第128話 それぞれの戦い(3)
こちらは、ロザリア&夏影陽里vs謎の少年、という状況の場である。
謎の少年によって動きが封じられていた夏影陽里だったが、駆けつけたロザリアが加勢。戦う気はなかった謎の少年も、それのせいで戦わざるを得ない状況へと陥らされた。
ロザリアは冷静なように見えて、案外思考は脳筋だ。
大抵のことは実力行使でなんとかなると思っているし、魔族領域では実際そうなのだから質が悪い。
「あのさぁ……やっぱり考え直さない? ボクは戦いたくないんだよ」
「では、何故ここに?」
「それはまあ、時が来るまで勇者の足止めを……ね?」
少年の言葉に嘘偽りは全くない。彼は夏影陽里を定刻まで足止めできれば直帰するつもりだったし、元から手を出す予定もなかった。
にも関わらず、だ。
「足止め、という時点でろくでもないことが起きているのは分かりました。つまり、倒すに越したことはないわけですね」
突如現れた脳筋女のせいで被害を被っている。可哀相なことこの上ない。
とはいえ、面倒だからと逃げ出すのも違うのだ。今まで仕事をサボり続け、女神に怒られた少年は、今度こそ真面目に働かなければなるまい。
定刻まで稼いだら、一目散に逃げる。これが作戦だった。
「そんな馬鹿みたいな考えでいいの? 嫁の貰い手がいないんじゃないのかな?」
「──<荒くれ者の監獄>」
言葉で時間を稼ぎたいということで、イチかバチかで煽ってみた。
結果は大失敗。何が琴線に触れたのか──いや、そんなことは分かりきっているのだが、とりあえず問答無用で攻撃を仕掛けられそうだ。
彼女はスキルを使うと、指を巧みに動かしている。その姿は楽器の奏者のようだが、手は空だ。
「うおっ!?」
だが、咄嗟に魔力を感知して飛び退く。自分の周囲を細い魔力が囲っているように感じたのだ。
しかも、鋭い。切れ味を持つような魔力の感覚────目を凝らして見てみれば、光が細い糸に反射しているのがチラと見える。
───糸?
疑問に思うも、その疑問もすぐに解消される。不可解な指の動きは糸を操っているものだったのだろう。
「チッ……避けますか……」
「……危ないね、コレ」
避けられたからか、糸はだらりと地面に垂れていた。未だ魔力は宿っているが、操作はしていない様子だ。
少年はそれを拾い上げようと屈み、指先で糸に触れる。
「っ……」
それだけで、指先から血が垂れた。あまりの鋭さから、触れるだけであらゆるものを切り刻んでしまうのだ。
「うげぇ、怖い」と漏らしながらも、軽い回復魔法で止血する。流石魔力を練ってできた糸なだけある、と考察もしておこう。
「まあ、仕方ありません」
「やっぱやめようよ、ね。ボクは戦いたくないんだよ…………」
そんな少年の言葉は華麗にスルーされる。
正直、反撃は面倒なのだが──こうなっては仕方ないのかもしれない。
「<荒くれ者の監獄>」
「危ッ、ないって!」
今度は、隙間のない糸攻撃だ。
先程は後ろが抜け道だったが、今度はそこも糸によって阻まれている。そもそも、糸が見にくいために避けることが困難だ。
少年の持つ魔力感知のスキルをフル活用し、周りに張り巡らされた魔力を感知する。
───多すぎるよね……?
この攻撃に使われているもの以外にも、幾つも用意されていることにまで気付いてしまう。
超絶技巧と言わんばかりな指の動きで糸を操る青髪の魔族を見据えながら、<荒くれ者の監獄>の合間を見つけ────
「ふっ!」
────そこを抜ける。
軽やかなジャンプで隙間へと一直線。スムーズに糸の檻からの脱出に成功した。
「<召喚・堕天龍>」
しかし、よく考えれば同じ手を無策で打ってくるわけがない。
それは理解していたはずなのに、糸の密度が濃いことで油断していた。
意識を向けていなかった女勇者──夏影陽里の上に、巨大な魔法陣が描かれる。
それだけではない。あたり一面が異空間に飛ばされたかのように黒く染まっていく。
───精神攻撃もか!? やばいレベルなんだけど…………。
堕天龍のスキルで、周囲には絶大な”恐怖”がばら撒かれている。帝国でそうだったように、並の者ではその場にいる時点で死が確定だ。
ある種、始まりの獣と似たような性質と言えた。尤も、それには深い訳があるのだが──今は語らないでおこう。
並の者なら正気を保ってられない恐怖を、少年は割と余裕で耐えきる。凄い精神攻撃だ! という認識ではあるが、彼に被害を及ぼすほどではなかった。
「ああああぁあああ!! もうっ!!! <魔銃創造>!!!」
糸状の細い魔力でも探知できる彼は、魔力に敏感な体質なのだ。それ故に、スキルを使うことで消費される魔力の感覚にも鋭い。
倦怠感を人一倍感じやすかったりする。
だからこそ、反撃はしたくなかったのだが──堕天龍まで出てきてはどうしようもない。彼の固有スキルの能力である、<魔銃創造>を行使した。
<魔銃創造>は、文字通り魔銃を作成するスキルだ。彼のスキルで作られた魔銃は維持するのに魔力を消費するため、永遠に具現化されるわけではない。
そもそも魔銃とは、魔力を弾丸として射つ魔道具のことを指す。これ自体はありきたりなもので、精度の悪さや防御手段の確立などから使われない場面は多いものの、革命的な道具ではある。
