第118話 聖女ラテラ(?)
ベルゼブブは未だに帰って来ないが、放っておいても迷子になることはないだろう。なんせ、冠者だし……。
そんな曖昧な理由から、トイレに行ったベルゼブブを置いて帰路についている。
しかし、その前にコリンの景色を楽しんでいる。やはり、亡きアルフレッドの屋敷から一望するコリンは絶景だった。
初めてコリンに着いたときの感動──それ以上のものを感じる。
幻想的で、異世界のような……いや、実際に異世界なのだが。
そんなこんなで楽しんでるわけだが、どうやらルリはそんなものに興味はないらしい。
陽里も同じようで、終始退屈そうではあった。そんな態度を取られてしまっては帰らざるを得ない──少し名残惜しいが、屋敷から出るべく歩を進めている。
「……ん?」
「どうした? ルリ」
その時、急にルリが立ち止まった。
屋敷の中に居たであろう魔族は一掃されていて、人の気配は感じない。
ただ、そんな中でも何かがあるように、ルリは表情を変えていた。
「……誰かがこっちに来てる……?」
疑問系なのは、その情報が確かだと言える確信がないからだろう。
やはり、俺は何も感じない。ルリの索敵能力でギリギリ捉えられるくらいと考えると、かなりの強者であることは予測できた。
───ベルゼブブか?
契約しているとはいえ、彼女のいる場所が常に分かる──なんてことはない。
繋がりと呼べるようなものも曖昧であり、具体的に状態なんかは分からないのだ。
ルリの注意もあり、俺たちは慎重に進むことにしている。
陽里はいつでも召喚した魔獣が戦えるよう、疾黒狼を脇に控えているし、ルリも警戒するように腰を落としていた。
かくいう俺は、別に準備することもないので普通に歩いている。
「……近い……かも」
曖昧ながらも、ルリのセンサーを頼りに屋敷からの脱出を試みる。
存在が希薄なのか? ということも考えると、幽霊かなにかでもいるんじゃないかと思ってしまう。何せ、屋敷にいる魔族は皆殺しにされているのだから。
次の曲がり角を、右に曲がる。
そうすれば階段が見えてくるはずだ。
ゆっくりと、慎重に、俺たちは曲がり角を右に曲がろうとして────
「うおっ!?」
その先で人が待ち構えているのが目に映る。
驚かせるようなつもりはないのだろうが、ついつい驚いてしまった。居ると思ってなかったのに居るのだから、そうなってしまっても仕方ないだろう。
角を曲がった先、俺たちを待ち構えていたのは────
・ ・ ・
「……メイさん、にラテラさん……」
「アオイさん……」
襲われるかと身構えたが、俺たちを待ち受けていたのはその2人だった。
聖女服を着たラテラに、メイド姿のメイ。
二人は屋敷の廊下に立ち、俺たちを待っていたようにも見えた。
「……葵、知り合い?」
「ああ、前にちょっとな」
メイもだが、ラテラは本当に久しぶりだ。
何も言わずに王都から出ていったのは悪いと思っている。
怒っているのか、無表情のままの彼女の瞳は、まっすぐに俺を捉えていた。
何か言いたそうにも見えるが、そうでもなさそうにも見える。何を考えているのか、サッパリ分からなかった。
「…………」
「夏影さんも……」
陽里は何も言わない。
考え込むような表情のまま、目の前の2人を凝視している。
対するメイは、どこか申し訳なさそうだ。
顔も困っているように見える。
───目的はなんだ?
