第七章 救出
第七章です。
よろしくお願いします。
第七章 救出
ゲルドルバは短剣を艦長の左腕に思い切り振り下ろした。
バリアで守られていない艦長の腕は容易に切り裂かれ、機械部が露出した。
「もう一度だけ聞く。何が言いたい?」
艦長はゆっくりと顔を上げ、ゲルドルバを睨んできた。
「この家業を続けていると、色んな客がいるし、話も聞く。そこで聞いたお前の印象は、冷酷ではあるが有能な男だった。しかし……」
艦長は笑みを浮かべていた。
「今はどうだ? まるで無謀の無能だ。自分の欲と怒りに任せているだけだ? そうじゃないか?」
この時、ゲルドルバは不思議な感覚を覚えた。
これを肯定する感情と、否定する感情が心の中で同時に芽生えたのだ。
この感覚に対し、何とも言えない恐怖感が襲ってくる。
「分かるだろう? お前は軍の事や国の事などもう何とも思っちゃいない。いや、思う心もいるかもしれない。それが以前のお前さ」
「……分かる様に説明しろ」
「……ゴリアテを作ったのはロブロ・デミアという兵器科学者だった。プルトンのコントローラーにもこの男が確立した技術が使用されている。ゴリアテとプルトンのコントローラーには伝導石が組み込まれている」
「伝導石とは何だ?」
ゲルドルバは冷静を保とうとしていた。
しかし、何故か? 殺意ばかりが心の底から湧いてきていた。
「古代文明において、集光石と共に魔石として恐れられた鉱石だ。殆どがゴリアテとプルトンに使用され、今は殆ど残っていないがな。伝導石は自身から電磁波を放つことが出来る。その特性を応用し、兵器に使われた機器を一つの媒体で制御することを可能にした。それがコントローラーだ」
ゲルドルバは自分の頭を軽く触った。
「ロブロ・デミアは当初、人体実験を行った。ゴリアテを人が制御出来る様に。伝導石には指示を出す媒体が必要だった。だから、人の脳にコントローラーを移植した。だが、それは悉く失敗した。ゴリアテと同期した実験体は全てが廃人と化した。伝導石から放たれる電磁波により、脳に異常をきたすんだ。そこで、俺達が作られた。コントローラー用のマザーアンドロイドがな」
「廃人とは……どうなると言うんだ?」
「力に飲まれるのさ」
「力に?」
「兵器の絶大な力に飲まれ、抑えきれない破壊衝動に捕らわれることになる。そのうちに自我は無くなり、破壊することだけを目的に行動する機械の様になるのさ。まあ。俺の生まれる前の話だから見たことは無いがな。しかし……」
艦長は笑っていた。
「お前もまもなくそうなる。プルトンの野郎も性格が悪いぜ」
瞬間、ゲルドルバはキレた。
殺す!
殺意だけが体を動かしていた。
目の前の男の姿をした機械を、ゲルドルバは短剣で滅多刺しにしていた。
「落ち着いて下さい! ゲルドルバ様!」
パンチの言葉が聞こえ、ゲルドルバ様は我に返った。
目の前にはまるでボロ雑巾の様になった艦長の姿があった。
また恐怖感が心を支配する。
まさか、本当に、この男が言う様に……
「私は少し、部屋に帰って休む」
ゲルドルバは逃げ出したかったのだ。
今この空間から。
「しかし、この男は? ……」
「自分達で判断しろ」
ゲルドルバは集光石だけを持ち、自身の部屋に向かった。
これが、ゲルドルバが自分という者を認識出来た最後の時間だった。
「行くぞ!」
レイスの静かな、それでも力強い合図と共に、カフェ達は走り出した。
……
数分前。
カフェ達は作戦を立てていた。
艦長にエミリにロイ。
三人を救出し、この島を脱出する為に。
「集めてこられたのはこれくらいだ」
