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第4話

夢界なるものに連れてこられた奏は、いっつもヘラヘラしてる瑛斗と、勘違い女の上司理沙、二重人格と思われる藤井、そしてなんだか気になる少女に出会う。

夢界に来て二日目、何が起こるのか?

朝、奏が初めて聞いた音は、セットしておいた腕時計のアラームの電子音…ではなく、瑛斗の近所迷惑級の歓声だった。


「うわ~!ホントに翼生えてるよ~!あ、奏クン起きた?見てみて、ほら!」


重たい首を回し、瑛斗の背中を見ると、オレンジ色のコマドリの羽のようなものが生えていた。クルクルと瑛斗が可愛らしくまわしいたが、瑛斗の図体と比べ添え物程度のそれに、本当にそれで空が飛べるか激しく疑問を抱いた。


「奏クンも自分で見てみなよ!ってかそれ俺のより遥かにカッコよくね~?やけるな~」


言われずとも背中に違和感があることは薄々気づいていた。振り向いて確認すれば、鷲のような大きい漆黒の翼が服を突き破り生えていた。怪我していた指を曲げるように、そっと動かすと、衣擦れの音と共に翼が開いた。コマドリの羽じゃなくてよかった、と安堵したが、逆に扱いずらそうだった。


「ま、確かにカッコいいな。お前のその飛べなそうな羽よりは」

「ひっど~。でもなんか…、奏クンがそんなこと言うから心配になってきちゃったじゃん!ちょっと試し飛びしてくる!」


威勢よく外に飛び出していった瑛斗を尻目に、寝起きのかすむ目で腕時計を見た。


「…7時かよ…あいつ起きんの早すぎ」


腕時計を放り投げ、再び布団に潜り込んだ。

昨夜は、ドーム状の建物(ここらではカマクラと呼んでいるらしい)から徒歩で10分ほどの、比較的建物の少ない場所に二人でそれぞれの家(二人ともごく普通の下界にある家)を建てた。さらに二人は家具を作らなければならず、理沙の言うように簡単に家を作ることはできなかった。なぜか地面の雲は変幻自在で、木になれと望めば木に、赤になれと望めば赤になった。そこまではよかったのだが、なぜわざわざ男二人で寝なければならなかったのかと言うと、事の発端は瑛斗の一言だった。


「二人の昔話しようよ~。生きていたころの!」


死んでしまったことを改めて想起させるきっかけとなりかねないにも関わらず、瑛斗はさらりとそんなことを言った。相手が奏だからこそ通用した、いやもしくは、奏だったから言ったのかもしれない。

結局深夜まで話していた二人は、流れで一緒に寝るはめになってしまった。なぜ出会ったばかりの胡散臭い男に身の上話をし、さらには一緒に寝なければいけなかったのかと奏は今更ながら思った。

再びうとうとしかけていたところに、瑛斗が扉をけやぶるようにして入ってきたため、奏は潔く起きなければならなかった。もちろん、飛べたよ、という報告はそのすぐあとに聞いた。


   ☆☆☆


空を飛ぶというのはこんな感じかと、奏は初めて鳥の気持ちを知った気分でいた。体の上を撫でていく風と、規則正しく聞こえる翼の羽ばたく音、瑛斗の機嫌のよさそうな笑い声、全てが新鮮だった。

眼下を上から下へと流れるシェルピンク色の景色には、想像していたよりも遥かに素晴らしい絶景が広がっている。森があり、林があり、家があり、川があり…下界と違うのは、地面と、その異常な広さだけだった。


「すごいな…なんか鳥になった気分だ。心が洗われる…」


奏が呟くと、瑛斗は目を丸くし、さらにせわしなく羽ばたいていた羽まで止まってしまい、10mほど落下した。慌てて上昇してきた瑛斗は、


「奏クンって、、意外と普通の感情もってるんだね~。俺としたことが…奏クンは感情が乏しいんだと思ってたよ~」


と、とても失礼な言葉を呟いた。


「失敬な。そういえば、昨日から何も食ってねぇな」

「あ~!話逸らした!でも、そういえばそ~だね~。でもなんか俺お腹減ってないかな。奏クンは?」

「いや、俺も減ってねぇ。もしかして、ミューンって腹が減らないのかも知れない」


そーだね、と腕を組む瑛斗は、何を考えているのか分からなかった。背中で回っているんだか飛ぼうとしているんだか分からない、かわいらしい羽だけが、飛ぼうとしている意思の表れだった。


