第六章 伝導石
第六章です。
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第六章 伝導石
「気分はどうだい。艦長?」
艦長は両手首をまとめて鎖に巻かれ、天井から吊られていた。
どうやらここは拷問部屋の様だ。
部屋に居るのは、ゲルドルバと三人の兵士。一人は明らかに階級が高そうだった。
「どうするつもりだ?」
まあ、聞くまでも無いことではあろうが。
「君を壊す」
思っていた通りの答えに、艦長はつい笑顔を零した。
「何が面白いのかね?」
「いや……」
艦長は今までの事を頭に思い浮かべていた。
「やっと、死ねるのかなと思ってね」
「……何年生きた?」
艦長は思い出していた。全て鮮明に思い起こされる。
全てが頭の電子回路に保存されているのだから。
「千と二百年……ってとこか」
「そうか。感謝するといい」
ゲルドルバが短剣を手にし、振り被った。
「やっと死ねるんだ」
振り下ろされた短剣は、艦長の右腕に届こうという所で弾き返された。
「だが、お前に殺されるのだけは勘弁だ」
「成る程。流石は戦艦ゴリアテのマザーアンドロイド。一筋縄ではいかないな」
艦長は溜息を吐いた。
やはり、ほとんど知られているらしい。
「どこまで知っているんだ?」
「……似たような物を壊すのはこれで二回目だ」
「一回目はあのプルトンの者だな?」
「そうだな」
ゲルドルバは笑っていた。
「プルトンはもう大分弱っていてな。バリアも張れなかった。良く情報を話してくれたよ。最強の戦艦の話も聞いた。だから、それも欲しくてね。しかし、まさか……」
ゲルドルバは隅の机の上に置いた巾着袋に目をやった。
「集光石と同時に手に入るなど、考えてもみなかった。我々は運が良い。鴨が葱を背負って来るというのはこういうことを言うのだろうな」
「そうか。残念だな。ゴリアテはお前らの物にはならん」
「……どうかな?」
そう言うとゲルドルバは徐に歩き出し、短剣を兵士の一人に渡した。
「パンチ参謀官。お前がやれ」
「私ですか? しかし……」
「私の命令が聞けないか? 早くしろ、そこまで間抜けなのか? お前は」
そう言われた参謀官のパンチという男はゆっくりと前に出て、短剣を構えた。
「どこを狙います?」
「右腕でいい。やれ」
短剣が振り下ろされた瞬間。
艦長は違和感を覚えた。それは次の瞬間確信に変わった。
「ぐっ……なっ……」
右腕上腕部を捉えた短剣は人工皮膚と人工筋肉を引き裂き、傷跡からは金属部が露出していた。
痛みは感じない。
しかし、ダメージは甚大である。
だが、最大の問題はそこではない。
「何故、貴様がバリアを張れる?」
艦長の様子に、ゲルドルバが笑っていた。
「驚くだろうな。そうだろう。ゴリアテとプルトンのマザーアンドロイドにのみ許された、電磁パルスバリア。それを俺が何故張れるか?」
ゲルドルバは自分の頭を指差した。
「プルトンのコントローラーはここにある。俺はお前と同じことが出来る訳だ。プルトンは俺の意志で動く。どうだ? ダーケンの技術力には感服しただろう?」
「……プルトンにそうしろと聞いたのか?」
「そうだ」
同刻。地下牢。
「ここだ。大人しくしていろよ」
そうしてカフェは地下牢に放り込まれた。
「いたっ! 女の子には優しくするものでしょ!」
兵士はカフェに一瞥くれると、廊下の奥の階段脇の椅子に座った。
「元気だな。お嬢ちゃんは。カフェだったか?」
先に入れられていたレイスがカフェにそう話し掛けて来た。
レイスだけではない。
ランドにユーロ、ルーズもいる。ついでにオウムも。
狭い牢屋に四人と一羽が放り込まれていた。
「うん。カフェです。皆さん大丈夫ですか?」
全員が首を縦に振る。
「今のところはね。怪我は無いけど。明日になったら死刑だなんて……隣にあの一家もいるわ。ずっと泣いているけど。可哀想でね」
ルーズがそう言って右の壁を指差した。
グングラー一家が隣の牢屋に入れられているらしい。
確かに、すすり泣くような声が聞こえている。
「お姫様と同じ船なんかに乗らなけりゃあな」
「船じゃないですよ。艦です」
カフェの指摘にランドが大きく溜息を吐く。
「今はそんなことどうでもいいだろう? 明日には死刑になるんだぞ?」
