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決意160日前 腕前


 監督、営業課との引き継ぎ打ち合わせが終わった帰り道、この学校体育館の現場監督は色々厄介だから気をつけろよと盛岡さんから注意された。

 正直その時は何が厄介なのかわからなかったが、先週電話した時にそれは垣間見えた。


「あの、火曜からの工事よろしくお願いします」

「あー、そういう電話ね」

「火曜の作業なんですけど、多分搬入だけやる形になるのでよろしくお願いします」

「え、何で? 作業やればいいじゃん?」

「すみませんその事なんですが、もう金曜日からお盆の長期休みに入ってしまうので、中途半端に空けるなら手を着けない方がいいかなと思いまして」

「いやいや、君たち前の打ち合わせでこの日から作業やってくって言ってたじゃん、何なの? コロコロ言う事変えないでよ? 当日は作業やってねちゃんと」

「え、いやあの」

「知らないからそっちの事情は」


 そして電話を切られた。



 今日から工事が始まるのだが、上手く現場が回るかどうか不安で仕方がない。

 

 ひとまず現場で工事屋さんと合流した。

「山本です。屋方さん、岡崎さんよろしくお願いします」

「屋方板金の、その屋方さんです。よろしく。今日搬入で、ちゃんと始まるのはお盆あけでしょ」

「はい、そうですね、ただ」

「今回屋方さんが職長でしょ? あ、岡崎でーすよろしくね。打ち合わせは僕よりも屋方さんね、僕には何も聞かないで。僕はこの世界素人なんで」

「いやいや岡ちゃん、嘘つくなよ何年板金屋やってんだよ!」

「屋方さんに任せとけばOKだから、凄腕だしね」

「も〜、やめてよそういうの。ともかく、よろしくね!」

「は、はい」

 一個上の先輩である脇田さんは、初現場を屋方さんにやってもらったらしい。「うるさいけどウデは確かだよ、うるさいけど」と言っていた。


「で、さっき何言いかけたの? 屋方さんにちゃんと話しときな」

「ありがとうございます、今日搬入だけって話してたんですけども監督が作業やれって一方的に言われてて」

「なるほどね、分かった。任せときな。とりあえず一眠りするから朝礼前に起こして」

 二人はそれぞれの車に戻り、寝てしまった。

 


 朝8時、事務所からは現場監督ともう一人出てきて、朝礼が始まった。どうやらこの現場は、監督と若手所員の二人が駐在しているらしい。ラジオ体操と作業内容の確認等を一通り終えると、他の業者は作業を始めた。

 例に漏れず病院工事の時と同様に、今日から作業開始の業者には現場教育が実施される。駐車場がどこだとか、コンビニが近くにあるだとか、敷地内はタバコ禁止だとか、前回とほとんど同じ内容だったのだが、現場監督はそれらに加えてある事を話した。


「現場の納品された記録はこっちで残すんだけど、使った部材の仕様書とか性能書とか、あと工事発注した契約書とかも提出してね」

 進藤さんや脇田さんが前に教えてくれた。下請け社員が若手だと雑務押し付けて仕事増やしてくる監督時々いるから気をつけろ、と。これは果たして雑務に相当するかは不明だが、しれっと仕事を増やしているのは間違いない。

 そしてさらにもう一点付け加えた。

「この冊子、代表者に渡しますけども、この現場は公共施設の建物って事だから監査入ります。ちゃんとした業者に発注したのか分かる必要があるのでこの冊子をよく読んで、やっておいてください。多分君がやるんだろうけど、やっとけよ」

 説明はそれだけだった。代表者は一応私なので受け取ったが、一体何を『やっておく』のか殆ど説明が無かった。冊子に目を通すと、見る限り会社の決済か収支か、ともかく金銭に関しての何かしらを記載するためのものだった。これに関しては一切内容がわからなかったので、持ち帰って先輩社員の方々に聞いてみることにした。


「それとさ、今日なんだけど」

 監督が私を見た。

「屋根屋さんたちは搬入だけじゃないよね? 作業もやるよね?」

 私は頭をフル回転させたが、監督を説得させる材料が見つからない。口が裂けても、こっちの準備が間に合わなかったなんて言えない。

「あー、えっと、そのことなんですが、あの」

 こうしてしどろもどろしていると、屋方さんがゆっくり立ち上がった。

「監督さん、その件なんですけど、お盆入るじゃないですか」

「それで止めるのはどうなんですかね」

「いや、正直自分らも作業初めちゃいたいんですけど、」

「だったらやりましょうよ」

「ただ、作業中途半端な時に現場空けてその間に台風とか来たらやばいんじゃないかってなりまして。そしたら風で飛ばされて下地ボードとかシートも剥がれる可能性だってありますし。だったらお盆前に搬入してモノは飛ばされたり雨濡れたりしないようにしっかりカバーして、休み明けに本格的にやろうって考えたんですよね。ほらモノが台風で飛ばされて現場止まるて話少なくないじゃないですか」

「…なるほど」

 監督は黙り込んでいた。いや、黙り込むというよりは考え込んでいたのだろうか。

「そうですね、そうしましょう」

 あっさり監督を納得させた。任せろ、の言葉はすんなりと実行された。


 その日、屋根用下地ボードと下地シート、役物の一部を搬入しすんなりと作業を終えた。雨に濡れないように特大のビニールシートと、風に飛ばされないように番線という太い針金と段ボールをまとめるようなプラスチックのバンドを用意してくれていた。搬入された資材たちは、『ガチガチ』という表現が似合うぐらい固められていた。

 確かに、ウデは確かである。



 屋方さんのウデ、そして現場での立ち振る舞いの上手さには安心できる。ただ、問題は監督だ。

 お昼過ぎ、監督と若手所員が話ていた。盗み聞きが良くないのはわかっているが、勝手に聞こえてくる分には仕方がない。

「知らない知らない。それ自分のミスでしょ。なんとかしなと。私は帰るんで、あとやっといて」

 あまり気持ちのいい会話の内容では無かった。




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