第104話 潜入作戦
「私の固有スキルについて説明するわね」
夕食を食べ終えた俺たちは、そのまま宿へと戻ってくる。
明日以降の行動の打ち合わせをするために、部屋で話し合おうということになったのだ。
そこで重要となってくるのが、陽里の能力。
固有スキルの話は御法度だと分かっているも、支配下にある彼女のスキルは把握しておくべきだろう。
戦士長とガーベラの件で、前もって情報を把握しておくことの大切さを学んだ。
いつ支配権が奪われるとも分からないことが判明した。勇者”夏影陽里”の能力についても把握し、対策を立てておく必要がありそうだ。
しかし、今はそういうわけではない。
アルフレッドの居場所を特定するために有用な能力があるならば、フル活用することが求められている。
「私の固有スキルは、<海内冠冕>。知っての通り、召喚術よ」
俺の反応を伺いながら、彼女は話を続ける。
「使役できる魔獣は7匹。堕天龍、魔爪鷹、疾黒狼、紅鳳凰、蒼鏡兎、魔海蛇竜、聖角獣よ」
邪悪で巨大な龍の見た目をしているのが堕天龍。
強力な爪と白銀の硬い羽毛を持つ、大きな鷹のような見た目の魔爪鷹。
黒い毛皮を持ち、影を移動する疾黒狼。
炎を纏い、ありとあらゆる傷を治す能力を持つ紅鳳凰。
見た目は可愛らしい兎だが、頭上には燃えるように光る鏡を乗せている、蒼鏡兎。
荒れ狂う海を司る、蛇のようにも竜のようにも見える怪物、魔海蛇竜。
聖なる一本の角と、空を自在に駆け回る羽を持った馬、聖角獣。
これら7匹が彼女のスキルによって召喚できる魔獣たちらしい。
話を聞いたイメージでは、どれも戦闘向きに見えた。
「私の能力で使役しているのはこの7匹。潜入に使えそうな子は──強いて言うならば蒼鏡兎ね」
「蒼鏡兎か。どんな能力なんだ?」
「基本的な力は鏡を複製することね。大きさ自在に鏡を幾つも作り出す能力があるわ」
重要なのは鏡の性質だ。
まさか、いつでも鏡で身だしなみが確認できる、なんてわけがない。
「蒼鏡兎の持つ鏡はあらゆるものを反射するわ。合わせ鏡で魔力を反射させて増やす、なんてこともできるわね」
威力を増大させて跳ね返す、といった能力だろうか。
そういう性質の鏡をいくつも作り出し、撹乱する戦い方をする。個人での戦闘というよりは、サポート役に向いてそうだ。
「それで、潜入にどう関係するんだ? 蒼鏡兎を潜入させる、てわけじゃないだろ?」
「小さい鏡をいくつも作り出して、アルフレッドの住居に配置するわ。それを通してアルフレッドの住む部屋を特定する。そういう使い方よ」
何度も反射させて全容を把握する、という意味なのだろうか。
詳しい原理は分からないが、所有者の陽里が出来ると言うならばやってみる価値はある。
少なくとも、俺たちが生身で潜入するよりは現実的な手段だ。
「<召喚・蒼鏡兎>」
キュゥッ!!
陽里がスキルを使えば、ベッドの上に小さな兎が召喚される。
耳と耳の間には小さな鏡が乗っており、それだけが特徴的だ。後は、毛皮が青いくらいだろう。
目は宝石のように美しく、くりくりとしていた。蒼鏡兎はその目で俺とルリを捉えると、一歩後退った。
キュ、キュゥ…………
そして、怯えるような鳴き声をあげながら、陽里の傍まで走っていく。
ペットに嫌われている──そんな感覚を与えられた。
「この部屋にいながら、この町の全貌を把握できるわ。私が魔力を融通してあげる必要はあるけれど、鏡はいくらでも複製可能なの」
しかし、そんな蒼鏡兎の様子を気にせずに陽里は話し続ける。
怯えられているのは俺なのかルリなのか、ルリにとっては慣れていることなのか、全く動揺していない様子だった。
「……夏影陽里」
「……。なにかしら」
「それがあるなら、この町に入る必要はなかった。宿も必要なかった。そう思う」
「たしかに」
ルリの鋭い指摘に、つい納得してしまう。
町の外で全容を確認してから、一気に潜入すれば良かっただけだ。
わざわざ足跡を残す必要はなかった。
「蒼鏡兎の能力を使うのに時間がかかるから、というのが理由ね。それまで町の外で野宿をするのも嫌でしょう?」
傍で怯えている様子の蒼鏡兎を指で撫でながら、陽里は説明する。
実際、野宿に必要な道具は何も持っていないし、そうせざるを得なかったのだろう。しかし、陽里は俺たちに野宿の可否を聞いてきていない。
つまり、他にも理由はあるということになる。
そんな読みをしている中、彼女は話を続けた。
