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第117話 神域への条件

 女神の目的は魔王を倒すこと。そのことに間違いはないのだが、最終目標はそれではない。


 結局は、魔王を倒したあとにどうするか、が重要なのだ。

 神の責務──人族に力を与えて魔王を討伐する──を素直に全うすることを生き甲斐にできるほど、女神の性格は良くはない。


 しかし、これを定めた上位の神々に逆らえるほど、下位神であるベールには力がなかった。



 神であるベールが力を手にするためには、必ず達成しなければいけない条件がある。

 それが、神域へと行くことだ。


 魔界、天界と同じように、別次元にある世界の一つ。この世界から行く方法はない──とされているが、実際にはいくつか存在する。


 まず1つ目が、魔王を倒すこと。

 正確には、魔王を倒すことで起きるルーツ・システムの穴──魔王が存在しない期間のみ起こる穴を利用するのだ。


 魔王になる時、魔族は”魔王素”と呼ばれるポイントを得る。

 そして魔王が死ぬ時、そのポイントは次期魔王にふさわしいものへと移行され、その際にルーツ・システムがポイント最多所有者を魔王として認識するのだ。


 ”魔王素”を保管する装置がある。魔王を倒した際に排出される魔王素を人工的に所有することが可能なのだ。

 それを所有していると、魔族でなくともルーツ・システムの判定に引っかかる。つまり、女神であっても次期魔王として判定されてしまうのだ。


 が、ルーツ・システムはそこまで馬鹿ではない。

 次期魔王が魔族でなかった場合、対象から魔王素を没収し、魔族に再度還元する──のだが。

 その際、どうやら対象は神域に吐き出されるらしい。バグの対処として魔王素を没収する行為がルーツ・システムの付近でないと出来ないらしく、没収後はすぐそこ──神域に吐き出されている。

 こういうバグを利用した方法が1つだ。


 このやり方が最も堅実で、神々の目にも留まりにくい。実質合法で神域にいける方法と言えた。

 そのため、女神が目指しているのはコレだ。


 しかし、これはそう簡単な話ではない。

 まず、女神であるベールは直接的な干渉が禁じられている。そのため、異世界の勇者や大陸の強者を使って魔王を倒すことを強いられるのだが、今回のように上手くいかないケースもあるわけだ。

 念には念を入れ、勇者の数も質も最高レベルにした予定だったが、それでも異常(イレギュラー)は付きもの。

 起きてしまったものは仕方ない。では、別の手段を考える必要があった。



 尤も、別の手段も存在している。

 それが、高度のエネルギーをぶつけることで次元に歪みを発生させ、神域への扉を無理やり開く、ことだ。

 この方法も一見確実に見えるが、問題点は幾つも抱えている。


 その1つが、神域に無理やり行くことで神々に目をつけられること。神域を守護する守護神(ガーディアン)たちはそれを許さないだろうし、開いた瞬間にベールは殺されてしまう。


