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第129話 選定せし神(1)

「貴女を断罪します」


 そう言い切った聖女ラテラ──いや、選定神ラルヴィアは、白き鎌を構える。

 明らかに神器だ。先程までとは違い、確実な力をそれからは感じる。


───……未完成だった神器が完成した? そのための要素が、”聖女の死”?


 イマイチ、ルリには原理が不明だ。

 ただ、起きていることは理解できる。


 目の前に立つは、白銀の神。女神ベールなんかより、何倍も神然として立ち居振る舞いをする彼女こそ、選定の神だという。

 尤も、選定の神など、ルリの知識にはない。ただの魔道具が神器に変わる、なんて話も知らないのだが。


「……選定の神……?」


「肯定します。世の善悪は、ラルヴィアの名を以て決定されるでしょう」


 スケールは大きい。一見上位の神のように見えるが、それがベールに従うとは思えない。


───擬似的な神? 人工の神?


 桁外れの魔力量に、神秘的な雰囲気。手に持つ鎌は神器。

 神であることは確実なのだ。それこそ、地に堕とされたベールとは違う、()()の。


 それ故に、疑問は解消されない。女神ベールの手によって作られた神だとすれば、それが上位の神に許されるはずがないのだから。


「……他の神が……それを許すはずがない」

「否定します。この世の善悪はこの名にて選定されます。私は善であり、他にそれを拒否する権利はありません」

「……そう」


 ぶっちゃけ何を言っているのか理解不能であったが、話を続けても無駄だと思ったために理解したフリをする。

 他の神々が怒り出して攻め入ってきても、それはルリには関係のないことだ。目の前にいる神様が裁かれるだけであって、それはそれで良いと考えた。


 再度、彼女を注意深く見つめる。


 全身真っ白──といっても、肌が幽霊のように白いだけだ。ポジティブにいえば、色白美人。彼女の神々しさも相まって、遠目で見ても”神”だと分かる外見だ。


 手に持つ鎌は、持ち慣れている様子。聖女ラテラの戦闘能力はそこまで高くなかったので、中身──経験ごと別物といった感じだ。


 そして、どの武器──神器も強力なものだ。

 そもそも神器が強力なことは当たり前なのだが、神器など見る機会がないルリには強力な魔道具、という印象しか抱けない。先の戦闘で始まりの獣(ラストビースト)に無類の強さを発揮したように、魔に対する特効を感じていた。


───……うーん…………。


「……ま、いっか」


 手加減できそうな相手でもないし、ごちゃごちゃ頭の中で考えるのは止めだ。


 とりあえず戦ってから考える。

 ロザリアに並ぶ魔王軍脳筋二大巨頭──いや、赤龍を含めて三大巨頭か?


 とにかく、ルリは身構える。

 それを見たからか、ラルヴィアは右腕を天に向けて伸ばす。


「選定神が定めます──」


 紡がれる言葉は、何かの詠唱。

 これから起きることが、神の権能の一部であることくらい、ルリには理解できていた。


 だから、全速力で駆ける。それを使われるよりも早く、ラルヴィアに一撃を入れる為に。


 地面を思い切り蹴れば、衝撃波と共に大きな穴が開く。それを見てもラルヴィアは動揺しないどころか、顔色一つ変えずに詠唱を続ける。


「──其は試練。表裏を定める刻となるでしょう」


 刹那の駆け引き。


 ほんのあと数センチ、数ミリ届かなかった。

 ルリの拳がラルヴィアを捉えるより早く、選定神の権能が振るわれる。


 圧倒的な神気。あたりを包み込む眩しい魔力。

 届くはずのルリの拳は空を切るが、そうでなければラルヴィアも回避行動を取っていたに違いないから、彼女に驚きはなかった。


 黄金の魔力は、ルリを中心に世界を描いていく。

 ほんの半径にして30メートル程度の世界だが、そこにはラルヴィアの心象風景が描かれていた。


 金色の草原。

 ラルヴィアの姿は──世界の端にある。

 ルリの目の前には、いかにもと言った見た目の剣が一本。ルリの体型でも片手で扱えるサイズ感の剣で、この黄金の世界で唯一、刀身に銀の色を持っていた。


「試練を与えます」

「……ちっ!」


 ただ、ルリはそんなものお構いなしの様子だ。

 地に突き刺さる意味深な剣を無視して、世界の端に捕捉できるラルヴィアへと一直線に向かっていく。


 地面を思い切り蹴るが、今度は地に穴ができることはない。この空間が彼女の魔力で形成されているものであり、ルリが及ぼす物理的な影響を遮断しているからだ。


 ということはつまり、彼女がラルヴィアに向かっていったのも意味がなくなるわけで。


 駆け出したルリは、その数瞬後には、世界の中央に棒立ちしていた。


───世界の制限…………


 一体、どれだけの魔力がこの空間に使われているのか。

 もしくは、それさえも神の権能と言えるのか。


 奇妙なこの世界では、ラルヴィアの思う通りに規則が作られている。因果、物理、あらゆる法則が捻じ曲げられている。


「──選定の剣を抜きし勇者に、世界は祝福を齎します。しかして、選定の剣は魔を嫌うでしょう」

「……<相反>」


 要するに、目の前の剣──選定の剣を抜かなければ何もできないというわけだ。しかし、選定の剣は魔族・魔獣には抜けない。早速ルリに無理難題を押し付けてきたわけだが────


 忘れたのだろうか?


