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第107話 その身は怪物と化して

「な、なんなんだ……あれは……」


 アルフレッド直属の召喚術師部隊の11人のうちの1人。隊長を任されていた男は、目の前の光景に目を疑っていた。


 アルフレッドから依頼されたことは、始まりの獣(ラストビースト)の仲間の監視及び排除だ。

 閉じ込めてあるから、魔獣を召喚して監視させておくように。いつでも戦闘を開始できるような準備も求められていた。


 とはいえ、あの檻には特別な効果がある。

 檻の中は限定的に、魔力に大きな乱れがあるのだ。


 体は思うように動かせないし、魔法を発動するのはほぼ不可能。そんな状況だったにも関わらず、少年を閉じ込めていた檻は突如消滅した。


 はじめは魔法の使用を疑ったが、その痕跡はない。魔力の乱れの中で魔法が使えるような手練にも見えなかった。


 檻の外で待機させていた魔獣を攻撃に向かわせる。

 自分と同様、壁の中に隠れている召喚術師部隊員たちは、次の魔獣の召喚の準備にまで取り掛かっていた。


 彼らはアルフレッドからある魔道具を授かっていた。”伝達の腕輪”と呼ばれる代物で、一方的ではあるが、声を届けることができるというもの。


 送信側を隊長が、受信側を隊員10名が持っていたのだ。

 檻が破壊された時から、隊長は冷静に指示を出していた。「決して油断することはないように」「もし2匹が殺されたら数で仕掛けるように」と。


 だが、そんなものにはなんの意味もなかった。

 一瞬。一瞬だ。


 目を瞑り、開いたその時には、2匹の魔獣は居なかった。


 檻と同様、消滅させられたのだと気付いた。

 原理は不明、されど、高威力の魔術であればそれも不可能ではないと考えられた。


 かなりの魔力を消費していると踏んで、再度召喚の指示を出す。

 そこで少年の姿を見て──全身に悪寒が走った。


 少年を包む黒い霧。

 あまりにも邪悪で、悍しい。


 霧に包まれた少年は、その腕を変形させていく。

 最早人間でも魔族でもない、異形の存在へと。頭からは角が生え、背中からは翼が出てこようとしていた。


 嫌な予感というのは、よく当たる。

 次いで召喚するは、竜。魔獣の中でも最強格の存在だ。

 しかし、それすらも目の前の”怪物”は一瞬で消滅させた。


 それから隊長は、目を伏せた。

 見たくなかったのだ。見るだけで、根源から恐怖を覚えるようなあの感覚。それから少しでも逃げたかったのだ。


 隊員の焦りを感じた。言葉が聞こえずとも、分かる。自分に指示を求めているのだ。

 だが、彼にはそれができなかった。目を伏せ、耳を塞ぎ、そうして外界から己をシャットダウンした。


 それからは、あまりにも静かだった。

 魔獣の鳴き声がなければ、この場は静寂で包まれていたのだ。

 怪物は音をあげない。自分は死んだふりを通しているようなものだ。


 だからこそ、少し気になってしまった。

 隊員はどうなった? 怪物は? 素朴な疑問を抱いてしまう。


 耳を塞いでいた手をどけ、顔を上げる。


 視界に映るのは、黒き化け物。



 彼の意識は、そこで途絶えた。





◆     ◆     ◆





 神とは、種族である。


 当然、種族的には上位の存在。役割は、世界の管理だ。


 しかし、神は種族である以上、生物だ。

 絶対なる存在ではなく、理の一部に過ぎない。


 つまり、1の神が全てを管理することなど、不可能なのだ。

 ゆえに、始まりの神──創造神は、あるシステムを作り出した。


 創造神と対になる存在といえば、破壊神である。

 しかし、創造神と破壊神では格が違う。創造神は全ての神より上位の存在と言えた。



 創造神が作り出したシステムを、”ルーツ・システム”と呼ぶ。またの名を、”世界の根源”だ。


 創造神の手で万物を掌握するのは疲れるし、非効率的。ならば、効率化するシステムを作れば良い、ということで作り出されたものだ。

 システムとは言うが、ルーツ・システムは実物として存在する。

 神域の最奥にあると言われているが、真偽は定かではない。


