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第105話 「転移」に呪われている男

「葵ッ!?」


 魔王派を名乗る使者がやってきて、扉を開けた瞬間、葵がどこかに転移させられた。

 ルリはその光景を一瞬で理解し、要因となったであろう男たち3人に手を向ける。


 魔力を込め、魔法を放とうと────


始まりの獣(ラストビースト)、これが何だか分かるか?」


 ────した時、目の前の男がポケットから何かを取り出した。

 見れば、ボタンのような見た目をした、拳大の四角い物体だ。


 目を細めてそれを”観察”するが、正体が掴めない。


「あの男の命はこのボタン1つで決まる。むりやり奪おうとしても無駄だ。所有者が変われば、あの男は死ぬこととなる」


 ルリの持つ魔眼は、”観察眼”。


 深く観察することで、その正体を暴くというもの。

 極めれば、あらゆる情報を探ることができる。


 似た魔眼に、”鑑定眼”と呼ばれるものがある。


 これも同じくその正体を知ることができるのだが、観察眼と違うのは、その物を知らなくても情報が得れるというところ。知識にないと暴けない観察眼とは大違いだ。


 鑑定眼は極めると、得れる情報の量が増える。構成する物質だったり、市場での相場なんかも知れたりする。


 一見、観察眼の方が弱そうに見えるが、観察眼はあくまで”観察”に重きを置かれているのだ。

 ルリがそうするように、魔力の流れや痕跡をハッキリと目視することができる。


 ルリはその瞳を使い、男の持つ四角い物体を観察していた。

 正体を知らなくとも、探ることはできる。魔力の痕跡から機能を暴こうと──葵との繋がりを確認しようとするが、それが乱されていた。


 相手はルリが観察眼を持っていることを知っている。その上で対処しているようだった。


「夏影陽──」

「そっちのお嬢ちゃんも。怪しい動きをしたらあの男が死ぬぞ」


 夏影陽里は静かに召喚の魔法陣を描こうとしていたみたいだが、それに気付かぬ男たちではない。

 行動を止め、両腕を上に上げた。


始まりの獣(ラストビースト)、お前も手を上に」


 ルリも従って、手を上げる。

 男たちに従うのは癪だったが、葵を人質に取られている以上、下手な真似は出来なかった。


「これを付けろ」


 次いで、後ろにいた二人の男が手錠を取り出す。


───魔封じの錠……。


 観察眼で見たところ、魔力の使用を封じる効果──正確には、付けた対象の魔力効率を悪くする物らしい。

 魔力の効率が悪くなれば、身体を動かすのにも披露が伴う。


 逆らえないルリと夏影陽里は、大人しく手錠を嵌める。

 それだけで、体がどっと重くなるのを感じた。


「それじゃあ、ついてこい」


 ルリの戦闘能力は常軌を逸脱している部分があるが、その分、彼女は搦め手に非常に弱い。

 人質、罠、そういった類に対抗する手段はなかった。


 逆に、彼女のイメージでは夏影陽里こそ強そうだ。搦手を好んで使いそうだし、対処ものらりくらりとやれそうだ。


 しかし、そんな夏影陽里も大人しくしていた。

 葵の命を心配しているのか、それとも<支配(ドミネイト)>の効果のせいか。

 どちらにせよ、彼女も存分に動けないことは確かだ。


「受け入れろ」


 彼らは転移の魔法陣を描いた。


 他人を強制的に転移させるのには、圧倒的な実力差か相手の受諾が必要だ。

 目の前の男の実力では、ルリや夏影陽里を強制的に連れ去ることはできない。葵のことを転移させるのも不可能だ。


「…………」

「受け入れろ、早く」


 青白く輝く魔法陣を前に、受諾を渋っていると、男は不快な様子を隠そうともせずに表してくる。

 夏影陽里はすぐに承諾したようだった。


 ルリとしても、これ以上彼を刺激して葵に被害が及ぶのも困るので、転移を了承する。


「<長距離転移(ヴェルテレポート)>」


 視界が暗転する。


 宿の部屋に居たはずの男3人とルリ、夏影陽里は、広い空間に転移していた。

 円形に広がる石製の床は、牢を彷彿させる質感だ。


 だが、今彼女らがいる場所はそうではない。


 円形に広がる広い空間。

 それを囲うように盛り上がる無人の客席。

 天井は暗い鉄で覆われ、照らすのは蠟燭の光のみ。


 闘技場だ。円形闘技場(コロシアム)である。


 それも、室内。こんな質感の建物はコリン内にはないので、領主亭の地下なんかに隠されている、とかだろう。


「アルフレッド様、連れてきました」

