第135話 人造天使
誤字報告を何点か頂きました。ありがとうございます。
出来る限り誤字脱字のないように執筆していますが、ミスは気付き次第修正していきます。
後ろを走り去る葵を見て、総帥は安心したように天使へと向き直る。
手に持つ刀は、斬魔刀。魔道具の一つで、魔力を切り裂くことができる刀だ。
この刀を取り出したのには意味がある。
総帥の経験上、空を飛ぶヤツは大抵魔力放出を主な戦闘手段としているためだ。
魔法が迫ってこようと、結界無しで斬ってしまえる。魔法が不得手な総帥にはありがたい防御手段のある刀だった。
ただ、あまり好んで使いたいものではない。魔力を切り裂くだけで、魔法の効果がなくなるわけではないからだ。
切り裂かれた魔法は分散し、周りに被害を与えることになる。配慮として使用を控えがちだった。
ただ、見ただけでわかる”強さ”。
配慮などしていては勝ち目はないと踏み、この刀を抜くに至った。
その予想が当たってか、天使は魔力を溜めている。
両の腕を広げる彼女の胸の前には、魔力で構成された光球が形作られていく。
収束していく魔力は、一人を対象にするには多く、範囲を対象にするには少ないように見えた。
あいにく、上空にいる天使と総帥の視線は合っているので、総帥に向けられていることが分かっているのだが。
「────」
天使の口元が微かに動いたように見えた。
そして、集められた魔力は解放される。
案の定、総帥目掛けて放たれた光の線は、総帥のみを滅ぼさんと迫りくる。
「ふっ」
しかし、一閃───振り上げられた斬魔刀によって、断ち切られた。
綺麗な直線が総帥によって二分され、代わりに付近の地面が抉られていく。
込められた魔力以上の効果はあるようで、その余波でさえも総帥には多少のダメージとなり得た。
「──首を刎ねましょう」
いつまでも上から攻撃されていてはキリがない。
そんな考えから、地面を蹴って勢いよく跳び上がる。
目標は、天に立つ天使の首。接近して、一瞬でその首を掻いてやろうという算段だ。
「堕ちよ」
とはいえ、天使とて楽に接近させてくれるわけにはいかない。
魔力を収束させた光球が、天使の周りに5つ出現した。その全てが先程同様──それ以上の魔力によって構成されている。
勿論、狙いは総帥だ。
宙を跳ぶ総帥目掛けて、天使から光線のお見舞い。光球の魔力が全て使われた強力なレーザービームが総帥へと迫る。
「────」
総帥はそれらを斬魔刀で斬り裂いていく。
一本一本丁寧に処理するように、総帥の元に迫った光線は二分され、地面へと落ちていった。
落ちていった”光線だったもの”はが地面を傷つけているが、それは総帥にはどうでも良いことだ。
今は、視界の邪魔をしていた光線が開けたことに注意して───
───目くらまし……!
光線を薙ぎ払い、視界が開けた瞬間、目の前には巨大な光球があった。
つまり、5個の球体は目くらまし。この巨大な球体が狙いということで───
「堕ちよ」
「……チッ!」
突如、本当に目の前に現れた光球に対して、あくまで冷静に刀を振るおうとする。
ただ、相手だって知性体だ。総帥の武器が魔力を斬れることにも気付いているし、だからこそ振るうのが間に合わない距離に光球を用意していた。
その目論見が叶って、総帥の刀は間に合わない。
なんとか光球を斬り裂くも、完全に防ぎきれず、魔力球は直撃した。
「がッ!!」
その勢いに押されて、総帥は地面へと高速で落ちていく。
ズンッ! という音、更には地面に大穴を発生させるほどの衝撃を持って、彼は地面に叩きつけられた。
それを静かに見下す天使は、それでも総帥を殺し切るには不十分だと判断したようだ。
地面へと不時着した総帥目掛けて、追加の光球を生成。同様に、光線を総帥目掛けて打ち込む。
いかに総帥といえど、地面に叩きつけられた衝撃は馬鹿にできるものではない。急襲だったこともあり、上手く受け身も取れていないのだ。
そんな状態の彼に迫る追撃を、彼に避ける術はない。撃たれる光線は無慈悲にも総帥の胸を貫こうとする。
その瞬間。
「<糸紡束護>っ!!!」
総帥と光線の間に割って入るように、糸が何重にも束ねられた。
魔力で出来た糸は一本でもある程度の硬度を誇るが、やはり光線に対しては弱すぎる。しかし、幾重にも重なれば話は別だ。
塵も積もれば山となる──一本では非力な魔力糸が集まり、硬度を増していく。光線によって焼き切れては紡がれ、焼き切れては束ねられ───そうして纏まった糸たちは、見事に光線を耐えきった。
「ロザ、……リア…………ですか…………」
「総帥!!!」
糸の持ち主はロザリアだ。
総帥の危機に駆けつけて、見事救ってみせた。
天使の光線のせいで開けた場所になってしまったこの場では、ロザリアの能力は十分に発揮できない。6割……実際には半分程度かもしれない。
魔力でできた糸は、繊細なものだ。即興で作れば出来が悪いので、普段は作り溜めをしている。
