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第141話 選定の名において

 誤字報告、ありがとうございます。

 いつも助かっています。

「ふむ、どういうことだ?」


 意味深な発言をしたラルヴィアに、すかさず問い掛けるのは雫だ。


「私は自らの意思で封印されました。私が私を悪と選定した為です」

「つまり?」

「その封印を無理やり解いたのが女神ベールということでしょう。となれば、敵です」


 ラルヴィアは封印されていたかった。

 女神ベールはラルヴィアの意思を無視して封印を解いた。


 己の欲のために力を使われたことには言及していないのが、価値観の違いを感じるところだ。ただただ、「封印を解かれた」ことだけが問題らしい。


 そもそも───


「なぜ、封印されたかったんだ?」

「私が私を悪と選定したから、です」


 その理由を聞いているのだが、答えたくないのか。

 いや、彼女に限ってはそういった意味ではないだろう。どちらかと言うと、俺の質問の意図が掴めていない様子だ。


「なぜ悪と選定したんだ?」


 こう、直接聞かなければいけない。

 それがラルヴィアという神との接し方なのだと、僅かな時間ながら学んでいた。


「……私はそれに答えたくないと思っています」


 少しの間があって、ラルヴィアの出した答えは”拒否”だった。彼女の表情は今まで通りだったが、顔を顰めているように見えなくもない。


 自分自身を悪と選定する──それにどんな意味があるのかは分からないが、彼女にとってはただならぬことであるのは間違いない。気安く踏み込みすぎたと反省する。


「ですが、食べ物をいただけるならば話は別です。相応の焼き菓子を要求します」


 前言撤回、反省はしない。

 そして、顔を顰めているように見えたのも気のせいだった。


───あの間は交渉をするかどうか考えていたのか?


 やはり図々しい女神である。食に貪欲というか──それほど焼き菓子が美味しかったのだろうか。


「(兄さん、手を後ろに)」


 そんな中、雫が俺の耳元で小さく呟いた。

 ラルヴィアの前で堂々と耳打ち──ではあるものの、彼女は気にしていない様子。


 兎に角、俺は雫に言われた通りに手を後ろに回す。


───うぉっ!?


 突然、手に何かが乗せられた。質感と重さからして、何かを入れているケース……バスケットのようなものだろう。


 なんだ? と思い、手をそのまま前に回す。その正体を見て、俺は失敗を悟った。


「…………」


 ラルヴィアの視線が爆速で俺の手元にロックされる。

 恐る恐る、俺も自分の手元に死線を落とした。案の定、そこにあったのは焼き菓子が大量に入ったバスケットだ。


 ラルヴィアが行動を開始する。

 ロザリアの傍に居た彼女が、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。


「雫っ……!?」

「どうしましたか、兄さん?」


 この状況を作った張本人を呼ぶも、とぼけられてしまう。要するに、ハメられたのだ。


 このままではマズイ、と周りに助けを求めようとするが、それよりも先にラルヴィアは俺の目の前に辿り着いていた。


「これを貰えるのなら、話しましょう」

「……いや、もう食べてるじゃん……」


 既に彼女の華奢な腕はバスケットに向かって伸びており、もぐもぐと焼き菓子を口に頬張っている。 

 俺が注意すると、不思議そうに「なにか問題でも?」と言うが、「問題大ありだよ!」などと言えるはずもなく、「いえ、ないです……」と答えてしまった。


 神=非常識、と考え始めると、なぜか女神ベールも神としてはまともなのではないかと思えてくる。

 頭のおかしさのベクトルは違うが、それほどラルヴィアは衝撃的な存在だった。


 十秒ほどかけ、バスケットいっぱいに盛り付けられていた焼き菓子を半分ほど食べきったラルヴィアは、一度手を止めると俺に向き直る。


「……それで、なんの話でしたか?」

「…………」


 抑えろ、俺。彼女は神、俺たちの常識では計り知れない存在なんだ。


 一度、深呼吸。冷静さを取り戻しつつ、目の前の少女を見つめる。


 周りでは、「頑張れ、兄さん!」「……葵、ご愁傷さま」「兄上様、ご武運を」「開放、されました……」と、各々が葵への思いを心に秘めているわけだが、当然それを葵が知る由もなく。

