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第10話 宿屋

「おう、ラテラちゃんか。それと───そこの小僧は?」


 高級な宿=ホテル、と想像していたが、どうやら違うようだ。店に入って最初に話しかけてきたおっさんからは、ホテルの接待のような上品さは感じない。


 現代日本と比べれば服装も大して豪華な事はなく、男向けにアレンジされたエプロンのようなもの。筋肉質なおっさんが着ているにも関わらず、何故かそれが絵になっている。


 エントランスのようなところは、酒場みたいになっていた。木の机と椅子がいくつか規則的に並べられており、そこにはかなりの人が座っている。老若男女問わず、決して金持ちそうな人ばかりではない。


 大きめの木のコップで酒を飲んでいる人までいる。本当に酒場のようだ。


 本当にここは高級なのか? と疑問に思いつつも、店自体はかなり広いし、部屋の豪華さは外見だけでは分からない。


「彼は──アオイさんと言って、死の森に迷っていたところを救出しました」


 ラテラはおっさんが居るカウンターの方へ歩いていき、事情を説明した。”死の森”という単語が出ると、おっさんの顔は一瞬驚愕へと変わったが、腐っても接客業のプロなのか、表情は一瞬で戻る。


「ほう? 死の森に迷ってた、と。助けたならそのまま衛兵のところに────なるほど」

「すみません、ご迷惑をおかけします」


 何やら含みのある言い方を小声でする二人に俺はついていけない。が、およそ俺が衛兵に渡していいような存在ではないから、という説明でもしてるつもりなのだろう。


「お代は私が持ちます」

「何日だ?」

「それがよく分からなくて……とにかく彼を匿ってくれるところが見つかるまではお願いしたいのです」


 おっさんの顔が難しくなる。


「良いけどよ……大丈夫なのか?」

「大丈夫、とは?」

「ラテラちゃん、聖女だろ?」


 「ああ」と納得した顔になるラテラだが、決断は変わらないようだった。


「だからこそ、多くの人を救いたいのです」

「まぁ、良いけどよ……。危なくない程度にやれよ?」

「それは分かっていますよ」


 二人は旧知の仲なのか、会話は淡々と進んでいった。お互いの状況や立場を理解しているからか、無駄な言葉も省かれている。


「ま、宿の代金は気にすんな」

「ですが……」

「気、に、す、ん、な!」

「あ、は、はい……」


 おっさんとラテラの仲だからか、そんな会話も繰り広げられていた。

 おっさんの有無を言わせぬ勢いに、ラテラはただ頷いている。


 それを見て満足したのか、次は俺に向き直った。


「ま、とりあえず宿の勝手は説明するぞ」

「はい、お願いします」


 ここに来てようやく、会話が俺に向けられる。おっさんの俺を見る目線はラテラに向けているようなものではなく、むしろ警戒するようなものだった。

 ”死の森”なんていう物騒なところにいた人間なのだから、当たり前だろう。


「とりあえず、ここの宿の値段は一晩銀貨2枚だ。他の宿に比べりゃ高いが、安全は保証する。朝昼晩飯付きだがあくまで任意だ。外で食いたきゃ好きにしろ、いちいち報告はしなくていい」

「はい」


 物価についての調査もしなくてはならない。


 銀貨があるということは、銅貨や金貨もあるのだろう。宿の値段から考えて、銀貨は1枚10000円くらいの価値に相当しそうだ。


「それと、他の利用者との揉め事は勘弁だ。そうなった場合は悪いが宿からは出ていって貰う。当然返金はなしだ。まぁ、悪いことは考えないでくれ。腕利きの護衛を何人も宿って雇っているからな」


 宿の値段が高い理由は安全性にあったのか、と納得する。

 どんな高級な家具、豪華な部屋よりも、身の安全の方を誰しもが重要視する。

 もちろん、こんな世界だから命の値段は嗜好品に比べれば高くないだろう。だが、だからこそ命を守れる場所や存在は高く値が付き、それを生業とする者が居るのも当然のことだ。


「飯は部屋までは届けない。決まった時間にここで提供することになっている。時間に遅れたら無いから注意しろ。時間はあそこに書いてある」


 おっさんはそう言いながらカウンターのような場所を指差した。ここからでもキッチンが見える。厨房だろう。


 少し上を見れば木の看板のようなものが付いていた。そこには飯の時間と内容が書いてある。


「ざっとこんなところだな。雑貨なんかは宿の隣に店があるから使うといい。宿利用者には割引がつくからな」


 話しながらおっさんは引き出しをいじり始める。

 ガチャガチャと金属のぶつかる音がして、1つの物が取り出された。


 鍵だ。


 部屋の鍵と思われる金属の棒に、小さな木の板で番号が振られたものを付けている。鍵と言っても現代日本で想像するようなちゃんとしたものではなく、もっと簡素な作りである。


