第127話 最終兵器
参謀の声が後ろから響き、赤龍はそちらに振り返る。
その声は案外大きかったのか、土龍までもが動きを止めてその方向を見ていた。
自信満々な様子の参謀は、ある物を作っていたらしい。
赤龍の視界にもそれは映り────
「げっ!?」
「カハハハハハッ!!! 随分な反応ではないか!!!」
ついつい、声が出てしまう。
参謀が持っていた──抱えていたものが、赤龍にとっては最悪のものだったからだ。
巨大な銃──砲台のような形をした黒く輝く物体。
正式名称を、対竜巨銃という、竜(龍)種にとっては魂から恐怖を覚えるブツだ。
目にした赤龍が酷い声を出してしまうのも仕方がないことだし、土龍でさえも動きを止めて見つめてしまうのはどうしようもない。
対竜巨銃というのは、竜(龍)の駆除のためだけに、古代に異大陸で作られた魔道具だ。作ったのは古のドワーフ。旧文明の産物である。
そもそも、旧文明の産物が強大なのは、技術の話ではなく魔力の問題なのだ。魔石と同じように、魔道具も長い時間をかけて魔力を蓄えていくものなのである。
その結果、製作者の創造していなかった効果が見い出されたりするのだ。
もっとも、失われた技術というのも十分にあり得るのだが。
対竜巨銃に関しては、失われた技術の1つである。
竜(龍)種以外には全く効果を発揮しないという縛りによって、竜(龍)に対してはとてつもない力を発揮する。
竜(龍)は数が少ないため、それ以外に効果が発揮されないという縛りはかなり大きい。縛りが大きければ大きいほど、効能は強力になる。
そして生まれたのが対竜(龍)最強の兵器だった。
量産モデルだったらしく、現存する数は少ないものの、複数ある。
量産され、竜が狩られていたからこそ竜が少なくなり、縛りが大きくなったという見解もあるのだが……どちらが先かは神のみぞ知る。
さて、そんな対竜巨銃だが、これは魔力を弾丸として射つものだ。一度に使う魔力量が多いため、弾丸が無駄にならないために必中効果が付与されている。
威力は、並の竜種なら一撃で消し炭に。赤龍は──耐えられるだろうが、試したくない。普通に死ぬかもしれないし……。
射つだけの魔力が残っていたか……? と思ったものの、参謀がそんな小さなミスをするわけがない。
それよりも、取り出された銃を見て固まっている土龍が滑稽だった。
「ふむふむ、これを使うのは久しぶりだが……。なに、まずは試しだ。過剰な魔力量で殺してしまったら申し訳ないが、どうか許してくれたまえ。なにせ、魔力には自信があるのだ」
この手の”自分で魔力量を調整できる魔道具”というのは、威力を増大させることが容易なのである。
参謀の魔力量は、確かに多い。彼の固有スキルの影響もあり、魔力量だけであれば赤龍をも凌ぐだろう。
そんな彼が全力で対竜巨銃を放つ──想像しただけで身震いしてしまう。
あれが持つ竜(龍)への特攻は、根源から恐怖を覚えるレベルなのだから。
ペラペラと語る参謀を見て、土龍が事の重大さに気付くのはすぐだった。
「ギュ、ギュルルゥゥゥ…………?」
「ん? どうしたのかね? 土龍サマよ」
急に態度がしおらしくなる。
先程までの威圧的な態度はない。声も小さく、参謀に対する配慮が伺えた。
理由は言うまでもなく、参謀の持つ魔道具。見るだけで恐ろしく、更にはいつでも笑顔で射ってきそうな持ち主付き。
選択肢は2つ。
射たれる前に討つか、媚びるか。
前者は愚かだった。
なぜか土龍はついさっきまで参謀を認識できていなかった。手に持つ魔道具は、既に装填済みかもしれないからだ。
そう、となればできることは媚を売るのみ。
頭を下げ、情けない鳴き声をあげながら、許しを待つのだ。
いや、対竜巨銃自体はここまで恐ろしいものではない。実際、龍種に対しても効果は発揮するものの、魔力の効率が悪いせいで1対1での敗北はない。
だが、目の前の男の持つソレは改良されてるんじゃないかというくらい、兎に角ヤバい。ヤバいのだ。
「ギュルル……」
「んんん? 戦う気がない、と? ならば人型になってはどうかね?」
参謀の言葉に合わせて、あたりに砂嵐が吹き始める。
それも、かなり強め。目の前が全く見えないレベルの砂が吹き荒れ──それはおよそ3秒で収まった。
「大変失礼しました。どうかお許しを」
そして、段々とはっきりしていく視界に映ったもの──。
長身の美女が地面に頭を擦りつけ、許しを乞う姿であった。
・ ・ ・
「ふむ、なるほどなぁ……」
「私としても、望んだものではなく…………」
