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第98話 アルテリオ平原の戦い

「いやはや、魔王様。見てください、この圧巻な魔族の大軍を!!!」


 大きく腕を広げ、大袈裟に言葉を発するのは参謀。

 竜の素材で出来たコートをなびかせながら、自陣の後方で指揮を取っていた。


 傍に居るのは、魔王と総帥。そして、美しい青髪を持つ魔族──参謀のボディーガードとして付けられた女だ。

 赤龍はこの場にいない。そそくさと敵拠点にツッコんでいった。


「凄まじいな。この数の魔族がどこから出てきた?」

「ええ、ええ、本当に! どこから()()()出てきたというのか!!!」


 内乱軍の魔族は2万をゆうに超えていた。

 ハッキリ言おう、あり得ない数だ。


 しかし、これだけの魔族を集め、統率しているというのだ。

 その事実を示すように、戦場が映る鏡のような魔道具には大量の内乱軍魔族が映し出されていた。


「ところで魔王様? あれらが幻の類に見えますかね?」

「いや、魂を持っているな」


 なんらかの魔道具の力で大規模な幻影魔法を使っている、という可能性もあった。ただ、それが雫の瞳で見抜けないはずがない。

 そういった形跡がない以上──いや、彼らが魂を持っているのが見える以上、幻などではなく、一生命であることは確実だ。


 となると、やはりどこにあんな魔族がいたのかという問題に繋がる。

 いくら内乱に参加した魔族が多いと言えど、魔族の繁殖力であの数を揃えるのは不可能に近かった。


「どこから出てきたのか、やはりその疑問に戻るわけです。ええ、ところで何か気付きませんかね?」

「貴方────」


 参謀の口の聞き方は昔からこんな感じだ。近くで聞いている総帥はいつも嫌な顔をして、止めようとする。

 その諍いを見るのもまた一興ではあるのだが、今は目の前の戦争を終わらせる必要がある。

 左手を前に出すことで総帥を制止し、鏡を見ながら思考に耽った。


 やはり、アルテリオ平原に陣形を組む魔族の姿が映るだけだ。

 装備も隅々まで行き届いていて、大抵が同じものを着用している。遠くから見ているだけだと、個人の識別は難しい。


「──そういうことか」

「お気付きになられましたね? そうです、妙に同じ種類の魔族が多いのです。幾ら種族によって繁殖力に差があると言えど、これはおかしいわけです」


 魔族の大抵は、魔獣と人とのハーフのような見た目だ。そして、そういった魔族は繁殖力が比較的高い部類に入る。

 それと比べ、魔獣とは似ても似つかない外見や、魔族が特定条件下で進化することでなる種族については、繁殖力が極端に低い。


 映る内乱軍の兵士たちは同じようなサイズの鎧を着用しており、個人の識別が難しい。

 つまり、増えている魔族の種類に偏りがあるのだ。


「人体実験か?」

「その線もあるでしょうが、クローンに思えますな。つまり、既存の魔族をコピーして作られた模造品。ご丁寧に魂まで再現しているようではないか!」


 カハハ、と奇妙な笑い声をあげる参謀。

 それだけで総帥は顔を顰めるが、彼はそれをあえて無視する。この2人に険悪な空気が流れることで最も胃を痛めているのは、青髪の女魔族だろう。


「それで?」

「兵法とは、己の限られた軍力をいかに有効活用するか、を問うもの。闇雲に兵を増やし、むりやり数の有利を取る──それは美学に反する」


 いつになく真剣な表情で語る参謀だが、生命クローンについての言及がないあたり、少し感覚はズレているのかもしれない。

 尤も、生命クローンという禁忌に触れる行為だからこそ、美学に反するなどという言葉を使っている、そんな節はあるのだが。


「そうだな」

「魔王様、<この醜き世界(エラー・ワールド)>の使用の許可を賜りたく」


 遠回りをした言い方だったが、彼が最初から求めていたものはコレだ。

 戦争はいつ始まってもおかしくない状況だった。両者が両者の最初の一手を待っている。

 初手が不利ということもあり、今は我慢比べのような状況だ。


 こういう場合、たいていは軍が多い方から初激をお見舞いするのだが、内乱軍にその気配はない。

 戦争に慣れていないのか、本気で勝ちにきているのか。後者のように思えた。


「総帥は前衛に。くれぐれも死なないよう」

「はっ。承りました」