 無造作に取り出されたそれを俺に押し付けるように渡し、おっさんはラテラの方へ再び視線を向けた。


「まぁ、こんなところだ。部屋の中にあるものは自由に使っていいが、破損とかはやめろよ」

「分かりました」


 説明は終わったようで、おっさんはもう話すことがないというように作業を始めた。


 俺はラテラの方を向く。


 視線に気づいたラテラもまた、俺の方に振り向いた。


「まずは部屋へ行きましょうか」

「はい」


 わいわいと騒いでいる他の客の合間を抜け、2階にある宿泊部屋へと足を運んだ。





・     ・     ・





 泊まることになった部屋は、値段に対してとても広いとは言えなかったが、生活に十分な家具一式は揃っていた。


 ベッド、トイレ、洗面所。冷蔵庫のようなものは見受けられないが、電力という概念が無い以上、存在しないのだろう。


 部屋の隅には机と椅子が置かれていて、本も数冊並べられていた。


 ラテラが今その椅子に座っている。


 俺は、ラテラに向き合うようにベッドに腰掛けていた。


 元々、宿でラテラと別れる予定だったのだが、その前にこの国での文化やマナー、ルールを聞いておきたかったのだ。


「この国でのルール、ですね。街の中で暴力沙汰さえ起こさなければ、大丈夫です。あと、国内での奴隷売買は禁止されていますが、奴隷を連れ込むことは禁止されていません」


 奴隷も存在するのか。


「物価は高くありません。一日の食費を最低限で済ませるなら、銅貨30枚もあれば足りる程度です。直接、硬貨を譲渡することは禁止されているので……自分で稼いで欲しいですが……」


 硬貨の譲渡禁止は不正取引を抑える為か。


 正式な場以外での硬貨を使った取引が行われなければ、奴隷売買も禁止にできる。


 が、抜け道はいくらでもありそうだ。

 例えば、硬貨に変換しやすいような物で取引をしたり、とか。


「これくらいでしょうか……? 何か質問があればお答えします」

「勇者はどこにいますか?」


 俺は食い気味に質問をする。


 勇者という名称を付けるくらいだし、大陸で大々的に宣伝しているに違いない。


 勇者の情報がどこまで民衆に知れ渡っているのか、把握しておきたい。


「やはり、この大陸と言えば勇者ですよね。先程、勇者召喚は行われたばかりです。八勇者の召喚には成功していると、各国に連絡は回っていると思いますよ」

「八勇者?」


 勇者召喚は9人ではないのだろうか?


 椅子も9個用意されていた。


 以前ラテラが話していた内容からも、勇者はもともと8人しか召喚されないような口ぶりだった。


「勇者は代々、8人ですからね」

「……そうなんですね、あまり勇者のことは詳しくなくて」

「そうなのですね」


 ラテラの反応を見るに、この大陸では勇者の存在は普通、むしろ有名なのだろう。


「では、勇者はこれから戦いに行くのでしょうか?」


 ラテラは首を横に振る。


「いくら勇者といえど、召喚されたばかりでは戦えません。ですので、まずは訓練を積ませるのですよ」


 そこらへんの認識も民衆に共有されている。

 戦地に赴いたことにして、こっそりと修行を積ませる可能性も考えたが、どうやらそうではないようだ。


「あ、ラテラさん。何か困ったことがあったらどこに行けば良いのでしょうか?」


 そういえば、と思い出したことを口にする。


 ラテラも忘れてたようで、ハッとした顔で答えてくれる。


「そうでした……えーと、騎士の拠点に行って頂ければ良いのですが……最後にそこまで案内だけさせてください。困ったことがあれば、彼らを頼れば良いでしょう」

「騎士……ですか?」

「アマツハラの方にはそういう制度はありませんでしたね……。国直属の兵士で、治安維持の為に働いているのです」


 国直属ということは公務員のようなものか。


 先程、道で見かけた兵士のような人たちを思い出す。やはりパトロールは治安の為に行っているのだろう。


「さっき道で見かけた人たちのことですか?」


 俺の質問に対し、ラテラは首を横に振った。


「いえ、彼らは衛兵と呼ばれる人たちです」


───騎士と衛兵は違うのか?分ける必要あるのか…?


