよ貴重なものをメイに使用することにも反対だろうから、この措置は納得だ。


 メイには悪魔の石(デモンズストーン)の礼もあるし、助けたいところではあるが、どうするか。


 総帥、ロザリアはもちろん、ルリも口を出すことはない。雫の言うことに間違いはないし、誰もメイを「助けたい」と思うような動機もないからだ。

 陽里は──どうだろう。「兄妹のことだし口出ししないでおこう……」とでも思っていそうだった。


「……いや」

「? どうかしましたか?」

「メイは助けるべきだ。俺の個人的な理由を抜きにしても、な」


 そういえば、ふと思い出した。

 メイを助けるべき大きな理由が、一つだけある。

 これだけ大規模な襲撃を起こしてきた、女神が相手だからこそ、だ。


 首を傾げる雫に、俺は続ける。


「メイは女神のメイドだ。女神の最も近くに居た存在とも言えるだろう。

 今回、大規模な襲撃を仕掛けてきた女神の目的が不透明なのは怖いことじゃないか? なんにせよ、何が起きていたのかは解明しておくべきだ」


 この出来事の裏に、どんな思惑があったのか。

 それこそ、並の魔族では対処できないような問題だった。強者揃いのこの面子でも危うかったのだから。


 これはまた起こることなのか。女神の戦力はどの程度なのか。

 これらを知るための手段として、メイに聞けば良いということだ。


「そのためにはメイの知識は必要ではないか? 不透明な女神の実態を明かすためには」

「それはそうですね」

「ならば、メイを助けるメリットはあるだろう?」

「ええ、ありますね」


 妙にしおらしくなる雫に違和感を覚え、彼女の顔を見つめる。なにか異常があるわけでもない。いつも通りだ。


「では、助けましょう。詳細は──魔王城に帰ってから話します」

「え? いいのか?」

「はい。実際、メイには話を聞くべきです」


 想像していたよりも説得がアッサリいってしまったことには驚くが、喜ばしいことでもある。魔王の考えに頷くだけの総帥とロザリアはもちろん、ルリも何も言うことはないようだ。


「それはそうだが……」

「アッサリいって驚いた、といった顔ですね。ふふ、元から助けるつもりではありました。兄さんの意思を聞きたかっただけですから」


 なるほど、と納得だ。

 メイを助けるにしても、この中で最も関わりのある俺がどう思っているか、というのは大切だ。

 それに、先程言っていた雫の立ち位置は嘘ではないだろう。それを伝える機会にもなった。


「とはいえ、まずは内乱のことが先です。内乱は私たちの圧勝。大被害はコリン程度ですが、それは私たちの知ったことではありませんので。城に帰り、凱旋を祝うとしましょう」

「あまり内乱に勝った、というイメージが湧かないな……」

「まあ、相手は賊のようなものでした。戦、というよりは処理に近かったです。それでも、内乱に勝ったという事実はあります。凱旋の宴は開く必要があるでしょう」


 魔族にもそういう文化はあるものなのか、と思う。見た感じ人族と違いはなさそうだし、あって当然かもしれない。

 ただ、面倒な貴族のしがらみ……無いと良いなぁ、と願いたいものだ。作法も知らないし、屈強な魔族が怒り出しでもしたら困る。


「宴、ということは、食べ物が?」

「え? あぁ、まあそりゃあるだろうが……」

「期待します」


 ラルヴィアは変わらない。宴といったら大量の食べ物、だそうだ。


「警戒に当たっていたガルヘイア待機組にも異常はないようだ。連絡してすぐに宴の準備をさせる。我らも帰ろうではないか。こんなところで立ち話もなんだろう?」

「はっ。魔王様には不相応な場かと」

「そうは言わぬが……、まあ良い。兎に角、我らも帰還する。異議があるものは───居ないな」


 ボロボロになったコリンの屋敷──もはや屋敷とは呼べないが──の居心地も良いものではない。

 「我らは勝利したのだ。帰ろう」と言う雫の提言もあり、俺たちはガルヘイアへと帰ることになった。



 ヒュトールの討伐から始まり、アルフレッド、そして天使たち。

 長かった内乱に騒動もついに、幕を閉じるのであった。







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