魔力の扱いになれていないものでも、魔力を武器として戦うことができる。これだけで強力なのだ。
説明されると、<魔銃創造>の能力は大したことがないように思えるかもしれない。魔力を消費して一時的に魔銃を作り出す────確かに即座に用意できる点は強いが、それだけだろうと。
このスキルの強力な点は、魔力の許す限り数多くの魔銃を作成できる点だ。いや、実際にはそれだけでは強くない。固有スキルの効果で、作成した魔銃を操作できる能力まで含めて、強力となり得る。
つまり、魔力の許す限りの魔銃を作り出し、それらを一斉に操る能力というわけだ。
夢とロマンがある、強力なスキルである。
一先ずは堕天龍への対処。というわけで作り出したのは9の魔銃。
問題は魔銃をカスタムできない点だが、この固有スキルとも割と深い付き合いだ。今更、そんなことを不便には感じまい。
「<堕天>!!!」
「一斉発射ッ!!!」
青髪の魔族のスキルは糸の用意があるせいか、再使用までに少しの時間がある。
その猶予を利用して、堕天龍へと銃口を向けた。
対する夏影陽里も、堕天龍のスキルを使う。これも精神攻撃の類だが────
「…………ぐぅっ!!」
ちょっとでも効けば物理的な効果も現れる。体内で何かやられたか、急激な痛みとともに吐血した。
それでも、少年の攻撃も健在だ。
9丁の魔銃から一斉に発射される魔弾。それらは容赦なく堕天龍へと襲いかかる。
土龍と比べればあまりにも小さいが、魔法陣から出ている堕天龍の頭部は人間と比べれば大きいものだ。
しかし、それを易々と貫くほどの威力を持った魔弾たちは、堕天龍を貫通して地面へと着弾していく。
ドドドドドドッッ!!
と、無慈悲に響く銃声に、夏影陽里は焦りを隠せずにいた。
「消滅するまで射ち続けろ!!!」
ドドドドドドドドドッッッ!!!
魔力を惜しまず、勢いを増して降り注ぐ魔弾の雨。
さすがの龍種でも、この魔力の質量攻撃には耐えられなかったか、辺りを形成する堕天結界が崩れ落ちていく。
「時間稼ぎ、ありがとうございます。──<荒くれ者の監獄・短剣>」
逃げ道を確保するためには、堕天龍を倒すことが最優先だった。
そして、堕天龍を倒すためにはスキルをすべて龍に向ける必要がある。そのために隙をついた攻撃を試みた。
結果として、隙が生まれたのは少年の方。準備の整った青髪の魔族による糸攻撃である。
苦しいことに、彼が今いるのは空中。空中で向きを変えて移動──なんてことは出来ない。
準備に時間をかけていただけあって、今度は隙間さえない。
糸では感知されると気づいたからか、隠す気もなくナイフ付きだ。
それらはすべて少年の方を向いていた。
「死になさい」
───まあ、いっか。
青髪の女の言葉と同時に、ナイフが高速で少年に向かってくる。
凄まじい速度であらゆる場所に突き刺さるナイフを避ける術はなく、一瞬でめった刺しにされてしまった。
それでも、時間稼ぎはできたから良かったとポジティブな考えを持っている。
薄れゆく意識の中で、「仕事はちゃんとしたぞ」と誰かに言い訳をする少年であった。
◆ ◆ ◆
「ご協力、感謝します」
「こちらこそ、助けていただいてありがとう」
「ところで──」
ロザリアは思う。
彼女の行使したスキル──召喚術。見覚えがあったためだ。
「外で戦っていた──黒い狼と、爪が特徴的な鳥型の魔獣。あなたの使い魔ですか?」
「えぇ、そうだわ。無事だったのね」
「はい。龍は大丈夫なのですか?」
同時に、魔銃の被害にあった龍も心配だった。
使い魔は普通、殺されれば消滅してしまうためだ。
「ええ。召喚獣なのよ」
「なんと、召喚術師でしたか。私はロザリア、よろしければお名前を伺っても?」
「夏影陽里──勇者だけど、事情があって葵くんと同行しているわ」
葵──と聞き、魔王の兄の名前だとすぐさま理解する。
嘘か真か、どちらにせよ今下手に手を出すわけにはいかなかった。
それに、勇者ならば女神サイド。女神サイドならば少年と敵対する理由はないはずだ。
肉片にまで切り刻まれた少年だったものを見ながら、彼女はそう考える。つまり夏影陽里は敵ではない。と、結論づけた。
「今の状況は?」
「始まりの獣、葵くん、私の3人でコリンに来て、アルフレッドを殺害後、現れた女神側の人たちと戦闘になった流れよ」
「葵様と始まりの獣は?」
「それぞれの場所で戦っていると思うけれど……」
メイと葵が戦っている姿は想像できなかったが、そう言っておく。
周りで何が起きているのか感知できないのは、結界が貼られているせいだ。少年の仕業かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
原因を見つけて排除しても良いのだが──だったら移動したほうが良さそうだ。コリンはそこまで広くない。
「ありがとうございます。とりあえず、私たちは別の場所に向かいましょう」
「そうね、賛成するわ」
ロザリアと夏影陽里の2人は、適当に移動を開始する。
その頃にはもう、何もかもが遅いとは知らずに──。