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第三章 明朝

第三章です。よろしくお願いします。

是非、読んでみて下さい!


第三章 明朝


 部屋の外でロイとカフェが話をしていた時、エミリは浴槽の中で一人泣いていた。

 何とか毅然と振舞っていたものの、それは無理をしていたに他ならず、一人の状況が出来たことで抑えていた感情が抑えきれなくなった。

 むせび泣く嗚咽は、流れ出るシャワーの音に掻き消される。

 狭い浴室だった。王宮の物に比べれば、まさに雲泥の差。

 しかし、エミリにそんな贅沢を言う様な、心の余裕は無かった。

 体の汚れを落としても、拭えない感情。

 家族は皆死に、エミリが逃げたことで、国民達にも大きな危険を強いている。

 エミリは心が強く締め付けられるように感じた。死んでしまいたい。そんな感情すら湧き上がる。

 しかし、それが出来たらどれほど楽か。

 エミリにそれは許されなかった。

 犠牲になった者達の為にエミリは何としても生き延びなければならないのだから。

 エミリが浴室から出ると、部屋の前から話声が聞こえた。

 何やら言い争っているようだ。

 もしや、ロイが何かいざこざでも起こしているのだろうか?

 エミリは急いで服を身に着けると、部屋の扉を開いた。


「何事です?」

 ロイは驚いて振り向いた。

 そこにはエミリが扉を薄く開け、顔を出していた。

「姫。大した事ではありません」

 ロイは誤魔化そうとしたが、エミリはそれを即座に見抜いた様だった。

「そうでしょうか? 少し、取り乱していた様でしたが?」

「いえ……」

 ロイは何も言えなかった。

 それもその筈である。

 よもや、見るからに年下である少女に出し抜かれた挙句、こちらの身分まで知られてしまった等、言える筈もない……のであるが。

「まず、お入りなさい。そして、話して下さい」

「はい……」

「大丈夫です。今更、貴方を責める人などここにはいません」

 ロイは促され、部屋に戻った。

 そこで、あのカフェという少女に、自分達の正体を知られてしまったことをエミリに告げた。それが、自分の失態であることも。

 ロイは怒られると思っていた。しかし、

「何です? そんな事ですか?」

 エミリは全く気にしていない様子を見せた。

「姫。そんな事と仰られましても、もし船内に賊がいればそれは……」

「しかし、あの子は誰にも言わないと言ったのでしょう?」

 ロイは軽く頷いた。

「なら大丈夫です」

 エミリは軽く微笑む。

「……しかし、信用出来るでしょうか?」

「大丈夫ですよ。カフェは悪い子ではないですよ」

 エミリはそう言っているが、何の根拠もない。

 しかし、ロイはそのエミリの勘を信じることにした。

 結局のところ、どんな状況になろうとも、自分が守ればいいのだ。それが最大の贖罪になる。ロイはそう思った。

「しかし、凄い船ですね」

 エミリがそう呟いた。

「姫。船ではありません。艦です」

 ロイには無意識に、その言葉が口を突いていた。

 どうやらカフェのそれがうつってしまった様だった。

「艦ですか?」

 エミリが首を傾げる。

「あ……いえ。正式には戦艦であるとかで。先程の少女と……今そこで」

「戦艦……」

 エミリの表情が少し強張った様にロイには見えた。

「どうかしましたか?」

「……はい。少し納得出来ました」

 エミリはそう言って軽く微笑む。

「何がです?」

「考えてみて下さい。私達が今乗っているこの船……失礼、艦は霧海を進んでいるんでしょう?」

 そう尋ねられてロイは首を傾げた。

「確認はしていませんが……」

 それを聞いたエミリは、腰掛けていたベッドから徐に立ち上がった。

「見てみましょう」

 ロイはエミリに連れられ、甲板へと向かった。元来た道を歩いただけである。左舷方向に出たと思われたが、

「……凄いですね」

「姫。お気を付け下さい」

 一枚扉の外はもう全く何も見えなかった。完全に霧に覆われている。

