第13話 魔術師ギルド(2)
「その威勢がいつまで続くか…見物だね」
再び鉄球が落下する。
グシャッ
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ──────ッ!!」
足が潰され、激痛が走った。
今度は右足だ。
無慈悲にも、サブギルドマスターは表情一つ変えず、俺の足をまた潰したのだ。
床に転がる鉄球と、赤黒い液体。
かつて嗅ぐことのなかった血の匂い。
視覚と嗅覚から得る情報に、吐き気がする。
それでも無駄に冷静なのは、未だ女神の魔法の効果が残っているのだろうか。
痛みに対する発狂はあれど、精神が壊れることはなく、脱出する為の策を考える余裕もあった。
ただ、その冷静さ故に、痛みもちゃんと感じる。
「意外と冷静だね。<上位回復>」
ガーベラが回復の魔法を使う。
先程同様、傷も痛みも綺麗さっぱり無くなっていった。
まるで何も無かったかのように、体は元の状態に戻されていく。
床に散らばる俺の血肉のみが事実を物語っていた。
これを繰り返すうちに精神を崩壊させたいのだろうが、幸いにも、女神に施された精神平衡の魔法によって、俺は無駄に冷静だった。
「じゃあ、もう一度行こうか」
鉄球が落下する。
グシャッと。3度目の激痛が俺を襲った。
「あああああぁぁぁぁぁぁ──────ッ!」
痛みのあまり、体が跳ねる。
椅子は固定されていないのか、それに合わせて椅子の位置も移動した。
反射的に出る叫び声が、部屋の中で反響する。
視界には飛び散る血肉が、鼻からはリアルな血生臭さを感じていた。
じわじわと俺を蝕む痛みも、10秒経つ頃にはガーベラによって無に返される。
痛みがなくなったかと思えば、また激痛だ。
落として、治して。落として、治して。落として、治して。落として、治して。
足が潰れる痛みに慣れることはない。慣れるはずがない。
痛みを治されれば、次に来るのは痛みだ。
治されるたびに、次の痛みに怯え、ビクビクとする。
───これが拷問か。
だが、内心はまだ冷静だった。
何か打開策はないか、模索する元気もある。
落として、治して。落として、治して。落として、治して。落として、治して。落として、治して。落として、治して。落として、治して。────
グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。────
何度も何度も何度も何度も足を潰された。
今では足が機能するのかどうかさえ、怪しいところだ。
それでもやはり、精神は安定している。
女神はどれほど強力な魔法を使ったのか、少しも冷静さを欠いていない。
何度も足を潰される中、打開策を考え続けた。
「まだ言わないのか?目的は疎か、名前すら言われてないのだが」
「言わないさ」
もう少しだ。
あともう少し。
次でこの状況を打開する。
「そうか…ならば、もう一度だな」
鉄球が手から離され、落下する。
同時に、俺は足を少しずらす。
グシャッ
何度も聞いた音を上げ、たちまち俺の足は潰れた。
ただ、今回潰れたのは指3本程度だ。
足をずらしたおかげで、足の中心を鉄球から逃した。
「ああああぁぁぁぁああ────ッ!!」
それでも痛みは襲いかかる。
指が潰れただけとはいえ、激痛だ。
その激痛に耐えられないかの如く、俺は暴れ回った。
「うああああぁぁぁぁ────ッ!」
ガタンッ
椅子が倒れる。それでもお構いなしに俺は暴れ回る。
部屋には俺の叫び声と、椅子が転げ回る音だけが響いていた。
「サブギルドマスター、拘束しなさい」
だが、それを見てガーベラが焦ることはない。
拷問によってとうとう精神に異常を来した人間を、あくまで拘束さえしてしまえば解決なのだ。
言葉が話せないくらいに狂っていると困るが、その時は神官にでも協力を仰いでどうにかすれば良いだろう。
その程度の認識で、サブギルドマスターに指示を出した。
サブギルドマスターはガーベラの指示を受け、葵の元に近づくと、その腕を使って締め付けるように拘束した。
拘束系の魔法で捉えることが理想だが、拘束魔法は目標点の設定が難しいこともあり、ただ拘束するだけならば、物理的な方が早いのだ。
そういうわけで、椅子毎ガタガタと暴れ回っている葵は、サブギルドマスターによって羽交い締めにされている。
それでも、暴れることを辞める様子はなかった。
「ギルドマスター、こいつ、なかなか暴れるのを辞めませんよ」
「一旦気絶させても問題ない」
「えぇ、いいんですか?じゃあやっちゃいますね」
首を絞める力が強くなっていく。
「ぐっ…………かはっ……!」
俺はそれに抵抗するよう、手でサブギルドマスターの腕を解こうとするが、流石に筋肉量に差があり、解くことはできない。
