表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/185

第139話 そして

「兄さん……!」

「あ、魔王様!」


 なんとか天使を倒した俺だったが、やはり無理に力を使ったこともあり、その代償も大きい。

 と言っても、現状感じられるのは凄まじい倦怠感だけだ。その場に倒れ込むように、俺は地に膝を付いた。


 その様子を見てか、心配そうな声を上げた雫が駆け寄ってくる。

 傷は再生していたが、万全ではないはずだ。ロザリアが咎めるような声を上げるも、それを振り切っていた。


「大丈夫ですか……!」

「あぁ、ちょっと疲れただけだよ」


 俺の側に来た雫は、その場で屈みこんで俺の顔を覗きながら尋ねる。

 「どこか怪我は?」と聞きたげな表情ではあるものの、本当に疲労しているだけだ。むしろ俺にとっては雫の方が心配である。


「雫こそ、大丈夫なのか?」

「傷を負うのは久しぶりでしたが、問題ありません。そんなことより、何故戻って来たのですか?」


───あ、怒ってる……。


 話し方は普段と同じだったが、声色というか、纏う雰囲気がいつもとは違った。

 雫にしては珍しく怒っていることは容易に理解できる。


 もちろん、怒りの原因も分かっている。

 なぜこんな危ない場所に戻ってきたのか、ということだろう。俺が天使を倒せたのは結果論であり、そもそも戻ってくること自体が咎められる──それは納得していた。


 ただ、なぜ戻ってきたと聞かれると困る。

 正面から「助けるため」というのは照れくさいし、かと言って「なんとなく」なんて理由が通じるはずもない。


 そんなふうに困っていると、意外な助け舟が出された。


「あだっ!」


 可愛らしい悲鳴を上げたのは、意外にも雫だ。

 そしてそれは、後ろから何者かにチョップを食らったことに起因する。


「……魔王様、他に言うべきことがある」


 その助け舟を出したのがルリだ。

 高いステータスを利用してそろりそろりと近付き、背後から脳天にチョップ。不意を突かれた雫は驚きから悲鳴を上げてしまった。


「ルリ、何か用事ですか?」


 恨めしい目をして背後を振り返る雫は、ツンとした態度でルリに言い返す。

 しかし、それをルリが気にする様子はない。大人びた態度で──実際に大人はこんなことはしないのだが──もう一度チョップをかました。


「なっ!?」


 正面からだったのにも関わらず、ここで再度チョップしてくるのは意外だったか、雫は避けることも防ぐことも出来ていない。

 その証拠に目を見開き、驚きを表現しながらルリを見つめ返すだけだ。


「……助けて貰ったんだから、まずはお礼。ありがとう、葵」

「どういたしまして。ルリが無事で良かったよ」


 そう言うと、ルリははにかんだように笑みを見せる。容姿は幼子だが、やはり表情には大人らしさがあった。

 その笑顔に見惚れてしまうも、それを快く思わない人が目の前にいる。


「兄さんっ!!」


 雫だ。


 俺がルリの笑顔に何か思っているのが気に食わないのか、俺とルリの間に割って入ってくる。


「な、なんだ……雫……?」

「そ、その…………助けていただいて……ありがとう、ございました」

「───どういたしまして。無事で良かったよ」


 我が妹ながら、中々可愛いところもあるじゃないかと思う。

 割り込んできたことで距離の近い雫の頭を撫でる。チョップの連続で一瞬驚いた雫だったが、撫でられることに気が付いてからは身を委ねてくれた。


「……葵、不公平。私のことも撫でるべき」

「ルリ、残念ながらこれは妹の特権。獣は大人しく去るが良い」

「……魔王様、そろそろ決着を付けよう」


 元からルリにそんなことをするつもりはなかったのだが……なぜかそこ2人で喧嘩が始まっている。

 いざこざに首を突っ込むのは嫌だが、この2人が戦い始めるのはもっとロクでもないことになりそうな予感がした。


「お言葉ですが、魔王様、始まりの獣(ラストビースト)様。兄上様が困っておられます。戯れもそのくらいでお止めいただくよう」


 良いタイミングで今度は総帥が止めに来てくれる。真面目なオーラが滲み出ている彼の安心感は凄まじい。


 流石におふざけが過ぎたと思っているのか、その言葉に反応して2人とも喧嘩をやめる。ルリも撫でてもらうのは諦めたようで、素直におとなしくなった。


