第101話 エリスの実力
力を得たとはいえ、エリスには格上との戦闘経験がない。
行ったことがあるのは”狩り”程度のもの。戦闘とは程遠い、決まった作業のようなものだ。
対して、戦闘とは目まぐるしく変わる戦況に臨機応変に対応する必要がある。一見似ているように見えても、全く違うことなのだ。
森に住む種族にしては珍しく、エリスは炎属性の魔法に適正があった。
元から魔力を火に変換するのが得意な上、火力の調節までお手の物だ。
やはり、赤龍の加護との相性は抜群。既に炎魔法のスキルレベルは9に達しているし、加護によるステータスの増加も著しい。
とはいえ、初めての戦闘でいきなり臨機応変な対応が求められている。
赤龍は敢えて口を出さないでいる。それを見て、アルトゥラも動くことはなかった。
グググ……ギギ…………
竜型魔道具も行動が歪だ。
エリスの<炎闘牛鬼>を防いだと思ったら、翼を大きく広げ始めた。
やはり竜型というだけあって、翼を広げるとその大きさには威圧感を覚える。
竜が空の王者とも所以だろう。
大きく広げられた翼が、赤く光り始めた。
予測される攻撃は、先程の爆撃。
エリスはそれを予想できているのか、懸命に結界を貼ろうとしている。
「<真護結界>!!」
ギガガガガッ……
ドドドドド、と音を上げ、小型の爆弾のようなものが大量に放出される。
それらがエリスに向かっていき、結界にぶつかっては弾けた。
放たれたのは、10の爆撃。
それらがエリスの結界に当たるたびに、ドゴォンと爆発音を響かせていく。
「ぐっ……」
やはり、魔力の扱いにも慣れていない様子だ。
結界はちゃんと貼れていたが、上手く防げてはいなかった。爆発の衝撃でダメージを受けている。
「アルトゥラ、どう見える?」
「一人では厳しいかと。加勢の許可を」
「ふむ……」
それでも、エリスはまだ膝を付いているわけではない。
翼を閉じた竜型魔道具目掛けて、再度魔法を放とうと手を向けていた。
「<炎闘牛鬼>ッ!!」
再び、焔の牛頭が放たれる。
しかし、結果は同じ。かなりの速度で向かっていく燃え盛る魔法は、竜型魔道具の近くで消滅してしまう。
───再使用時間がある結界ではない。第4階級まで無効、炎を無効……色々あるけど……。
同じことを繰り返し、結界の正体を暴こうとしていた。
それにしては良い手だが、魔力の扱いに慣れていないのにそんなことに魔法を使えば、すぐに枯渇するだろう。
「そうだな、アルトゥラ。今の状態で援護する程度ならば許そう」
「……直接的な関与は禁ずる、と」
「察しが良いな」
あくまでアルトゥラはバフのみ、という考えだ。
アルトゥラには2つの状態──人格が存在する。
援護や情報収集、思考に長けた頭脳型アルトゥラ。
フィジカル、直接戦闘に長けた戦闘型アルトゥラ。
多重人格のようなものだ。
アルトゥラは元々龍なのだが、その時二つの頭を持っていたことからこうなっている。
龍形態に戻ることも出来るが、アルトゥラは今の状態を気に入っているらしい。
今は頭脳型。戦闘能力は低いが、援護には長けている。それによる支援だけは赤龍が許可してくれた。
どこから取り出したのか、アルトゥラは楽器を手に持っていた。
優雅な姿勢でそれを弾き始めると、音楽に合わせて彼女は語り出す。
「乙女は戦場に舞い、修羅と化しては敵を討つ」
頭脳型アルトゥラの天職は、詩人。
人格によって天職と固有スキルが変わるのは不思議だが、今のアルトゥラはれっきとした吟遊詩人だ。
彼女が読む詩には、不思議な力がある。これは固有スキルによるものだが、身体能力が大幅に強化されるのだ。
「ここは死の工房。求むる者に手を差し伸べ、凶器を授ける」
