第106話 暴食の悪魔
『喰らってしまえ、枷月葵』
「喰らえ、<暴食>」
乱された魔力場を、スキルで全て喰らい尽くす。
手にした力は、暴食。冠者ベルゼブブの力の一部だった。
喰らった魔力の代わりに、正常な魔力を吐き出す。
結果だけ見れば、乱れていた魔力は全て、正常に戻った。
『いいね、枷月葵。良いセンスだ』
「檻を喰らえ、<暴食>」
次いで、俺を閉じ込めていた檻を”喰らう”。
鉄格子は全て消え去り、俺を囲っていた物はなくなった。
『<暴食>で喰らった物質は、魔力に変換されて君に還元される。そんな君にピッタリのスキルを与えよう』
>スキル「魔力超過」Lv9を獲得。
<魔力超過>……最大魔力保有量を超過して魔力を保存できる。Lv9では、最大魔力の3倍まで保有でき、<魔力超過>で保有している魔力は通常効率で利用できる。
俺を囲う檻がなくなれば、控えていた2匹の狼が襲ってくる。
黒狼は獲物を見つけた獣のように、勢いよく俺に飛びかかってきた。
「<暴食・火愚鎚炎>」
それに向けて、炎の龍を放つ。
狼には炎、というのはローウルフの時の経験からだろう。
紅の魔法陣から放たれた3匹の炎の龍は、巨大な黒狼を容易く飲み込んでいく。
飛びかかって来た狼が俺に辿りつくよりも早く魔法の発動が叶ったおかげで、それを避ける術はなかった。
第5階級の炎属性魔法が、容赦なく獣を焼き尽くす。
しかし、次の瞬間には、また別の獣の唸り声が聞こえてきた。
グラァッッ!!!!
今度は巨大な熊だ。
俺の3倍はある図体で、両腕を上げて俺に迫っている。
「ふっ」
俺はその懐に咄嗟に潜り込んだ。
そして、熊の腹に右手を当て──
「<支配>」
──支配した。
「<暴食>」
それだけでは終わらない。
そのまま<暴食>を使い、熊を喰らう。
俺の右手に吸い込まれるように、熊は消滅した。熊の持っていた魔力まで、俺の物になるようだ。
今度は、俺を囲むようにいくつもの魔法陣が床に描かれる。
警戒するが──起こった事象は予想外のこと。魔法陣から様々な獣が生み出された。
その数、30。
30の魔獣が俺を囲むように召喚されていた。
『さあ、枷月葵っ!!!』
「喰らい尽くせ、<暴食>」
しかし、それがなんだと言うのか。
<暴食>を発動すれば、それら30の魔獣は全て俺の右手に吸収されるように消滅した。すべてを喰らう最強のスキル、<暴食>によって、召喚された魔獣は全滅していた。
「──またか」
『まだ、まだ足りないよ。もっと喰らおう、枷月葵』
更に召喚された、50の魔獣。
対処は容易だが、キリがないのも事実だった。
「<暴食>」
それらも、スキル1つによって全て消滅する。
ギュララララァァァァッッッ!!!
ギュルアアアアァァァアアッッッ!!!
ギュルゥゥウウウゥゥッッ!!!
とうとう本命だろうか。続いては竜の登場だ。
色は、青。青竜といったところか。
『さあ! もっと、もっと喰らえ!』
「<暴食・妖護界決>」
召喚早々放たれる3方向からの水のブレスを、俺は結界で受け止める。全方向に展開したために魔力量は多く要求されたが、<暴食>で回収した分があるので余裕だ。
ウォーターカッターなるものも存在するわけで、つまり水というのは最高の切れ味を持っている。
竜から放たれるブレスの水圧に<暴食・妖護界決>は耐えきった。
俺は次の手を打たれる前に、地面を蹴って青竜の一匹に肉薄する。
ギュルゥ……
「喰らえ、<暴食>」
『ああ、そうだ!』
一度地面に降り立ち、今度は別の青竜へと。
「<暴食>」
『もっと! もっと! もっとっ! もっとっ!!! もっと喰らえ、枷月葵!!!』
2匹目も喰らい終われば、最後の一匹。
俺は地面を勢いよく蹴って、一瞬で最後の青竜に接近した。
「──<暴食>」
『本能の赴くままに! 己の思うがままに!! この世界への憎しみを込めて!!! 喰らってしまえ!!!』
───召喚者を殺す必要があるか。
周りを注意深く見渡す。
召喚陣が描かれていた場所の更に奥には、壁があった。
ただ、その壁にはところどころ大きな穴が空いている。設計か、破壊によるものか、何にせよ、穴の中は暗くて覗きにくい。
俺はよく目を凝らして、壁の中を暗視する。
そして────
「見つけた」
『そうだ!! それでいい、枷月葵!!! 全部!! 全部、全部全部全部全部全部ッッッ!!! 喰らい尽くしてしまえ!!!』
俺の視界で捉えた、10人の召喚術術者。
彼らは俺に気が付かれたことを悟ってか、俺の力の異常性を理解して逃げ出そうとする。
が────
もう遅い。
『さあ!! その力で!! この世のありとあらゆる理不尽を喰らい尽くせ!!!』
「……<暴食>ッ」
10人の術者は、全て俺に喰われる。
跡形もなく、断末魔さえ残せず、彼らは”消え去った”。
『そして君は────』
一先ずの安心だ。
俺を襲っていた窮地からの脱出。無傷で危機から逃れられたのは、良い成果である。
何よりも、スキルレベルの上昇で大きな力を得れた。
そう思い、俺は自分の右手に視線を落とした。
「え────?」
視界に映るのは、黒く染まった自分の右腕。
まるで人間のものとは思えないような靄を纏い、腕本体も真っ黒になっている。
<凶獣化>化した始まりの獣と似ているも、それよりもっと悍しい邪悪を纏っていて。
これでは、まるで。
まるで────
『そして君は、怪物になってしまえ』
そんなベルゼブブの呟きが、耳元に残った。