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必然と運命とコーエンの願い

「クララ、待って……クララ!」



 遠くからコーエンの声が聞こえる。



(知らなかった……!わたしだけが、なにも!)



 クララは人の波に紛れるようにして、全速力で走っている。裾を捲り上げ、息を切らし、必死に足を動かす。

 淑女としての体面なんて、どうでも良かった。ただただ、この場から逃げ出したい。



(どうして気づかなかったんだろう)



 思い返してみれば、ヒントはずっと、与えられていた。

 コーエンもフリードも。クララが自力で気づけるよう、必要な情報を少しずつ与えてくれていた。

 完全にクララを騙そうと、そう思っていたわけでは無かったはずなのに。



(恥ずかしい!恥ずかしくて、もう、皆の顔が見られない!)



 燃えるように顔が熱い。涙が止め処なく流れるし、頭の中はぐちゃぐちゃだった。



「クララ!」



 コーエン――――いや、フリードの声が聞こえる。


 走って走って、いつの間にか騎士たちも文官もいない方向へ向かっていて。気づいたらクララは城から出てしまっていた。遮るものは何もない。最早追い付かれるのは時間の問題だった。



(無理!今はコーエンと会いたくない!)



 酷い顔をしている自覚がある。こんな顔、とてもじゃないが、コーエンには見られたくなかった。



「クララ!」



 その瞬間、勢いよく後から抱きすくめられて、クララは息を呑む。



「クララ」



 コーエンがクララの名を呼ぶ。

 胸が千切れそうなぐらいに痛い。

 ブンブンと頭を横に振ってみても、コーエンは腕の力を強めるばかりだ。



「話を聞いて。これまでのこと、ちゃんと説明させてほしい――――」


「無理!今はわたし、頭の中がごちゃごちゃで!訳わからないことになってて!」



 ボロボロと流れ落ちる涙が、コーエンの腕を濡らす。



「きっとコーエンに……殿下に酷いことばかり言っちゃう!だから、しばらく放っておいて」



 顔を見せぬようにして藻掻きながら、クララは頭を振った。



(もっと早くに打ち明けてほしかった。最初からちゃんと、コーエンが王子だって分かってたら、こんな風に悲しい思いをしなくてよかったのに)



 頭の中に浮かぶ、汚い言葉の数々。

 こんな言葉、コーエンに聞かせたくはない。

 どんなに傷ついていたとしても、コーエンの前では、可愛い女の子でいたかった。



「今までずっと、嘘を吐いてて――――本当にゴメン」



 背中に感じる温もり。クララは眉間に皺を寄せる。



「クララを傷つけた。悲しい思いをさせた。本当に、反省してる」


(ううん――――悲しいとは少し違う。ショックだったけど、でも)



 自分の気持ちがうまく整理できない。相変わらず涙はポロポロと零れ落ちるが、そこから前にも後にも進めずにいる。



「クララが気の済むまで、俺を詰って。幾らでも殴っていいから」



 縋るように抱き締めながら、コーエンが言う。心が切なく疼くような声音。



(そんなこと、するつもりない)



 けれど、どうすれば良いのかも分からない。

 ついつい救いを求めて、振り返りたくなる。コーエンの顔が見たくなってしまう。



「――――だけど、頼む。俺の側からいなくならないで。殿下じゃなくて、いつもみたいにコーエンって呼んで」



 トクンと音を立ててクララの心臓が跳ねる。

 


「絶対、絶対放さない。ようやく捕まえたんだ」



 切なげな声音が、心をかき乱した。



(コーエン)



 これまで、コーエンに貰った、たくさんの言葉たち。彼の立場を知らなかったが故に、素直に受け取れなかったものも多かった。


 けれど、今はもう違う。


 あまりにも大きな嘘が一つあったものの、それ以外は――――コーエンが口にしたことは皆、彼の本心だった。彼がクララを想う心には、何一つ偽りが無かったと信じたい。



「ねぇ……どうして、嘘を吐いたの?」



 ポツリと、呟くようにクララが尋ねる。

 振り返りはしない。けれど、コーエンの腕をそっと抱き返しながら、少しずつ少しずつ、自分の心が落ち着いていくのを感じていた。



「――――――俺さ、クララと出会うまで、王太子になりたいって思ったことが無かったんだ」



 コーエンはクララの肩に顔を埋めつつ、そう口にする。



「国のことはすごく大切に思っているし、公務も好きだ。多分、他の王子と同じかそれ以上に、その想いは強いと思う。だけど、俺には王太子なんて役職は必要ない。今のままでも仕事はできるし、そのままで良いって、そう思ってたんだ」



 聞きながらクララは、以前シリウスが、フリードに王位を継ぐ意志がないと話していたことを思い出す。



(そっか……そうよね。あれは、コーエンの話をしていたんだ)



