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王太子選抜の課題

 それは、王妃とのお茶会から数日が経った、ある日のことだった。



「二人とも、少し時間を貰えるかな?」



 改まった様子のフリードが、クララとコーエンを手招きする。二人は顔を見合わせながら、すぐにフリードの側へ向かった。



「実はね、一か月後に、少しばかり大掛かりな宴が開かれることが決まったんだ」



 フリードはそう言って穏やかに微笑む。



(宴?)


 

 夜な夜な開かれる、貴族たちの夜会のことを指しているのだろうか。クララは小さく首を傾げた。



「あぁーーーー、どっかの国から使節が来るんだったっけ?」



 コーエンはポリポリと頭を掻きながら、面倒くさそうに呟く。



「そうそう。今回の宴は彼等をもてなすために開くものだから、クララが知っている夜会とは趣が異なるんだ」



 クララの疑問に答えながら、フリードは笑った。


 国土を海で囲まれた島国であるこの国に、遠路はるばる他国からの客人、しかも国賓クラスの人間が訪れることは珍しい。


 だから、歓迎の意を表するために、食事や酒をふんだんに振る舞い、音楽や劇等を披露する場を設けるのだという。



(楽しみだなぁ。一体どんな感じなんだろう)



 クララが出席してきた夜会だって、限られたものだけに許された、煌びやかな社交の場だった。


 フリードの話だけではうまく想像ができない。けれどきっと、それとは規模の異なる、とてつもなく華やかなものなのだろう。クララはうっとりと目を細めた。



「……お楽しみのところ悪いんだけど、『もてなすため』っていうのは建前だし、俺たちは全く楽しめないぞ」



 コーエンは横目でクララを見つめながら、ポツリと呟く。



「建前?」



 クララが聞き返すと、コーエンは小さく頷いた。



「色々名目を立てていても、とどのつまり相手はうちを品定めするために来国するんだ。だから、他国からの客のために開く宴ってのはつまり、相手から侮られないためのパフォーマンスなんだよ。『うちの国はこれだけ金を持っています、こんなに文化が発展しています』って誇示するために開くわけ。だから、何を見せるのか、どう見せるのか、あれやこれやとめちゃくちゃ神経使うんだよ」


「なっ……なるほど」



 島国であるこの国が、他国から攻撃を受けたことは少ない。けれど、皆無というわけでもない。


 国の弱味を見せることは、相手に付け入る隙をあたえること。延いては侵略戦争の火種となる可能性がある。


 逆にここで国力を見せつけておけば、相手も海を超えてまで手出しをしようとは考えづらい。無駄な血を流すことなく、戦争を回避できる、というわけだ。



(外交って案外難しいのね)



 単に仲良くしていれば良いというわけではないらしい。クララは小さくため息を吐いた。


 フリードはもう一度ニコリと微笑んだかと思うと、急に真剣な目つきへと変わる。クララも思わず居住まいを正した。



「それで今回の宴なんだけれどね――――ボクたち王子3人が取り仕切ることになったんだ」


「は!?おまえそれ、マジで言ってんの!?」



 フリードの言葉を聞くや否や、コーエンはそう言って声を荒げる。相手は王子だというのに、今にも掴みかかりそうな勢いだ。


 コーエンのすごい剣幕にクララはビクリと身体を震わせる。

 けれどフリードは全く動じることなくコクリと頷いた。



「コーエン、もう決まったことだよ」


「……いや、一言ぐらい断りを入れろよ。俺にも」



 コーエンはそう言って唇を尖らせる。



(うーーん、重要事項は事前に側近へも伺いを立てるものなのかしら?)



