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しくじりと涙と残酷な笑顔

 それからしばらくは、とても忙しい日々が続いた。


 初めに誰が宴のどの部分を担当するのか、王子たちの間で調整をしなければならない。皆が同じことを企画しても、意味がないどころか、共倒れになるからだ。


 具体的には、会場の設営や食事、音楽等の手配について、どの王子がそれぞれ担当するのか。それから、当日の指揮系統の確立が必要だった。


 けれど、3人の王子たちはお世辞にも仲が良いとは言えないらしく、顔を合わせようともしない。おかげでクララは城内を駆けまわり、伝令役を務める羽目になった。



「で、結局俺たちは舞台担当になった、と」


「はい……スミマセン」



 クララは唇をギザギザにしながら、勢いよく頭を下げる。コーエンは小さくため息を吐いた。

 本当はフリードは、会場の設営を希望していた。そう他の王子にも意向を伝えたのだが。




****




「フリードのような軟弱ものに、会場設営の大役は務まらない。俺と俺の部下たちならば、完璧にその役割を果たせる。そうだな、シリウス!」


「はい、殿下」



 質素堅実。城内とは思えない程、全く飾り気のない第1王子の執務室。


 ピリピリと張り詰めた空気のこの部屋には、主であるカールと内侍イゾーレ、それからカールの側近である赤髪の騎士・シリウスがいて、直立不動の姿勢をとっている。



(相変わらず威圧的だなぁ)



 クララは負けじと背筋を伸ばしながら、真っ直ぐにカールを見上げた。



「お言葉ですが、フリード殿下は決して軟弱な方ではございません。それに、実際に動くのはお二人ではないと存じますが」



 本当はクララは、フリードの強さを知りはしない。けれど、王妃から幼い頃の彼のヤンチャ具合を聞いているので、軟弱とまでは言えないはずだ。


 それに、会場設営の際に実務に当たるのは、騎士たちであって王子たちではない。ならば、どちらが担当をしても、差はないはずだ。



「ならば問おう。おまえは今、どうして姿勢を正している?そんなに身体を強張らせてこの場に立っているんだ?」



 カールは小ばかにしたような笑みを浮かべながら、クララを見下ろした。すると蛇に睨まれた蛙の如く、身体が知らずビクビクと震えてしまう。



(くそぅ……己の身体が恨めしい)



 悔し気に歯噛みしながら、クララはカールを睨みつけた。



「つまりはそういうことだ。俺が指揮官を務めれば、皆の士気が上がる。緊張感が増す。よって、スムーズかつ完璧に任務を遂行できる。これが俺とフリードとの差だ」



 満足そうに笑っているカールがあまりにも憎たらしい。何か反論できる余地はないか考えあぐねていると、シリウスが何やら憐みの視線を送って来た。諦めろ、と表情が物語っている。



「スカイフォール様、異論はございませんね?」


「…………はい」



 止めとばかりに降り注ぐ、イゾーレの氷のような視線。クララの心がポキッと音を立てて折れてしまった。




****




「なるほど、そんなことがあったんだね」


「それでお前は、スゴスゴと帰って来たと」



 ソファに沈み込み、打ちひしがれているクララの隣にフリードが腰掛ける。コーエンの呆れたような声音が、クララの心を抉った。



「いえ、その後すぐにヨハネス様の元に赴きました。それで交渉を始めたんですが――――」




****




「饗宴における主役は、なんといっても食事だよね」



 ヨハネスはニコリと微笑みながら、金色に光る扇で口元を覆い隠した。遠い異国からの伝来ものだろうか。風変わりな素材が用いられている。


 執務室の様子も、カールとは打って変わって豪奢だ。家具も照明も、壁紙に至るまで、贅を凝らしているのが窺える。



「ですから、その……」


「当然、食事の手配は私たちが行いますわ」



 ピシャリとそう言い放ったのはレイチェルだった。彼女が動くたびに漂う強めの花の香りに、クララは顔を顰める。



(お料理に香りが移ってしまいそう……)



 とはいえここは、グッと言葉を呑み込む。どうせ食事の準備をするのは、彼女自身ではないのだ。伝えたところでそう反論されて終わりだろう。



「けれど、殿下はとても素晴らしいバイオリンの名手とお聞きしました。楽団の皆さまとの親交も深いとか。殿下が舞台の演出をなさったら、絶対に素晴らしい宴になると思うのです」