 まるでパズルのピースを組み立てるかのような――――最後のピースを見つけたかのような緊張と高揚感。クララはゴクリと唾を呑んだ。



「だけど、父上は存外、俺が王太子になることを望んでいるようだった。ジェシカを監視役に置いて継承戦に参加させる程、俺に適性があると思っている。俺の考えとは裏腹に」



 コーエンは一度深呼吸をすると、クララの身体を抱き締めなおした。



「だから俺は、『本当に俺が王太子に相応しい人間ならば、王子としての身分を隠しても、そうと望まれるはずだ。逆に、そうでないなら、俺には次期王としての資格はない』……そう伝えたんだ」



 何故だろう。その途端、クララの目頭が熱くなった。



「最低なことは重々承知のうえ、俺はクララに嘘を吐いた。『やっぱり俺には王太子としての資格はない』って。そう確認するために」



(コーエン)



 心が熱くて、もどかしくて堪らない。

 クララは身体の向きを変えると、コーエンをギュッと抱き締めた。



「だけど、クララと一緒に過ごすうちに、俺はどんどん考えが変わっていった。王太子にならないと、できないこともあるのかもしれない。守れないものがあるのかもしれない。クララが王妃になったら、どんなに素晴らしい国になるだろう。……そう思った。そしたらクララが言ったんだ。『俺に王になって欲しい』って」



 コーエンの声が小刻みに震えている。心に直接響く、彼の言葉。先程までとは全然違う、温かな涙が、クララの頬を伝った。



「そんなこと、絶対に起こりっこないって思ってた。王子フリードではなく、俺自身を――――他でもない。クララが王として選んでくれた。望んでくれた。俺がどれほどビックリしたか……嬉しかったか分かる?」



 声も出せぬまま、クララはコクコクと頷く。苦しいほどに抱き締められて、クララはギュッと目を瞑った。



(わたしたちはきっと、よく似ているんだわ)



 必然と運命は、全く異なるところにあるようで、とてもよく似ている。


 コーエンは『己が王太子になる必然』を望んだ。自分じゃなければいけない、その理由と、それを見出してくれる誰かを探していた。それがクララだった。


 そしてクララは『運命の相手』を探していた。誰かに決められた誰かではなく、自分で自分の運命を選んでいく。その先にコーエンがいた。


 クララとコーエンは、出会うべくして出会い、そうして惹かれ合った。そう思わずにいられないのだ。



「――――クララが俺を変えたんだ。俺を選んでくれたクララのために、この国をもっともっと強く豊かにしたい。王太子として、引っ張っていきたいって。そう思った」



 コーエンがそっとクララの顔を上向ける。泣きぬれた青い瞳は美しく、クララは思わず手を伸ばす。けれど、彼の頬に触れる前に、クララの手のひらはコーエンの唇に優しく口づけられていた。



「クララじゃなきゃ、ダメなんだ」



 真剣な眼差し。クララの心臓が大きく跳ねる。



(忘れるわけがない)



 それはコーエンがクララに求婚したあの日、彼が口にした言葉と同じだった。


 コーエンの手のひらがクララの頭をそっと撫でる。指が探るように動いて、それからゆっくりと下に降りていく。



「んっ……」



 少しだけ皮膚が引っ張られるような感覚。見ればコーエンの手の中には、ヨハネスから贈られた髪飾りが収まっていた。



「これはもう、要らないだろう?」



 己の懐に髪飾りを終いながら、コーエンはクララに尋ねる。次いでクララの頬がほんのりと紅く染まった。


 コーエンが何を望んでいるのか、分からないクララではない。恥ずかしさを堪えながら、真っ直ぐにコーエンを見つめる。



「…………今度は断らないよな?」



 けれど、次に聞こえたのは、コーエンらしくない呟きで。

 いじけるように尖った唇に、自信なさげな表情。

 それがあまりにも愛おしくて、クララは声を上げて笑う。



「ちょっ……!笑い事じゃない!俺がどれだけ――――」



 その時。クララはそっと背伸びをして、コーエンの唇に己の唇を重ねた。

 甘くて、温かい口付けが、二人の心を満たしていく。

 そうしてゆっくりと唇を離すと、クララは真っすぐにコーエンを見上げた。



「わたしも。コーエンじゃなきゃ絶対、やだ」



 力いっぱいコーエンを抱き締めながら、クララは笑う。



「ずっとずっと、コーエンがもう嫌だって言っても、絶対に側にいる」



 コーエンはクララの望みを、願いを全て叶えてくれた。

 だから、今度はクララの番。

 彼の望む言葉を、願いを叶えるべく、クララは口を開く。



「だからコーエン。わたしを、コーエンのお嫁さんにして?」



 返事の代わりに降ってくる口づけの嵐。

 それはあまりにも甘美で、歓喜に満ちている。



(唇が触れる瞬間)



 僅かに見えたコーエンの表情はあまりにも幸せそうで。



(きっと、わたしも同じ表情をしているんだろうなぁ)



 クララは涙を流しながら、満面の笑みを浮かべたのだった。

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