メイが女神のメイド。それでこのタイミング──考えられることは、夏影陽里の奪還あたりだが、そう単純なことだろうかとも思う。
どちらかといえば、俺や始まりの獣の処理──の方がしっくりくるような……。
だとすれば、前方の2人の気配を上手く探知できなかったことにも納得がいく。
ベールが「始まりの獣を倒せる」という考えで送り込んできた2人なのだ。相応の力はあるに違いない。
「葵くん、前にした話は覚えてる?」
「ん? ああ、メイさんと話してほしいってやつか?」
「そう、それよ。今お願いできるかしら?」
「分かったが……」
わけも分からず、とりあえず了承だけはしておく。
陽里が考えることなんだし、何かあるに違いないという信頼を込めて。
ルリが警戒してる中、俺は彼女ら2人の方へと近付いていく。
一度関わったことのある身から言わせてもらうが、彼女らはいきなり襲ってくるような人物では────
「アオイさんっ! 避けてっ!!」
なんて考えていたところで、前方から光弾が飛んできていることに気づいた。
発射したのは──ラテラ。話さなかったと思えば、急激に攻撃を仕掛けてきたわけだ。
「相当怒ってるのか?」と思いつつ、俺は横に動くことでそれを回避する。
後ろで光弾が壁を貫通したのか、大きな音が響いた。
「ラテラさん……?」
「アオイさん。彼女は既に居ません。今のソレは、ベール様が作り出した──」
「なぜ、邪魔をするのですか」
目的が俺だということは分かったが、だとすればメイが俺を助けた理由は分からない。
その理由はラテラ(?)にも分からなかったらしく、疑問を呈している。
その声はかつて聞いた彼女のものと酷く似ているが、平坦で、感情のない話し方だった。
機械的というか、ラテラ(?)からは”感情”を一切感じない。
───彼女は既に居ない、か。
「女神ベール……か」
様子を見るに、メイの言うことも出鱈目ではあるまい。
つまり、本当に彼女は居ないのだ。女神によって兵器化された──とか、そんなところまでは想像がつく。
───どこまでも……
アイツは、という気持ちに襲われる。
俺を助けてくれた人物。そのラテラを敢えて選び、俺を殺すための兵器として選んだ。
最低最悪、そんな言葉では表しきれないほど、性根が腐っている。
「ラテラさん、まずは一度話し合いを、と……」
「その必要はありません。迅速に排除しましょう」
2人は方針が違ったらしい。
だが、今更そんなことはどうでも良かった。
今すぐにでも女神を殺してやりたいが、ひとまず彼女らの対処が先だ。
そして、メイとは話をする──その気があるのは今の彼女の発言で分かっていた。
「ルリ」
「……ん」
ルリも俺を守ってくれるつもりだったらしく、すぐそこまで近付いていた。
俺が避けれていなかったら、なんとかして守ってくれただろう。
ルリとしては、判断に困っているようだった。
目の前の2人のうち、一方は敵意丸出しだが、一方は戦う気がないのだから。どうすれば良いのか、分かりにくい部分はあるだろう。
「俺はメイさんと話をしてくる。ラテラの対処を頼んでもいいか?」
「……分かった」
「殺さないでくれるとありがたい」
「善処する」
ルリとしても、敵意丸出しの相手は楽だろうと、任せることにする。
問題は、どうやってあの2人を引き剥がすか、だが。
ヒュンッ!
そんな懸念を抱いた瞬間、ルリが高速で移動したらしい。
彼女はそのままラテラにタックルを決めて、屋敷の壁を貫通していく。
「おぉ…………」
言い合っていたメイとラテラはそれに反応が遅れたようで、取り残されたメイはポカンとしていた。
実際、隣にいた人物が一瞬で拉致されたら不思議に思うのも仕方ない。
「陽里は……」
「なんか、魔獣が集まってきてるわね」
「え?」
「屋敷付近に魔獣が集まってきてるわ。それの掃討に向かうから、メイは任せたわよ」
「あ、うん……」
空気を読んだつもりなのか、本気なのかは分からないが、そう言って陽里はどこかへ行ってしまった。
疾黒狼の能力──と軽く言ってはいたが、一瞬で消え去るのは驚く。
そんなこんなで、この場には俺とメイだけが残されたわけだ。
「……メイさん」
「……アオイさん」
「あ、どうぞ」
俺とメイの言葉が被ってしまい、余計に気まずくなってしまう。
咄嗟に俺は譲るが、彼女もどこか話しにくそうだった。
「私は……あなたを殺しに来ました」
「知ってる」
それにしても、メイは美人だと思う。
カッコいい系というか、だからこそ、今のように困ったような顔をしているとギャップがある。ナンパされていたのも納得だった。
「……そうですよね……。ですが、私は──」
メイにとって、俺はどういう存在なのだろうか。
もしかしたら、初めてできた友人、とかなのかもしれない。
だから、女神の命令とはいえ、迷いが出来てしまう。俺を殺すのに躊躇を覚える理由はそれくらいしか思いつかなかった。
「殺したくないのか?」
「……はい」
友を取るか、主を取るか。
彼女にとっては葛藤なのだろう。女神がいかにクソであっても、それを慕うメイまで否定することはすまい。
「それって、本当に殺さなきゃいけないのか?」
「え?」
だから、至極普通の疑問をぶつける。
そうじゃない解決策──選択肢もあるんじゃないか、と。
メイと戦うよりは、説得したほうが楽だろうし。
そんな考えで放った言葉だったが、彼女は考えたことがなかったらしい。
呆けたような表情で、素っ頓狂な返事を頂いた。