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第113話 総帥の戦い

「総帥、敵軍の前衛約二千の殲滅が完了。我が軍の被害はほぼありません」

「流石に2倍の兵力差では余裕でしたか」


 報告を聞き、感想を述べる。


 参謀が行動不能な今、戦場の指揮を任せられているのは総帥だ。

 とはいえ、作戦のほとんどは参謀から継がれている上、敵の動きに合わせたパターンも用意されている。ぬかりない部分は、さすが参謀と言わざるを得ないだろう。


 そんなことを考えながらも、彼は剣を抜き振るう。

 その一振りで、前方にいた魔族たちが切り裂かれていった。


「それでは、このまま押し進めるように指示を出します」

「ええ。魔王様に勝利を」


 全権を与えられたとはいえ、魔王軍総帥である彼に軍師の才能はない。その力だけが評価されている魔族なのだ。


 魔王軍にはいくつか階級があるが、総帥の一つ下に副官という位がある。

 属しているのは3人の魔族で、いわば総帥の腹心のような存在だった。


 そのうちの一人、翼人という魔族──その名の通り鳥の羽根のようなものを持った魔族──のアルマンドという男がいる。

 腕前は副官の中では見劣りするが、軍師の才に秀でているということで副官に採用されている人物だ。


 その手腕は参謀も評価するほどで、彼もアルマンドがいるからこそ、作戦を総帥に継ぐことが出来た。


 そんなアルマンドは後方で指示を出している。

 司令塔は最も安全な場所に居るべきだ。司令塔の命は、軍全体の命よりも重いとも言えるのだから。


 故に、アルマンドの元には他2名の副官も付いている。いつもならばここまではしないが、何をしてくるか分からない内乱軍だからこその処置であった。


 アルマンドは状況報告と作戦の確認を総帥にするが、これもあくまで形式上だ。

 総帥はアルマンドの案を却下する気はない。

 そして、アルマンドの優秀な点として、総帥を戦力に数えていないという部分も挙げられた。


 現在、最前線で絶賛無双中の総帥だが、彼の目的は強者をおびき寄せることなのだ。

 様々な種族の入り混じった内乱軍の有象無象の中に、それほどの強者は見当たらなかった。


───おや?


 そこで、敵陣後方から自分の元へ一直線に駆けて来る気配を感知する。

 それも、中々力のある魔族。有象無象の兵士たちとの違いが感じ取れた。


「巨人族、ですか」


 頭一つ──実際にはそれ以上の大きさがある巨人族は、他の兵士たちの後ろにいようともすぐ視界に入る。

 黄金のフルプレートに、とても人間が扱いきれるサイズではない大剣。有象無象とは違う、高品質な装備だった。


「総帥。そちらにド・ジンが向かいました。ご注意を」

「あれがド・ジンですか」


 今、自分を見据えている存在がそれだと、改めて認識する。

 敵陣の重役だったと記憶している。強者をおびき寄せる作戦は成功と言えた。


 ド・ジンはこちらに走って向かってきながらも、仲間の兵士にぶつからないような気遣いを心掛けている。

 内乱軍と聞いて野蛮な印象しか持っていなかったが、マトモな奴に見えなくもなかった。


───魔王様に楯突いてる時点で、ですが。


 しかし、残念ながら総帥にとっては倒すべき敵でしかない。

 やがてド・ジンが内乱軍の先頭に立つと、総帥と向き合う形となった。


「総帥……」


 後ろから、自軍の兵の不安そうな声が聞こえる。

 情けない話ではあるが、こうなってしまうのも仕方ない。それほど、目の前に立つ巨人の存在感は圧倒的だった。


 内乱軍を代表する魔族と、魔王軍を代表する魔族。向かい合う二人の間は無言でこそあっても、流れる重圧は桁違いだ。

 先程まで争っていた両軍の兵士が武器を下ろし、その二人を食い入るように眺めている。


「貴方がド・ジンですか」

「いかにも。魔王軍総帥とお見受けする」


 緊迫した雰囲気の中、口を開いたのは総帥だ。

 止まった時間が動き出すように、何かが氷解したような感覚に襲われた。


 周りにいる兵士たちは、そこで気付く。なぜか、自分たちの呼吸が荒いことに。

 雰囲気に飲まれ、呼吸さえも忘れていたのだ。バクバクとなる心臓の音が、いつも以上にうるさく聞こえた。


 戦いはいつ始まってもおかしくない。

 右手に刀を持つ総帥と、巨大な棍棒を持つド・ジン。お互いが、戦いの始まりを待っていた。


「では、死んでください」


 最初に動いたのは総帥だった。


 剣を上段に構え、ド・ジンを突くように距離を詰める。

 対するド・ジンは動かない。その必要さえないと、どっしりと構えていた。


 音の如く加速した総帥が、両者の距離を詰めるのは一瞬だった。

 手に持つ刀はド・ジンの露呈した腹部を確実に捉え────


 ズブッ!