 ルーツ・システムには、世界のあらゆる情報が保存されている。それだけでなく、ルーツ・システムは、一方的にその情報に干渉する権限を持つ。


 例えば、ルーツ・システムには”パン”という食べ物の情報がある。それをルーツ・システム上から消せば、世界からもパンが消滅するのだ。

 擬似的な世界の模倣品とも言える。


 ルーツ・システムの優秀な点は、そこで起きた矛盾を解決する力がある点だ。

 パンがなくなったことで起こる歴史的矛盾、物質的矛盾の全てを解決する能力がある。

 ルーツ・システムは、世界を観察し、管理する唯一の方法なのだ。


 これはルーツ・システムの最も重要な機能とも言えた。

 ルーツ・システムが世界の写し身であることは、ルーツ・システムが破壊されれば世界も破壊されるということだからだ。


 ただ、他にも重要な機能はある。

 それが、創造神の権能を担っていることだ。


 創造神は何を考えてか、己の権能のほとんどをルーツ・システムに授けた。

 つまり、世界に種族が生まれるのも、命が生まれるのも、創造神の思うところではない。ルーツ・システムの管理下にあるのだ。


 ルーツ・システムは創造の権能を与えられ、はじめに神を作った。

 一人では管理しきれないルーツ・システムを、手駒を使うことで手分けして管理しようというわけだ。


 あらゆる神が作られた。

 天気を管理する。時間を管理する。歴史を管理する。食を管理する。…………

 こうして、世界の神による管理体制は作られたのだ。


 作られた神は、自分の権能の及ぶ範囲に限り、ルーツ・システムへの干渉を許された。

 そして、干渉できる範囲が広いほど、神は格が上になる。そして、”ルーツ・システムに囚われる”。


 ルーツ・システムに干渉できない神も存在する。これらは、世界の観察者として存在する神々となった。



 ルーツ・システムには欠陥がない。一見そう見えるものだ。

 しかし、神に関するを許してる以上、隙が出来る。そこを突いて、ルーツ・システムの破壊を試みた神がいた。


 それが邪神である。

 神の身でありながらルーツ・システムに挑んだ。”暴食の悪魔”と共謀して、世界の根源を目指した。


 この争いの結果は、引き分けというのが正しいところだ。

 ルーツ・システムの一部は暴食に喰われてしまったが、補充はすぐに完了し、世界に影響はほとんどなかった。邪神と暴食は神々による痛い反撃を受け、邪神に関しては世界の歴史から抹消された。


 長々と語ったが、つまり、世間一般的に、暴食の悪魔はロクでもないやつなのだ。

 魔界にて封印されることになったが、とうとう、枷月葵(カサラギアオイ)という人間を通して顕現してしまった。


「やあやあ、久しぶりだね」

「そちは……ベルか。久しいのぅ」


 こちらに来たということは、かつての友との再開も果たせるということ。


 何もない黒き空間で、ベルゼブブと邪神は邂逅を果たしていた。


 元々は邪神がいた場所だが、そこにベルゼブブが侵入してきたという形になる。

 邪神としても、ここに侵入できる存在は限られているため、警戒する素振りは見せていなかった。


 パチンっと、邪神は指を鳴らす。

 ベルゼブブと邪神の近くに、それぞれ椅子が現れた。


「お気遣い、どうも」

「志を共にした友との再開ぞ。遠慮は要らぬ」


 今度は二人を挟むようにテーブルが現れる。

 そして、テーブルの上には紅茶の入ったカップが置かれていた。


「そちが来ていたとは。気付かなんだ」

「私も隠れていたからね。君の主に出会った時、君の存在にも気付いたよ」

「雫に会ったか。どうであった?」


 妖艶な笑みを浮かべながら、邪神は問いかける。

 相変わらずの色気を前に、ベルゼブブは苦笑いしながら答えた。


「かなり強いね。君も結構気に入ってるみたいで何より」

「そうじゃろう? はじめは不快であったが、段々と愉快に感じてきての。まさか妾がこんなことになるとは」


 邪神にしては口の早い様子を見て、ベルゼブブは彼女の本心を感じ取る。

 今は力を十分に発揮できない彼女が、主を見つけられるのは良いことだった。


「私の主は君の主の兄に当たる人物だよ。分かるかな? 枷月葵(カサラギアオイ)

