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決意167日前 足踏み


「お前さ、安斎課長と予算検討したの?」


 木村さんにそう言われてやっと、現実に戻った気がする。





 学生時代家に帰った後、本当は宿題が出ているの何故か暇を感じる時があったと思う。本来宿題が出ている以上はそれが終わるまで、暇になるはずがない。おそらくは、やる気の無さのせいで『宿題さえ終わらせれば大丈夫だし、それにはいつでも取り掛かれる』みたいな考えが働いて、後回しの思考が連続しているのだろう。


 私はまさに、そのような状態だった。一人作業の現場を手伝い終えて支店に戻ってくると19時前。肉体的疲労と倦怠感から、体育館の工事の準備をことごとく後回しにしていた。いや、取り掛かっていたのだが全く進まないのだ。集中が保たないのに加えて、長期間取り掛かる必要がある作業が1日で決着を付けられないという状況がしんどかった。毎日全体の一割づつ進めると仮定しても、翌日次の一割進める際に前日はどこまで終わらせたのか、前日の自分は何故このような判断を下したのか、前日の作業に誤りは無かったのか、このような確認を自分で入れてしまう。特に積算はこうなってしまう場合が多く、例えば何十種類もある屋根材のうち10種類の必要量を算出した翌日、どこまで割り出したかを確認し、何故その算出方法を採用したかを確認し、その割り出した算出の計算に誤りがなかったかどうかを確認するところから始まってしまう。


 3歩進んで2歩下がる、そんな繰り返しだった。


 やってもやっても進まない。不安は募っていくのに焦っていない自分が気持ち悪かった。不安に思い残業をしても作業は進まない。作業は進まないのに工事は迫っている。間に合わせるために睡眠を削る。業務中は眠気と戦うようになる。効率は落ちる。絵に描いたような悪循環。




 それを自覚しておきながらそれでも2歩下がってしまうのは、何故か抱いていた『まだ大丈夫』の謎の幻想によるものだったと思う。




 そこに木村さんから、「お前さ、安斎課長と予算検討したの?」と言われた。そこでやっと、現実に引き戻されたのだ。


 予算検討は、原材料費や工事費、その他雑費を課長と共に確認し利益がどのぐらい見込めるかを確認する作業であり、また工事の注意点を割り出しておく場でもある。そして何より、社員の準備がきちんと進んでいるかをチェックする意味合いも兼ねている。




 正直、予算検討が出来る段階にも達していない。木村さんに声をかけられた時、ここ数日の残業時間の過ごし方の無意味さに気づき、その無意味な働き方を何故か恥ずかしく感じてしまった。





「…いえ、まだやってないです」


「え、お前何やってんの? 時間いっぱいあったじゃん、夕方帰ってきた後ちゃっちゃとやればいいじゃん!」


「すみません」


「すみませんじゃねーよ、どうすんの? 実際」


「明日、課長の空き時間聞いてみます」


「バカかお前、まだ課長帰ってないじゃん? 今からやればいいんだよ」


 時計を見ると、すでに20時を回っている。


「安斎さん、今大丈夫ですか?」


 木村さんはすでに安斎課長に声をかけに行っていた。


「ええ、聞いてましたよ。大丈夫です。山本くん、すぐやってしまおうか」





 安斎課長と木村さんと、3人で予算検討を行う事になった。


「で、部材の方の数量はわかってる?」


 その質問に、首を締められたように感じた。


「いえ、まだ大まかな数字でしかわかってなくて、全部の正確な発注数までは分かってないです」


 何故私はあんなに仕事が進められなかったのだろうか。


「お前さ、あんだけ時間あってなんでそんちょっとしか終わってねーの? 残業時間何やってたの?」


「…すみません」


 返す言葉もなかった。


「いやすみませんじゃなくて! 危機感持てよ危機感!」


 木村さんに叱責されると、そこから本当に私がその危機感の欠如した人間に思えてきた。危機感を持てないダメな人間。謎の安心感を抱えていた先ほどの時間は、何だったのか。いや危機感を持てないダメな人間ではなく単純に仕事が出来ないだけか。


「工事の面積と、役物の長さは? 計算終わってる?」


「それは、大丈夫です」


「当たり前だよなぁ」


「それぞれの役物の形は?」


「それはまだです」


「それわかんねーとダメだろ!」


「開始日いつだっけ?」


「来週の火曜予定です」


「もうすぐじゃん! それなのにこんだけしか終わってなかったのか!」


「そこからの細かい予想工程表は?」


「全然立てられてないです」


「お前さ、俺のアドバイスいっつも聞いてる? 聞いてないよね? 工程表いっつも作れって言ってんじゃん!」


「……すみません」


「すみませんじゃなくてさぁ!」


 すみませんじゃなければ、一体なんと言えばいいのだろうか。次は何を言われるのか、何を聞かれるのか。ピンポン球を飲み込んでしまったかのような苦しさが、喉の中に生じていた。


 


 木村さんはしばらくの間、私に色々と文句ぶつけていた。その間安斎課長は図面をじっと眺めており、そして小さい声で「めんどくさそうだな」と呟いた。


 そして話をまとめてくれた。




「とりあえず正確な工事量だけ割り出そう。そうしないと工事屋さんに依頼する金額を出せないしね。その後必要になる順番に正確な部材の原料を割り出して行って、要所要所でまとめて搬入する。お盆休みも近いから、これの現場監督には初日の搬入だけやって、お盆明けから本格的に工事をするようにしてもらおう。それは山本くんから打ち合わせしておいて。工事屋さんは今どこも忙しいけど、屋方さんと岡崎さんに依頼をかけよう。あそこは一人社長だから、屋方さん職長で。依頼書だけはこの後作っておいて」




 打ち合わせが終わると、二人は帰っていった。


 私は残されて、工事依頼書を作らなければならない。今日の終わりは近づいていた。




 意識が朦朧としていた。それと同じように、視界も霞んでいるように感じた。まるで磨りガラスを通しているかのようだった。


 それでも、何とかてっぺんを過ぎる前に終えられた。




 支店を出て会社のエレベーターに一人で乗っていると、こういう日に限って脈絡もなくこういう事が起きる。


 大きな音を立ててエレベーターが止まった。




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