それからは土龍の言い訳タイムだった。
土龍は巨大なだけあって、ほとんどの時間を龍の姿で過ごしている。形態変化の労力と、周りへの被害が段違いだからだ。
単純な大きさを比べれば赤龍の8倍程度だろうか。
故に、彼も土龍の人形態を見るのは初だった。「女だったんだ……」というのが正直な感想である。
美しいまでの土下座をする土龍の言い訳を箇条書きでまとめよう。
・北条海春に命令されたからやった。
・強制力のある魔道具のせいで逆らえなかった。
・土竜たちもその能力でやられた。
「つまり自分は悪くない」「もう自由の身だから安心してくれ」とのことだった。
言い訳中、いや今でさえも土下座は継続中だ。微動だにしないその姿、さすがは大地の龍というわけか。
「……北条海春はどこへ?」
「見事に逃げられたわけだ! カハハ、まあ良いではないか」
土龍の事情を聞いても、「やはりか」という気持ちにしかならない。本来温厚な彼女がこんな手段に出ることなどないと思ったためだ。
勇者北条海春が魔族に対して行ったにしては、狙いが読めなすぎるが……。それはコリンで起きている別の事件に繋がっているのだろう。
今我らが気にすることではないと他人任せだ。
「そろそろ土下座はやめても良いぞ? そもそも、強制したつもりもないがな!」
「いえ、その恐ろしいものを降ろしていただければと…………」
赤龍は納得だ。
彼女が土下座をしていたのは、媚というよりは目を逸らす意味が大きかったのかもしれない。
言われた参謀も、「あぁ」と言って対竜巨銃を仕舞う。
そうすれば、土龍も土下座をやめ、その場に立った。
「ほぉ……」
参謀が声を出したのは、土龍の身長だろう。
200センチはゆうに超える長身だ。彼女の豊かな胸部と尻臀のおかげか、アンバランスさは感じない。
柔和な表情の女性だ。人間年齢でいうと──20代後半くらいか。参謀や赤龍よりも圧倒的に高いので、長身に驚いてしまうのも無理はない。
「こんな姿で失礼します」
「そう卑下することはない。流石は土龍サマだ」
「ありがとうございます」
威圧的な態度とは一変、淑やかな話し方だ。
本来の彼女の性格だろう。そもそも、争いを好むような人柄ではないのだ。
「む? 操られていたのではないのか?」
「それ、なのですが…………」
モジモジとする土龍は、見た目からは想像できない仕草だった。
ただ、もう驚くほどではない。真剣な表情の赤龍と参謀に、彼女は続けた。
「そちらの魔道具への恐怖から、精神への支配が無効化されたようなのです」
「ほう?」
「支配されている場合ではない、逃げなきゃ……と…………」
「なるほどぉ〜……」
「大変お恥ずかしい話です……」
───そんなことがあり得るか?
というのが赤龍の考えだが、どうやら参謀は違うらしい。
「精神への支配効果が、より強く精神を揺さぶられることで解除される、不思議な話ではない」
とのことだった。言われれば納得だ。
「ですので、戦いは遠慮させていただければ……」
「そもそも私たちも話を聞きに来ただけだ。それが出来たならばもう用事はない。赤龍サマもそうだろう?」
「ああ、そうであるな」
「ただ、一応……」
いつになく真剣な表情で、参謀は続ける。
「後ほど魔王様に謁見に来るようにしたまえ。謝罪の意味を込めて、だ。当然分かるな?」
「は、はい。もちろん、分かっております」
抜かりないね、参謀! という話なのである。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで土龍との話も終わり、ガルヘイアへの帰路につく赤龍と参謀。急ぐ必要もないため、ゆるりと帰っているわけだが。
「それにしても、よくあんな代物を持っていたな?」
「ほう、赤龍サマでも見抜けなかったか」
「見抜けなかった……?」
言われて、振り返ってみる。
参謀の得意な幻影魔術──それが関わっていることはすぐに分かった。「見抜く」なんて言い方が、それ以外にないからだ。
となれば、可能性は1つだけ。
対竜巨銃自体が幻影だったということだ。
「なに、バレないとは思っていたとも。土龍は図体こそデカイが、それ故に器用さはないゆえにな」
それに気付いたような顔をしたからか、参謀は笑いながら続けた。
結果として
それにしても、中々肝が座っていると思う。切り札かのように、自信満々に持ち出したのも効いているはずだ。
「ふっ。全く、驚かせてくれる」
「それが私の特技だからなぁ!」
カハハ、と上機嫌な笑いを残して、彼らは平野を駆けていくのだった。