「シケイ! シケイ!」
ユーロのペットのケリーがそう言って騒ぐ。
「何が面白いんだよ!? この糞オウム!」
「す、すいません! おい! やめろ!」
ランドが怒り出し、焦ったユーロがケリーを慌てた様子で制した。
「いいじゃねえか。怒っても仕方ない。どうせ死刑なんだ」
「あんたは船の中じゃ怒ってばかりいただろうが!」
ランドに噛み付かれたレイスは、見る見るうちに顔を真っ赤にした。
怒っているのが一目瞭然である。
「何だと? この野郎。騒いでんじゃねえぞ。この餓鬼が!」
「な、何だよ!? 暴力を振るうのか!? この糞親父!」
「あんたら! 止めな!」
喧嘩を始めたレイスとランドをルーズが一喝した。
あまりの迫力に二人だけでなく、カフェも驚いてしまった。
「喧嘩したって仕方がないだろう? 静かに過ごしなよ。最後の一日くらい」
その言葉に、レイスもランドも気が抜けた様にへたり込んでしまった。
「そんな事より、エミリ様はどうしたんだい? 私はそれが心配でならないよ」
ルーズがそう尋ねて来た。
カフェは答えた。
知っていることを包み隠さずに。
「エミリ様があの王子と結婚!?」
ルーズが驚きのあまりか、気を失いそうになり、座ったまま後ろに倒れそうになる。
「おっと!」
それをレイスが胸で受け止めた。
「大丈夫かよ」
「ああ、ありがとね。ちょっと驚いちゃって」
「でも、エミリ様が俺達の為に……」
「じゃあ、私達は死刑にならずに済むのか?」
この問いにはカフェは首を横に振って答えた。
「糞ッ! あの下衆王子! 今度会ったらぶっ殺してやる!」
ランドがそう叫んだ。
「あんた馬鹿だね? 私らは明日死ぬんだよ」
「じゃあ、来世で会ったらぶっ殺す!」
「気の長い話だね。頑張りな」
「貴様ら何を騒いでいる!」
あまりに賑やかにし過ぎたのか、見張りの兵士が牢屋の前までやって来た。
「騒いで何が悪い! 私は明日し……」
喰って掛かったランドが、兵士の腰に着けていた棒で頭を一撃された。
ランドが奥の壁際まで吹き飛んで倒れる。
「いいか!? 貴様らは今ここで殺されても文句は言えんのだ! 明日まで生かして貰えることを感謝しろ! 静かにしていろ!」
兵士はそう言うと、元居た場所に戻って行った。
「あんた。大丈夫かい?」
ルーズがランドを気遣ってそう聞いたが、ランドは何も言わずにゆっくり起き上がり、そのまま壁際に座り込んで丸くなった。
「大丈夫みたいだね」
「でも、静かになっちまったな」
「殴られたくはないからねえ」
皆がしんみりと黙り込んだ。
カフェもその様子に、死というものが間近に迫っていることを実感しだした。
覚悟は決めたといっても、やはり怖かった。
しかし、もう一つどうしても気になることがあった。
艦長がどうなったのかである。
「とにかく、騒いでも仕方ないわ。静かにしていましょう?」
地下牢。深夜。
最初の騒ぎが嘘の様に静かだった。
ロウソクの炎が燃える音すら聞こえてきそうな程に。
皆眠ってしまったのだろうか? 色々あって疲れてしまったのかもしれない。
だが、カフェは眠れなかった。
艦長はどうなってしまったのだろう? その想いがカフェを眠りから遠ざけていた。
カフェは鉄格子に顔を押し付けた。
出来る限り、遠くを見ようと手に力を籠める。
見張りの兵士は椅子に座ったまま、机に顔を突っ伏していた。
どうやら眠っているらしい。
カフェはどうにか鉄格子の隙間から逃げることが出来ないかと、力を込めて顔を捻じ込んでみるが駄目であった。
「やめときな。お嬢ちゃん。そんなことして戻れなくなったら、目も当てられねえ」
後ろからレイスがそう話し掛けて来た。
「起きてたんですか?」
「当然、眠れるかよ。他の連中もそうさ。静かにしているだけだ。隣の一家は知らんがな」
レイスの言葉を聞いてか、他の三人も起き上がった。
「見張りは?」
レイスに尋ねられ、カフェは首を横に振った。
「眠ってます」
「そうか」
レイスは俯きながら、首を横に振った。
「俺の仲間達がいれば、こんな所からは直ぐに逃げられるのにな」
「逃げてどうするんだよ?」
ランドのこの言葉に、レイスが溜息を吐く。
