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第119話 魔王の歩み

 内乱軍上層部の会議室。


 かつてはここにいた4名も、ド・ジンの死によって、3名になってしまった。


 集うのは、サキュバスのアリア、悪霊族のマイラ、悪魔のバルデス。

 常に余裕の態度を見せていたバルデスも焦ったような表情で、マイラ、アリアも同様に深刻そうな顔をしている。


「何が起きている……?」


 バルデスの出した問いだが、それに答えは出ない。


 本来であれば、ド・ジンによって魔王軍総帥は打倒できる予定だった。彼自身、それは容易だと言っていたし、過去の総帥のレベルから考えればその程度出来るだろうと見積もっていたからだ。

 しかし、結果は惨敗。戦を好まぬ魔王に集った魔王軍だが、その戦力は過去に類を見ぬ程に強力なものだった。



 単純に、バルデスの目算が甘かったというしかあるまい。

 敵戦力を見誤った結果がこれだ。


 では、戦力を見抜けていれば勝てたのか?

 ──否。それもまた不可能に違いない。


 根本的なレベルが違う。必死になって掘り出したいくつかの魔道具でさえ、魔王軍は容易に無力化してのけたのだ。これ以上、どうしろと言えば良いのか、バルデスには分からなかった。



 もちろん、内乱軍兵士たちも既に虫の息だ。

 魔王軍の圧倒的な進行により、壊滅。全面戦争だったこともあり、これ以上打つ手はない。


 不可解なのは、それ以上攻め入ってこない点。──いや、これも賢いと言えるだろう。

 魔王軍からすれば、内乱軍は何を隠し持っているか分からない。無理に本拠地に攻め入る必要はなく──誰かしら強者がここに攻め入ってくるに違いない。


───誰が来る?


 バルデスとしては、来てほしいのは魔王だろうか。

 こうなってしまっては仕方なく、邪神クローンを切らざるを得ないだろう。そうすれば、魔王を倒して一発逆転もあり得るのだから。


「バルデス様ぁ。ボロ負けじゃないの。赤龍の方も惨敗。でも赤龍は帰ったらしいわよぉ」

「……そうか」


 これもまた厄介だ。

 調子に乗ってここまで乗り込んでくるのであれば、邪神クローンを上手く使える。大っぴらに使いたくないというバルデスの気持ちを見透かしているかのように、不用心に攻めてくることがない魔王軍であった。