 彼女はスキルで己と魔獣という性質を切り離す。

 そうすれば、当然選定の剣は抜けるようになるのだ。


───……?


 予想通り、選定の剣はするりと抜ける。

 ただ、次の瞬間、剣はルリの魔力を喰らい出した。


「選定の剣を抜きし勇者に告げます。貴殿に試練を与える」


 世界の端に映るラルヴィアが、またもや右腕を高々と上げる。


「その剣を持ちて、斬り伏せてみせよ」


 ルリの周りに、4人の甲冑を装備した騎士たちが現れる。それらもまた、白銀だ。

 彼ら──彼女らかもしれないが、一旦彼らと言っておこう──は顕現すると、剣を丁寧に構えて突撃してくる。


 魔力を喰われていることで、妙に体の動きが鈍いルリだが、選定の剣が軽いこともあり、振り回すことに支障はない。

 基本拳と魔法で戦うことの多いルリの剣術スキルのレベルは低いが、それでも長く生きてきただけあって出来ないわけではない。


 丁寧だがそれだけな動きの騎士たちの振るう剣を体を捻ることで避け、そのまま選定の剣で首を刎ねていく。


 ラルヴィアはそれをただ無表情で見つめている。何も思うところはないのか、首を刎ねられた騎士たちを見て、再び腕を上げた。


「貴殿に第2の試練を与える──」


 無機質な声は、神らしいといえば神らしいか。

 秩序の執行者たる、さすがは選定を司るだけはある。


「──円卓の地に騎士は集う。幾度の災より守り切りなさい」


 合図に合わせて顕現したのは、同じく騎士たち。

 今度は鎧が黄金なこともあり、先程と比べて特別なことも分かる。


 そして、彼女の言い分から推定するに、彼らは守るべき存在。その証拠に、ルリを中心に円形に跪く8人の騎士たちは、襲ってくる気配がない。


「彗星が振り注ごうと──」


 つまり、ラルヴィアによって災いはもたらされる。

 続く言葉に呼応するよう、宙から巨大な何かが降ってくる。──十中八九、空から落ちる巨大な物体は隕石だ。


 それの目標は、ルリの場。

 避けてしまえば簡単なのだが──それが許されるのならば試練とは言うまい。


「<妖護界決(ティターニア)>」


 ならばと、騎士たち含めて護るような結界魔法を展開しようとしたが、残念ながら結界は展開されなかった。それもこの世界のルールなのだろう。


 致し方なしと、ルリは上空にある巨大な隕石に向かい、地を蹴って接近する。

 怠い体に鞭を打ち、思い切り跳び上がる。


「────ッ!!」


 こういうのは魔法で対処するのがルリのやり方なのだが、仕方ない。剣で守れと言うならばやってやろうではないか。


 歯を食いしばり、思い切り腕に力を込める。目の前に迫った巨大な隕石は、ルリ何人分の大きさなのだろうか。


 そんな無駄なことを考える余裕も与えられないまま、今は選定の剣を信じて剣を横薙した。

 ルリにしては珍しい、本気の一撃。本気といっても、魔力を喰ってくる厄介な剣頼りなのは少し悔しいが。


 ゴゴゴゴ……と迫る隕石に亀裂が入る。

 ピシピシッ……と嫌な音を立てながら、隕石は割れていく。


───疲れる…………。


 その様子を見ながら地面へと降り立つルリに、いつもの軽やかさはない。やはり疲労があるのだろう。


 真っ二つに割れた隕石は、ラルヴィアの思わぬ方向へと飛んでいくことになる。しかし、この世界に外側はない。飛び出した隕石はただ、消滅するのみだ。


「──お見事」


「かふっ────!」


 見事、後ろに控える騎士たちを守りきったルリ。

 試練は成功──そう言える結果だった。


 隕石は消滅し、見事難は去ったのだから。



 そんなルリの胸から、剣が突き出ている。

 後ろから、貫かれたのだ。



 突き出されるのは、白銀の美しい──まるで礼祭用かのような剣。


 ゆっくりと後ろを振り返れば、自分を刺した存在が分かる。



 それは、隕石から守った8人の騎士の一人だった。

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