第125話 それぞれの戦い
「流石です、魔王様」
「ふむ……。土竜程度であれば問題はないのだが……」
疾黒狼と魔爪鷹に合流し、大量の土竜を葬った魔王。
ロザリアも手伝ったとはいえ、その手際の良さは”慣れている”人間のものだった。参謀の就任記念に送る竜装備一式の為に乱獲していただけはあるというものだ。
そんな雫だが、今は別の問題に直面している。
ギュルゥッ!!!
目の前で必死に鳴く魔獣──疾黒狼と魔爪鷹──が、何かを伝えようとしているのは分かるのだが……。
あいにく、雫とロザリアにはそれを理解する能力はないのだ。
「なにか、まずいことが起きている」程度の認識しかできない。
「確かに雰囲気はおかしいな。とても、土竜が押し寄せて来ただけではないということか……」
コリンから感じるのは、気配探知等を遮断する結界だ。実際、中で何が起きているのかは分からないが、わざわざ隠している時点でお察しである。
「……とりあえずは入るしかないか……。お前らはここにいて良い。ロザリア、着いてこい」
「はっ」
疾黒狼と魔爪鷹──敵対していないことは分かるが、ぶっちゃけ彼らが何なのかもよく分からない。
手懐けられている魔獣ということから、兄の<支配>も考えたが……不確定なので今は待機させておく。
幸いにも、彼らは強い。互いの弱点を補い合えるペアでもあるし、余程のことがない限り安全だろう。
そう思い、雫とロザリアはコリンに足を踏み入れる。
特段変わったこともなく、潜入には成功した。
「行くべき場所が多いな……。いくつかは偽の可能性もあるが」
「どうされますか?」
気配探知への結界を乗り越えれば、コリンの屋敷付近にある危険は見えてくる。しかし、逆にその数が多いのだ。
いくつかは幻影の類。時間稼ぎだと考えられた。
───随分と手の込んでいる……。
十中八九、内乱軍の仕業ではない。
とすれば、ここに乗り込んでメリットがある存在──女神くらいだろう。
「ロザリア、二手に分かれるぞ。左を任せた」
「……かしこまりました」
「護衛で来た」という意味で納得しかねたが、落ち着いている様子の雫を見て渋々承諾する。
なにより、ロザリアから見てもコリンの様子は異常だったからだ。
そうして、2人は分かれてコリンの問題へと介入していくことになるのだが────。
◆ ◆ ◆
一方、始まりの獣ことルリのお話。
無事聖女ラテラの無力化に成功したものの、鎌の結界は無効化できず、閉じ込められている状況だ。
抜け出したい、という気持ちもあまりなく、誰かが助けに来るまで待ってればいいや、なんて悠長な気でいた。
長年を孤独で生きてきた歴は伊達ではなく、こんな時だって暇をすることはない。今は厄介なライバルたる夏影陽里について考えていたのだが────
「…………?」
そんな時、ふと気配を感じた。
気配──というより、何かが蠢く感覚だろうか。上手く言葉で説明できないが、何か変化が起きたのだ。
思考の海を漂う意識を連れ戻し、ルリは警戒を強める。
周りを見渡しても、変わらぬ景色が広がっているだけだ。
───変化はない……。
結界の外で何かが起きたわけではないということになる。
つまり、必然的に結界の内部で変化が起こったことになり────
ルリは視線を聖女に向けるべく、先程まで彼女が寝ていた場所を見る。
そこには変わらない様子のラテラ。一先ずは安心だ。
となれば、ルリの感じた嫌な予感はラテラから発せられたものではない。
───……鎌ッ!!
自ずと答えは導き出される。
とてつもない嫌な予感に反応し、ルリは咄嗟に立ち上がった。
振り返るは、刺さっている鎌の方────
───ない……っ!
見当たらない。
結界も消失している。
「あぐっ…………」
そして、聞こえるラテラの呻く声。
───……。
忙しく、今度はラテラの方を振り返る。
広がる光景は予想通り──鎌がラテラの胸を貫く様だった。
やっちまった……という気持ちが強い。なにか起きないように細心の注意を払っていたつもりだったが、まさかこうなるとは思ってもいなかった。
ラテラの胸を貫いた鎌は、そのままラテラと同化するように全身に吸い込まれていく。
「ああ…………うっ…………あぁああぁああああッッッ!!!」
それがよほどの痛みなのか、場にはラテラの絶叫が響く。
白き鎌はラテラの身と融合──いや、鎌がラテラを吸い込んでいると言ったほうが正しいだろう。
───面倒……かも…………。
だんだんと跳ね上がる、ラテラ(鎌)の魔力量。
ラテラの全身が神々しい光に包まれていく。
それから数秒が経ち、さすがのルリも不快なこの光に耐えていた矢先。
神々しい光は輝きを穏やかにしていき、やがて光は収まった。
光の中から現れるのは、聖女ラテラ──ではあるのだが、全身真っ白だ。それだけでなく、身に纏っていた聖女服はどこへ行ったのか、白い布一枚──まるで女神ベールのようなもの──に包まれていた。
ただ、それよりも。
着目すべき点がある。
───神族……!?
聖女ラテラ──人間が神族に変化したこと。
ルリにはそれが驚きだった。
「私は────」
ソレが口を開けば、大気の魔力が震える。
流石は神族と言ったところだろう。
「────選定の神、ラルヴィア。この名において、貴女を断罪します」
非常に面倒なことであるが、ルリは戦う運命にあるようだった。
◆ ◆ ◆
はたまた一方、今度は夏影陽里の場である。
未だ、目の前にいる男児とにらめっこしながらも、召喚した魔爪鷹と疾黒狼との連絡が出来ないことに焦りを覚えている状況だ。
謎の男児を睨みつけても、相手は陽里に意識を向けていない。
いや、多少は向けているのだろうが、それも頭の片隅で、といったレベル。悔しいことは悔しいのだが、実力差が分かっている以上、どうしようもない。
───足音……?
「ん?」
そんな時、微かだが、こちらに向かって走る足音が聞こえ始める。
それが目の前の少年にも聞こえたのか、彼も注意をそれに向けているようだった。
「とりあえず、加勢にきました!」
それからおよそ10秒後、この場にその足音の持ち主は現れる。
青髪の魔族──ロザリアなのだが、陽里はそれを知るはずもなく。
しかし、加勢という言葉。目の前の少年が加勢を呼ぶとは思わないので、魔王軍の存在であることは予測できた。
なので──
「助かります、魔王軍の方」
──声を上げる。
相手からすれば、味方がどっちかなんて分からないのだ。陽里がなにか言わなければ、困惑するに違いない。
「敵はそちらの少年、で間違いないでしょうか?」
「はい」
「うーん、そういうことになるのかなぁ……」
その一言で理解したのか、青髪の魔族は陽里サイドに立つ。
彼女が相手になっても構わないと思っているのか、少年は未だ余裕そうだ。
「では、魔王様に命令された通り、殺させて頂きます」
そんなことはお構いなし。
ロザリア&陽里と謎の少年の戦いもまた、幕を開けようとしていた。