第111話 遺跡からの脱出
俺は今、ベルゼブブに連れられて脱出を試みていた。
ベルゼブブ曰く、どうやらここは古代遺跡らしい。その遺跡のだだっ広い空間を利用して俺を監禁していたとか。
「道、合ってるのか?」
「私に任せておいて! あ、一応剣は帯びておきなよ」
───見張りか。
古代遺跡を完全に掌握しているのならば、不測の事態が起きた時のための見張りもいるはずだ。
脱出までの道のりでどれほど出会うだろうか。
「そこ、右」
「はいよ」
俺が監禁されていた広間を出ると、細い道が続いていた。
続いているといっても、蟻の巣のようにいくつにも分岐している。迷路のようなもので、正しい道順でいかないとトラップに殺されるようだ。
「突き当りは左ね」
「了解」
ベルゼブブが道順を教えてくれるおかげで、移動はスムーズだ。
本来ならば試行錯誤を繰り返す必要がある遺跡の攻略も、道さえ分かっていれば容易である。
「次、右。見張りがいるから気をつけて」
「分かった」
探知系のスキルを使っているのか、そんなことまで忠告してくれる。
俺たちの足並みはゆっくりとしたものだ。
走ろうと提案したのだが、「疲れるからヤダ」と拒否されてしまった。ベルゼブブが居なければ道順の分からない俺としては、それに従うしかなかったのだ。
石レンガで出来た通路を右に曲がる。
「何者だッ!?」
「脱走だ! 殺せ!」
通路を塞ぐ、3人の男魔族。
彼らは手に剣を持ち、それを俺に向かって構えていた。
「ふっ」
「なッ!?」
俺は一瞬でそのうちの一人に近づき、胸に手を添える。
使うスキルは、<支配>。そのまま胸を押して体勢を崩し、剣を一瞬で抜いて首を断ち切る。
「な、なんだ!? こんな強いなんて──」
「──<支配>」
続いて、狼狽えるもう一人の男に近付く。
ステータスの差か、俺の速度に追いつくことはできないようだ。
スムーズに<支配>を行使し、ステータスだけ貰い受け、殺す。
ザシュッ! という鋭い音と共に彼の首は宙を舞う。あまりにもスムーズな手腕に、己でも驚きを隠せなかった。
「最後は──」
「や、やめろ……!!」
「──<支配>」
地面を蹴って、最後の一人に肉薄。
手に優しく触れて、<支配>を行使する。そのまま腕を捻って重心を崩し、下に下がった首を容赦なく断ち切った。
「お見事」
ぱちぱちと、力ない拍手が後ろから聞こえた。ベルゼブブのものだ。
俺はそれを無視して剣を腰に仕舞う。
勢いよく振ることで、剣についた血を落とすことも忘れない。
「次は左。しばらくまっすぐだけど、見張りがいっぱいだ」
「分かったよ。ところで、ベルゼブブは戦わないのか?」
「ヤダよ。疲れるから」
頑なに拒まれるのは、彼女が魔力の消費を考えているからなのか、それとも惰性ゆえか。
結局、<支配>してステータスは貰い受けたいし、俺が戦うことに文句はないのだが。
───魔法で一掃出来たら便利だけどな……。
<支配>の使用条件である”接触”を厄介だと思うばかりだ。
<支配>しても、スキルを獲得できることはない。
有象無象の兵から手に入れられるようなスキルは、既に手中というわけだ。
しかし、僅かながらもステータスは貰える。塵も積もれば山となる精神で、そのちょっとを馬鹿にしてはいけないと思っていた。
断頭された死体を傍に、俺とベルゼブブは進んでいく。
彼女の言う通りに左に曲がれば、そこには剣を構えた2人が待ち構えていて──
「死ね!」
構造上よく音が響くからか、先程の戦闘で俺たちの存在はバレていたらしい。
あそこで加勢せず、実力を見極めて、死角からの襲撃。さすが、こんなところの見張りに命じられてるだけある。
油断していたのは俺の責任だが、殺されることはない。圧倒的なステータスの差があるからだ。
剣を見てからでも、避けられる。
振り下ろされる2本の剣。そのどちらもが当たらない位置に、俺は一歩踏み込んだ。
「<支配>」
「ぐッ……!」
踏み込んだ先は、一人の男の腕の中。
その男の首を掴み、もう一方の男は右手で押すようにして、俺は<支配>を使った。
距離が近いせいで、剣を抜くのは難しい。
首を掴む左手に力を込め、そのまま首の骨を折る。バキッと軽快な音がして、左にいた男は脱力した。
「他の見張りを殺せ」
右の男には、向かってくる他の見張りたちの処理を任せる。
まだ10人の見張りがいる。実際処理ができるとは思っていないが、それでも剣を抜くまでの時間稼ぎは出来るだろう。
<支配>を介して伝わってくる了解の意思。見張りは後ろに構える10人の見張りたちへと、愚直に向かっていった。
「支配されている! 容赦なく殺せ!」
「ああ!!」
リーダー的存在なのか、冷静な男が大きな声で仲間を鼓舞する。
しかし、そんなものは何の意味もなさない。圧倒的な力の差を前に、気合いなんてものは一切の効果を発揮しない。
「いつの間に────」
「<支配>」
前にいた2人の見張りが、俺が<支配>した見張りに向かって走り出す。