「それに、コリンの観光はしてみたかったのよ。魔族領域では有名なのよね?」
「……そうだけど。なぜそこまで豪胆?」
「性格よ」
俺たちに命乞いをしてきておいて、堂々と観光のために提案をしたというわけだ。
肝が座っているというか、怖いもの知らずというか、なにせ良い性格をしている。
決して見習いたくはないが、ここまで来ると怒る気は失せた。
それはルリもなのか、深く溜息を吐くだけで、怒ることはしない。
「結果的に観光も楽しめるし、良いじゃない?」
「まぁ……」
そう言われてみればそうか。と、思わせてしまうのが陽里の凄いところだ。
話し方からなんとなく知的なイメージが溢れているせいで、彼女が正しいと思い込んでしまう。
「最速で2日くらいで終わるから、それまではゆっくりと過ごしましょう。家族旅行という名目なわけだしね」
「そうだな……。ルリもそれで良いか?」
「……良くはないけど、そうするしかない」
今更どうこう言っても遅い、だから今は従うしかない。それがルリの意見だった。
「ありがとう。蒼鏡兎、怯えるのは辞めなさい」
キュゥ……
隣で静かにしていた蒼鏡兎に陽里が注意すれば、蒼鏡兎も少しずつ警戒を緩めようとする。
だが、ルリの方をチラと見ては怯え、もう一度頑張ろうとしてもまた怯え、そんな行動を繰り返していた。
「……蒼鏡兎、出来るのか?」
「こんなんだけど、能力は確かよ」
「それなら良いんだが……。──ルリ、どうした?」
俺と陽里が話を進める中、ルリは険しい表情をしている。
聞き耳を立てているような仕草で、唇近くで人差し指を立てていた。
俗に言う、「静かに」という合図だ。
「誰かが歩いてくる」
「宿なんだし、当たり前じゃないか?」
「そうじゃない。この部屋に向かってきてる」
俺たちに用事がある人なんていないと思うのだが、何者だろうか。
まさか俺たちが魔王軍側の人間だとバレたはずもない。
「何人だ?」
「3人」
「陽里、心当たりは?」
「ないわね」
やはり、目的が不明だ。
俺たちのことを知っている魔族自体、コリンにはいないはずなのだから。
───なんだ?
だんだんと、足音が俺にも聞こえるくらいまで近くなってくる。
規則的なリズムの足音は、俺たちの部屋の前で止まったようだった。
コンコンッ
部屋の扉がノックされる。
ルリは未だに警戒している様子だ。
それは俺も陽里も同じで、陽里は蒼鏡兎の<召喚>を解除している。
俺たち3人は互いに顔を見合わせ──少しの沈黙の後、俺が対応することになった。なってしまった。
「──はい」
俺は扉へと近づいていき、返事を返す。
「こんな時間に申し訳ない。始まりの獣様とお見受けする」
相手がルリの正体を知っていることに、俺は警戒する。
町で見かけて、始まりの獣だと気付いたのか。確かに変装はしていなかったし、気付くのもおかしくないかもしれない。
「何者だ?」
「申し遅れた。我々、魔王派の魔族だ」
「魔王派?」
妙に声が籠もっているように聞こえるのは、<静寂>の魔法を使っているからだろう。
周りには聞こえないように、されど扉越しに俺たちは会話をしていた。
「ああ。内乱を決意した町に居る、内乱に反対する者たちだ。俺はコリン魔王派のリーダーをしている」
───確かに、存在するか。
「なぜこの時間に? タイミングはあっただろう」
「貴殿らが食事を取っていた為に邪魔をしなかったというのが一つ。それと、人目につくのを恐れたというのが一つだ」
食事の邪魔をしない、これは好感だ。
口調こそ厳しいが、まともな人間ではありそうだった。
魔王派といえば、コリンにおいては内乱と同じようなものだ。
だから、人目を気にして夜に来る。怪しさは余計に際立つが、夜が人目に付きにくいのも事実ではあった。
「それで、なんの用だ?」
「始まりの獣様とそのお連れを我らの拠点にて紹介したい。士気を高めるのと、作戦の決行を早めるためだ」
「作戦?」
「これ以上は、我らが拠点にて」
簡単に話し始めないのも好感だった。
だから、少し油断したというのもあるだろう。
俺は、扉を開けてしまった。
視界に映るのは、3人の男。
屈強な見た目をしていて、腰には剣を帯びている。
何より、手には光り輝く結晶玉を握っていた。
───あれは…………
失敗した。心の中で悟った時にはもう遅い。
辺りが青白く輝いたかと思うと、次の瞬間に俺の視界は暗転した。