ストックをかなり使わないと防げないほどの攻撃だった。あと何回防げるか、分からない。
総帥を守り切ったロザリア。
その様子さえ、天使は冷静に見下している。
「────」
そして、一撃で駄目ならばと。
彼女が静かに何かを呟くと、彼女の周りに光球が3つほど形成される。
「ロザリア…………、来ますよ」
「はっ、<糸紡束護>」
3つの光球から、光線が放たれる。
標的はロザリアと総帥。天使としては、先程の防御スキルの限界を見るための一手である。
それに対し、ロザリアは全力でストックを消費しつつ、糸を魔力で強化して防ぐ。3つの光線ということで、凄まじい速度で消費されていく魔力糸だが、なんとかこの攻撃には耐えきれるだろう。
一瞬に威力を凝縮する光線が過ぎ去るのは早い。光り輝いたかと思えば一瞬で迫る高威力な光線を、<糸紡束護>でなんとか防ぎ切る。
ただ、あくまで「なんとか」防ぎきれただけに過ぎない。
これで駄目ならと、今度は5つの光球を生み出す天使が視界に映る。
「────」
「……<凶獣化>」
彼女たちの視界に映ったものは、それだけでは無かった。
天使の背後より迫る、小さな影。
そして、その背後で肥大化する少女の正体──
「────っ!」
「……あなたが落ちて」
始まりの獣だ。
急に現れた彼女に、無表情だった天使も驚きを顕にする。
握られた右の拳は、そんな天使に容赦なく殴りかかった。
振り返ってしまったせいで左頬を殴られた天使は、あまりの衝撃によろける。
ルリからすれば叩き落とすつもりだった一撃を耐えられて驚きだ。
「──<重力の檻>」
そして、そんな驚きが出ていたのだろうか。
魔力量が少なかったからこそ、全てを乗せて思い切り殴った。
体勢は崩れているし、驚きで隙だらけだろう。
ルリが姿勢を戻すよりも先に、天使が立ち直る。
ルリに対しては光球を使わない。形成するまでの間に立ち直る可能性が高いという判断だ。
代わりに即座に発動できるスキルで、ルリに過剰な重力を与えた。
「うっ──!」
体勢の崩れ、疲労。そういったこともあり、ルリは地面へと落とされる。
過剰な重力といっても、あくまでルリは綺麗に着地した。総帥とは違い、着地の衝撃でダメージを受けることはない。
「────」
一番厄介な相手をルリだと判断したらしい。
光球を作り出し、標的をルリに向け───
「……総帥っ!!」
「おまかせを」
しかし、放たれた光線は起き上がった総帥に斬られた。
万全とは言い難かったが、光線の1本程度、余裕である。
とはいえ、疲労しているルリ、致命傷を受けた総帥、力を発揮できないロザリアでは、3人寄ろうとも負けは見えていた。
何か、状況を変える一手が必要だ。ただ、それをするにはあまりにも状況が悪い。
「────」
それを見抜いている天使は、今度は7個の光球を作り出す。
魔力が無尽蔵にあるかのように、容赦なく作り出される光球だ。「どう防ぐ?」と彼らは視線を向け合う。
そんな絶対絶命のピンチだが、この場には彼女がいる。
強者の雰囲気に騙され道草を食っていた彼女だが、今度は天空にいる敵を見間違えず。
兄のケアを第一優先にした後ではあるが、この危機的状況に駆けつけた。
「──3人とも、よく耐えた」
邪神クローンとの戦いで消耗した魔力を回復しきっては居ないが、それでもこの中では最も万全だろう。
魔王は堂々と、この場に登場した。
◆ ◆ ◆
時は少し、ほんの少しだけ遡る。
葵がメイを背負って逃げ出したすぐ後のことだ。
凄まじいエネルギーを背後で感じながらも、葵は進み続ける。ただ、メイを背負っていること、疲労が溜まっていることもあり、その進みは遅いものだった。
ただ、少し進んだところである人物に合流した。
「兄さん?」
「雫か……!」
そう、雫である。
ちょうど天使の元へ向かおうとしていた雫と、偶然出会ったのだ。
「どうしたんですか、兄さん」
「あの天使から、彼女を背負って逃げてきたところだ」
彼女、と言いながらもメイに視線を向ける。雫もメイを一瞥するも、それより優先することがあると興味はあまり持っていないようだった。
「アレについて詳しく知っていますか?」
「ごめん、分からない。ただ、総帥が足止めをして──」
「総帥? 彼が来ているのですか?」
「え? ああ、うん」
元々は来ない予定だったのか? と少し疑問だった。総帥が魔王の指示なく動く人物には見えなかったからだ。
「分かりました。もう少し先に進むと、勇者夏影陽里が居ますので、合流してください。私はアレを倒してきます」
「……勝てるものなのか、アレに」
総帥に関する俺の疑問は、別の疑問にて置き換えられる。
桁違いの力を持っているように見えたあの天使。それに人の身で勝てるのか、ということだ。
ただ、そんな疑問を零した俺が面白かったのか。
雫は優雅な笑みを見せ──
「ええ、あれくらい余裕です。なにせ、魔王ですから」
と。
俺を安心させるよう、力強く宣言した。