「ほぅ? 知っておるぞ。雫は兄思いじゃからな」


 その言葉を聞いて、ベルゼブブは少し顔が引きつった。

 今の葵の状況は、どう考えても批判の対象だからだ。


「なんだその顔は…………と思えば、何をしておるのか……。あれでは人間と呼べぬではないか」

「いやぁ〜。ちょっと、ね。やりすぎた」


 ベルゼブブの顔を見て、邪神が確認したのは枷月葵の姿。

 そこで見たものは、黒い腕、角、翼の生えた、とても人間とは呼べない姿の存在だった。


「……凄まじい才能じゃな」

「気持ちは分かる、よね? 私だってこうしたかったわけじゃないんだよ。ただ、彼があまりにも強いからさ……」

「気持ちは分かるのじゃが、あまり雫を悲しませるようなことはやめて欲しいものよのぅ」


 つらつらと言い訳を語るベルゼブブだが、邪神はそれはどうでも良いようだ。

 人間に悪魔の力を注ぎ続けた結果にできた化け物。本来、悪魔の力に耐えきれないが、それが枷月葵のポテンシャルである


 彼自身は弱いが、器だけはデカいのだ。

 中身は空っぽの器。それが枷月葵であった。


「──分かったよ。それで、君に相談があるんだ」

「相談かぇ?」


 いつになく真面目な表情を見せるベルゼブブ。

 そんな彼女に身構え──次の言葉で邪神は呆気に取られた。


「うん。彼に”世界の根源”を埋め込もうと思ってる。私の権能でもそろそろ限界なんだ」

「ふむ……」


 ルーツ・システム──一部とは言え、それは人間の身で耐えられるものではない。

 それを彼に埋め込むというのは、彼を殺す──廃人にするということだった。


「本気かえ?」


「うん。彼は凄いよ。器ばっかり大きくて、全くの空っぽなんだ。だから、すべてを受け入れられる。どんな力も、どんな存在も。それを上手く活用できる支配能力を持ってるのはラッキーだったよ」


「それでも、人の身では──」


「──もう一度、見て欲しい。今の彼、私の力を注ぎ込んだのに理性が残ってるんだよ。しかも、自力で戻ろうとしてる」


「……なぜ、妾に聞く?」


 ベルゼブブが推したい気持ちは分かった。

 枷月葵の強力さも理解している。ベルゼブブの力──暴食の権能を注ぎ込まれて理性を保つなど、不可能に近い。


 今、彼が戦っているのは、終わることなき空腹だろう。

 周りにあるありとあらゆるものを喰らい、己の糧としたいはず。

 それでも我慢し、力に飲み込まれんと戦っている。それが常軌を逸した行為であることに間違いはない。


「世界の根源は、私のものじゃない。私だけのものじゃない。だから、君の意見も聞きたいってだけだよ」

「…………そうか。うーむ。まあ、好きにすると良い。殺さぬ程度に、少しずつなら良いのではないかえ? なんなら妾も手伝うぞ」

「必要になったら頼むよ」


 ベルゼブブの権能で、ルーツ・システムを保管するのには限界がある。それを理解していた。

 だから、いずれはどこかに移さなくてはならないのだ。その先が人間だっただけのこと。


 不安は多いが、彼女の契約主にその才能があることも事実だった。


 現に今だって、暴食の権能と戦い────


「ベルよ、そちの契約者が帰ってきたようだぞ。話しに行ってやるが良い」

「え!? 想像より早いね。やっぱり彼、すごいや」


 災難なものだと思う。

 よく分からぬ才能のせいで、暴食の悪魔に目をつけられた。世界で一番「可哀想」という言葉が似合う男かもしれない。


 そんな彼への哀れみの思いを浮かべながら、出ていく友に手を振った。





◆     ◆     ◆





「はぁっ…………はぁっ…………はぁっ…………」


 己の意識が、体が、黒くて薄暗い、ドロドロしたものに侵食されていた。

 これが、悪魔の力の代償であることは理解できた。差し伸べられた手に縋った結果、より大きな災難に見舞われた気分だ。


 しかし、己の心身の奪還に成功した。

 決して堕ちぬ! という確固たる思いで挑んだ結果──雫を一人にして死ねない、という気持ちのほうが大きかったかもしれないが──悪魔に乗っ取られることは回避できた。


 右手に視線を落とす。

 そこには、見慣れた自分の腕がある。人間のものだ。


『ごめんね、枷月葵』

「お前ッ……」


 声が頭に響く。

 先程契約を交わした悪魔、ベルゼブブのものだ。


 今からでも契約を放棄したいが、あいにくクーリングオフの制度はないらしい。


『怒らないで欲しい。全部、話すから』

「……せめて、姿は現せよ」


 素直に謝られたから、毒気が抜けたというのもある。


 しかし、よく考えず契約した俺も悪いのだ。実際、結果だけ見れば危機を脱せたわけだし。

 それに、契約してしまった以上、今更文句を言ってもこいつとの縁は切れない。ならば、もう切り替えてしまおうという、非常に大人な対応に出たのだ。


 だが、姿も現さないのは許せない。

 謝るならば直接、頭を下げてもらいたいのだ。これまでも顕現した悪魔は見てきたし、ベルゼブブにも出来るだろう。


 そんな思いで提案したことには肯定の意が見て取れた。

 俺の魔力が吸い取られ、目の前に形作られていくのを感じた。


「ごめんね、枷月あお────ッ!?」

「ふんっ!」


 出来上がっていくのは、俺と同じくらいの身長の、濃紅色の髪をした女性。

 顔立ちは中性的で胸もないため迷ったが、契約しているからか性別が女性だと認識できた。


 が、そんなことは気にしない。

 俺は彼女の右頬を、思い切りぶん殴った。

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