 そして、2つ目は条件がシビアなことだ。

 ぶつけるエネルギーの属性を、天使・悪魔・竜と、ちょうどよくする必要があった。

 その中で最も面倒なのが天使属性。悪魔と竜は準備してあったが、天使だけは中々手に入らなかった。

 だが、アルフレッドの実験によってこれは解決している。あとは膨大なエネルギーさえあれば、神域への扉はいつでも開けた。


───そのエネルギー回収のためのメイ、ですが。


 膨大なエネルギーの放出をするためには、そのエネルギーをどこかに溜め込む必要がある。

 女神ベールの()()であるメイにはその装置が埋め込まれており、いつでもベールは魔力を取り出すことができた。


 一気に取り出すためにメイは死ぬが、それは問題ない。もう彼女の出番はないし、ベールとしても死んでくれて結構だ。



 なので、実質的な問題は1つ。

 それも解決する手段を、ベールはコツコツと準備していた。


 今ベールがいるのは、彼女の屋敷から少し離れた場所にある遺跡。

 難易度は低く、挑戦者は居ない。彼女にとっては実験施設のようなものだ。


枷月葵(カサラギアオイ)の登場には驚きましたが、計画は順調です」


 遺跡の最奥にある、巨大な装置。

 神域を繋ぐゲートの核となる装置には、悪魔王と青龍が嵌め込まれている。


「青龍さんも馬鹿ですねぇ。あんな捨て駒のために必死になっちゃって」


 数多の竜人を実験に使ったことに怒りを抱いた青龍がベールを殺すべく現れたわけだが、そこを逆に捕らえられてここにいる。

 妙に神聖な雰囲気を持つ装置に嵌め込まれた青龍の意識はなく、ぐったりとしていた。


「さてさて。あとは私の可愛い子供たち、ですね! メイのような中途半端な作品にはしませんよ」


 上位の神々にバレないよう、コツコツと作り続けた兵器たち。

 万が一魔王を倒せなかった際の神域突撃計画を先倒しして、今すぐにでも神域に攻め入る準備はできていた。


 ここまで急ぐのも、面倒な魔王と勇者のため。そして、隣の大陸を侵略するため。

 ひいては、この世界の全てをベールの支配下におくためだ。


「アマツハラ産の方々は良い”元”となりましたね」


 魔獣、魔族、人族──あらゆるものを基礎として作られたベールの兵器は、やはり基礎となるものの能力も反映される。

 色んなものを取っておいて良かった……と安堵する女神であった。




「支配の女神、ベール」


 そこで、突如後ろから声が響く。

 誰も知らない、ベールだけの遺跡。その研究室のはずなのに、だ。


 しかも、その声には聞き覚えがあった。

 召喚した勇者の1人、空梅雨茜(カラツユアカネ)のものだ。


 振り返れば予想通り、空梅雨茜が立っている。

 右手には炎で出来た剣──よく見ると、それからは凄まじい力を感じた。


「これはこれは、空梅雨さん。行方不明になったと聞いて驚いていました」


 そんな軽口を叩きながら、ベールは他にも誰かいないかを確認しようとする。

 そのために意識を別の方向に向けた瞬間、首元に異様な熱さを感じた。


 見れば、空梅雨茜が剣をベールの首に突き付けている。

 ひやりとした汗が背中を流れるが、それを隠すようにベールは笑顔を崩さない。


「……これは何の冗談ですか? 空梅雨さん」

「こっちのセリフだ、支配の女神。これはなんの冗談だ?」


 そういう空梅雨茜の視線はベールの後ろの装置にある。

 彼女の様子を見るに、この装置がどういうものかも理解しているはずだ。


───上位神に目をつけられましたか……。計画を先倒しにしたのが問題でしたかね……。


 枷月葵が魔王と共謀してベールを倒しに来る──そうなった場合、魔王への切り札を持たないベールはやられっぱなしだ。

 それを恐れ、計画を急ぐことにした。

 それが仇となったらしい。神々にベールの怪しい行動がバレた。


「空梅雨さん、落ち着いて話をしましょう? 私たちは分かり合えるはずです!」

「私は説明を求めている。答えないのならばそれまで。殺し、壊す」


 ルールに忠実な姿勢から、かなり上位の神だと予想できた。

 自分に刃を向けている時点で、<支配(ドミネイト)>の効果は切れている。それは予想通りでもあったから、良しとしよう。


───<風神雷神>、でしたか? だとしたらものすごい上位の神じゃないですか。怖い怖い。


「実はこれには深い訳がありまして……。涙無しでは語れないのです」