首の骨が折れるギリギリの強さで、サブギルドマスターは首を絞め続けていた。
「…………<支配>」
拘束のタイミングは、必ず物理的な手を使ってくるだろうと思っていた。
ガーベラが拘束してきたら別の案を考えたが、先程からサブギルドマスターにばかり働かせていたことから、拘束もサブギルドマスターにさせるだろうと踏んでいたのだ。
ガタガタと椅子の暴れ回る音で煩い部屋で、一言小声で呟いただけの<支配>。それが当然ガーベラに聞こえるはずもなく、ノーリスクでサブギルドマスターの支配に成功した。
───名前は……エドワードと言うのか。
「エドワード、ガーベラに向かって一発魔法を放ち、そのまま椅子を破壊しろ」
サブギルドマスターは俺の指示に従い、何やら赤い魔法陣から炎の球をガーベラに向かい発射した。
ガーベラは呆気に取られて防御が遅れる。そのタイミングで椅子を破壊し、俺は自由を手に入れた。
「そのままガーベラを抑えていろ」
追撃の手がかからないうちに、とガーベラを戦わせ、逃げ切る。
逃げ切るというより、逃げ込む。
騎士の拠点に行けば、戦士長がいるのだ。
そこでガーベラと戦士長をぶつけ、ガーベラを倒す。
俺は横目でガーベラの状態を確認すると、窓から飛び出すように部屋を出た。
・ ・ ・
部屋は一階にあったのか、窓の外はすぐに外に繋がっていた。
路地裏に出るかと思ったが、どうやら大通りのようだ。
目的地から直接魔術師ギルドまでやって来たので、位置は特定できていた。
窓から出てきた俺を訝しむ目もある。
それは、手枷と足枷を着けているのも相まってだろう。
ただ、奴隷の持ち込みが可能なことからか、そこまで不審がる様子はないようだ。
本当は足の指を治療してもらいたかったが、どうやらは回復魔法を習得していないようだったので諦めた。
おかげで、走った道に血痕が残る。
俺は騎士の拠点に向かい、人を極力避けながら走り始めた。
◆ ◆ ◆
ガーベラは、拷問を受けてもなお冷静でいる目の前の少年に、恐怖を覚えていた。
鉄球を足に落として、足を潰す。数秒痛みを感じさせたら、それに慣れるまでに治してしまう。
これを繰り返し、徐々に精神を追い込んでいくのだ。
それなのに、目の前の少年の心はいつまで経っても折れなかった。
それどころか、冷静に状況を分析しているように見えた。
───恐ろしい。
それが率直な感想だ。
まるで何者かに精神を無理に弄られているような印象も受けた。年齢の割に精神が落ち着き過ぎている。相当な訓練を受けているか、もしくは精神を安定させるような魔法を施されている。
どちらにせよ、只者では無いことは確かだった。
───顔立ちからして…アマツハラの大陸出身か?
アマツハラ出身の人間が他の大陸に行くことは珍しい。
鎖国なる体制を採っているアマツハラでは、基本的に外部からの人間、外部への人間を認めないのだ。
最近でこそ旅行者等の受け入れは盛んになってきたが、依然として技術交換等は断っている。
大陸内の住心地も良いらしく、大陸外へ出る人間は”修行者”と呼ばれる一部の人間のみ。”修行者”は力を追い求めて大陸から出る者のことだそう。
私も以前、何度か”修行者”と出会った事があるが、彼らは強い。刀と呼ばれる細長い剣を使う者が多いのだが、その武器の扱いが格段に上手いのだ。
単純な能力ではなく、戦闘技術が逸脱している。
だから、あの少年も”修行者”の一人と考えていた私にとって、彼は驚異だったのだ。
会って突然、支配系統の魔法を使ってきたことも考えると、余程自分の能力に自信がある様子でもあった。
好戦的で危険な修行者など、拘束するに越したことはない。
しかも彼が着ていた服。
素材と質から考えるにあれは最上級品だ。
そんな物を気楽に着ているということは、およそ大商人か貴族だろう。
力があり、好戦的で、金もある。もしかしたらある程度の権力もある。
野放しにしておくことは危険と判断しての行動なのだ。
相手が反撃してくるわけでもないので、精神はゆっくりと追い詰めて行けば良い。女神様との面会の為に本部へと帰ってきたが、まだそれまで時間は多くあるのだから、焦る必要はない。
と、思っていた。
だが、彼の精神は私たちが想定していた以上に強固なものだった。
それは常軌を逸するもので──とても彼が唯の人間とは思えなかった。
何者かに精神を操られているかのような強靭さに、私たちは半ば拷問を諦めつつあった。
何度彼の足を潰そうと、彼は決して口を割らない。何を考えているか分からないその目で、私を虎視眈々と射抜いていた。
───何を狙っている…?何故口を割らない?話せばすぐに釈放される、彼はそう思っているはずだろう?