「……凄いじゃないか」
レイスが集めて来たのは拳銃を二丁に、機関銃が二丁、手榴弾が二個。
「どこからこんな物を?」
「兵士共の屯所からな。誰もいなくなる時間があったものでな。まあ、直ぐにバレて、騒ぎだすだろうぜ」
「じゃあ、急がないと駄目じゃないか」
「ああ、だから誰がどうするのかをさっさと決めようぜ」
……
カフェとグングラー一家が艦長救出。
ランドとルーズがエミリとロイの救出。
そして、レイスとユーロは別行動をして兵士達を引き付ける囮役。
「そんなの危ないですよ!」
カフェはそう言ったが、レイスはカフェの頭を軽く撫で、
「でも、そうしなきゃお前達が危なくなる。大丈夫だ。慣れてるからな」
「俺は嫌だけどね……」
レイスとユーロはそう言って笑った。
レイスの集めてきた情報では、艦長はこの基地の最上階に。
エミリとロイは三階奥の客間に捕らわれているらしい。
「極力急げよ!」
レイスとユーロは、皆とは別の方向に走って行った。
レイス達と別れた六人は、見つからない様に、細心の注意を払いながら、静かに、階段まで辿り着き、薄暗い階段を上がって行った。
六人が三階に着いた時だった。
一階、基地入り口付近から大きな爆発音が聞こえたのは。
「大変です! ゲルドルバ様!」
パンチ参謀官はゲルドルバの寝室に飛び込んだ。
朝は早かったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
しかし、パンチは直ぐに異変を察するに至る。
「……何が起きた?」
ゲルドルバはゆっくりと起き上がると、そう尋ねて来た。
その声は冷静そのものだった。昨晩の様なものは微塵も感じられない。
しかし、それが逆に不気味であった。
言葉に感情を感じられないとでもいうのか、ゲルドルバのその一言には人らしさが欠けているようにパンチは感じたのだ。
「は……はい。昨日捉えましたゴリアテの乗客乗員が逃げました。一階出入口付近が爆破され、賊は屋外に逃亡、ゴリアテを目指しているものかと。現在、兵士達に追わせています」
「そうではない」
「はい?」
ゲルドルバはベッドから立ち上がり、素早く軍服の上着を纏った。
「連中だけ逃げて何が出来る?」
その言葉にパンチも気付いた。
「ゴリアテを動かすにはマザーアンドロイドが必要だ」
「は、はい! 申し訳ありません!」
頭を下げるパンチの横をゲルドルバは何も言わずに通り過ぎた。
そうあまりに異質だったのだ。
ゲルドルバは、部下の失敗は厳しく叱り付けた。
最近では感情的になる時もあったが、逆に怒鳴り付けられる回数も増えていた。
だが、今、ゲルドルバは判断ミスを犯したパンチを全く責めることなく、寧ろ、無関心過ぎる程の反応を見せていた。
「大丈夫ですか? ゲルドルバ様」
そんな心配の言葉すら、口を突いて出てしまう程であった。
「急ぐぞ」
そんな心配など、知ってか知らずか。ゲルドルバは、パンチに一瞥もくれることなく、寝室を出て行ったのだった。
「……」
エミリは悔やんでいた。
死んでしまわなかったことを。チャンスは幾らでもあったのだ。
死んでしまえば、他人を巻き込むことも無かった……
「いえ……それは無いですね」
エミリが死んでも集光石は残される。
そうすれば、またそれによって多くの人々が不幸になるに違いない。
昨日から、この思考の繰り返しであった。
今日にも、エミリはあの仇敵にあろうことか妻として嫁がなければならない。一緒にゴリアテに乗って来た皆は本当に生かして返してもらえるのであろうか?