 この世界の制度や(まつりごと)には詳しくないからなんとも言えない。ただ、およそ権力絡みの面倒なことであるのは一目瞭然だ。


 力を中心とする社会では、やはり下剋上を恐れる。定期的に力を測りそれを削っておくことは、かつて戦国時代の日本でも常だった。


「そうなんですね」

「はい。衛兵とは違い、騎士は国直属の者たちなので信頼を置けると私は考えています」

「となると、衛兵は個人所属だったりするんですか?」

「はい、その通りです。完全な実力主義社会になりきれていない故の制度なんです」


 完全な実力主義になり切れれば、それこそ力あるものが権力も持つだろう。


 そうでないからこそ、ドロドロとした部分が生まれてしまう。


「今から向かいますか?」

「はい、よろしいですか?」


 ラテラは俺の質問に迷うことなく答えを出した。


 特に予定もないので問題はない。俺が軽く頷くと、ラテラは「では、行きましょう」とだけ言い、先導して歩き始めた。


 俺はラテラの後をついて、宿屋を出るように足を進める。もちろん、宿屋のおっさんに一言声をかけるのも忘れない。


 相変わらず街に対する感想は変わらない。中世ヨーロッパの世界など見たことはないが、こんな感じなんだろうと納得できるものがあった。


 木製の建物より石やレンガ造りの建物が多いのは、こんな世界だからだろう。頑丈な石とは違い、木製ではすぐに壊れてしまう。放火されれば一発だ。

 それに、木を採るのにも危険が伴う。森林は魔物たちのテリトリーなのだ。


 街の中は治安が良いように見えるが、大きな力を持つ個人はいつ暴走してもおかしくない。性善説ではなく、性悪説。最悪を想定しておくことに勝る考えはないだろう。


 ラテラは慣れた様子で街中を歩いていく。向かうのは城の方向、つまり中心部へ向かっていた。


 インフラの整備は完璧だ。石造りの小綺麗な道に、街灯まで規則的に配置されている。インフラの整備は国の良い発展に繋がる。経済的な学問も進んでいるのだろう。


 街並みは、中心に向かっていくに連れて変化していった。一つ一つの家が大きくなっているし、屋台とは違った、ちゃんと固定の建物を持った店も多くなっている。どことなく建物の外見も豪華になっている。


 富裕層の住居や、大商人の店だろう。街は外側より中心部の方が安全だ。壁から魔物が攻めて来ても、内側にいればとりあえず安全は保証される。


 それに、ラテラに着いて行っている感じ、騎士たちの拠点も中心寄りだ。安全の確保には持ってこいの場所として、金持ちが買おうとするのも頷ける。


「アオイさん、そろそろです。それと、ここからは私と離れないようにしてください」


 金持ちが何をするか、分からないのか。それとも、やはり「金がある=力がある」なのか。


 どちらにせよ、今はラテラに従う他ない。


 中心に向かうに連れ、歩いている人々の服装も変わっていく。上手く形容できないが、アクセサリーなどがキラキラとしている。


 一人で出歩いている人も少ない。誰かしら連れを侍らせている。メイドや執事、護衛などの役目を果たしているだろうことは容易に想像できた。



「おいッ! やめろッ!! 離せ! このクソ野郎がッ!」


 少し離れた場所から叫び声が聞こえた。


 つい足を止め、ふとそちらを振り返ると、一人の肥太った貴族と、その付添の護衛、そして護衛に捕まっている少年の姿があった。


 護衛と思われる甲冑を着た人物は、少年を地に組み伏している。貴族はそれを眺めているだけだが、少年はその貴族を睨むように見上げていた。


 少年はみすぼらしい服装だ。中心部にはとても似合わない、よれよれのシャツを着ていた。


「お前のせいでッ!!!」


 少年は何かを訴えるように叫び続けている。



「アオイさん、中心街ではひったくりが大変多いです。あの少年もそうでしょう。ひったくりをしようとして、衛兵に捕まったんだと思います」


 私から離れないように、というラテラの言葉の真意を俺はようやく理解した。奪われて困るようなものは持っていないのだが。


「捕まった少年はどうなるのですか?」


 そこで、ふと疑問に思ったことを口に出す。


「騎士の元に連れて行かれるでしょうね」

「その後はどうなるのですか? やはり法に則って然るべき処遇に?」


 尤も、この国に法があるかどうかは推測である。

 どのレベルまでこの国は発展しているのか、その常識を知るための情報収集だ。


「そうですね。法の定めるところによる処罰を騎士側の判断で与えることになります」

「……騎士の信頼はかなり厚いものなんですね」


 普通、騎士にそこまで任せるか?


 例えるならば、警察に罪の処罰まで任せるようなもの。

 そんなこと、俺たちの常識で考えれば有り得ない。


 それでも、この世界では、少なくともこの国ではそれが常識なのだと頭の中にキッチリとメモをすることは忘れない。


「まぁ……そうですね。なにせ騎士団長殿が随分と良い方ですので。…………と、アオイさん、そろそろ着きますよ」


 歩き続ければ、先程の騒動も既に耳に入らなくなっていた。


 先導していたラテラの声に反応し、俺は意識を視力に集中させる。


 騎士たちの拠点が視界に映っていた。


 それは、中心街の大きな建物が並ぶ街並みでも異色を放つほど、巨大な施設だった。

 他の豪華な建造物とも一線を画す。騎士の拠点には一切、装飾などない。


 ただただ巨大な、石レンガの要塞。


 入口は分かりやすく、黒茶の木の扉によって閉ざされていた。

 その扉ももちろん大きい。軽く3メートルはあるだろう。


 奥行きは想像もできないが、横幅から考えるに、施設内に訓練場のようなものまでありそうだ。ここ一つで犯罪に関する全ての取り締まりを行っていると考えれば納得の広さである。


 入口にも騎士が二人立っていた。さながら門番の役割か。

 石レンガで装飾が無いのは、外からの侵入を防ぐ役割も担うからだろう。入口にさえ騎士を配置しておけば不審者も入ってこれない。


 建築センスは低いが、理に適っている建造物という印象だ。


「アオイさん、この大きい建物が騎士の拠点です。入りますので着いてきてください」


 両脇の重圧感に耐えながらも、俺はラテラに続いて拠点へと足を踏み入れた。

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