「ああ、よくやりました」


 そして、3人の男の後ろから現れる、新たな3人の男。

 その中央にいるのは、竜の鱗と翼、尾を持った青髪の青年──竜人アルフレッドだ。


 これで、ルリたちが転移させられたのが内乱軍の思惑であったことが判明した。


「どうも、こんばんは。始まりの獣(ラストビースト)と、勇者夏影陽里さん」

「アルフレッド……」


 魔封じの錠を嵌めているためか、葵の命を握っているためか、アルフレッドは飄々とした態度でルリに話しかけてきた。


「そんな、今にも噛み付きそうな態度は止してください。いやいや、いいですけどね? あの少年がどうなっても良いのなら、ですが」


 そう言ってアルフレッドが指を鳴らすと、空中に半透明なスクリーンのようなものが現れる。

 当然、そこには何かが映っているわけで──


「葵くん……」


 それは予想通りのものだった。


 気絶しているのか、目を閉じて横たわったままの葵が居た。

 彼が居るのは、鉄格子で出来た檻の中。周りの全てが映されているわけではないが、檻の外からは穏やかでない音が聞こえる。



 グルルゥ……

 ガガルゥ……



 と、複数の獣の唸り声が聞こえたのだ。

 スクリーンには映っていないが、檻の外には魔獣が数匹いることが予測できた。


 そこで、アルフレッドはもう一度指を鳴らす。


 パチっという音と共に、今度はスクリーンが消滅した。


「先程お見せした四角い物体──あれはあの檻を破壊する為のものです。当然、私が死んでも魔獣たちが彼を襲うでしょう」


 厄介だ。

 葵が気を失っているのも面倒だし、スクリーンを消すのも周到と言える。葵が今魔獣に襲われているかもしれないし、そうでないかもしれない──そんな疑念を抱え続けることになる。


「フフ、ハハハ!!! 始まりの獣(ラストビースト)、なんですか、その顔は!!」


 苦しげな表情をしているルリを見てか、愉快そうにアルフレッドは笑う。

 不愉快で今すぐ殴りたいが、葵を人質に取られている以上、迂闊に動くことはできなかった。


「あの男がそんなに大事ですか? くく……始まりの獣(ラストビースト)ともあろうものが!? 随分滑稽な話ですねぇっ!!!」

「……黙れ」

「いいんですか? そんな口を聞いて。私はいつでもあの男を殺せるんですよ?」


 考える。


 目の前の男を一瞬で殺して、葵の救出に向かうか。──否、それは難しい。葵がいる場所の座標が不明だ。


 夏影陽里の能力に期待──だけは絶対にない。魔封じの錠のこともあるし、他人の能力には頼りたくない。


「夏影陽里、どうする?」

「今は……大人しくするしかないわよ。葵くんに死なれるのも嫌だもの」


 そう言う彼女の表情も苦しげだ。

 打つ手がない、というのは彼女も同じことなのだ。


 夏影陽里が葵の支配から逃れたければ、今行動を起こせば良い。それをしないのは、葵の死を望んでいないことの証明にもなった。


「ところで、私がなぜあなた方をここにお呼びしたと思います? いや、答える必要はありません。こういうことですよ、<蒼氷塊(グラスーア)>」


 アルフレッドが、夏影陽里に向けて魔法を放つ。

 魔法陣から現れた氷の塊が、勢いよく彼女に向けて射出された。


「……っ!」


 ルリは思い切り跳び、夏影陽里の前に飛び出た。射出された<蒼氷塊(グラスーア)>を、彼女の代わりにその身で受ける。


 魔封じの錠のせいで、夏影陽里は十分に動けないと考えたからだ。ルリが受けた方が、ダメージが少なくて済む。


「……ルリ…………」

「あくまで私が受けた方が良いと思っただけ」

「──ありがとう」


 こんな行動に出た自分にも驚いたが、夏影陽里はそれ以上に驚いた様子だった。

 ルリが自分を守るなど、考えていなかったはずだ。


「ええ、ええ! 始まりの獣(ラストビースト)、やはりあなたは甘い。必ずや庇うと思っていましたよ」

「……チッ」


 段々と、イライラしてきた。


 人質を取られていることも、相手が深く考えていそうなところも。頭脳戦というのは面倒で、ルリの望むところではない。


「いやはや、やはりそうなりますか。始まりの獣(ラストビースト)、あなたはきっとそう来ると思っていましたよ」


 葵が人質に取られているのは厄介だ。ただ、ここで動かなければ全滅である。

 人質としての価値があるならば、アルフレッドは彼を殺せない。時間が経過するこちでルリたちの魔力を枯渇させ、ルリたちを殺すことが目的であろうアルにとって、葵を生かしているのは時間稼ぎに過ぎないのだ。