「馬鹿か? 逃げれば生きるチャンスがある。ここにいれば確実に殺される。少なくともこのお嬢ちゃんは逃げたいらしいぞ」
「……何で逃げたいんだ? 逃げられると思うのか? 敵の基地のど真ん中なんだぞ? 蜂の巣にされるのが落ちだ」
「逃げたいわけじゃないんです」
カフェは気持ちに正直に答えた。
「ただ、艦長が心配で……もう一度だけ会いたいなって」
「お嬢ちゃん……」
「そうだね。私もエミリ様を助けたいよ」
ルーズがそう言った。
「あんな男にエミリ様が嫁ぐなんて考えただけでも反吐が出るよ。私は認められないね」
レイスは溜息を吐いていた。
「助けると言ってもな……一体どうやってここから出る?」
この言葉にこの場にいた全員が溜息を吐いた。
否、ただ一羽を除いて。
「デル! デル!」
オウムのケリーがそう騒いだ。
「馬鹿! 騒ぐな!」
ユーロが急いでそれをやめさせる。
カフェは静かに見張りの様子を確認したが、別に聞こえていないらしい。
未だに机に突っ伏して熟睡の様子だった。
「大丈夫みたいです」
「何て鳥だ。とんでもない奴だな」
ランドの言葉に再びケリーは騒ごうとしてか、ユーロの手の中でバタつきだした。
「こら! おい!」
ケリーはユーロの手から抜け出すと、鉄格子を抜け出し一直線に見張りの下へ飛んで行った。
そして帰って来たケリーは、
「デル! デル!」
くちばしに牢屋の鍵を持って帰って来たのである。
カフェもそうであるが、一同はあまりの展開に唖然としていた。
「何て奴だ」
「お前……これ、仕込んでいるな?」
レイスがユーロにそう尋ねる。
ユーロはバツの悪そうな顔になっていた。
「いや。昔、出来ないかと思って少し試したんだけど。直ぐに騒ぐから駄目だってなって、その為に飼ったんだけど。使えないとなって、でも食べるのも気持ち悪い色してるし、飼っているうちに情が移って……黙っていた訳じゃないんだ」
「まあ、別に昔の事情はどうでもいい。とにかく……」
レイスが鍵を拾い上げる。
「でかした。外に出るぞ」
……
カフェは見張りの兵士のヘルメットを軽く叩いた。
ゆっくりと起き上がる兵士だったが、
「御機嫌よう。そしてお休み」
覚醒する前に、レイスが兵士の顎に兵士の下げていた棒で一撃お見舞いし、兵士は再び机に突っ伏した。
「ちょっと! 殺しちゃったのかい?」
「殺してはいない。気絶させただけだ」
「私が殴ってやりたかったのにな」
先程、兵士に殴られたランドがそう愚痴を零した。
「倒し損ねたら、騒がれる。それだけでまずいからな……よし。ほら」
レイスはいつの間にか手際良く、兵士の装備を剥ぎ取り、軍服も脱がしていた。
兵士自体は下着で拘束されていた。
「ほらって……何?」
軍服を差し出されたランドがそう尋ねる。
「何って、お前が着るんだよ。この中じゃお前が、こいつに一番背格好が近いだろうが。悪いがお嬢ちゃん。階段の上で見張っていてくれないか? こいつが化けるまでに誰か来たら知らせてくれ」
「うん。分かりました」
カフェは見張りに就いた。
運が良かったのか、誰も通りかかることは無かった。
「もういいぞ。お嬢ちゃん」
十分程でレイスの声が聞こえ、カフェは地下牢に戻った。
ランドはすっかり着替えを終えていた。
「これなら遠目から見れば分からないだろう。ここに座っていろ」
ランドは見張りの椅子に座らされる。
明らかに不服な顔をしていたが、
「誰か来たらどうするんだ?」
「絶対に喋るな。身振り手振りで応対しろ」
「向こうが近づいて来たら?」
レイスは少し考える素振りを見せたが、
「……それぐらい自分で考えろ。政治家だろうが?」
「関係ないと思うんだが?」
「でも、何でこんなことをするんだい? 直ぐに逃げた方が良いんじゃないかい?」
ルーズの疑問は最もであった。
カフェも確かにと頷く。
しかし、レイスは首を横に振った。
「駄目だ。今逃げても夜。外は真っ暗だ。霧が薄いとはいえ、何も見えやしない。これじゃあ逃げようがないだろう?」
レイスの指摘はもっともだった。
「だから夜明けまで待つ。夜が明けたら決行だ。兵士達が起き出す前には行動を開始したい」
「それまではどうするの?」
カフェのこの問いに、レイスは牢屋を指差した。
「入って待っていろ。当然だが、鍵は掛ける必要はないぞ。時間まで眠っていればいい」