 エミリが外に出たのを追う様に、ロイも甲板に出た。

「……」

「ロイ……そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

「はい……面目無い……」

 外は霧で足元も見えなかった。

 当然、周りは何も見えない。

 辛うじて、出て来た扉の内の光だけがうっすらと確認出来る。

「素晴らしいですね」

 最早、エミリの姿すらロイには確認出来なかった。霧の中から声だけが聞こえてくる。

 霧で何も見えなくても、戦艦が進んでいることははっきりと分かった。

 霧が全身を伝い、後ろへと流れていく。ひんやりと、少し気持ちが良かったのだ。


 カフェは一人、司令塔でそわそわしていた。

 と言うのも、艦内にニッケルド王国のお姫様が居るというのだ。しかも、それを知っているのはカフェ一人。

 人に言いたくて仕方がない。

 でも、約束なので言ったら悪い。

 相反する感情が心の中で飛び交っていた。

 カフェは自分の欲求と必死に戦っていたのだ。

 近くには艦長がいる。

 艦長はいつも、中央の席に座って動かなかった。司令塔の全体が見渡せる席で、艦長が言うにはここが定位置らしい。

「畜生め」

 突然、艦長が小さく悪態を吐いた。

「おい。カフェ」

「何? 艦長」

 艦長は眉間にしわを寄せ、少し険しい表情だった。

「左舷甲板に出ている奴がいる。さっきから霧が中に入るもんで、空調が動きっぱなしだ。落ちても責任は取れないから出るなと伝えろと言っただろう?」

 カフェは軽く溜息を吐いた。

「何だ。そんなことか」

 正直良くあることである。

 出るなと言っても、出る者は出るので、最近ではカフェも注意喚起自体しなくなっていた。客の面倒を見ているのはカフェだけなのである。一人では対応し切れる問題ではないのだ。

「艦長がドアに鍵を掛けておけばいいじゃない?」

「何を手間が掛かることを言ってやがる。お前がちゃんと伝えればいい話だ」

「それも面倒なんだよね。でも、落ちた人っていないから良いじゃない」

 外に出たがる客は多くいるが、不思議と海に落ちた者は、カフェの知る限りいなかった。

「落ちた奴はいないか……」

 艦長は少し訝しげにそう呟いた。

「どうしたの? 何かあった?」

 艦長は首を横に振る。

「いや。だがな。事故は未然に防ぐのが基本だ。客に何かあったら、お前も後味が悪いだろう?」

 それはカフェからしても、最もな話である。

「まあね」

「だったら言われた様にしろ。さっきから何を浮かれているのかは知らんがな」

 カフェが落ち着かないことに、艦長は気付いていた様だ。

「早く客の昼飯の準備でもして来い。今回は少し多いんだから時間も掛かるだろうが」

「えーっ?」

 カフェは大いに躊躇った。それにも理由がある。

「大体、皆乗って来た日はずっと寝てて、部屋から出てこないんだよ。作っても無駄になるだけだし、勿体無いよ。艦長もいつも言ってるじゃん。客は皆くたびれてるから、休ませておいてやれって」

 艦長は軽く頷いている。

「確かにそうだ。しかし、空腹の方が疲れよりも勝っている奴も中にはいるかもしれない。金を貰っている以上、客商売は客商売だ。つべこべ言わずに行ってこい」

「……はい」

 カフェは渋々ながらも、大食堂へと足を運ぶことになったのである。


 出艦して最初の夜がやって来た。

 日中は日を遮りつつも、薄暗いだけだった濃霧の中も、今は太陽も沈み完全に真っ暗だった。

 カフェは風呂から出ると、軽く体を拭き、何も身に着けず、ベッドに飛び乗った。

「あー、疲れたー」

 カフェは大の字に寝転がった。行儀が悪い……とも思っていなかった。

 そう教える者がいなかった。両親の顔も見たことが無い。

 艦長は言葉や勉強は教えてくれた。客の世話は自分で覚えた。

 だが、プライベートのカフェは一人だった。艦長は艦長席から動かないし、あてがわれた個室にカフェ一人で住んでいる。

 故に良い意味でも悪い意味でも自由奔放に育ってきたのだ。

 だからなのか?

