同族嫌悪→好?
それから数日間、コーエンは執務室に姿を見せなかった。
「ちゃんと話は聞いてるから。クララは心配しなくて大丈夫だよ」
フリードはそう言って微笑む。
(うーーん……コーエンったら、殿下には一体、なんて説明してるんだろう……)
あの日の二人のやり取りを説明するのは聊か障りがある。
クララの願いは、フリードを退けてコーエンが王位を手にすることだし、他にも、後から思い返せば赤面物のやり取りばかりだった。
「コーエン、めちゃくちゃ張り切ってたよ~~」
揶揄するような、楽し気なフリードの声。どこか意地の悪い笑みに、クララの鼓動が早くなる。
「楽しみだよね~~~~!早く見たいなぁ!クララの花嫁姿」
ニコニコと屈託のない笑みがクララの心臓を抉る。
(殿下は、何を、どこまで御存じなんだろう!?)
クララは人知れず頭を抱えた。
(そもそも)
3人の王子たちの中で、フリードが一番掴みどころがないようにクララには思える。
王位継承戦に乗り気なようでいて、あまり執着を見せない。それどころか、いつも脇役に徹しようと振る舞っている節すらある。
(今回のことだってそう)
フリードがコーエンから何を聞いているかはわからない。
けれどフリードは、自分ではなく寧ろコーエンに王位を継承してほしいと思っている――――そんな風にクララには見えた。
(それにしても)
コーエンは、クララが借りてきた大量の資料を持ち去った。城内で姿を見かけることがないので、どこかへ出掛けているのだろう。
(心配……だなぁ)
いや、心配というのは語弊があるのかもしれない。
目を瞑れば浮かび上がる、明るい笑顔。真剣な眼差し。クララを見て嬉しそうに綻ぶ唇。
(コーエンに会いたい)
「っ……と」
はぁ、とため息を吐いた所で、クララははたと立ち止まった。
目の前で揺れる、蜂蜜のような色をしたブロンド髪。風に舞って漂う、強い花の香り。
両手に書類の山を抱え、憂い顔を浮かべたレイチェルがそこに立っていた。
「御機嫌よう」
さすがに、何も言わずに済ますわけにはいかない。両手が塞がっているため、クララは言葉と仕草で挨拶をする。
けれど、レイチェルはチラリとクララを一瞥すると、小さくため息を吐いた。どうやら挨拶を返す気はないらしい。
(別に良いけど)
クララは唇を尖らせつつ、レイチェルを覗き見た。
「体調、悪いって聞いたけど……少しは良くなったの?」
実家から戻ってはきたようだが、レイチェルの顔は、どこか青白い。無理をして戻って来たのだと予想がついた。
「そんなの、あなたには関係ないでしょ」
レイチェルはそう言ってふいと顔を背けると、踵を返した。
とはいえ、向かう先はどうやら同じらしい。クララはゆっくりと、彼女の後に続く。
(この子ってホント、どうしていつも、こんなにツンツンしてるんだろう?)