そして、彼女の詩が起こすのは身体強化だけではない。
体の底から湧き上がる力にエリスが驚いていた矢先、彼女の目の前に一本の青い槍が現れた。
アルトゥラの固有スキルによって作られた、詩歌の幻影。所有者に最も合った形状の武器として現れ、所有者に絶大なステータスの補助を行う。
エリスはそれがアルトゥラによるものだといち早く気づき、槍を手に取った。
瞬間、体の底から溢れる”力”。この槍の使い方を、彼女は持つだけで熟知した。
「はっ!」
体が軽い。
驚くほど軽快に地面を蹴って、宙に滞在する竜型魔道具のもとまで辿り着く。
エリス自身の体とは思えないほど調子が良い。彼女は竜型魔道具に向けて、そのまま槍を突き出した。
ギィ……ギギギ……
竜型魔道具は、不愉快な音を立てながら槍を回避する。
旋回するようにして、エリスの持つ槍の矛先から逃れた。
すかさず追撃を試みるエリスだが、彼女は浮いているわけではない。
一撃を外せば、当然重力に従って下へと落ちていった。
「力の泉に祝福を。龍は鳴き、大地が轟く」
スタッと、軽い調子でエリスは地面に着地する。
次のアルトゥラの節では、エリスの消費された魔力が回復した。
ギュギュ……グ……ギギ…………
竜型魔道具の翼が、再び赤く光り輝く。
先程も使った、爆撃の合図だ。
「<真護結界>!!!」
エリスは手を前に出し、結界魔法を唱えた。
アルトゥラの支援の影響か、先程と比べて魔力の扱いがスムーズにできる。
ギュギュギュギュ…………グィィィ……
エリスが結界を貼り終わったのと同じくらいのタイミングで、翼の光も最大級に達していた。
直視するのが難しいほどの眩い光が溢れ出す。先程よりもその輝きは増していた。
──ドゴォンッ!!!
そして、その場で爆発する。
「え?」
どんな攻撃が来るかと身構えていた時に、自爆だ。素っ頓狂な声が出てしまうのも仕方ないだろう。
翼で爆発が起きた竜型魔道具は、制御が上手くできないのか、その場でゆらゆらと揺れている。
翼が傷ついて、まともに滞空できないのだと推察できた。
───ならば……。
この隙を、エリスは決して逃すことはしない。
地面を蹴って、不安定な竜型魔道具まで一気に接近する。
ギュギュギュゥ…………
魔法では防がれる可能性があるが、槍は効く。先程避けたのが、何よりの証明だ。
エリスは槍を両手で持ち、竜型魔道具の腹に突き出す。
それはいとも容易く竜型魔道具の腹部に深く刺さっていた。
グググ……ギギァ…………!
まだ活動を停止していない竜型魔道具だが、かなり苦しそうだ。
一度地面に降り立って、もう一度追撃を加えよう。そう思った次の瞬間、エリスはあることに気がついた。
───抜けない……!?
刺した槍が抜けないのだ。
あくまで空ヘと跳んだエリスは、槍を刺したあとは重力に従う。
槍から手を離していないこともあって、今は槍にぶら下がっている状態だ。
ギュゥゥゥゥ…………
───どうすれば……?
予測外の事態に焦りを覚えるエリスを、竜型魔道具は待たない。
何かをチャージするような音と、焦げるような臭い。
異変を察知したエリスが上を向けば──竜型魔道具の口元に炎が集まっていた。
翼から爆撃をしたことで忘れそうになるが、相手は竜。
ブレスを吐くことは想定するべきだ。
今のエリスは、あまりにも無防備。
一度槍は諦めて地面に降り立とうと手を離す決断をするが、もう遅い。
グギガガガッ!!!
奇妙な機械音を上げて、エリス目掛けてブレスが放たれた。
青白い炎がエリスの全身を包み込む。ブワァッと、凄まじい勢いでエリスを頭から飲み込むブレス攻撃に、容赦の2文字はなかった。
───まず…………くない?