「それと、兄上様。助けていただきありがとうございます」

「私からも、葵様、ありがとうございました」


 総帥と、その後ろから付いてきていたロザリアにも感謝される。俺は2人にも軽く返礼をした。


「結局あの天使は何だったんだ?」

「──その話をする前に、兄さん。まずは彼女たちの元へ戻りましょう」


 「そうだな」と。


 一先ず俺たちは、陽里、メイ、ラテラの残る場へと戻ることにした。






『ところでさ、私も力を貸したわけだし……葵の代償の肩代わりもしたんだよ? 感謝されるべきだと思わない?』

『そうじゃな。よく頑張った、偉い偉い』

『適当だな!!』


 遠くから彼らの様子を見守っていたベルゼブブと邪神だ。

 悪魔の力を葵が使うことで本来葵に降りかかる厄災を、ベルゼブブは一部肩代わりしていた。そのこともあって力を使い果たした彼女に、顕現する元気は残っていない。


 代わりに邪神と共に楽しくお話していたわけだが……。


『まぁ、良いじゃろう。妾としては、主がそない丸いことが面白くて堪らん』

『心外だなぁ、全く』


 なんやかんや楽しそうな2人は、それからもしばらく話し続けていたのだとか。





・     ・     ・





「あら、葵くん───と魔王様一行、おかえりなさい」

「待たせたな」


 戻ってきた俺たちに気が付いた陽里から、声が掛けられる。


 変わらず、メイとラテラもその場にいた。

 二人とも横になっている。意識も失っているようだ。


「……ラテラさん……」

「……葵」


 ラテラの姿は、俺が知っている彼女とはかけ離れたものだった。

 正確には、容姿は同じだ。纏っているものが聖女服じゃなくなっていることとか、神々しい雰囲気なこととか、そういうことを除けば、だが。


 そして、ここまで違えば流石に理解できる。彼女も女神に利用されて、こんな姿になってしまったのだろうと。


「死んだのか、ラテラさんは」

「……そう、死んだ」


 申し訳なさそうに俯き加減で答えるのはルリだ。

 ルリがラテラと戦っていた、ということだろう。しかし、ルリの責任ではないと思う。


「……私の不注意が原因。ごめん」

「事情は分からないが、こうなるように女神が仕組んでいたんだろう。それを全部読み切って行動するなんて不可能だ。ルリは悪くないよ」


 本心だ。何よりも、女神の方に怒りは募る。


 ラテラには転移直後、色々とお世話になった。ろくな恩も返せないままでいたのが心残りだ。


───ありがとう、ラテラさん。


 心の中で礼をする。


 私情に浸るのも良いが、俺とラテラのことはこの場にいる人たちには関係のないことだ。とりあえず、話を進めようと感傷に浸るのをやめた。


「それで、彼女は?」

「……自身を選定神ラルヴィアと名乗っていた。その神を私は知らない」

「うーん……?」

「神器───気付いたら彼女の中に取り込まれていたけれど、多分それが原因。神器は女神がラテラに持たせたものだと思う。意図的に作られた神なのかもしれない」

「そんなことは可能なのか?」


 俺の質問に、ルリは考え込む。


「……私の知る限りでは、不可能。魔王様は?」

「我も知らぬ。ただ、神とて自然と生まれるわけではない。作る手法はあるのだろう」

「そういうものか……」


 女神しか知らない製造法がある、と言われても納得だ。彼女は腐っても神なのだし。


 そんなことよりも、女神の戦力に他の神がいることのほうが問題である。

 いつか女神を殺しに行くときのために削っていた勇者戦力以上の戦力が考えられるのだ。少し面倒だと思った。


「彼女はどうするんだ?」

「殺しても良いが、それでは安直過ぎるだろう。起きるか分からぬが、それまで待っても良いと思うがな」

「……魔王様がそう言うなら、私もそれでいいと思う」


 正直、ここらの決定権は俺にはないので口を挟む意味はない。

 ただ、ラテラと同じ容姿の彼女を殺されるのは気が引けるところはあった。俺のエゴでしかないが、ラテラの分まで恩返しはしておきたい。


 彼女が敵対していたらその限りではないのだが……。


「…………ん……」

「あ、おはよう……ございます……?」


 なんとタイミングが良いことか、その時、ラテラ──選定神ラルヴィアが目を覚ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