終わりと始まりとクララだけに許された名前
秋の良く晴れた日。
空には色とりどり花びらや紙吹雪が舞う。太陽の光が美しく降り注ぎ、キラキラと輝いて見える。
「すごい……わたし、こんなの初めて見た」
王都を見渡せる特等席にコーエンと二人腰掛け、クララはウットリと息を呑む。
ガラス越し、遠く離れた民の興奮がこちらまで伝わってくる。ドキドキと高鳴る心臓を持て余していると、コーエンがそっとクララの手を握った。
「俺も。想像以上」
手のひらから伝わってくる、コーエンの鼓動はトクトクと早い。青い瞳が緊張と高揚感でキラキラと輝いて見える。笑顔まで神々しく見えて、クララは密かに胸をときめかせた。
「玉座からの眺めはどうだい?お二人さん」
楽し気な声。
振り向くと、ジェシカが二人に向かって穏やかに微笑んでいた。
「ジェシカ」
「おめでとう、フリード。クララも」
美しくドレスアップされたジェシカが目を細める。
まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔。クララも胸が熱くなった。
「しっかし、フリードはせっかちだよねぇ。王太子即位と同時にクララとの婚約まで発表するんだもの。もう少しのんびり行くのかと思っていたのに」
ジェシカはそう言ってクックッと喉を鳴らす。
揶揄するような瞳。クララはそっと頬を染めた。
「寧ろ『王太子即位と同時に即結婚』を我慢したんだ。褒められても良いぐらいだと思うけど」
コーエンはそう言って唇を尖らせると、プイと顔を背けた。
今日は、長らく空席だった王太子の椅子が埋まる日――――コーエンが王太子として即位する日だ。
そして、彼の即位と同時に、クララがコーエンの婚約者として内定したことが発表される。
(なんだかすごくむず痒いなぁ)
まだ正式にアナウンスされていないものの、相手がクララであることは、既に皆の知るところとなっている。
おめでとうと声を掛けられる度、クララは嬉しくて恥ずかしくて堪らなくなった。
「まったく、フリードは相変わらずだねぇ」
ジェシカよりもやや低めの揶揄するような声。次いで、呆れたようなため息が聞こえる。
見ればそこには、カールと彼の婚約者であるイゾーレ、それからヨハネスが立っていた。
「為政者は我慢強くないと。クララもそう思わない?」
ヨハネスはそう言ってクララに笑いかける。コーエンは眉間に皺を寄せながら、ヨハネスを睨みつけた。
「別に、待たないなんて言ってないだろう」
その瞬間、クララの心臓が大きく跳ねた。
コーエンが先程よりも強く、手を繋ぎなおす。たったそれだけのことなのに、クララの心は簡単に疼く。
待つと言う言葉とは裏腹に、本当はクララを強く求めてくれている。そう言われているような気がして、とても嬉しかった。
「ふぅん。まぁ良いけど――――あぁ、そうだ。これ、レイチェルから、君宛の手紙を預かっているんだ」
「レイチェルから?」
ヨハネスが懐から取り出した手紙を、クララは急いで開く。
気の強そうなーーけれど品のある文字が並ぶ。クララは急いで文章に目を走らせた。
レイチェルはあの後、貴族としての地位を失った。
父親である伯爵は極刑は免れなかったものの、娘である彼女の命は助けられた。コーエンやヨハネスたちの尽力の賜物である。
「なんて書いてあるんだ?」
「ん……田舎暮らしは案外面白い…………だって」
レイチェルはもう二度と、生まれ育った王都の地を踏むことは許されない。
遠く離れた海辺の里で、生涯を終えることになる。王太子妃候補だったことからすれば、ものすごい転落ぶりだ。
けれど、文面からは彼女が幸せであることが伺える。クララは穏やかに微笑んだ。
「そうか。良かったな」
「うん。あとはね、『うかうかしてると、王太子妃の位なんて、すぐに他の令嬢に取られちゃうんだからね』――――だって」
クララは苦笑いを浮かべながら、手紙を畳んだ。
レイチェルらしいお祝いと激励の言葉。なんだか胸が温かかった。
「素直じゃないなぁ。ホント」
ジェシカはそう言って笑いながら、遠く窓の外を見つめた。
「だけど、良かったよね。おかげで好きな人と一緒になれたんだもの」
「……そうかもしれないな」
カールが渋い表情で答える。
彼の側近だったシリウスとその両親は、伯爵ほどの罪には問われなかった。
けれど、全くお咎めなしというわけにはいかない。