エリスが地面に降りるまで、竜型魔道具はブレスを止めない。
数秒して完全に黒焦げになっただろうと思ったのか、ブレスを止めた。
グギ……?
ブレスを止めれば、跡地には跡形もないエリスの死体。そう思っていた竜型魔道具だったが、実際には無傷のエリスが立っていた。
「赤龍の加護を強めに与えているのだ。炎が効くわけなかろう?」
疑問に思っているのは竜型魔道具だけではない。
エリスに対して説明するように、赤龍は言った。
「乙女に凶器を」
アルトゥラが紡ぐ。
なんと便利なことか、竜型魔道具に刺さっていた槍が消滅し、エリスの目の前に顕現した。
エリスは再び槍を手に取る。
「えいっ!」
するとそのまま、竜型魔道具に向かって投擲した。
STRの値もかなり上昇しているエリスだ。ブオンッ! と風を切る音と共に、槍は勢いよく竜型魔道具に迫る。
ググギッ!?
避けようとするが、翼のコントロールは未だに上手くいっていない様子だ。
直撃し、今度は頭部に刺さった。
ググ……グ…………
「……乙女に凶器を」
エリスの思惑を理解したアルトゥラが、嫌嫌ながらまた彼女の前に槍を生成する。
竜型魔道具の頭部に刺さっていた槍は消え去り、エリスの手には一本の槍が握られていた。
「……赤龍様」
「うむ……。中々えげつないことをするな……」
エリスは振りかぶり、槍を投擲。
ブオンッ! という音と共に、今度は竜型魔道具の腹部の穴を広げる結果となった。
グガガッ!?
エリスの連続投擲攻撃に、竜型魔道具に戸惑っている様子だ。
攻撃の隙がないくらい、連続で槍が飛んでくる。爆撃しようにも翼は上手く使えないし、ブレスを撃とうにもチャージする暇がない。
アルトゥラの魔力を浪費する戦い方だが、竜型魔道具を完封できていた。
「………………乙女に凶器を」
本当に嫌そうに、彼女は再び槍を作る。
躊躇なくエリスはそれを手に取って、またもや投げつけた。
見ているアルトゥラの表情が酷いことになっているのを、エリスは努めて無視する。
勝利のため、という言い訳を胸に、槍の投擲を止めない。
今度は、竜型魔道具の首に命中した。
狙ってはいなかったのだが、避けようとしたことで逆に当たってしまったのだ。
ググ……ガ…………ガ…………
首が細いこともあってか、勢いよく頭部が弾け飛んだ。
体と切り離された竜の頭部が宙を舞うが、魔道具ということもあり、流血するわけではない。
無機質な首が地面に転がり落ちると同時に、体の方も落下していた。
「倒せたでしょうか?」
音もしなくなったし、活動も完全に停止していた。
中々に酷い戦い方ではあったが、竜型魔道具の討伐に成功した。
「はぁ…………はぁ…………」
最も疲れているのはアルトゥラだ。
空間魔法に楽器を仕舞い、わざとらしく息を切らしている。
これは演技だが、魔力に消費量があまりにも多かったのは事実だ。
「エリスよ。アルトゥラが死にそうではないか……」
「え、ごめんなさい。大丈夫でしょうか……」
「魔力が……尽きます……」
アルトゥラの魔力を浪費したということもあって、アルトゥラの戦力はかなりダウンだ。
今、別の敵が押し寄せてきても、アルトゥラは戦えないだろう。
「まさか……あれで終わりだとは思わぬがな?」
「どうされましたか、赤龍様?」
「いや、あのチャチな魔道具で終わりとは思えぬからな。次は何が来るのかと思っていたのだが」
「何も来る気配はないな」と続けて、赤龍は表情を険しくした。
敵の狙いが分からないと言わんばかりだ。まさか、アルトゥラの魔力が尽きることは想定できていないだろう。
「うーむ……」
兎にも角にも、赤龍たちが進んで悪いことはない。
攻め入れるならば、敵陣地で大暴れしてしまっても良いのだから。
そんな考えから、彼らは再び歩を進め出した。