魔法使いにとって武器とは、杖や魔道具などだけを指す言葉ではない。本人が持つ知識や経験、それら全てを合わせて武器と呼ぶ。
知識というのはそれほどまでに魔術師にとっては必要で、それは私にとっても変わらない。
知識を探求し続け、多くの人間に触れた。そして、人間の感情や思考のパターン、それすらも概ね見い出せる領域にまで達していた。
そのセオリーが通じない相手は、格上か、狂っているのか。
目の前の少年はどうも、格上というよりは狂っているタイプに思えた。
自分の知識の範疇にない相手。
それは、彼への拷問を遂行する気持ちより、私の恐怖心を煽り立てた。
「ああああぁぁぁぁああ────ッ!!」
だが、次の瞬間。
さすがに痛みに耐えきれなくなってきたのか、少年は先程以上に悲痛な声を上げた。
そして、その激痛に耐えられないかの如く、彼は暴れ回った。
「うああああぁぁぁぁ────ッ!」
ガタンッ
椅子が倒れる。それでもお構いなしに彼は暴れ続けている。
───厄介だ…。
この事態も想定してはいた。拷問を続けられれば精神がおかしくなるのは普通だ。その際は、拘束して精神を安定させるか、気絶させてしばらく待つか、の2つの行動を用意していた。
どちらにせよ、まずは拘束を試みる。魔法でするのが一番だが、消費を抑えておきたい今はサブギルドマスターに任せる。
「サブギルドマスター、拘束しなさい」
私は努めて冷静に指示を出した。
あくまで拘束さえしてしまえば解決なのだと、そう自分に言い聞かせて。
サブギルドマスターは私の指示を受け、少年の元に近づくと、腕を使って締め付けるように拘束した。
椅子ごとガタガタと暴れ回っている少年は、サブギルドマスターによって羽交い締めにされている。
それでも、暴れることを辞める様子はなかった。
「ギルドマスター、こいつ、なかなか暴れるのを辞めませんよ」
困った。
だから、
「一旦気絶させても問題ない」
そんな投げやりな指示を出した。
「えぇ、いいんですか?じゃあやっちゃいますね」
サブギルドマスターは困惑しながらも、首を絞める力を強くしていく。
「ぐっ…………かはっ……!」
少年はそれに抵抗するよう、手でサブギルドマスターの腕を解こうとするが、少年の細い腕ではとても、サブギルドマスターの屈強な腕には対抗できない。
首の骨が折れるギリギリの強さで、サブギルドマスターは首を絞め続けていた。
「…………<支配>」
その時、少年が何かを小さく呟いたように聞こえた。
だが、椅子のガタガタと動き回る音に掻き消され、ガーベラは気にも留めなかった。
そして、それは致命的な失敗となった。
「、ガーベラに向かって一発魔法を放ち、そのまま椅子を破壊しろ」
サブギルドマスターがなぜか少年の指示に従い、炎の球を私に向かい発射した。
───支配系統のスキルッ!?まずいっ!
呆気に取られて防御が遅れる。そのタイミングで少年は椅子を破壊し、自由の身となっていた。
「そのままガーベラを抑えていろ」
───クソッ!!逃げられる!
彼が何を考えているか、どこへ逃げるのか、想像することもできなかった。
理解できたのは逃げられるということだけ。そしてそれだけは避けねばならないという意思だけ。
サブギルドマスターと戦う私をチラと見て、少年は部屋の窓から脱走した。
「……<追尾>」
私は一言、彼の行く先を調べる魔法を呟いた。