領地を取り上げられ、王都から遠く離れた土地へ行くこととなった。
シリウスからの近況報告によると、彼はそこで、幼い頃からの想い人と結ばれたらしい。かつて親の反対に遭って、引き離された恋人だ。
それが誰を指すのか。明示されたわけではない。
けれど、クララたちには答えが分かるような気がしていた。
「罪を犯した者、その家族が、ずっと不幸でなくてはならない理由などない。償いは必要だ。けれど、その中で少しでも幸せに暮らしてくれることを祈る」
カールはため息を吐きながら、そう呟いた。
「――――いや、祈るだけではダメだな。そういう国にしていかなければならない。俺たちの手で」
感情表現の苦手なカール。けれどきっと、その気持ちはシリウスとレイチェルに届いている――――届けばよいと、クララは思う。
「そうだな。実際、俺一人でできることなんて限られてるし、俺だけじゃ見えないもの、変えるべきことはきっといっぱいある。だから……これからもよろしく頼むよ」
コーエンはそう言って笑った。
仲の悪く、顔を合わせることすらなかった三人の王子たち。
けれど少しずつだが、三人は歩み寄っている。
己の理想を互いに託し、一つの目標に向かって進んでいこうとしている。
そのことが、クララはとても嬉しかった。
「それでは私たちはこれで。フリード殿下、クララ様、本日は本当に、おめでとうございます」
イゾーレは穏やかに微笑むと、カールと共に踵を返した。
ヨハネスも悠然と二人の後に続く。
残ったのはコーエンとクララと、ジェシカの三人だけだった。
「殿下、あの……色々と、ありがとうございました」
クララはそう言って深々と頭を下げた。
ジェシカは要所要所で、クララやコーエンを助けてくれた。そっと背中を押してくれた。その存在の大きさに、どれ程救われてきたか。
(ううん。これから先も、きっとそう)
彼女はきっと、さり気なくコーエン達を助け続けてくれるだろう。
コーエンが王太子の位に就く前に――――クララが彼の婚約者だと発表される前に、どうしてもジェシカに伝えたかったことだった。
ジェシカはクララの言葉にキョトンと目を丸くしていたものの、声を上げて笑いながら、恭しくクララの手を握った。
「言っただろう?ボクがこの婚約を運命に変えて見せるって」
コーエンとクララを交互に見ながら、ジェシカは穏やかに笑う。
「幸せにね」
そう言って笑うジェシカは、とてもとても美しかった。
刻一刻とお披露目の時刻が迫っている。
コーエンとクララは今、二人きりだった。
先程まで忘れかけていた緊張が、再びクララを襲う。胸がドキドキして堪らない。
クララの隣で広間を見つめるコーエンは、既に王太子としての自覚と自信、誇りに満ち溢れているのだろう。キラキラと輝いて見える。
眩しくて、あまりにも愛おしい。ついつい手を伸ばしたくなる美しさだった。
けれどその時、コーエンの方がクララの手を繋いだ。
温もりが、眼差しが、言葉よりも雄弁に想いを語る。
嬉しそうに、愛おしげに、コーエンがクララの額に口づける。
「クララがいるから、俺は強くなれるんだよ」
コーエンの腕の中は、温かくて心地よい。
これから先の人生、きっと大変なこと、辛いこともたくさんあるだろう。妃としての重圧につぶれそうになることもあるかもしれない。
(だけどきっと、大丈夫)
大好きな人の隣に立てること、彼を支えられることを、クララはとても嬉しく思う。コーエンの側にいるだけで、何でもできるような気がするのだ。
「コーエン」
ゆっくりと、噛み締めるように、彼の名を呼ぶ。
クララ以外にもう、この名を口にするものはいない。
クララが見つけた、クララだけに許された、コーエンという一人の男性。
(ずっと、わたしだけだったら良いなぁ)
なんと贅沢で、途方もない願い。だけど。
「クララ」
コーエンもまるで、この世にたった一人しか存在しないかのようにクララを呼んでくれるから。
どちらともなく口付けながら、二人は満面の笑みを浮かべたのだった。
本作はこれにて完結いたしました。
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改めまして、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




