決意91日前 パス
学校工事の作業も終盤に差し掛かっていた。人数の必要な規模の大きい箇所はなく、屋方さん岡崎さんの2人だけで現場に入っていた。かなり細かい作業をやっており、採寸しては金属板をカットして加工して、手を突っ込んで、うまい事貼り付けて。見るからにまたイライラしていた。
「お前この部分文句言っとけよ。図面も何もねーじゃねーか、仕事として雑すぎるぞ」
「…すいません」
「そうな、これはちょっと面倒臭いよ」
「この案件誰持ってきた? ちゃんと若いのに教えてやんねーとだろ」
「えっと、盛岡さんです」
「今度文句言っとくわ」
屋方さんは昔ながらのザ・職人な人で、現場での立ち振る舞いや技術はすごいのだが、明らかに扱いにくい人である。しかし基本的に文句を言う内容は、工事の依頼金額と若手の指導に関して。そうなると社内ではベテラン社員には避けられて若手には頼られる、そんな職人だった。
「それとさっき監督さんが言ってたけど、冊子とかなんかを明日提出してくれってさ」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
冊子の事をすっかり忘れていた。あまりにも忙しい時期が続いたので進捗状況の確認もしていない。午後休憩に入るタイミングで会社に戻って、小林さんに聞いた。
「あの、以前お渡しした冊子ってどうなりました?」
「え、何もやってないよ?」
「え、あれ、ん?」
そこにタイミングよく、現場監督から電話が来た。
「職人さんにも話たんだけど、明日冊子提出ね」
「すみません、その事なんですけど…」
そこから小一時間、監督に怒られてしまった。前々から言ってたのに何をしてるんだ、とか重要な提出物なのに、とかそんな簡単な事も出来ないのか、とか色々と。最終的には「どうなっても知らんけど、とりあえず何とかしろよ」みたいな話をされた。
現場監督に怒られた事もしんどかったのだが、何よりもそれを木村さんにずっと聞かれていた事の方がもっと嫌だった。
「色々話は聞こえてきたよ。とりあえずこっちで話すか」
打ち合わせ室で話し合うことになった。
「まずなんでこれが起きたの?」
「自分としましては、小林さんに渡した時点で自分の仕事が終わったと思ってしまいました」
「なるほど、じゃあ小林くんが悪いってことね? じゃあ小林くんに聞いてみよう」
「え?いやその、」
『じゃあ小林くんが悪いってことね?』という表現が、ものすごく不快だった。いや、不快と言うよる心を抉られるというか。とにかく嫌な感じがした。
小林さんが部屋に呼び出された。
「いや、僕としては返したつもりだったんですけども、川井さんにサッと渡されただけでしたからね」
「なるほど、ありがとう」
小林さんが部屋から出て行った。
「言ってる事違うけど?」
「その、川井さんが『小林くんに聞けばわかる』みたいな事を言っていたので川井さん経由で小林さんに仕事が渡ったのかと」
「うん、なるほどね、じゃあ川井さんが悪いって事か」
私は誰が悪いかを知りたい訳ではなかった。誰かのせいにしたい訳ではなかった。とにかく事の経緯を話したかったのだ。
川井さんが部屋に呼び出された。
「うん? いや全部引き受けてつもりはなかったけど?」
「ですよね、ありがとうございます」
川井さんが部屋から出て行った。
最初の質問がわからなかった。何故これが起きたのか、それを話せばよかったのではないか? 私は何を話せば良いのだろうか?
「これさ、誰が一番悪い?」
「…自分が一番悪いです」
「そうだよなぁ! なにゴチャゴチャ訳わかんねー事言ってんだよ? さっさと自分のやった事認めりゃいーじゃねーかよ!」
「すみません」
「お前、最近机汚いよな。だからこういうミス起こるんじゃねーの? 冊子もすぐ見つかんないようなとこに置きっぱなしにしてんたんだろ?」
「すみません」
正直なところ、その冊子が机のどこにあるのかわかっていた。忘れていた訳ではない。単に、それを自分の範囲外の仕事と認識していただけなのだ。
「お前次机散らかしてたら、モノ全部捨てるからな?」
「…すみません」
結局怒られただけで、この後に何をすればいいのかは、わからなかった。