 参謀の一撃で戦争を始めることを悟った総帥も、魔王軍の先頭まで移動していく。

 軍のトップとして、彼は魔王軍を率いていくのだ。


「それと、参謀。これの使用を許可する」


 そういうと、雫は空間魔法から一つの石を取り出した。

 魔力が込められている巨大なサイズのその石は、魔晶石だ。


 それを参謀に手渡す。参謀は跪き、丁寧にそれを受け取った。


「ありがとうございます」

「かなりの大仕事になりそうだからな」


 参謀の使用するスキルは、規模が大きければ大きいほど加速度的に消費魔力が上昇する。

 雫の見立てでは、今の参謀の魔力では足りなかった。ゆえに、追加で魔力の込められた石を渡したのだ。


「そして、ロザリア」

「はっ!」


 最後に、参謀の横に控えていた青髪の女、ロザリアにも声を掛ける。

 彼女は一瞬驚いた様子だったが、すぐにその場で頭を垂れた。


「私も出向くことになるかもしれない。スキルを使った後の参謀は非力だ。ロザリアが守ってやれ」

「はいっ! 命に換えましても!」


 魔王の熱狂的な信者であるロザリアからすれば、その魔王からの勅命は何よりも大切なものだった。

 ロザリアの立場は割と高いのだが、それでも魔王と直接話せる機会は少ないのだ。


 そんなロザリアだが、雫は決して心配はしていない。

 こんな感じでも、実力は確かにある。場所に左右されはするが、総帥とも良い勝負をできるくらいには強いのだ。


 護衛という、今回のように居場所を指定できるケースでの彼女の戦闘力は凄まじい。

 信頼して任せることができた。


「それでは参謀。見せてみよ」


「はっ。──<この醜き世界(エラー・ワールド)>」





◆     ◆     ◆





 アルテリオ平原西端。

 そこには、巨大な砦が一つ、聳え立っていた。


 これこそ、内乱軍の拠点。トップが集う場所だ。

 その砦の一室、会議室のような場所に、4人の魔族が集結していた。


 ヴァルギシア、ノーズ、ダグニアク、ドラド・ディスクを治める魔族たちだ。

 胸元の開けた扇情的な服装をしている、背中から小さなコウモリの羽のようなものが生えている、サキュバスのアリア。

 実態を持たず、黒い靄のようなものに顔がある悪霊族のマイラ。

 身長は4メートルほどあるだろう。隆起した筋肉が威圧感のある巨人族のド・ジン。

 そして、悪魔らしい笑みを顔に貼り付けている、黒く長い髪を伸ばした悪魔のバルデス。


 会議室の天井が無駄に高いのは、ド・ジンへの気遣いだ。普通の会議室では、彼が入った途端に壊れてしまう。


「軍の様子はいかがかねぇ?」


 そんな中、口を開いたのはマイラだ。

 ねっとりと絡みつくような不快な声が、会議室に響き渡る。


「魔王軍は四千。それに対してこちらは5倍の二万。十分過ぎる戦力だ」


 答えるのは、ド・ジン。堅苦しい口調で応答した。


 彼らがこれほどの軍を用意できたのは、クローン技術のおかげだ。

 というのも、バルデスが魔界の技術だと言ってこれを提供してきたのだ。


 大それた装置や材料が必要なわけではなく、使われるのは中規模の魔石1つ。

 幸い、ダンジョンの溢れている彼らの領域では魔石は腐るほど見つかり、それらの多くをクローンの制作に充てた。


 魔晶石を使って作るとどうなるか、という疑問も出たが、バルデス曰く「自我を持ちすぎる」らしい。

 中規模の魔石で作れば、作成者の命令に忠実な良い駒が出来る。しかし、それ以上となればクローンが己で考え出してしまうのだ。

 小さいサイズのものでは、そもそもクローンが作れなかった。


 錬金術の応用──やらバルデスは原理を語っていたが、あいにく彼らの中にそういったものに精通している者はいない。

 適当に聞き流し、言われた通りにクローンを制作した。


 結界、完成したのが一万二千のクローン。

 内乱軍八千と合わせ、合計二万の内乱軍の完成だ。


「それにしても、クローンなんて禁忌なんじゃないのぉ?」

「魔王が人道を気にするか?」


 妖艶な声で問い掛けるアリアだが、バルデスは冷静に答えた。

 悪魔の彼にとって、人道・倫理ほどどうでも良いこともない。魔王という立場だけが目的の彼からすれば、魔族の命さえどうでも良かった。


「それもそうねぇ、バルデス様」


 内乱軍のトップはバルデスだ。