 カフェはお姫様というものに大いに惹かれていた。

 はっきり言ってしまえば、自分とは真逆の存在だ。

 あのエミリというお姫様は、十五になるカフェよりも少し年上であるように見えた。

 エミリはとても綺麗だった。金色の髪は本当に柔らかそうで美しかった。

 カフェの様に野暮ったくなく、輝いていた。カフェにはそう見えた。

 美人で、スタイル……胸なんかも。

「はあ……」

 カフェは未だ発達途上の自身の体に軽く溜息を吐いた。

 カフェはエミリと話がしたかった。お姫様というのは、自分と違ってどんな生活をしているのか? 

 大いに興味があった。

 しかし……

「結局、出てこないんだもんな」

 エミリは、ロイもそうであるが。この日の昼食も夕食にも姿を見せなかった。

 というか、出て来たのは数人である。両方に出て来たものはいなかった。

 昼食には、見るからに胡散臭そうな若い男とどうやらペットのオウムだけ。

 夕食には、家族であると見受けられる男女に小さな女の子が一人。それに良く喋るおばさんが一人出て来ていた。

 家族の方はあまり話をしてくれなかったが、若い男とおばさんは聞いてもいないのに、いろんなことを話してくれた。オウムもとにかく騒いでいた。

 男は詐欺師であるらしかった。あまりに見た目から受ける印象通りで笑ってしまった。騙される者がいるのであろうか?

 ニッケルド王国を中心にパルック大陸の国々で数十件の事件を起こしたらしく、指名手配され、ダーケン帝国がニッケルド王国を支配したことにより、犯罪者の取り締まりと、刑罰が厳罰化された為に逃げて来たらしい。

 本人曰く、大半は結婚詐欺らしい。口には自信があるとか言っていた。

 捕まれば晒し首になっていたとも……

 おばさんの方はニッケルド王国の普通の主婦だった。

 夫に先立たれてから、女手一人で育てた娘が国外に嫁に行き、現在スコープ共和国に住んでいる。

 母の事を心配する娘からそちらに来るように言われたが、陸路も塞がれどうしようもなく、更にはダーケン帝国の兵士に見つかればどんな目に遭わされるかも分からない。

 そんな風に路頭に迷っていた時に、ある酒場にいた男にこの艦の話を聞き、ここに来たらしい。

 要は亡命である。

 どちらもカフェからすれば良く聞く話だ。

 いや、それでも普段なら聞いているだけで楽しいのだ。

 しかし、今回は本物のお姫様がいるのだ。

 そんな大物の前ではどんな話もあまり楽しいものに感じられなかった。

 エミリと話せない。作った料理は大いに残る。

 カフェは大いに疲れていた。


 ……カフェははっと目を覚ました。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 何も身に着けないままで、部屋の中も明るいままだ。

