表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/39

罪と罰

 辺りは騒然としていた。


 広場の北側からは騎士たちが、西側からは文官たちが押し寄せる。


 スチュアート伯爵はコーエンに腕をねじり上げられ、ガクリと両膝を突いていた。けれど、彼の頬は怒りで真っ赤な上、瞳は爛爛と輝いている。とてもじゃないが、『観念した』という人間の表情ではない。



「クララ、大丈夫か?」



 騎士に伯爵を引き渡しながら、コーエンは尋ねた。



(全然、大丈夫じゃない)



 足はガクガク震えているし、伯爵に掴まれた辺りがズキズキと痛む。


 あんな風に剥き出しの悪意に触れるのは、生まれて初めてだった。敵意を向けられることはあっても、直接的にクララを害そうという人間はこれまでいなかったのだ。


 未だ、まともに返事もできずにいるクララを、コーエンはそっと抱き寄せる。ふわりと漂う汗の香りに、何故だか涙が溢れた。



「貴様では――――太子の位も得ていない人間では話にならないと!先程もそう言っただろう!?何故、私の邪魔をするんだ!」



 唾を撒き散らしながら、伯爵は吠えた。両腕を拘束され、頭を押さえつけられているにも関わらず、すごい勢いだ。


 コーエンは冷ややかな瞳で伯爵を見下ろすと、クララを庇うようにしながら、前に躍り出た。



「何故?……本気で理由が分からないのか?」



 ゾクッと震えあがるほどに怒気を孕んだ声。クララはコーエンを覗き見ながら、ゴクリと唾を呑み込んだ。



「始めに言っておくが、クララは今回のことに関係ない。スカイフォール公爵もだ」


「せっかく穏便に――――出来る限り内密に済まそうと屋敷に出向いたんですが、わざわざ衆人環視の断罪を望むなんて……義父上は相当な目立ちたがり屋ですね」



 振り向けば、クララのすぐ隣に、ヨハネス王子が佇んでいた。柔和な笑みを浮かべてはいるが、瞳が笑っていない。彼の後には、青白い顔をしたレイチェルが立っている。



「貴様っ!私を裏切った分際で『義父上』などと……白々しいっ!大体、断罪とはなんだ!私は何もしていない!大臣職を解任される謂れもない!分かったら、さっさと陛下に取次を――――」

「できぬと言っているだろう!」



 ヨハネスの反対側から響く、力強い声音。見ればそこにはカールがいた。騎士たちを率いるように背を向け、真っ直ぐに伯爵を睨みつけている。



「自分がどうしてこのような扱いを受けているのか、本当に分からないのだな?」



 コーエンを中央に、ヨハネスとカールが脇を固める。それぞれが放つ独特なオーラに加え、三人揃えば圧巻だ。物凄い威圧感である。



「当然だっ!全く、身に覚えがない!」



 伯爵はそう言ってニヤリと笑う。けれど、彼の額には汗が滲んでいた。



「――――仕方がない。では、この場であなたの罪を詳らかにしよう」



 コーエンはため息を吐きながら、ゆっくりと目を瞑った。



「伯爵。あなたには公金横領、脅迫等の嫌疑が掛けられている」



 ピクリ。ほんの僅かだが、伯爵の表情が固まる。


 けれど、それは本当に一瞬のことで、彼はすぐに大きく首を横に振った。



「何を仰るかと思えば。この私が、そんなことをするはずがないでしょう」



 伯爵はクックッと喉を鳴らして笑う。先程まで真っ赤だった彼の顔が、今は土気色をしていた。



「財務大臣の私が公金横領?御冗談を!まさか、そんなくだらない疑いのために、私は大臣職を解かれたのでしょうか?冤罪もいいところです。いくら殿下とはいえ、看過できませんよ」



 少しずつ、少しずつ、声から覇気がなくなっていく。

 コーエンはニコリと微笑みながら、伯爵の側に屈んだ。



「冤罪?そんなこと、あるわけないだろう?」



 その瞬間、伯爵はカッと目を見開き、今にも噛みつかんばかりの勢いで身を乗り出した。けれど、騎士たちに押さえつけられた身体は、ピクリとも動きはしない。伯爵の唇からは、だらりと血が流れだした。



「キッカケはそう――――マッケンジー家の領地で、密猟が複数確認されたことだった」



 コーエンの言葉に、クララはカールを仰ぎ見る。


 こんなにも大勢の前で、マッケンジー家の名が――――密猟の件が明らかにされることは本意ではなかったのだろう。眉間に薄っすらと皺が刻まれていた。



「始めは、領民たちが己の判断で密猟を始めたのだと思っていた。生活に困り、致し方なく手を染めたのだと――――。けれど、話を聞いていくうちに、マッケンジー家が密猟の許可を与えたのだと分かった」



 コーエンの説明を聞きながら、クララも一連の出来事を思い返す。


 ふとレイチェルを見れば、彼女は涙目で伯爵を見下ろしていた。



「マッケンジー家は何代にもわたる王家の忠臣。とても、そんなことをするとは思えない。だから俺たちは、ここ数年分のマッケンジー家の資産状況を調べた。密猟の許可を与えるならば、そこから得た収益の一部を領民たちに要求して然るべきだからだ。けれど、マッケンジー家の収入状況は変わらない。寧ろ減少していた」


「財務資料を検めたのか!?あの資料には、閲覧制限が……っ!」


「まぁまぁ、義父上。そこらへんの事情は、もう少し後で解説しますよ」



 扇で口元を隠しながら、ヨハネスが微笑む。



(そこら辺の事情?)