「こいつはどうするんだい?」
ルーズは見張りの兵士を指差していた。
「一番奥の牢屋にでも入れておけばいいだろう。どうせ当分は目も覚まさないさ。ああ、そうだ」
レイスは何かを思い出したかの様に、手をポンと叩いた。
「隣の一家も起こして事情を説明しておけよ。俺は時間まで出掛けるからな」
「は? どこへ行くんだい」
「調達してくるさ。武器なんかを。今のままじゃ、逃げるなんて夢物語だぞ」
カフェはルーズと目を見合わせた。
「大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ。俺を誰だと思っている? ジャック・レイス様だぞ。盗めない物は無い。時間が勿体ない。行ってくるからな。そうだ」
レイスはランドの肩をポンと叩いた。
「お前は寝るんじゃないぞ」
ランドは不服そうな顔をしながらも、軽く頷いていた。
……
「おい。起きな。お嬢ちゃん」
そんな声に、カフェは目を覚ました。
「ははは。良く眠っていたみたいだな」
カフェを起こしたレイスが笑っていた。
「肝が据わってるよ。お嬢ちゃんは」
カフェは右手で両目を擦った。
まだ意識ははっきりとはしていない。
「おはようございます……」
目の前にはレイスだけでなく、大勢、隣にいた一家も含め、牢屋に入れられていた全員が揃っていた。
それを見て、カフェは本来の目的を思い出した。
「すいません……」
「いいさ。お嬢ちゃんも疲れているんだろう」
「その通り、じゃあ逃げるぞ」
レイスの言葉に皆が身構える。
「だが、少し待ってくれ」
これにはカフェも変に力が抜けてしまった。
それは皆も同じらしい。
「どうしたんだい? 一体」
「まあ、待ってくれ。逃げると言っても、俺達だけじゃ逃げられない。艦長がいなけりゃ、戦艦は動かせないし……」
「お姫様達も見捨ててはいけないな」
ユーロとレイスが目を見合わせて互いに頷いた。
「そういうことなら私も賛成だよ。というより、元よりそのつもりさ。エミリ様をあんな男に嫁がせられないよ」
「お嬢ちゃんもそうだろ?」
「勿論です!」
カフェは勢い良く返事をした。
艦長もエミリもロイも見捨てる選択肢などなかった。
「あんたらはどうする?」
レイスがグングラー一家にそう尋ねた。
「私達ですか?」
「ああ、君らには幼い子供もいる。一緒に行けば危険かもしれない。俺達が兵士共を引き付けている間に、戦艦を目指すという手もある」
ロバートは考えている様子だった。
妻のエリッサと娘のニーナはその様子を静かに見ていた。
「どうする?」
「行きます……私も皆様と一緒に」
ロバートが力強くそう答えた。
「いいのか?」
「ええ、私もあまり納得はいってないんです。出来ることなら……」
ロバートは胸の前で拳を握った。
「ゲルドルバに一発ぶちかましてやりたい」
このロバートの気迫にはカフェも少し驚いてしまった。
「しかし、妻と娘は……」
「私達も行きます。一緒に」
エリッサのこの言葉に、ロバートが驚いた表情を見せた。
「エリッサ、しかし……」
「いいんです。私は、亡命すると決めた時から……いいえ、貴方と一緒になった時から最後まで共に生きると決めております。それに、私達だけ逃げるなんて出来ません。どうせ、捕まれば殺されるなら」
「ニーナもそれでいいのか?」
そう問われたニーナは軽く頷き、
「お父さんとお母さんと一緒に行く」
「決まりだな……しっかり守ってやれよ」
レイスにそう声を掛けられたロバートは強く頷いていた。
「よし。じゃあ、役割分担だ」
「……何がおかしい?」
艦長のその反応は、ゲルドルバにとって予想外なものだった。
艦長は声を張り上げて笑っていた。
ゲルドルバを馬鹿にでもするかの様に。
沸々と殺意が心の中から湧き上がってくる。
「そう、それだ」
艦長がそう呟いた。
「何が言いたい?」
艦長は首を横に振った。
「お前はプルトンに嵌められたんだよ。何も分かってねえ。伝導石の恐ろしさもな」
「……返せ」
「はっ……しかし……」
「二度言わすなよ……」
ゲルドルバは、それ以上は何も言わず、パンチから短剣を受け取った。
ありがとうございました。
次章もよろしくお願いします。