 孤独で神との戦いに挑むその姿は、勇敢なものだ。


「なぜ、悪だと選定したのか聞きたいんだ」

「あぁ……分かりました」


 と言いつつも、話の合間に焼き菓子をぱくり、もぐもぐ、ごっくん。

 あまくて、おいしい。と満足したところで、話を続ける。糖分のチャージは大切だから、ね。


「リュボーフィという大陸、ご存知ですか? こことは違う大陸のようですが」

「ふむ、すぐ隣の大陸だな。それが何か?」

「私はかつて、その地に降り立ちました。理由は単純なものです。そこにて善悪を選定する役割があったのです」


 天気の神は天気を操り──みたいなものだろう。選定の神はことの善悪を選定するために地に遣わされる。その仕事の一環としてリュボーフィにいたというわけだ。


「私が選定すべき問題は、娼婦問題でした。大抵のことは人自身が判断すべきですが、これはそうもいかなかったのです」


 「娼婦問題?」と俺が首を傾げると、近くにいる総帥から補足が入る。


「リュボーフィは愛の大陸と呼ばれる場所です。女性──に限った話ではないのですが、やはり体を売って稼ぐ人が数多く存在します。そもそも、そういった稼ぎ方を有名にしたのもリュボーフィ、と言えるでしょう。

 かつてのリュボーフィでは、ほとんどの人がそうして稼いでいました。観光地として異大陸の人間を呼び、大陸の人々は体を売る。そうすることで稼ぎを得て、その過程でリュボーフィは観光として有名な大陸へと成長していったのです」


 たしかに難しい問題ではある。


 倫理的な善悪の問題、だろうか。本人が良いと思ってるなら良いのでは? という気持ちと、それでも身を蔑ろにする行為はどうなのか? という気持ち。それに、そうしなくては路銀を稼げない人だっているんじゃないか、なんてことまで考え出すとキリがない。

 とはいえ、結局は個人の判断、自己責任、となりがちな話だ。大陸規模──世界規模で事が重大になったとはいえ、大規模な武力抗争が起きたり……なんてことは想像がつかない。


 となると、何か別の問題があったに違いない。神々が介入する必要のあるような問題が。


「───人口爆発とか、か?」

「似たようなものです。人口が増えることそのものではなく───」

「生誕と堕胎のアンバランスだと」

「肯定します。流石は現代の魔王」


 イマイチ掴めず不思議に思う俺に、ラルヴィアは話を続ける。


「そもそも生誕は、世界の魂の量を左右する要素です。堕胎は生誕による魂の増減を調整する機能、と神々は考えます」


「つまり?」


「娼婦問題は、世界を生誕に傾けました。はじめこそ緩やかな人口の増加でしたが、それは加速度的に増していきます。結果として、魂の総量を崩すことになります」


 魂という言葉。なんとなく重要な要素なのは分かるが、感覚が掴めない。

 神がそれに重きを置いていることも理解できる。しかし、魂の総量が崩れることが何に影響するのかも不明だ。


「魂の総量というのは、世界の管理に最も重要な要素です。これは神々の例え話だと思っていただいて良いですが、世界というのは巨大な生物です」


「生物?」


「はい。他の生物同様、世界にも器があります。つまり、受け止めきれる魂の量は決まっているのです」


 増えすぎると世界が壊れる、ということか。

 たしかにそれは大問題だ。


「魂が減るのは問題ないんじゃないか?」


「多少の増減は許されますが、均衡が保たれているということは、今がちょうど良いということです。魂が大幅に減れば、どこかで大きな歪が発生し、生物の滅亡に繋がる可能性が出来てしまいます」


「そのために、魂の総量の管理が重要だと」


「はい」


「それに善悪の判断は必要なのか? 神々が直接手を下せば良いじゃないか」


「否定します。神は特例を除き、人の営みに介入することを禁じられています。その特例として、人の営みが悪と判断されることが含まれます」


「なるほどな」


 回りくどい手段ではあるが、一度ラルヴィアが悪と選定しないと神々も動けないということだ。



 ここまで事情は理解できるが、それが彼女自身を悪と判断する理由に繋がるのは不明だ。

 神々に望まれた通りのことをした、それだけではないだろうか?