 であれば、ここでアルフレッドを殺してしまっても変わらないだろう。


 半ばむりやりな結論に至ったルリは、魔封じの錠を破壊した。


「それでこそ、始まりの獣(ラストビースト)。魔獣の王と言われるだけあります。では、戦いましょうか」


 元からその予定だったのか、アルフレッドの対応もはやい。

 彼も、魔封じの錠でルリを完封できるなどという甘い考えは持っていなかったようだ。あくまで少し弱体化させてから戦いたい──そんな感じだった。


「……殺す」

「そっくりそのまま、お返ししますよ」


 魔封じの錠によって弱っていく夏影陽里を背に、ルリとアルフレッドの戦いが始まった。





◆     ◆     ◆





───暗い、な。


 やけに冷静で、自分が今まで気を失っていたことは認識できていた。


 たしか、魔王派を名乗る魔族に騙され、強制的に転移させられた。

 幾度となく転移を連続で繰り返されたせいか、座標感覚を失っただけでなく、転移酔いのような状態にもなってしまっていた。


 強制的な転移──女神にさせられた時とは違い、相手との実力差もそこまでなかった。

 俺が扉を開けたことが承諾のトリガーになったのだろう。


───うるさいな……。


 グルルゥ……

 ガガルゥ……


 と、周りから声が聞こえる。

 魔獣だろう。

 俺が今どんな状態かはわからないが、周りには魔獣がいるらしい。それも、敵意丸出しだ。


「さて。どうするかな」


 意識が覚醒し始め、俺はゆっくりと瞼を開ける。

 視界に映るのは、あまりにも低い鉄製の天井。そして、俺を囲う鉄格子だった。


「なんだこれ? 牢屋か?」


 そんな考えも一瞬で放棄される。


 周りには、魔獣が2匹。巨大な狼のような見た目の、黒い獣だ。

 それ以外には、何もない。今にも襲いかかってきそうな勢いで、されど檻のせいで俺に飛びかかれないのを悔しがっているように見えた。


「魔法は──」


 試しに魔法陣を描こうとしてみて、魔力が上手く使えないことに気がつく。

 魔獣の性質というよりは、この空間で魔法が禁止されているような感覚だ。


「──まずいか」


 空間魔法内に武器を仕舞っていることを考えると、魔法が使えない状況は面倒だ。

 武器を取り出せないので、剣術スキルの活躍も期待できない。


「どうするかな」

『ああ、枷月葵(カサラギアオイ)。ようやく君と話せる」

「──誰だ?」


 突然、どこからともなく声が聞こえた。

 頭の中に直接響くような声──この状況をけしかけた魔族かと思ったが、それとは少し違う気もした。


『私? 私は──悪魔だね。こんな状況で出てくる悪魔、それはもうお決まりだろう? この状況を打破するための力を、君に与えようと思ってね』


───悪魔、か。


 この世界の悪魔にはあまりいい思い出はない。

 ただ、悪魔は悪魔。代償を持って契約することで、契約者に絶大な力を与える存在もあると言う。


「──何を捧げればいい?」


 そこまで分かれば、話は早い。

 今の状況を打破する力が、俺には必要だ。

 多分、人質のような状態だと思う。いつでも俺を殺せる状況に置きながら、殺さない。このことから推測できた。

 

 となれば、今のターゲットはルリと夏影陽里。俺がいち早くそこに駆けつけることが要求されている。


『早くて助かるよ。そうだね、君の持っている悪魔の石(デモンズストーン)を私にくれないか? それ、悪魔にとっては大好物なんだよ』

「──そんなんで良いのか? もっと、魂とか要求されると思ったんだがな」

『あは、君は私たちのことをなんだと思ってるんだい?』

「そりゃ、文字通り悪魔だと」


 俺の返しがツボにハマったのか、悪魔は笑っているようだった。

 気に入ってくれたのなら何よりだ。今は、こいつが不機嫌になることが何よりも厄介なのだから。


『……ふぅ。相変わらず、君は面白いね。さて、契約は成立だよ。悪魔の石(デモンズストーン)は貰い受けた。これより私は、君を契約者として、力を授けよう』


 饒舌に、スラスラと言葉を続ける悪魔。

 なんというか、雰囲気が強者のそれで、期待してしまっている自分がいた。


 使い道の不明だった謎の石──悪魔の石(デモンズストーン)の意味も分かった。なぜあれが、”悪魔”の石なのかを知れたのだ。


『力を望むならば、私の名を呼ぶと良い。我が名は<暴食(ベルゼブブ)>。暴食を司る、冠者の一柱である』





>固有スキル<生殺与奪>のスキルレベルをLv6からLv7に変更

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