 技術の提供だけでなく、魔道具の提供。更には、悪魔王である彼はこの中で最も強い。


 各地を治める魔族については、バルデスが魔王就任後にそれなりの立場にすることを約束していた。そんな交換条件で、内乱軍は統一されているのだ。


「問題である敵軍有力魔族だが、総帥はド・ジンが、赤龍は魔道具で対処する。前情報では参謀は出てこない。魔王は俺が相手にしよう」


 他の有力魔族はマイラとアリアで相手をする。

 それだけでなく、クローン技術を利用して作った”最終兵器”も彼らにはあった。


 ”最終兵器”はバルデスも多用したくはなかった。内乱のためというより、来たるべき女神との決戦にて使用する予定だ。


「魔界にはあんなものがゴロゴロ落ちているの?」

「いや、あれは偶然手に入れただけだ。運が良かった──天が俺に冠者になれと言っているようなものだ」


 クローン技術は、身体の一部を使って、そこか新たな生命を作り出す技術だ。

 魔族の場合、髪の毛や爪が使われることが多かった。


 ”最終兵器”も似たようなものだが、素材が違う。

 使われているのは、邪神の髪の毛だ。

 1本ではあるが、クローン技術は凄まじいもの。その1本から邪神の力をかなり引き出せていた。


 つまり、邪神の力がバルデスにあるも同然だった。

 もちろんオリジナルには劣るだろうが、それでも大陸に降臨している女神程度ならば殺せるだろう。


 バルデスは自室にて棺のようなものに入れて保管してある邪神クローンを思い出し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 銀髪の少女のような見た目をしていたが、あれで内包する力は桁違いだった。邪神の外見は歴史に残されていないため、これが邪神の姿と言われれば受け入れるのだが。


 邪神の外見が残っていない理由は、像でも作られて偶像崇拝されると困るからである。

 進行する対象が目に見えている状態では、やはり信仰心は桁違いに高くなる。それが邪神の力となることを恐れた神々による措置だった。

 邪神が神域で暴れてくれる分には良いのだが、地上となると神々も気安く手を出せないのだ。


 それをどう解釈してか、”神さえも恐れる邪神の力”を手に入れたとはしゃいでいるのがバルデスである。

 尤も、その認識も間違いではなく、邪神の力は上位神に匹敵するほどだ。


「魔王の座を手に入れ、女神を殺す。その準備は完璧だ」


 その最初の段階として、まずは戦場を蹂躙してやろう。


 魔王軍は数の差もあってか初撃を渋っているようだったが、こちらにはそんな道理はない。


「マイラ、進軍の許可を出す」


 圧倒的な数の差で颯爽と押し潰してしまえば良い。

 相手側の強者の対策も完璧。勝利は目の前だった。


「はっ。かしこまりまし────た?」

「なに、どうした?」


 表情の変化が分かりにくい悪霊族であるマイラから、明らかな驚きを感じ取った。

 彼は視線を遠隔視を可能とする鏡に向けている。そして、そこから離すことができないようだった。


 バルデスも釣られてそれを除く。

 そこに映っているのは、変わらず自陣の様子。

 黒を貴重とした内乱軍の鎧が転がっている様だった。


───ん? 転がっている?


 ドンドンッ!!!


 突如、会議室の扉が忙しなく叩かれる。


「今は会議中で──」

「急ぎ、報告したいことがございます!!!」


 止めたド・ジンだったが、あまりにも焦った様子だった為に言葉を詰まらせる。

 バルデスの方を向き指示を扇いできた。


「構わん。入れろ」


 言えば、扉がバタンッと開き、走り込むように魔族の兵士が入室してきた。

 無礼だと言いたいが、あまりの焦りように無駄な茶々を入れない。


「ありがとうございます! 報告させていただきます!! 我らが軍に所属していた魔族約一万二千が消滅しました!!!」

「は? 消滅?」

「はい! 魔族だけが急に消滅し、鎧等はそのまま転がっております!」


 何が起きたかは明白だった。


 クローン魔族たちが、一気に消滅した。

 早いもので、100部目だそうです。

 皆様のおかげでここまで書いてこれました。ありがとうございます。

 そして、これからもよろしくお願いします。

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