「結局、私はそれを悪と選定しました。神として、魂の総量を崩す行為は悪だと。大して知りもせず決めつけたのです」


「……どういうことだ?」


「つまり、私は人間の営みを知ろうともせず、悪と選定しました。それによって、多くの人々は稼ぎを失い、餓死を迎えました」


「……あぁ…………」


「神々にとってはそれで良かったのかもしれません。私はそれだけを考え選定し、その後に人を知りました。

 死から免れるべく、禁忌を犯してでも稼ごうとする者も居ました。稼ぎがなく、盗みを働く者も少なくありませんでした。

 私は神です。死に対する恐怖がありませんでした。しかし、身近で見てようやく、人々の持つ死への恐怖に気が付きました」


 なんとも、彼女も難しい立場である。

 神を思うか、人を思うか。正しさは神に寄れど、現地の人々を見れば内心は揺らぐものだ。


「私は後悔しました。この選定は───考えがなさすぎだと。たとえ同じ結果を歩もうと、人を知る努力はすべきだった」


「それが、悪だと選定した理由か?」


「近いですが、少し違います。私はこの後、自らの贖罪のために、一人の人間を天界へ連れて行くことになります。名は伏せますが、彼女は貞淑で偉大な魔術師でした。

 彼女はある発明をしたのです。避妊具と、避妊魔法。つまり、稼ぎを得つつ、魂の総量を崩さない折衷案は存在していたのです」


 言われてみればそうだ。

 ちゃんと避妊さえしていれば、この問題ははじめから起こることはなかった。


 それがマイナーな時代──なかったのかもしれない──だったからこそ、人の営みを知ろうとしなかった彼女は辿り着けなかった。

 ただ、人を知っていく中で見つけたそれを、彼女は神々に訴えるべく、その人間を天界まで連れて行ったのだ。


「神が人を天に連れて行くことは、明確に禁忌ではありません。実際、私もそれを咎められることはありませんでした。

 ですが、この行為は私自身の贖罪に過ぎませんでした。神を思う判断をした後、次は人を思う判断をした。どちらから見ても、私は裏切り者の……蝙蝠のような神でした」


 どっち付かずな行動を取ってしまった自分は神として正しくないと、そう判断したわけだ。


「私は自ら、選定神の権能を捧げることを提案しました。しかし、神々はそれを許しませんでした。

 私は選定神としての名を冠したまま、根源に権能の殆どを奪われました。これは、私への罰とも言えました。選定神という、誤りの神の名を冠して生きていけ、と。神々は──根源さえも私にそう言うのです」


「それに耐えきれなくなって封印を?」


「いえ、私はその名を冠した上で、封印を選択しました。ゆっくりと、己の思考を固める時間が欲しかったのです。人の営みに関する私の凝り固まった考えを解す時間が欲しかったのです。

 リュボーフィの女神、そしてかの魔術師は、私の考えに協力してくれました。2人の協力があり、私は無事に封印をされていた、ということです」


 全貌を聞いて考えても、何が正解だったかは分からない。

 本当に難しい立場で、正解もない問いを投げかけられていただけだ。それに彼女自身が罪悪感を覚えて、自らに罰を与えた。

 長い時間をかけて思考していた。それを、女神ベールに邪魔された、と。


 それは敵と言っても良いのかもしれない。


「それにしても、人の営みは素晴らしいものです。焼き菓子、これはとても美味しい」


 気が付けばもう食べ切りそうな勢いで焼き菓子を摘むラルヴィアだが、この話を聞くと咎めようとは思えない。

 むしろ、ぜひ焼き菓子くらい食べてほしいものだ。


「それで、これからどうするんだ?」


「再度封印されるのはありません。人の営みの素晴らしさについて、私は認識しています。そして、私はそれを守りたいと思っています」


 力強く宣言した彼女の瞳には、確たる意志が宿っていた。

 焼き菓子を頬張っていた女神とは思えないほどの力がある。彼女の”本気”を伺い知れる。


「では女神ベールを倒すということに協力せよ。かの神は人の命などなんとも思っていない。邪悪の化身のようなものだ」


「女神ベールがどんな女神かは知りませんが、封印を解いたお礼はするべき、です。聞いたところ、あなた方の目的も同じご様子。協力しましょう」


「ああ、心強いよ」


「ところで───」


 ラルヴィアという女神の過去。


 話し方と性格からは想像できないような壮絶さもあり、そして何より心優しい女神。

 人を知ろうとする健気さと勤勉さを兼ね備えた──食いしん坊でなければ完璧とも言える存在なのかもしれない。


「───焼き菓子のおかわりはありますか?」


 空になったバスケットを指差しながら、彼女は言う。


 食いしん坊でなければ……完璧なのに。



 こうして、心強い仲間を見つけた。

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