「……マイラ」

「ひぃっ!?」


 マイラの様子はさっきからこうだ。

 多分、負けたことにバルデスが怒るのに怯えている、のだと思うが。

 バルデスとしては、マイラを叱る気はない。どんなに優秀なものが指揮をしようと、魔王軍に勝てる見込みはなかっただろう。


「この戦、敗因はなんだ?」

「は、敗因で、ですかぁ……」


 怯えるマイラを無視しつつ、質問を投げかける。

 頭のよく回る彼だからこそ、考えくらいは聞いておこうというものだ。


 バルデスからすれば、魔王軍が勝とうと、最後に魔王を殺せればそれで良い。勝利・敗北に拘る意味はないが、それでも次回があるならば勝利を収めたい。


「……僭越ながら申し上げますと、そもそもの戦力差が大きすぎました。ド・ジンレベルの強者であれば、魔王軍は赤子の手を捻るように処理できてしまう、のかと……」


 上目遣いでバルデスの反応を確認しながら言うマイラは滑稽だが、今のバルデスにはそこに突っ込む気力はない。

 そんな様子のマイラを一瞥しつつ、考え込むように顔を俯けた。


「バルデス様ぁ? 逆転の一手があるのかしらぁ?」


 軍はほぼ壊滅。

 全てが正面から返り討ちにされた結果がこれである。


 なのであれば、これを打開するには大きな一手が必要。

 未だ諦めていないバルデスを見れば、その希望があるのではないかと思うアリアだ。


 バルデスは躊躇う。

 邪神クローンのことを言うべきか否か、をだ。


 バルデスとしては、この一手があれば逆転は十分にありえると思っている。

 温存したかっただけで、使えば魔王軍の一掃は容易だろう。


 なぜ温存したかと聞かれると困る。

 適当な言い訳──力を魔王戦に一応残しておく必要があったから、とでも言うか。


「逆転の手はある」

「へぇ?」


 アリアは興味深そうに、マイラは希望を得たように顔をバルデスに向ける。

 それに対し、一言一言に重みをもたせるよう、バルデスが口を開こうとした瞬間。




「おじさん、どーしたの?」


 突如。

 あまりにも突然に、後ろから声が掛けられた。


 声の主は、邪神クローン。

 銀髪に、黒のワンピースを着用した幼女。


 いつからそこにいたのか、あまりにも自然に椅子に座っていた。


 元々、ド・ジンが使っていた椅子だ。

 彼女の小さい椅子にはあまりにもアンバランスな巨大な椅子だが、しかし、なぜか彼女の存在感がそれに違和感を覚えさせなかった。


「──誰かしらぁ……?」

「…………」


 アリアとマイラは警戒するように、その身を低くする。

 突然現れた圧倒的な存在感を持つそれに、危機感──本能を刺激されたのだろう。


 彼らとて強力な魔族。

 そんな彼らに危機を感じさせるほどの狂気を、邪神クローンは笑顔の裏に持っていた。


「私は邪神。おじさんが教えてくれたの!」


 返ってくる答えは、アリアの予想とは反する、無邪気なもの。

 邪神という内容に反して、純粋無垢な笑顔がそこにはあった。


「…………バルデス様……」


「ああ、そうだ。彼女が最終兵器。邪神クローンだ」


 「邪神クローン」という言葉に、アリアもマイラも驚いた表情になる。

 そんなものが可能なのか、と言いたげだが、目の前の少女を見てしまってはその言葉も出ない。


 今はただ、その災厄が自分に降り注がないことを願うだけだ。


「彼女を魔王にぶつける」


「魔王って誰? すぐそこにいるおねーさんのこと?」


「すぐ、そこ?」


 一瞬、アリアのことを言っているのかと思った3人だが、邪神クローンが指をさしたのは彼女とは反対方向にあるドア。

 扉の向こうに誰かがいることを示唆するように、真っ直ぐと指をそちらに向けていた。


「──まさか……」


「そのまさか、だな」


 バルデスの言葉に続く、5人目の声。

 凛々しい女の声は、無邪気な幼女のものでも、妖艶なサキュバスのものでもない。


 コツ、コツ、と。

 規則的な足音が近付いてくる。



 こんな中でも余裕な表情をしているのは、邪神クローンだけだ。

 アリアも、マイラも、バルデスさえも、警戒するよう、いつでも攻撃できるよう、構えている。


 コツ、コツ。


 徐々に近付いてくる足音が、止まる。


 そして、扉がゆっくりと開かれ────


「<夢魔ノ夢へ誘ウサキュバス・ナイトメア>ッ!!!」

「<悪苦業死(ギギ・ガ・ググ)>!!!」


 姿を見せたのは、黒いコートを羽織った少女、魔王枷月雫(カサラギシズク)


 同時に放たれるは、アリアとマイラによる最高の一撃。


 両者共に、黒を基調とした靄のようなものが、魔王を襲うべく高速で接近していく。


 扉を開けた直後、最も魔王が無防備な時間に攻撃した甲斐があったと言えるだろう。

 防御の姿勢を取るよりも早く、彼らのスキルは魔王へと到達した。


 永劫の快楽を与える夢が、永劫の恐怖と苦しみを与える現実が、同時に魔王へと襲いかかる。

 黒の靄は魔王を蝕まんと、その身体へと纏わりついた。


 アリアとマイラの表情には、「やったか?」と言いたげな何かがある。

 確実に魔王へ攻撃を通せたことへの歓喜と、それが効果を為すのかという不安がせめぎ合っているようだ。


「ふむ?」


 そんな中、何も苦でないと言わんばかりに、魔王は一歩前進した。


「ありえないわっ!」

「なぁ…………」


 それだけで、纏っていた靄は霧散していく。

 まるで魔王から逃げるように、彼らの放った渾身のスキルは虚へと帰った。


「バルデス様! 魔王は防御に関する強力な魔道具を所有しています!」

「──分かっている……」


 アリアとマイラは、バルデスから見ても力のある魔族。


 そんな彼らが放った攻撃が意味を為さなかったとは考えにくく、魔道具の力で無効化されたのだろうと推測できた。


 そんなやり取りをしている中、魔王がもう一歩踏み出す。


「これが賊の挨拶ということか? ならば返さねば無礼というものだろう」


 言葉に魔力が含まれている。

 あまりにも強大で、あまりにも無慈悲。純粋な力を叩きつけられたかのように、アリアとマイラは押し黙ってしまう。


「返礼だ、受け取るが良い。<散魂(イドーラ)>」


 魔王が右腕を前に出す。

 そこから放たれたのは、アリアやマイラが使ったのと同じような黒い靄だ。


 それらは瞬く間にアリアとマイラへと到達すると、彼らが魔王に放ったものと同じように、全身に纏わりつく。

 だが、それだけで、それ以上何かが起こることはない。


「何が……」


 疑問が出るよりも早く。

 突き出された右手を、魔王は握る。


 クシャッ!


 そんな音を、バルデスは幻聴した。


 意味深げな動作。

 魔王のスキル。

 それらに意味がないはずがない。


 バルデスが振り返るのは、アリアとマイラの方向。



 その瞬間、彼らの体が押し潰れるように。

 いや、体の内側から爆散するように。



 全身から血が吹き出し、即死した。

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