 と、深く突き刺さった。


 当然、ド・ジンにとっては作戦通りである。

 刀が刺さっていては、総帥はその場から動けない。肉を切らせて骨を断つ、そういった戦法だったわけだ。


「ふんッッッ!!」


 ド・ジンが、巨大な棍棒を思い切り振り下ろす。

 凄まじい速度で総帥の脳天をかち割ろうとする棍棒を、総帥は刀を諦めることで回避した。


 刀から手を離し、後ろに飛び退く。空間魔法で別の刀を取り出している最中、彼の視界はあり得ないものを映していた。


 突き刺さった刀が抜け落ち、貫かれた腹部が完全に再生していたのだ。

 凄まじい再生力を持って、肉を切らせることすらさせない──そんな戦い方であった。


「巨人の再生能力、ですか」

「今度はこちらからゆくぞ」


 ズンッ! と、衝撃波が周りに伝わる。それほど強く地面を蹴ったド・ジンは、総帥を叩き潰すべくその距離を詰めていく。


「ふん!!!」


 弾丸の如き速度で迫りくるド・ジンは、総帥の目の前で急激に止まった。どうやってブレーキしたのか不明だが、事実として、彼は止まっていた。

 そして、棍棒を振り下ろす。やはり筋力の違いか、凄まじい威力を持つ棍棒が総帥の頭上より迫ってきていた。


「…………」


 総帥はそれを刀で受け流す。

 上段に構えた刀に棍棒が触れた瞬間、力を横に流した。そうすることで、棍棒を空振らせたわけだ。


 空振ったド・ジンは、体勢を崩すことになる。

 その隙をついて、一撃。


 そんな考えから刀を構えた瞬間、右腹部に衝撃が走った。


「ぐっ!?」


 力の向きのまま、総帥は吹き飛んでいく。

 体勢を崩したと思っていたド・ジンによって、蹴飛ばされたのだ。


「ふんっどりゃぁッッッ!!!」


 なんとか受け身を取った総帥だが、面を上げれば映るのは迫るド・ジン。いつの間に立て直したのか、今度は棍棒を振り下ろすように目の前で構えていた。


「チッ」


 今度は受け流すようなことはしない。

 素直に大きく飛ぶことで、その一撃をなんとか回避した。


「避けるか、流石は総帥と呼ばれるだけはある」

「貴方こそ。その程度の力でよくトップになれましたね」

「言っているが良い。随分無様だな」


 イマイチ、ド・ジンの力は分からなかった。

 隠し玉があるだろうということで、能力を確かめてから戦いたかったのだが、身体能力に頼り切ったパワーバカにしか見えない。決定打があるならば打つチャンスはあったはずだ。


───この程度、ですね。


 魔王軍総帥を相手にするのだから、何かしら持ってきている。そんな予想をしていたのだが、どうやら外れたらしい。


「まぁ、良いでしょう。では、少し本気で行きますね」


 <明鏡止水>。総帥の持つ固有スキルだ。

 効果は、触れている物体の加減速。大抵の場合、総帥はこれを己の剣に使っている。


 このスキルは強いように見えて、実は弱い。

 というのも、剣を加速させようと、総帥自身が加速するわけではないからだ。加速した剣を上手く使えず、それに振り回されて終わってしまうのが普通だ。


 だが、それを強く使えるのが彼の技術。

 剣を加速させる方向を上手く調整することで、擬似的に己の身体まで加速させている。また、身につけている服や装備にも加速を細かく施すことで、総帥自身を加速しているように見せていた。


 一つの行動にも、考えることが何個もある状態。それほど多くのことを思考しながら戦えるのが、総帥の強さであった。


 先程と同じように、ド・ジンに向かい踏み込む。

 加速はせず、されども一瞬で肉薄した総帥は、刀を上段に構えていた。


 「同じだ」。ド・ジンはそう思っていることだろう。

 攻撃を体で受け止め、棍棒を振り下ろすべく持ち上げている。

 刀が突き刺さり行動が制限された総帥に対し、今度は逃げる暇も与えないように早めに構えていた。


「ぬ?」


 が、同じようにいくわけがない。


 上段から突きを繰り出そうとした総帥の剣が、急激に加速する。

 腹部への突きではなく、ド・ジンの右腕を切り落とさんと構えが変化していた。


 ザシュンッ!


 鋭い音が響いたかと思えば、ド・ジンの右腕は切り落とされる。

 ドンッ! と、巨大な棍棒と共に地面に落下したそれを見て、ド・ジンは動揺を隠せない。いや、腕は生えてくるから良いのだが、問題は彼の使った能力だ。


 ド・ジンは動体視力に自信があったが、捉えきれなかった。気付けば、彼は自分の腕を切り落としていたのだ。


 無意識に、一歩後退る。

 健在な左手で棍棒を拾い、右腕が生えるまで一度────


 ザシュンッ!!


 今度は、左腕が消え去った。


「なに──?」


 目の前を見れば、何も変わらぬ様子で佇む総帥の姿。

 刀についた血を振り払うように刀を振り、その鞘に仕舞おうとしていた。


「なにをした?」


 つい、問いかける。

 理解できなかったのだ。今、なぜ自分の左腕が落ちているのかを。

 そして、なぜ中々右腕が生えてこないのかを。


 ザシュンッ!


 はたまた、何かが切れる音が響く。

 そして、今度は視界がぐらりと揺れ──


 ドズンッ!


 脚がなくなっていた。

 総帥は未だ、刀を鞘にしまったまま。動いてすらいない。

 にも関わらず、ド・ジンの脚は切断され、視界は低くなっている。


「なにを?」

「それが最後の一言で良いですか?」

「──どういう────」


 ザシュンッ!!


 そして、ド・ジンの首が刎ねられた。



 総帥のしたことは単純だ。

 光の如き速度で断ち切ることで、傷口に熱を持たせ、その熱で再生を遅くしたのだ。

 傷口が焼かれると傷の治りが遅くなる──それを利用した戦い方だった。


 ド・ジンの認識できない──いや、周りで見ていた誰もが認識できない速度で、切り落とす。

 これが魔王軍総帥の実力だった。



 彼は刀についた血を振り払うと、そのまま腕を高く上げる。

 彼の持つ刀が禍々しく輝き、場にある全ての視線が釘付けになった。


「魔王様に勝利を」


 目の前で起きたことの非現実さから、事実を受け止めきれていない両軍魔族たち。

 それらを動かすように、彼にしては大きな声で、指揮を取った。

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