集光石はダーケンの手に渡った。世界は恐るべき脅威に見舞われるだろう。
全て自分のせいであると、エミリは背負い込んでしまっていたのだ。
迎えた今日は、死よりも辛いものとなる。
エミリはそう思っていた。
しかし、それは早朝だった。一睡も出来ずにベッドに座っていたエミリの耳に突然、爆発音が聞こえたと思うと、近くからは数発の銃声、そしてこの部屋の外から鍵を掛けられた扉をこじ開けようとする様な音が立て続けに聞こえて来たのだ。
同時に聞こえてくる人の声。
「動くなよ。この糞兵士」
「ちゃんと縛っておきなよ。……こっちも鍵が掛かってるよ!」
その声には聞き覚えがあった。確か、ルーズという主婦……
次の瞬間、大きな銃声と共に、扉の鍵が壊れた。扉が勢いよく開かれる。
「姫!」
部屋に飛び込んできたのはロイであった。ロイはエミリに駆け寄って来た。
「姫! ご無事ですか?」
エミリは涙を流した。
これ程、嬉しかった瞬間は無かった。
「ロイ。よくぞご無事で……」
エミリはロイの胸に飛び込んだ。ただ、嬉しかったのだ。
鍛えられた体に、逞しさと、なお一層の安堵感を感じた。
「姫……」
ロイも、最初は戸惑っていた様だったが、状況を鑑みてかエミリの体の後ろに手を回し、優しく抱き締めてくれていた。
「あら、大胆だね。エミリ様もロイ様も」
ロイの後ろから入って来たのであろうルーズがそう呟いた。
エミリは途端に恥ずかしくなってしまった。それはロイも同様だったのだろう。
二人は急いで離れた。ルーズの後ろではランドも溜息を吐いていた。
「あら、もっと再会を喜んでくれてもいいんですよ。若いのは良いことだね」
ルーズのこの言葉に、エミリは顔が真っ赤になるのを感じた。ロイも顔を赤くしている。
「そういう訳にはいかないだろう? 何回も銃を使ったんだ。直ぐに兵士が来る。逃げないと」
ランドが焦り気味にそう言った。
「あの、他の皆様は?」
エミリの問いに、ルーズが興奮気味に、
「それがね。カフェちゃんとグングラー一家が艦長を助けに行って、私達はエミリ様とロイ様を、レイスさんとユーロ君は陽動作戦だって別行動だよ。レイスさんがリーダーみたいなものでね。大した者だよ。あの男も」
「そうでしたか」
エミリは涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
「何言ってんだい? エミリ様泣くのは早いよ。逃切らないとと殺されるんだから」
「全くだ。早く逃げよう」
「ごめんなさい。もう一度、皆様にお会いできただけでも嬉しくて……」
「縁起でもないよ! エミリ様」
「そうです! 行きましょう姫!」
ロイが差し伸べてきた手を、エミリは力強く掴んだ。
「姫の事は、私が必ず御守りします」
「はい。頼りにしています」
「お仲間が逃げたそうだ」
艦長は、その言葉が耳に入り、目を覚ました。
声の主はゲルドルバであった。
「そうか。お前らの警備も大したことないんじゃないのか?」
艦長の言える精一杯の強がりであった。
が、ゲルドルバは特に反応を示さなかった。
その反応に艦長は悟った。
「同調が済んだんだな」
「破壊しろ」
ゲルドルバがそう言い放った。
「は、破壊ですか?」
「そうだ。早急にだ、パンチ参謀官」
「し、しかし、まだゴリアテのコントローラーを手に入れられていませんが……」
「構わん」
ゲルドルバは考える時間もなく、間を開けずにそう答えた。
「作ればいい」
「作るですか? そんなことが……?」
「可能だ。早くしろ」
プルトンに完全に取り込まれたとするならば、それも可能だろう。同じマザーアンドロイドである艦長にはそれが分かった。
そして、自分が完全に用無しになったことも。
「悪いな。お別れだ」
「ふん。もう壊れているようなものだ」
ゲルドルバが部屋を去った後は、艦長は拷問を受けてはいなかった。
しかし、受けた傷は徐々に艦長の力を奪っていた。
最早、自分の足で歩けるかも怪しかったのだ。
カフェ達は上へと急いでいた。
下へと急いで降りて行く兵士達を、物陰に隠れ、やり過ごしながら進んでいた。レイスの陽動作戦はここまでは大成功であった。
「急ごう!」
ロバートが率先して前を進んでいた。流石は元兵士である。
レイスがロバートにカフェ達女子三人を任せたのはその経歴を買っての事だった。
だが、間もなく最上階という所で、階段を下へ向かってきた兵士一人に見つかってしまった。カフェ達は急いで引き返した。
「お前達! こんなところにいたか!」
兵士はお構いなしに銃を発砲してきた。
カフェ達は急いで壁の陰に隠れた。銃弾がすぐそばを通り、向かいの壁に穴を開けた。
「恨むなよ。発見次第処刑の命令が出ているんだ」