 確かにフリードが仕事を引き受けるということは、その分側近であるコーエンの仕事が増えるということを意味する。


 クララにはこの辺の決まりがまだ良く分からないものの、コーエンの様子から判断すれば、本来は決定前にある程度の情報が得られるものなのだろう。



「そんなこと言ったって、会議をすっぽかしたのはコーエンの方だろう?」



 フリードはニコリと笑いながら、コーエンを見上げる。

 コーエンは不満げな表情のまま、ややして深いため息を吐いた。



「それで?これが王太子選抜の課題の一つってわけ?」


「さすがコーエン。察しが良いなぁ。これから忙しくなるね」



 コーエンの問いかけに、フリードは淀みなく答えた。



(王太子選抜の課題?)



 クララは話の速さに付いていけぬまま、呆然と佇むことしかできない。

 外交に大きな影響をもたらす宴を王子たちが取り仕切る。その過程では当然、彼等の政治的手腕が求められることになるはずだ。



(コーエンが話していた通り、何を見せるか、どう見せるかで、相手に与える印象は大きく変わるものね)



 クララは顎に指を掛け、小さく唸る。


 それが王太子選抜の結果に影響することは理解できるが、あまりに規模の大きな話だ。クララが失敗をすれば、国の平和を脅かしかねない。


 これまで手伝ってきた、書類仕事とは格が違う。クララは戸惑うことしかできなかった。



「大丈夫だよ」


「……え?」



 そう声を掛けたのはコーエンだった。クララの肩をポンと叩き、彼にしては珍しい穏やかな笑みを浮かべている。



「過去の資料はちゃんと残ってるし、実際に動くのは礼部の連中。俺たちは企画とか指示出しとかが主だし、そこまで難しく考えなくていい。企画だって事前に陛下に話を通すんだ。滅多なことにはならねぇよ」



 まるでクララの心を見透かしたかのように、コーエンは一つずつ、不安の種を取り除いてくれる。



「まぁ、忙しくはなるけどな。クララなら大丈夫だろう?」



 挑発的な笑み。けれどそこに、以前のような意地悪さはなかった。



「うん」



 クララは力強く笑いながら、前を向いた。



「とはいえ、この対決は第2王子――――ヨハネスの得意分野だ」



 フリードは徐に立ち上がると、クララの肩をそっと抱き寄せる。思わぬことに身体を震わせながら、クララはフリードを見上げた。



(えっ、どうして急に?)



 話の内容にそぐわない唐突な行動。そわそわとして、心も身体も落ち着かない。



「ヨハネスは派手好きな分、金に糸目をつけないし、自分をよく見せること――――演出に長けている。おまけに今回、スチュアート家が彼の後見についたことで、その傾向が顕著になったと思う」



 神妙な面持ちでフリードがそう説明する。



「同じ方向性で戦ったらどうしたってこちらの分が悪い。だからこそ、ボクたちも婚約者としての結束を固めないと。ね、クララ」



 なるほど、婚約者同士の代理戦争という側面の強い今回の王太子争い。フリードはクララに再度、己の役割を自覚するよう促したかったのだろう。

 フリードの唐突な行動に理由付けができて、クララはほっと胸を撫でおろす。



(お父様で力になれることがあれば良いのだけれど)



 とはいえ、スチュアート家のような助力の仕方は難しいだろう。そう考えながら、クララは眉を顰める。


 その時、ふとクララの手のひらに何かが触れた。

 遠慮がちに指先に触れた温もりは、ややして手のひら全体を包み込む。そっとクララの指を開き絡めるように繋がれたそれは、温かくて大きくて、少しゴツゴツしていて。毎日剣を振るった跡のような――――。



「はい……そう、ですね」



 クララはやっとの思いでそう答えながら、チラリと上向く。フリードが立っているのと反対側。クララの手が握られている方だ。



(一体、なにを考えてるの?)



 ほんのりと頬を赤らめ、そっぽを向いているコーエンに、クララは心の中で問いかける。当然答えは返ってこないし、心臓がドキドキと高鳴って鎮まりそうもない。


 火照った頬を隠すため、クララはそっと俯いたのだった。

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