「あ、も~すぐつくんじゃない?あれきっとカマクラだよ」


瑛斗が指差した前方に、豆粒大のカマクラがあった。何人か見える人影は、おそらくすでに到着した昨日の面子だろう。


「そうだな。やっぱ飛ぶと到着が速いな。5分で着くぜ」

「今日どんなことやるのかな~?楽しいといいな~」


上機嫌で上から下へと旋回しながらスピードを上げた瑛斗に奏が追いつくころには、カマクラがすぐ下へと迫っていた。見た目うんぬんよりも、小回りが利くのは瑛斗のほうらしい。おそらく奏の翼は、長距離移動が向いているのだろう。

二人がカマクラの前に着地したときには、すでに昨日いたほとんどの人が揃っていた。藤井と理沙、そして見覚えのない人が数十人。あの少女も、背中に薄紅色の蝶のような羽を生やして立っていた。ひょっとしたら瑛斗なら名前を知っているかもしれないと思い、聞いてみることにした。


「なぁ、あの女の子の名前知ってるか?」

「え?なんで?」

「いいから!知ってるのか?」

「う~んとぉ~。ちょっと待って。え~っとぉ~」


知ってるか知らないかを答えればいいはずだが、なにやら瑛斗は少女を見て唸っている。たっぷり30秒かけて、やっと瑛斗は答えだした。


「う~んと~。あの子の名前は堺真菜。で、15歳…え~っと~死因は――」

「いやもういい…お前の特殊能力ってひょっとして、相手の素性を知るとか、そっちのほうか?」


そこまで言いきってから、奏は瑛斗の異変に気づいた。いつもは顔に微笑をたたえている――締まりのない顔と言ったほうが正しいかもしれないが――瑛斗が、真剣な顔をして…いやむしろ、愕然とした様子で少女…もとい真菜を見ていた。怪訝に思い、目の前で手を振ると、はっとしたようにまたいつもの瑛斗に戻った。


「…あぁ、うん…滅多に使わないけど…でも使わなくても相手のことはなんとなくわかるんだ~」

「ふ~ん。すげぇな」


おそらくその能力で真菜の何かを知ってしまい、愕然としたのだろうが、奏には関係のないことだった。真菜の名前を知ろうとしたのも、名前を知らなければ不便だからだ。

そうこうしているうちに、頭数が揃ったらしく、理沙が昨日と同じように一歩前に出た。腰まである栗色の髪がふわりと揺れ、羽がぱたり、と1回羽ばたいた。


「ふんふん。皆さんお揃いのようね!んじゃ、これから見学会、もとい個人説明会を行っちゃいます!実は仕事は夜からなんだよね。でも文句言わないでね、ミューン見習いみたいなあなたたちはまだ夢界についてほんの少ししか知らないんだから」


(おいおい、、まだこれ以上の説明があるのかよ…)

そんな奏の胸のうちも知らず、理沙は一人ひとり名前を呼び始めた。どうやらミューンとミューン見習いの二人一組で行うらしい。そのうちに、瑛斗も顎鬚の男のところへ呼ばれていった。奏はなかなか呼ばれず、本当に呼ばれるのかと理沙の持っている書類を睨み始めたころ…


「夏川湊、そこの髪と翼が紺色のお姉さんのとこに行って。はい、最後、宮本奏、あたしと一緒に来なさい」


まさかの勘違い女か、と奏はため息をついた。確実に目をつけられてしまったかもしれない。

仕方なしに理沙に近づくと、にんまりと気味の悪い笑顔を向けられた。それを無視し目を逸らすと真菜が目に入った。よりにもよって――いや自分には関係のないことだと思い改めたが――真菜は二重人格藤井と一緒にいた。だが、怖がった様子もなく奏は安心した。

(いやだから俺には関係のないことだ…)


「んじゃ各自解散!ミューンの皆さんは責任もって教えてくださいね!んじゃ、行くわよ…えっと、奏でいっか。あたしのことは理沙様と呼びなさい」

「…は?」

「冗談よ。でもあたしのほうが先輩だからさん付けね」


勝手に自己完結する理沙を見て、やっぱり勘違い女だと奏は確信した。


「はいはい、理沙さん」

「あんたまだ夢界のこと信じてないとかないでしょうね?」

「…ありませんよ。何回言うんですか、ってか言わせるんですか」

「やっぱ怪しいわ。あたしがついて正解だったわね」

「嘘なんかつきませんよ…だいたい、…やっぱいいです。早く行きましょう」

「ま、あたしについてくれば問題ないからね!」


威勢よく歩き出した理沙は、勘違いで強引に違いない、と奏は思ったが、夢界でやっていくための試練と思い、ゆっくりと歩き出した。

記憶がある限り、そして創られていく限り面倒なことは尽きないらしい。

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