が、それだけで十分だった。俺はその間へと即座に移動し、俺への警戒をしていない2人を容易く<支配>した。
「殺せ」
これで、3対8。
新たに<支配>された2人も振り返り、残り8人に向かって走り出した。
「し、支配能力だ! 決して触れぬよう──」
「<支配>」
続いては、<縮地>。
最後尾にいた冷静な男に向かい、俺は<縮地>で一気に距離を詰めた。
そのまま<支配>を行使して、彼を支配する。
前では、3人の支配済みの見張りたちが戦っている。それを一瞥した後に、剣を抜き男を殺す。
前方で繰り広げられている戦いは、5対3。
同程度の能力ならば、数がある方が有利だ。
「がふッ!」
ただ、そのおかげで、俺の近くには2人しか見張りの魔族はいない。
剣を思い切り胸に突き、そのうちの一人も直ぐに絶命させる。
「ば、化け物……」
「さっき卒業したばかりだよ」
最後の一人には戦意がなかった。
ゆっくりと歩いていけば、怯える一方。<支配>も簡単にできる上、殺すのまで楽だった。
「さて」
流石に5対3では勝ち目がなかったらしい。
数の有利を利用して大勢で襲いかかられたせいで、彼らにはなす術がなかったようだ。
支配した見張りたちの胸を剣で突き、殺していた。
「はっ」
その隙に、俺は一番近い見張りへと一気に踏み込む。
剣は仕舞っていた。使う必要さえないだろうからだ。
「なにっ!?」
「<支配>」
驚く男の顔面を殴ると同時に、<支配>を使って支配する。
尤も、支配された瞬間には死んでいるので、彼からすれば支配されたかどうかはあまり関係ないのだが。
殴られた男は、華麗に吹っ飛ぶ。
ボーリングのように、それは後ろにいた見張りたちへと当たり、彼らを驚かせることには成功したようだ。
ならばと、俺は殴り飛ばされた男の影に隠れるように彼らへと接近する。
「こいつっ!!」
気づいた時には、遅い。
俺の手に届く範囲に入った時点で、勝敗は決しているのだから。
続く4人も<支配>して殺せば、あたりには静寂が舞い降りた。
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
全員を殺し終えたのを確認すると、ベルゼブブが後ろからのこのこと現れる。
ひらひらと手を振っている姿は、死体の山が出来上がっている光景には不適切だった。
「そこ、右に曲がれば出口だよ」
「おお、意外と早かったな」
「まあ、君が閉じ込められていたのは浅いところだったからね」
遺跡の深部まで攻略できていないのか、それとも深部は危険だと思ったのか、俺が飛ばされた場所は入り口から近い場所だったらしい。
それも幸いして、死体を通り過ぎて右に曲がれば、外の光が差し込む意味深な階段が見え始めた。
明らかに出口だ。出口なのだが──
「返り血だけ落とすか。<洗浄>」
あまりにも返り血が酷いので、水魔法で落としておく。
これで出てすぐ人がいても怪しくないだろう。
「──…ん!! ──くん!!」
そんな時、遺跡の外から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある女の声だ。敵意は感じない。
「葵くん!」
陽里だ。
ルリに言われてか、自主的にかは分からないが、俺を助けに来たのだろう。
彼女は遺跡の入り口で、階段に差し掛かった俺を見下ろしていた。
「夏影陽里か。概ね、君を探しに来たのだろうね」
「えっと……あなたは?」
ガルゥゥ……
陽里の傍には、黒い狼が1匹。彼女を守るように佇んでいた。
それがベルゼブブを視界に入れた途端、敵意を剥き出しにする。
「疾黒狼、どうしたの?」
ガルルゥ!
「獣風情が……」
仲が悪いのだろうか?
ベルゼブブについてよく知らないが、魔獣と仲が悪いと言われても納得できる。というか、誰と仲が悪くても納得できてしまう性格だ。
「喧嘩はやめろよ、ベルゼブブ」
「……分かってるよ」
それだけ言うと、彼女はそっぽを向いてしまう。
それは疾黒狼も同じようで、お互い目を合わせないようにしていた。
「それより、葵くん。無事で良かったわ」
「ああ、陽里こそ。よく分かったな」
召喚獣の能力で辿り着いたか。
しかし、と考えるとルリの元までも案内してもらえそうだ。
「ルリは?」
「アルフレッドと戦ってたわ。もう終わってるんじゃないかしら?」
「そうか」
彼女の心配はいらないだろう。どうせ、負けることはないのだ。
「ルリの元まで案内してくれるか?」
「ええ」
俺は陽里と話しながら、階段を登っていく。
不機嫌な態度のベルゼブブも後ろについてきていた。
遺跡から出ると、そこは廃墟の街のような場所だった。
瓦礫が積み重ねられ、かつて戦場だったかのような悲惨な光景だ。
周りに死体が転がっているのは、見張りを陽里が殺したからだろう。廃墟に、死体。まさに戦争の跡地のようだ。
そんな中を、俺たちは陽里について歩いていく。
それから暫く移動すれば、領主館のような巨大な建物に着いた。