「参ったな……ううっ……」

 艦内は空調が効いているとはいえ、少し肌寒さを感じた。風邪にでもかかろうものなら笑い者だ。

「寝支度するかな……」

 寝間着を着ながら、ふと時計に目をやった。時間は午前二時。真夜中だった。

 カフェは再びベッドに横になり、大きく欠伸をした。

 再び、睡魔が襲ってくる……

 しかし、カフェが眠ることは叶わなかった。

 突然の爆発音と大きな衝撃がカフェの目を完全に覚まさせたのだ。

 それは船全体が揺れる程だった。

 驚いたカフェはベッドから跳ね起きた。そのまま部屋を飛び出し、司令塔へと急ぐ。

 カフェの部屋は、居住区の中では一番司令塔に近い位置にあった。走っていく途中、客のものであろう。話し声や叫び声が聞こえていた。

「艦長!」

 カフェが司令塔に飛び込むと、部屋中が今までにない程に目まぐるしく動いていた。

「何があったの!?」

 指令席に駆け寄り、カフェは大声で尋ねた。

「魚雷による攻撃を受けている」

 艦長は部屋中のモニターを見回しながら言った。

「攻撃って……」

 カフェは目の前、司令塔からの景色に目をやった。

 視界は完全に濃霧によって奪われている。

「そんな、ここ霧海の中だよ? 霧海の中で活動できる奴なんていないって。艦長言ってたじゃない!」

「耳元で騒ぐな。それよりどこかに捕まれ、また揺れるぞ」

 艦長の言葉通り、二度目の大きな揺れがゴリアテを襲った。カフェも床に尻もちをついた。

「きゃあ!」

「糞が。どこのどいつだ?」

 艦長にも、襲撃されていることは分かっていても、敵が誰であるかは分かっていないらしかった。

「どうするの!? 艦長。このまま沈められちゃうの!?」

 カフェの言葉に、艦長は一度舌打ちをした。

「お前、この艦を馬鹿にするなよ。この程度の攻撃ではびくともせんわ」

「でも、このまま攻撃されたら……」

「誰が無抵抗で攻撃され続けると言った?」

 指令席の正面に設けられたモニターの表示が切り替わる。

「何これ?」

「海上レーダーだ。特殊電波を飛ばし、その跳ね返りで、敵船舶、戦艦の位置や数を特定する。東北東、進行方向だな。に三隻の軍船を確認した。距離は五海里ってところか」

 艦長が指令席に腰深く座り直す。

「反撃開始だ」

 再び、モニターに映し出される映像が替わる。

「次は何?」

「四十型T2式魚雷の操作モニターだ。三十海里先の標的も沈没させることが出来る」

「沈めちゃうの? どこの船かも分からないのに? 人が死んじゃうかもしれないよ?」

「馬鹿野郎。相手はこっちを沈めに来ているんだ。やらなければやられるんだぞ」

 カフェは少し不安になったが、されるがままという訳にもいかないのは事実。

「でも、この霧で当てられるの?」

「何の為のレーダーだ……お前に言っても無駄か。とにかく、この艦に沈められないものなど無い。まあ……」

 艦長は少し顔を歪ませると、

「ちゃんと発射出来ればの話だがな。何しろかなりの暫らく振りだからな。錆び付いてなければいいんだが……」

 カフェが見ているモニターには、何が起こっているかは理解できないが、ロックオンの文字が表示された。

「発射」

 艦長の掛け声と同時にモニターの表示がアタックに切り替わった。

 ガタンという大きな音と同時に、海面から水しぶきが上がる音が聞こえた。

「攻撃したの?」

「ああ、約一分で標的に着弾する」

 モニターには三本の赤い線が伸びて行った。

「これがそれ?」

「そうだ」

 赤い線が目標に到達すると、そこから敵三隻の表示が消えた。

「敵殲滅を確認」

 艦長が軽く溜息を吐いた。

「沈めちゃったの?」

「ああ、間違いなくな」

 カフェは複雑な気持ちになった。

 自分達が助かることは確かに大切なことであるが、しかし、自分達の攻撃で人が死んだかもしれないと考えると……

「どうした?」

「別に……」

 カフェは答えなかったが、艦長はカフェの心中を理解している様だった。

「優先すべきは客の安全だ。仕方がないことだ。諦めろ」

「そうだよね」

 カフェは軽く頷いた。

「そうだ。でもな……」

 艦長は徐に席を立った。

「どうしたの? 艦長。珍しいね」

 カフェは艦長が航行中に席を立つのを初めて見た。

「馬鹿が。どうでもいいそんなことは。お前、艦内放送を流せ、乗客全員を大食堂に集めるんだ」

「いいけど……何で?」

 艦長は司令塔の出入り口へと歩を進める。

「襲撃されること自体が異常なことだ。答え探しが必要だ。招かれざる客を探す」


 同刻。霧海某所。

「ゲルドルバ様! 軍船三隻沈められました! 敵の反撃によるものだと思われます!」

 ダーケン帝国第二王子。帝国軍元帥ゲルドルバ・ダーケンはその報告を聞き、口元に笑みを浮かべた。

「霧海を平然と航行し、五海里先の標的に確実に反撃する。素晴らしいな」

「いかがいたしましょう?」

 ゲルドルバはゆっくりと立ち上がった。

「この好機を逃す手は無い。あれを出す」

「かしこまりました!」

「出撃だ。皆、各自持ち場に着け」


ありがとうございました!

次章もよろしくお願いします!

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