 ヨハネスは資料を借り受けた張本人だ。何やら含みのある物言いに、クララは唇を尖らせる。すると、ヨハネスはクララを流し見ながら、小さく笑った。



「一方、数年前を契機に、とある貴族の収入と資産が大幅に増加していた。他の資料と照らし合わせて見ると、明らかに数字がおかしな部分が幾つも隠れている。もう、誰のことかお分かりですね?」



 伯爵がブルブルと震えている。クララの心臓がザワリと騒いだ。



「俺は密猟をしていた民に尋ねた。『密猟で得た収益を、誰に渡しているのか』と。皆が口を揃えて、あなたの名前を上げたよ。しかも、法外なノルマまで課していたとか――――」


「でたらめを言うな!そんなバカなことが……」


「ここまで分かればもう、言い逃れはできない。マッケンジーは教えてくれた。――――最初は生活に困った領民の一部に、一時的な密猟の許可を与えただけだった。けれど、それがあなたにバレた。そして、国王に罪を明かさない代わりに、密猟の継続と、広範化、収益とマッケンジー家の収入の一部をあなたに納めるように強要されたのだと」



 コーエンはそう言って眉間に皺を寄せた。


 キッカケは些細だとしても、道を誤れば、大きな罪と成り得る。


 コーエンは本当はマッケンジー家を――――シリウスを救いたかったのだろう。苦し気な表情が、クララの心を抉った。



「脅されていたのはマッケンジー家だけじゃない。複数の貴族が脅迫を受けて、あなたに献金をしていた事実を認めている。手口も密猟に限った話じゃない。資料も証言も、全て俺が手に入れている」


「そんなバカなことが……誰が……誰が資料を殿下に…………っ!あれは陛下と財部の人間のみが閲覧を許可された資料だ!殿下が確認した資料など、偽物に決まって――――」


「資料は僕が借り受けました」



 そう言ってヨハネスが手を上げた。

 伯爵はいよいよ顔を真っ赤にし、ガチガチと歯を鳴らしている。



「財部の子に頼んだら、快く貸してくれましたよ。どうか、お検め下さいって」


「裏切者!私がお前を王太子にするためにどれだけ……っ!」


「やだなぁ。僕はただ、資料を借りただけだもの。まぁ、財部の子は、本当の資料の借主がフリードだって分かっていたみたいだけど」



 ヨハネスはそう言って、チラリと後方を振り返った。よく見れば、そこにはクララの閲覧申請を退けた、若い文官が立っている。



「真面目に仕事をやっていたら、当然分かるよね?自分たちのトップである財務大臣が不正をやっているって。だけど、それを公にすることは難しい。皆自分の身が大事だし、大臣本人に罪を追及すれば、マッケンジーのように脅されるか、揉み消されるだけ。何とかしたいと思っていても、頼みの綱のフリードとカールへの資料の貸し出しは禁止されている。だから、僕に資料を貸してくれた文官は、本当に必要な資料を、出来る限り多く提供してくれたんだよ。真実を明らかにするため――――僕等に助けを求めるために」


「そう。そのおかげで、マッケンジー家への脅迫だけじゃなく、伯爵が財部の資料を改竄して、公金を横領していることも確認できたんだ」


(ふぅん、そうなの)



 何ともつっけんどんな対応をされたと思っていたが、どうやらあの文官も、彼なりに苦しんでいたらしい。根が真面目な分、不正を見逃すことで、自身も罪の片棒を担いでいた気がしていたのだろう。



「分かった!金は……金は全て返そう!それで良いだろう?」



 伯爵はダラダラと汗を流しながら、笑顔を浮かべた。

 絶望と希望の狭間でグラグラ揺れた、見苦しい笑み。直視に堪えない酷い表情だった。



「これまで私はずっと、国のために尽くしてきた!これから先だってそうだ!あと少し!あと少しで私の娘が全てを手にする……っ!王太子妃となり、この国をもっと、豊かで潤った国に変えられるんだっ!だから――――」


「そんなの全部嘘っぱちよ」



 ポツリと呟くような声。レイチェルが涙を流しながら、己の父親である伯爵を睨んでいた。



「何が国のために尽くしてきた、よ!何が王太子妃よ!国を豊かにする?そんなの全部……全部自分のためじゃない!自分が良い思いをするためでしょ!?私には分かるわ!親子だもの!私も一緒だもの!」



 レイチェルは目の縁を真っ赤に染め、声を荒げる。



「利己的で、ずる賢くて、どうしようもない!この期に及んで返金すれば許される!?私が王太子妃になる!?無理に決まってるでしょ!お父様はね、私と一緒に地獄に落ちるの。お父様のせいで苦しんだ人のために、罪を償わないといけないのよ!」



 父親だけでなく、己をも断罪する凛とした声。次いで二人分の嗚咽が、広間に響き渡る。



(伯爵は自業自得……そう思えなくもない)



 関係のない自分にも害を及ぼそうとした利己的な人間。脅された貴族や、今ここにいる文官や騎士の中にも、ざまぁ見ろと思っている人間が、少なからずいるだろう。



(でも)



 レイチェルは目の前で床に蹲り、体を震わせて泣いている。

 クララは遣る瀬無さを胸に、そっと目を伏せたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