 クララは微笑みながら、用意しておいた殺し文句を述べる。事前にコーエンから仕込まれた上目づかいも忘れてはいない。クララの心臓が緊張でドキドキと鳴った。



「フリードの奴、本当に君のことを手懐けてるんだなぁ」



 クックッと楽し気に喉を鳴らしながら、ヨハネスは笑う。そして、クララの手をそっと握りながら、目を細めた。



「言いたいことは分かるよ。だけどごめんね。答えはノーだ」



 頭の中でガーーンと何かが割れるような音が鳴り響く。残酷な笑みがクララの心に突き刺さった。



「これはね、僕が王太子になれるまたとないチャンスなんだ。他の課題がどんなものになるか分からない以上、これを逃すわけにはいかない」



 答えはある程度予想できていたものの、やはりショックは大きい。



(どうしよう……殿下とコーエンになんて説明したら…………)



 クララが呆然としている内に、手の甲に柔らかな感触が触れた。見ればヨハネスがクララを見上げながら、悪戯っぽく微笑んでいる。



「かっ、軽々しくそういうことをなさらないでください!」



 クララは手を振り払いながら、頬を赤らめた。コーエンといいフリードといい、城の人間はどうしてこうもパーソナルスペースが狭いのだろう。そう思わずにはいられなかった。



(まぁ、フリード殿下とヨハネス殿下は血を分けた兄弟だものなぁ)



 やはり血は争えない、ということなのかもしれない。

 ヨハネスは楽し気に微笑むと、そっとクララの耳元に唇を寄せた。



「だって仲良くしておいた方が良いと思わない?もしも僕が王太子になったら、君は僕の妃になる可能性もあるんだし」


「…………えっ」



 クララの心臓がザワザワと騒ぐ。ヨハネスの青い瞳が妖艶に光った。



(ヨハネス殿下は知っているんだ)



 前回の王太子選抜で何が起こったのか。どうして国王――――自分の父親に3人の妃がいるのか。

 そしてそれがクララの将来に起こりうることを明示している。なんとも残酷な笑顔で。



(もしかして、フリード殿下も御存じなのかしら?)



 おいそれと口にすることは憚られる話題のため、フリードにもコーエンにも、王妃から聞いた過去については伝えていない。


 けれど、既に知っている可能性が高いなら話は別だ。今後のためにも、クララのおかれた状況を改めて共有した方が良いのかもしれない。



「その様子なら、君は知っていたみたいだね」



 耳元でなおもヨハネスの声が響く。ゴクリと唾を呑みながら、クララは眉間に皺を寄せた。



「そういうわけだから、悪く思わないでね」



 気づけばクララはヨハネスの執務室を追われ、無機質な扉を見つめていた。




****




「と、いうわけでして」



 最後の方のくだりだけを省略し、クララはフリードたちにヨハネスとのやり取りを説明する。

 盛大なため息が自然、口から漏れた。



「まぁ、あの二人相手に頑張った方なんじゃない?」



 コーエンはぶっきら棒に呟きながら、クララを見つめる。

 ズタボロになっていた心が、ほんの少しだけ穏やかになった。



「うんうん。クララは良くやってくれたよ」



 フリードはまるで犬でも撫でるかの如く、クララの頭を撫でてくれる。じわりと瞳に涙が溜まった。



「おっ、おい。クララ?」



 コーエンは普段の不敵さは何処へやら、慌てたようにクララの方へ駆け寄る。



「っていうか、割振りは最初からほぼほぼ決まってたんだよ。おまえが気にする必要ないから、な?」


「……っ、ごめ、なさい」



 己の無力さが、こんなことで涙を流してしまう自分の弱さが、クララには腹立たしくて堪らない。早く泣き止もうと思うのに、心も身体も言うことをきいてくれない。


 そのとき、クララの身体がふわりと包み込まれた。微かに香る花の香り。フリードがクララのことを優しく抱き締めていた。



「大丈夫、大丈夫」



 まるで子どもをあやすかのような声。ささくれだらけの心が安らいでいく。



(慰められたいわけでも、許されたいわけでもないはずなのになぁ)



 それでも、ひとの温もりというものは抗いがたい。クララはフリードの胸に顔を埋めながら、そっと涙を流した。

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