負けず嫌いなのは結構だが、こんなにも敵ばかり作っていては、どこにいても生きづらかろう。いつも神経を尖らせて過ごしていては、疲れるに違いない。
けれどクララには、レイチェル自身が敢えてそんな生き方を望んでいるようにも見えた。
「――――あなた、どうしていつも、そんな風に振る舞うの?」
「へ?」
己の考えていたことを逆に尋ねられてしまい、クララは素っ頓狂な声を上げる。
「そんな風……って?」
「分からないの?『わたしには野心なんてありません!皆と仲良くしたいと思ってますーー』っていう、偽善者ぶったその態度よ」
「なっ……!」
歯に衣着せぬ物言いに、クララは眉間に皺を寄せる。
「こんなところにいる女が、野心を持ってないわけがないじゃない。それなのに、『妃の位なんてどうでも良い』みたいな顔をして、王子たちにも目を掛けられて!バッカみたい!計算高すぎでしょ!私よりもあなたの方がよっぽど性悪だと思うわ」
「あぁ……良かった~~!あなた、自分が性悪だって自覚はあるのね?もしかして、気づいてすらいないのかと思ってたから、安心したわ!」
「何ですって!?」
他にもツッコミどころが満載だが、クララはひとまずカウンターをぶち込む。この程度のジャブで怯む相手ではないだろう。クララはずいと身を乗り出した。
「大体、あなたの方こそ、どうしてそうやって周りに噛みついてばかりいるの?わたしはね!あなたのいう通り計算高い女だから、面倒くさいことはお断りなの。くだらないことに時間を取られたくないし、仕事が上手く進まないのも嫌。だから波風立てないよう、当たり障りなく対応しているだけ。まぁ、あなたみたいに周りに迷惑かけていないし、余程賢い生き方だと思うけど!」
ここ最近、『計算高い』と言われ過ぎたせいで、やさぐれている感は否めない。クララは少し声を荒げつつ、フンと鼻を鳴らした。
「だっ!うっ‼……んんっ!」
レイチェルは何とか反論しようと口を開け閉めしているが、どうやら言葉が出てこないらしい。意味をなさない音ばかりを吐き出している。
クララはため息を吐きながら、首を傾げた。
「……ねぇ、前から気になってたんだけど。どうしてあなたは、そんなに王太子妃になりたいの?」
回廊の隅に腰掛けつつ、クララが尋ねる。
何か思う所があるのだろうか。レイチェルはピクリと身体を震わせながら、徐に視線を逸らす。
クララは膝に置いた書類を抱き締めながら、そっとレイチェルを仰ぎ見た。
「前に『この国で一番の女になる』って言ってたけど……それって父親のため?あなた自身のため?確かに王妃になることは名誉かもしれないけど、何だか聞いてて違和感があるのよね」
レイチェルは確かに高慢ちきな令嬢だが、名誉のために動いているのか、と問われれば、そんな風には見えない。彼女の行動原理はどこか幼く、名誉といったものより、もっと単純な感情に突き動かされているように見えるからだ。
「あっ、まさかとは思うけど!ヨハネス殿下が好きだからってことはないわよね?」
「ちょっ……あなたって本当に失礼な人ね。それ、本人の目の前で言ってみなさいよ」
レイチェルはそう言って、吹き出すように笑った。普段の好戦的な瞳が少しだけ丸く、穏やかなものに変わっている。レイチェルはそのまま、ゆっくりとクララの隣に腰掛けた。
「そうね――――確かに私は、口で言う程、王太子妃になりたいと思っていないのだと思う」
まるで自分の頭の中を整理するかの如く、ポツリ、ポツリとレイチェルが呟く。クララは少し険の取れた彼女の表情を覗き見ながら、そのまま口を噤んだ。
「だって、仕方がないじゃない。どんなに望んでも叶わないなら、遠く手の届かない場所に行くべきだわ。中途半端じゃダメ。それが、互いのためだもの」
レイチェルの物言いは抽象的で、何を、誰を指示しているのかは分からない。けれどクララには、何を言わんとしたいのかは分かる気がした。
「だから、私は王妃になるの。いつか『仕方がなかった』って諦められるように。あの人が愛してくれた私は、この国で一番の女なんだからって。そう思える日が来たら良いなぁって」
そう口にするレイチェルの瞳には、哀愁と未練が色濃く残っている。
(レイチェルも同じなのだろうか……)
王太子妃という位を、その地位を手にする過程を利用して、己を納得させようとしている。彼女にとって王太子妃とは、目的ではなく手段なのだろう。
「でも、ダメね。いつまで経っても中途半端。あの人を忘れることも、助けることもできなくて。ホント、自分が嫌になっちゃう」
レイチェルは、今にも泣き出しそうな瞳で笑っている。クララは小さく笑いながら、そっと首を傾げた。
「そう?わたしはあなたのこと、結構好きだけど」
「ちょっ……!はぁ!?気持ち悪いこと言わないでくれる!?」
心底気持ち悪そうに己を抱き締めながら、レイチェルは身体を震わせる。
(んーー割と本心なんだけどなぁ)
そんなことを思いながら、クララはもう一度声を上げて笑った。