兵士がそう言いながらこちらに近付いてくる。
「貴方!」
「お父さん!」
怖がるエリッサとニーナの頭をロバートが優しく撫でた。
「少し待っているんだよ」
ロバートは物陰から拳銃を構えて飛び出した。
「何のつもりだ!?」
「私とて軍人。そう簡単にはやられんぞ!」
そう言い放ったロバートは勇ましかった。
カフェの目にもとても頼りがいがある様に映った。
「畜生!」
ロバートはあっという間に、
「逃亡した様な腰抜けに負けるわけがないだろう!」
兵士にのされてしまった。
ロバートは銃を蹴落とされ、瞬く間に組み伏せられると、地べたに這わされた。
「貴方!」
「お父さんを殺さないで!」
二人の悲痛な叫びが轟く。
「子供を殺すのは流石に気が引けるが仕方あるまい」
兵士は引き金に手を掛けた。
次の瞬間、音が連なるような銃声が、カフェの耳を突き抜け、兵士が床に転がった。
「あがっ、ぐあっ、足がっ!」
足から血を流した兵士が痛みに悶えていた。
「少し足に穴が開いただけだろう? 大袈裟だよ。命までは取りはしないんだから感謝して欲しいわよ」
そう言ったのはエリッサであった。
身に纏っているローブの隙間から、機関銃が顔を覗かせていた。
声色、口調、雰囲気全てが一気に様変わりし、カフェは驚きを通り越していた。
「貴方。早く立ちなさいよ。ニーナの前で情けない姿を見せないでよね」
そう言われたロバートがバツが悪そうに立ち上がり、蹴落とされた拳銃を拾った。
「済まなかった」
「やっぱりお母さんはかっこいいね!」
「ありがとう。行くよ。カフェも早くしな」
カフェは少し動揺してしまっていた。
そんな様子を見てか、ロバートは、
「妻も元軍人なんだ。もっとも私なんかよりずっと優秀でね……」
溜息を吐くロバートの姿に、カフェはある種の哀愁を感じた。
しかし、そんな事よりも本当に頼りになったのはエリッサであった。
機関銃を手に先陣を切り進んでいた。逆にロバートがニーナを抱いて走っている。
「凄いですね」
「そうでもないさ」
カフェの言葉に対し、即座にエリッサが返事をしてきた。
「旦那があんなのだから私がしっかりしないといけないだろう? 私は御淑やかにしていたいんだけど、そうもいかない時もあるからね……ほら。見えるかい?」
物陰に隠れながら、そっとエリッサの目線の先をカフェは確認した。
兵士が一人鉄の扉の前で仁王立ちしている。
「多分、あそこだね?」
「どうしましょう?」
「任せときなよ。貴方、拳銃貸して」
そう言ってエリッサは拳銃を構えて、廊下に飛び出した。
「ちょっとあんた!」
エリッサの言葉に反応した兵士がこちらに向いたが、瞬く間にエリッサの拳銃が火を噴き、足を撃ち抜かれた兵士は床に転がった。
「糞ッ!」
「足の甲を打っただけだろう? 死にはしないよ」
「騒がしいな……」
ゲルドルバがそう呟いた。
パンチの耳にも、外から銃声と人の声が聞こえていた。
次の瞬間、鉄製の部屋の扉が勢い良く開かれた。
入って来たのは、地下牢にいた四人。
「グングラー君か……」
「ゲルドルバ!」
元ダーケン兵のロバート・グングラーの妻エリッサが鬼の様な形相でゲルドルバに対し、機関銃の集中砲火を浴びせかけた。
「ゲルドルバ様!」
パンチはゲルドルバの身を案じ叫んだが、
「どうした? そんなものか?」
銃弾は一発もゲルドルバに届いていなかった。
プルトンのコントローラーが操ることが出来るバリアが、ゲルドルバを守っていたからだ。
「……私の事知ってます?」
エリッサがゲルドルバにそう尋ねていた。
「……いや」
「そうですよね。分かってました。でも、もう少し部下に目を向けた方が良いですよ」
「……ご忠告感謝しよう……パンチ参謀官」
ゲルドルバは突然、パンチの名を呼んだ。
「は! 何か?」
「何かではない? 彼らを止めたまえ」
ゲルドルバは、艦長が拘束されていた方向を指差していた。
艦長は、パンチがエリッサとゲルドルバのやり取りに気を取られていた内に、他の三人によって拘束が解かれていた。
「艦長は返して貰いますよ」
「……本気で言っているのかね?」
ゲルドルバは銃を構えた。
「私には銃は効かない。どうやって勝つつもりだ?」
エリッサは額に汗を流していた。
「想定外だろう。銃が効かないのは、上手く兵達の気を逸らしたのは良かったが、そこまでだ」
ゲルドルバが引き金に指を掛けた。
それと同時にゲルドルバの足元に何かが転がった。それを見てかエリッサは一目散に部屋の外に逃げて行った。
大きな爆発が部屋を覆い、パンチの意識はそこから永遠に途切れることとなった。
ありがとうございました。
次章もよろしくお願いします。