「遺言はそれでいいか?」

「あら、怖い。もう少し優しくしてくれたりとかは?」

「ふざけているのか、支配の女神」


 手を上げながらも、おちゃらけた態度は崩さないベール。

 その甲斐あってか、相手の注意はベールに引き付けられていた。


 それで良いのだ。

 なぜなら────


「────ッ!?」


 空梅雨茜が飛び退く。

 女神ベールに突き立てていた剣も構え直し、かなりの距離をとった。


 そして、その直後に、変化は訪れる。

 先程まで空梅雨茜が立っていた位置に、1人の少女がいた。

 金髪碧眼のエルフ。幼い体からは想像もできないほどの魔力を身に宿している。


「助かりました、ユーフィリアさん」

「…………」


 ユーフィリアと呼ばれた少女は、右手に剣を握っている。

 精霊で構成された剣だ。全属性精霊の加護を受けており、それはユーフィリアが”愛され体質”だからこそ扱える一品でもあった。


 対する空梅雨茜は驚いた顔。

 しかし、それも一瞬のこと。再び澄ました表情になると、ユーフィリア目掛けて距離を詰める。


「あらあら……。幼い女の子相手に、容赦のない……」

「支配の女神、貴様……」


 神剣と精霊剣が、ぶつかる。


 両者落ち着いた態度で、その剣をぶつけあっていた。


「<風則舞刃(ヴァーユ)>」

「…………」


 神剣が風を纏い、勢いを増してユーフィリアへと迫る。


 しかし、ユーフィリアの身体能力も凄まじい。加速した剣を見てから、着実に攻撃を逸らすように精霊剣を突き立てることで受け流してしまった。


 それだけでは終わらない。

 神剣を外側に弾くように剣を振るう。


 チャキッ! と軽い金属音がしたかと思えば、次の瞬間には精霊剣が空梅雨茜の胸を貫いている。


 あまりにも、速い。

 常人ならば目で追えないような速度で、そのやり取りは行われていた。

 ぱっと見、ユーフィリアが空梅雨茜の胸を貫いたようにしか見えないほどだ。


「おお、さすがユーフィリアさん」

「<風神払(かぜのかみはらい)>」


 しかし、それで終わる空梅雨茜ではない。

 外側に弾かれた剣の勢いを利用するように、滑らかな所作でユーフィリアの首を狙う。


 自身の胸を貫いた精霊剣は、決して抜かせない。

 防御手段のないうちにその首を──断ち切る。


 ガギンッッ!!!


 振るわれた空梅雨茜の剣は、しかしユーフィリアの首を切断することはない。

 十分な威力を持っていたにも関わらず、その華奢な首に弾かれてしまった。


 これには空梅雨茜も驚いたような表情を隠せない。

 が、一瞬で理解したのだろう。その表情は憤慨へと塗り変わり、ベールを睨むようにして叫ぶ。


「支配の女神ッ!!! 貴様、これがどういうことか分かっているのか!!」


「はて、さて? 神々を殺す兵器を作っただけですが?」


「……<精霊光(フェアル・レイ)>」


 そんな会話を気にも留めず、胸を貫く精霊剣に魔力を込め始めるユーフィリア。

 それに応じるように、剣は七色の光を発し始める。


「<悪鬼雷豪(アズリア・ブラスト)>!!!」


 それを見た空梅雨茜の行動は、反撃──ではない。

 今更これを避ける手段はなく、神に対する特攻を持つユーフィリアには攻撃が通じないと見たのだ。


 目標は、ベールの後ろにある装置。

 神剣に魔力を込めれば、バチバチと雷が舞い始める。


「え、ちょっ!?」


 精霊剣から放たれる七色の光。

 そして同時に放たれる視界を埋め尽くす雷。


 それらが研究室に轟音を響かせ、視界を真っ白に染め上げていく。


 その間、約3秒ほど。


 光が収まった頃には、空梅雨茜の姿はなかった。

 それだけではなく、ベールの側にあった装置も半壊していた。


 無傷なのは、ベールとユーフィリアだけだ。


「何してくれてるんですか……。これじゃあどうしようもないじゃないですか……」


 兵器の対神能力を図れた良い機会でもあったが、それと同時に失いたくないものを失った場面でもあった。


 苦虫を噛み潰したような表情になるベールをユーフィリアは一瞥したが、声をかけることはしない。

 場に訪れた静寂は、どこか虚しいものだった。

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